魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第4話

 達也はそれなりにこの敷地内の構造を把握しているようだった。すぐに建物と建物の間のちょっとした空間を見つけ出し、壁に背中を預けた。そして、こちらへ手を差し出す。

 

「手短にやろう。早く終わらせれば、深雪の試合開始時間には間に合う」

「……あぁ」

 

 彼の手のひらの上に、自分のものを重ねた。別にやりたかないが、今はとにかく早く済ませなければならない。最善の方法を取っただけだ。

 愛梨のことを思い浮かべる。「縁」という情報を出来るだけ強くするためだ。彼女が生きているならば、精神情報は間違いなくイデア上のどこかに存在している……祈りつつ、おれの情報を想子信号に変換、達也の魔法演算領域へと送り込む。過去24時間までの情報を遡ることで、達也は愛梨の情報を手に入れることが出来る。しばらくの間、おれたちは無言だった。達也は静かに意識を集中させ……数多あるエイドスを参照し、目的の座標を探っている。

 

「……見つけた」

「どこだ?」

「横浜港近くの貸し倉庫だ。詳細は図面の方が分かるだろう」

 

 達也は端末を操作し、情報をおれの端末へ送ってくれた。

 

「俺と彼女に強い結びつきはないから、細かい状況については判断できていない。まぁ、それなりには構成員もいるだろう」

「場所が分かれば十分だ。感謝する」

 

(それにしても、倉庫か……積荷と一緒に国外に連れて行く気だな。これは)

 

 日本から出てしまえば、救出の難易度は大きく跳ね上がってしまう。下手をすれば、1ヶ月近く交渉に時間がかかる。そうなれば、もう終わりだ。

 急いでタクシーをチャーターする。運良く、15分後には来てもらえそうだ。続いて、高速リニアのチケットも。その様子を見て、達也が意外そうな顔をした。

 

「一緒に来いとは言わないんだな」

「言ったとして。来るのか?」

「いや? 深雪の試合を見ないといけない。何かの間違いや審判のミスで、フライング判定されたりする可能性があるからな。見守って……抗議をする用意をしておかないと」

 

 彼にとっては、妹のことが世界で起こる出来事の中で何よりも重要なのだろう。それもそれで、1つの価値観だ。

 

「そうか」

 

 おれはふと思い立って、指を鳴らした。ぱちりという軽い音とともに、淡い想子光が輝く。

 

「お前……」

 

 表情筋の固い達也にしては珍しく、驚愕の感情を乗せた顔でこちらを見た。

 

「恩返しだ。少しだけ縛りを緩めたから、深雪ちゃんの魔法暴走も落ち着く」

 

 もちろん、これは達也に着いてきて欲しくてやったことではない。深雪が確実に優勝できるように、手助けしたのだ。

 

「……礼は言わない」

「お前の感謝なんか要るかよ!」

 

 おれはそう言い捨てて、タクシー乗り場の方へと向かった。まだ車は来ていない。分かっているけれど、じれったくてたまらなかった。

 

「──駅まで」

 

 運転手に行き先を告げると、先ほど送ってもらった資料を確認する。

 

(そもそも、どうやって一色の奴を誘拐した? 警護の人間はいた筈だし、想子センサーだって機能していたに違いないのに)

 

 そこで、例の「イムギ」は古式系の魔法師を多く抱えていると昔に教えられたことを思い出す。

 古式魔法というのは、現代魔法のようにそのすべてが纏まった系統として存在しているわけではない。「特殊な状況は古式を疑え」と言われるくらい、流派によって特徴は様々だ。

 

(集中治療室から移動させる時に事は起きたと言っていた。とはいえ、正攻法なら流石に警護の人間も気づく。その場合、近くで魔法が発動してるんだから。あり得るのは……遅延型)

 

 遅延型というのは、古式魔法が発動に時間を要することを逆手に取るテクニックを言う。術者は集中を必要とするため無防備になるが、その点をカバー出来れば、これほど隠密に事を運べる魔法はない。

 集中治療室から病室までの空間を幻影魔法で区切り、患者をすり替えた状態で移動させることは容易だろう。

 

(古式は乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)ですら珍しくない。複数人で分担していたとすれば、メインの術者なんかほぼ見つからないぞ……)

 

 現代魔法では、七草の双子くらいしか実現できないそれ。彼女らの「乗積魔法」が珍しいのは、コンマ以下数秒が求められる状況で行使できるからだ。よくある「乗積魔法」というものは、時間をたっぷりと掛けて、一つの起動式をセンテンスごとに区切ったものをそれぞれ発動していくこと。

 

(ただ、逆にそのタイプの魔法師が多いのならば……おれにも勝ち目がある)

 

 古式魔法は発動に時間がかかる。だからこそ、事前の準備を必要とする。魔法をかける場所に印を付けたり、処分対象にあらかじめ接触したりなどだ。つまり、自分のフィールドで先に飲食をさせたりなど……。

 

(……まずい!)

