魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第3話

 施設の外を出ると、もう夜になっていた。かなり長い間事情聴取されていたのだ、と改めておれは思う。さっきまで聞き取りを担当していた軍人も同じだけ拘束されていたと気づき、少し気の毒に感じた。だからといって、今後コンタクトを取る気はないが。

 

「……夜だから人は少ないと思うが。あまり目立つようなことするなよ。帽子は目深に被っておけ」

 

 どこで調達してきたのやら、黒いバケットハットを駿から差し出される。そして、サングラスも。

 

「何これ」

「身内が九島烈閣下の護衛で、ずっと会場待機なのは知ってるだろ? アイツらの私物から奪ってきた」

 

 たしかによくよく見ると、帽子もサングラスもブランド物だ。しかも、きちんと手入れされている。誰かのお気に入りの品なのだろう。

 さながら芸能人ばりの変装をさせられた上で、移動することになった。軍の施設内ですら話せない内容をどこで話すのだろうかと思っていたが、高官用ホテルの一室を一条は押さえたらしい。彼の案内で、ホテルの方へとぞろぞろ向かう。裏口から入って中に進んでいくところで……意外な人物に遭遇した。

 

「あれ? 貴方は……」

 

 鈴を転がすような声がした。深雪だ。後ろに女子が2人いる。彼女の友達だろう。

 

「し、司波さん!? どうしてここに」

 

 おれが何か言うよりも早く、一条が喉をひっくり返したような奇妙な声を上げた。そんなに動揺するとは、余程おれを誰かに目撃されたくなかったのか。

 

「私たちは食後のティータイムをしていたんです。もしかして、一条さんたちも?」

「そ、そうそう! そうなんです、他校の友人と親睦を深めたくて」

 

 野郎3人で茶を飲んでどうするんだ、と思ったが黙っていた。チラリと駿の顔を見たが、彼も「何を言ってる?」と言わんばかりの顔をしている。同じ気持ちのようだ。

 

「では、我々はこれで……外、暗いんでお三方とも気をつけてください」

 

 一条は強引に話をまとめると、おれ達に「行くぞ!」と言わんばかりにアイコンタクトを送ってくる。面白い男だ。

 

「──……で、茶は飲むのか? おれはやってもいいぞ」

「するわけない」

 

 エレベーターに乗り込んだ途端、格好付けをやめた一条。ただ、耳が赤くなっている。変なことを言っていた自覚はあるらしい。

 

「早く行くぞ」

 

 フロアに到着すると、さっさと廊下を進み始める。おれと駿も後に続いた。

 用意された部屋はロイヤルスイートであった。この時期にすぐ押さえられるとは、やはり十師族直系のコネは強力だと思った。そして、これくらいの無理をおれの時も通したのだろう。

 

「時間もない。すぐ本題に入らせて貰う」

 

 一条は端末を取り出し、部屋のモニターに接続した。すぐさま情報が浮かび上がる。

 

「──『イムギ』。大亜連合高麗に本部を置く、反魔法系のマフィア。まぁ、あちらの人間でアンチ現代魔法でない──つまり、日本の魔法師体系に反感を抱いてない奴は稀だが」

「面倒なのが出てきたな……」

 

 遣り口が残虐なことで有名で、四葉家の座学でも要警戒と挙げられる団体だ。

 

「あぁ。ここまで大掛かりな報復アピールをするのも、あっちの界隈の特徴といえる」

「報復ってなんだ? 一色さんが恨みを買うなんて思えないが……」

 

 確かに、あの界隈に狙われる理由は分からない。コミュニティ内の揉め事くらいならともかく。

 

「俺も気になったんだ。だから、一色の御当主に聞いてみた。すると『ひとつだけ心当たりが』と」

 

 モニターの表示が分割され、別の資料がポップする。おれには見覚えがあった。

 

「レリック盗難案件……」

「津久葉、君が探っていたものだ。そして、君の顔はそれなりに売れている。探れば簡単に分かる……バックに一色家が付いていることも」

 

 元々、あれは断る予定だった仕事だという。常日頃から関わりの深い相手ではあったが、案件を一つ断るだけで崩れる関係性でもない。しかも、中華街は一色家にとっては土地勘が無い場所であり、調査をしても上手くいかない可能性の方が高かった。

 

「それをアイツがわざと受けるよう言い出した……って言うのか」

 

 スッと血の気が引く感覚。体の体温が下がっていく。自分が消えてしまいそうで怖くなって、手のひらを何度も開けたり閉じたりした。

 

「あぁ。君と何らかのやりとりがあったと判断して、御当主も黙認したようだ。実際、あったんだろう?」

「……あった」

 

 今思えば、くだらない理由だった。本当にやるべきことなのかもハッキリしないまま、自分の欲求を充足するためにしたこと。詳細など何も言えない。言えるわけがない。おれは俯く。

 おれたちのやり取りを黙って聞いていた駿が、絞り出すような声を上げた。

 

「そ、それって……夜久のせいで、一色さんはあんなことになったってことか……!?」

 

 縋るような目をしている。それが怖くてたまらなかった。友達の信頼を既に裏切っていることは、自分が一番よく知っている。

 

「それ、あの子があんな目に遭っても仕方ないくらい……お前にとっては、お前にとってだけは重大なことだったんだよな? そうだよな……? なぁ……」

 

 口を噤むしかなかった。駿の方を見ることも、出来ない。

 それだけで彼は理解してしまったようだった。なんとなくで七草家の令嬢に喧嘩を売った時と何ら変わらない……気まぐれに過ぎないことを。あの演説なら、それで構わなかった。「退学」という形で、おれがちゃんと対価を支払ったから。でも、今回はそうでない。

 

「ふざけるな!」

 

 おれの体が持ち上がる。駿が胸倉を掴んできたのだ。

 

「お前も見ただろう……。崩れてきた天井のせいで、手も足もメチャクチャに潰されていたのを。女の子だぞ?」

「……今の医療なら長くて半年あれば元通りだ。魔法治療ができれば、もっと早い」

 

 大して傷は残らない。お母様が未だに抱え続ける呪いのようなものだって、特に出来る要因などないだろう。それだけが救いだった。

 

「……っ! 僕はそんなこと聞いてない!」

 

 床に思い切り転がされる。勢い余ってテーブルの脚に頭を強かに打ち付けた。

 

「痛い……」

 

 頭を抱えて呻くおれ。ふと顔を上げると、駿はとても悲しそうな表情をしている。もう怒っていなさそうなのが、不思議だった。

 

「夜久……お前は親友だ。今までも、これからも……ずっと。だけど、今のお前とは顔を合わせられない。このままじゃ……嫌いになってしまう」

 

 彼はそう言い捨て、こちらに背を向けた。一条に「あとはよろしく」と言うやいなや、さっさと部屋を去っていく。

 おれと一条だけが客室に残される。共通の知人を失ったため、かなり気まずい。しかも、仲違いの瞬間まで見られた。

 

「……うーん。まぁ、あの……君も悪かったところが大いにあると個人的には思うような。──ただ、もう起きたことは仕方ない」

 

 一条はおれをそんな風に慰めると「この部屋は自由に使ってくれて構わない」と言った。

 

「とりあえず、今日はもう休め。色々言ったけど、あまり考え過ぎずに……」

 

 彼も部屋をそそくさと去っていく。一人残されると、広い空間ゆえに寂しく感じる。寝室の方に行ってみた。そこも同じように広くて、がらんとしている。引き寄せられるようにベッドに入り、布団を被った。視界が暗くなり、ようやく安心できた。

 目を瞑ると、様々な考えが頭の中で浮かんでは消える。伯母様の言葉を、ふと思い出した。

 

(もっと悪いことをすれば、『あの日』の罪が薄れるんじゃないかって……)

 

 おれもそう思っていた。お母様の代わりに、別の誰かを傷つけること。世界に少しずつ、どうしようもない理不尽を与える。でも、まだ足りなかった。だって「四葉真夜」の哀しみは、そんなちゃちなものじゃない……。

 本来、一色愛梨に降り掛かった悲劇は喜ぶべきことのはずだった。おれが引き金であるのならば、尚更。それなのに、なんだか悲しくて堪らなくて。けれども、悲しみ方すら間違っているらしい。答えの出ない問題を考えてるうちに、意識を手放した。

 

『──』

 

 ピピピ……という電子音が微睡みを邪魔する。すぐ止まるだろうと我慢するが、いつまで経っても静かにならない。眠っていられなくなり、仕方なく目を開けた。カーテンの向こう側がぼんやりと光っている。

 

「……もう朝か」

 

 そして、未だに音は鳴り続けていた。出所はポケットに入れっぱなしの端末。画面には見覚えのない着信通知。

 

「もしもし……」

『一条だ。大変なことが起きた。時間がないから手短に言う。──愛梨さんが攫われた。最悪の事態だ』

 

 その言葉で、一気に目が覚める。

 見せしめはあれだけでは終わらなかったのだ。それどころか、まだ本番が存在した。

 

『集中治療室から病棟に移すところで、何かが起きたらしい。まだ詳細は分からない』

「……そんな」

『俺は今金沢に帰っている最中だ。戻り次第、一色家とウチの合同捜索隊を指揮することになっている』

「えっ、お前……新人戦は」

 

 今日はアイス・ピラーズ・ブレイクが開催される日だ。一条家の「爆裂」とかなり噛み合う競技で、代表に選出されている筈だった。

 

『棄権した。なぜなら、俺は十師族直系で……有事の際には動く責任がある。そういう立場だ』

 

 そして、君は何もするな……と、一条は続けた。

 

「はぁ!? 何言ってるんだよ」

『君も昨日思い知っただろう。いたずらに事を起こして、愛梨さんに災いが降り掛かった。正直、津久葉……君は不確定要素だ。しかも、悪い方向に転がる可能性のある』

「……」

『彼女を案ずる気持ちが少しでもあるなら、じっとしておいてくれ。じゃあ』

 

 そのまま通話は切れた。おれはあまりの屈辱を感じ……端末を床に叩きつけた。

 

「ふざけるなっ!」

 

 一条将輝とおれに、何の違いがあるというのか。実質的には同じ十師族直系。なぜ、こんなことを一方的に言われなくてはならないのだ。

 

(それに……間に合うわけがない)

 

 早く動かないと、きっとお母様の時と同じになる。居場所を出来るだけ早く把握しなくてはならない。うかうかしている時間はなかった。

 

「……行こう」

 

 出来る人物に心当たりがある。今、愛梨の誘拐を知る者の中で……おれだけが奴を知っているのだ。転がるように部屋を飛び出す。向かうは九校戦会場の──第一高校本部。

 朝早いが、学生たちは既に準備の為に待機している筈だ。案の定、お目当ての相手はすぐに見つかった。テントの外で作業をしていたから。あちらもおれに気付き、怪訝な顔をしながらも近づいてきた。恐らく、面倒ごとの予感がしたのだろう。もちろん、それは大正解だ。

 

「……おい、手伝え」

「断る」

 

 けんもほろろの対応。予測はできていたが、ここで退く訳にはいかなかった。

 

「今のおれにはお前が必要なんだよ……司波達也!」

 

 おれが探していたのは従兄弟の達也である。彼に「精霊の眼(エレメンタル・サイト)」を使わせねばならなかった。

 

「おれたちの変数概念は同じだ。見つけられる筈なんだ……分かるだろう?」

 

 伯母様の後継として、同じ魔法を持つおれが兄妹にあの「誓約(オース)」を行使した。その影響で達也と深雪、おれの情報次元座標の感覚は同期している。つまり、おれと繋がるエイドスについて、イデア上で達也も知ることが出来るのだ。そして、彼はその位置を正確に探知する力を持つ。

 

「だからといって、何故協力せねばならない? 俺は今忙しい」

「待てよ!」

 

 背を向ける彼に追い縋った。周りからの視線を感じる。こんなところで騒いでいるので、当たり前だろう。

 

「……帰ってくれ。周りの迷惑になる」

「嫌だ!」

「帰ってくれ」

 

 堂々巡りの押し問答が続き、少しずつ野次馬が集まってきていた。

 

「──夜久に協力してやってくれないか、頼む……!」

 

 おれたちとはまた別の声がした。また、その声の主をよく知っている。

 

「駿……」

 

 昨日はあんな風に見限った癖して、心配そうにおれの隣にやってきた。彼は周りを気にしながら、声を潜めて言う。

 

「きっと……一色さんのことだろう。朝、俺も聞いた」

 

 駿も知っていたとは意外だった。あんな話を聞いた彼なら、何か行動を起こすと思っていたから。

 

「俺には力がない。何もできないから、ここにいる。でも、お前はそうじゃないんだろう? そして、そのお前が俺じゃなくて司波を選んだ……」

 

 頼む、と駿は達也に深く頭を下げる。周囲からどよめきが起こった。当然だ、二科生にこんな態度を取る彼の姿など誰も見たことがない。

 

「司波には起動式の内容を読み取る力があるんだろう? 多分、夜久はその力を必要としている……──なぁ、司波。僕のバカバカしい見栄で、今まで見下してすまなかった。自分の頭で良ければ、いくらでも下げる。どうか……」

「正直な所。森崎には何の隔意もない。ゆえに謝罪を受け取る必要もないし、彼に協力する理由もやはり無い」

「受け取ってもらえないのは分かっている。それでも頼んでるんだ……」

 

 駿はまだ頭を上げようとしない。それどころか、床に座り込んで頭を擦り付けんばかりだ。おれもおずおずと彼の真似をした。

 

「いや、もういいか? それに、俺は深雪のCADを見てやらないといけない。それは何よりも優先されるべきことだ」

「──待って。お兄様」

 

 突然、深雪がそこに現れた。兄が巻き込まれたという騒ぎを聞きつけて、駆けつけてきたに違いない。アイス・ピラーズ・ブレイク用の仮装──巫女装束に身を包んでいるため、普段よりも人外じみた美しさが強調されていた。

 

「夜久くんを手伝ってあげて欲しいの」

「深雪……。だがな」

 

 彼女は達也に薄く微笑みかけると、おれの方に近づいた。そして、衣装が汚れるのも厭わず膝を地面に付ける。

 

「ほら、顔を上げて……私でも分かるわ。『哀しい匂い』が」

 

 深雪は自らの手のひらで、おれの頬を包むようにした。ひんやりとした冷たさが伝わる。

 

「ねぇ、それは本当に大事なこと? 私のアイス・ピラーズ・ブレイクより……貴方にとってだけは大事なことなのね? そうよね?」

 

 黒真珠のような大きな瞳に覗き込まれる。心まで吸い込まれそうだ。

 

「うん……」

 

 パッと手を離された。それでも、まだ頬に感覚は残っている。

 

「分かった。……頑張ってね」

「……深雪ちゃんも。優勝、頑張って」

 

 せめてもの応援に対し、深雪はにっこりと笑って軽く首肯した。その様子を見た達也は肩をすくめ、黙って歩き出した。人気のない場所を探すのだろう。慌てておれはその背を追った。

 

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