 

 おれは大きなミスを既に犯していることに気づく。防衛本能から無意識のうちにCADを構える。運転手が急に後ろを振り向いた。魔法を使うのと、鋭い痛みが身体中を走るのはほぼ同時。精神干渉系魔法「毒蜂」は、なんとか相手の術式が十全に効果を表すよりも早く発動できたようだ。運転手は既に事切れている。

 

(念の為、刃を仕込んでいて良かった)

 

 伸ばした爪の中に小さな刃を入れていた。それを飛ばし、傷の痛みを増幅させることでショック死に至らせたのだ。これは黒羽貢が開発した魔法であり、精神干渉魔法に長けた四葉の魔法師ならばほぼ使いこなせる。

 おれの身体中には、刃物で抉られたような傷が浮き出ているが、それだけで済んだのならマシだ。身体の中をグチャグチャに刻まれるなどの事態は避けられた。事前に媒体となるものを体内に取り込ませて、簡単な魔法1つ掛けるだけで強力な術が発動するようにしておく。こんな典型的な罠に引っかかるとは。迂闊だった。

 

(探知系の情報生命体も残ってそうだな……)

 

 運転手を失ったタクシーから降り、おれは嘆息する。幸い、駅はすぐそこだ。歩いて行くしかない。

 乗り場で車を待っていることに気づき、途中で運転手を襲うだかして、術者がすり替わったのだろう。つまり、位置情報が筒抜けになっている可能性が高い。

 

(まずいな……下手に現場に近づいたら、俺が居場所を知っていることがバレる)

 

 みっともなく泣きついてでも、達也に着いてきてもらえば良かった。そうすれば、移動させられてしまっても、すぐに対応出来るというのに。

 

(クソ……先に炒飯を出してきた店主を殺さないと)

 

 おれの中に這っている根元の魔法をなんとかしない限りは、刺客を何人殺しても解決しない。予定変更だ。中華街に向かう。直接横浜港に行かなければ「バレていない」と向こうも判断するはず。ただ、古式魔法師相手に準備をする時間を与えてしまうのは、こちらにはかなり不利な状況であった。

 高速リニアに乗り込み、横浜へと向かう。移動中も自分の中にあるトロイの木馬に怯え続けねばならなかったが、幸いなことに何も起こらなかった。とはいえ、嵐の前の静けさといえる。

 目的の店はシャッターが閉じられていたが、魔法的な波動がうっすらと伝わってきた。加重系魔法でシャッターを吹き飛ばす。すると、店の奥からいきなり獣の形をした雷撃が襲いかかってきた。念の為障壁魔法を展開しつつ、CADに指を走らせる。軽い手応えがあった。

 身体から明らかに違和感が抜ける。木馬が機能しなくなったのだ。こうしてみれば「なぜ気づかなかったのだ」というほど、元の状態と感覚に差がある。その辺りの認知も狂わされていたのかもしれない。恐ろしいことだ。この魔法については、いずれ調査しておかなければならない。

 

(……あれ、こんなものか? おれが警戒しすぎただけか?)

 

 もっと大人数で襲ってくるものだと思っていた。貸し倉庫の方に人員を回しているのか? それにしても偏りすぎだ。

 少し迷ったが、中に踏み入ってみることにした。カウンターを抜けて、奥の階段から居住区の方へと進む。

 

「……!?」

 

 驚くべき事態が起きていた。テーブルに伏せる者たち、床に倒れ込む者たち……。既に死亡していることが明らかだ。おれが踏み込む前に、何者かの襲撃者がいた──それは間違いない。

 部屋の奥にもう一つの死体。おれに炒飯を提供した男だ。あの時は気の良い表情に見えたが、死に顔は苦悶に満ちていた。ただ、奇妙な状況ではある。呪符によって四肢が押さえつけられているのだ。右手と右足は壁に、逆は床に接着されている。どう考えても、本人の意思であるとは思えない。

 

(……何かいる!)

 

 首筋にぞわりとした感覚。流石に警戒していたため、すぐさま対処することができた。使ったのは、精神構造干渉魔法「フラクチュア」。情報生命体といった、精神に似た形を持つ存在に対して「割れ目」の情報を付け足すことで破壊する魔法だ。

 

「化成体なんて……久々に見たぞ」

 

 化成体とは、霊的エネルギーを可視化させたものだ。想子塊をベースに幻影魔法で姿を作り、物質に干渉する加重加速・移動魔法を維持し続けることで肉体を持っているかのように見せる。日本ではあまり使われない。おれも実物を見たのは、四葉の訓練課程で用意された時以来だ。

 呪符と店主の死体という贄、これらを媒体に用意されたブービートラップのようだった。つまり、彼らを襲ったのもチャイニーズマフィアなのか。

 

(内輪揉め……?)

 

 少なくとも、おれにとっては運良く転がり込んできた最高の贈り物。店から撤退し、貸し倉庫のある港へと急いだ。目的の場所は入り組んで奥まった場所に位置しており、かなり見つけることが難しかった。

 倉庫周辺は静まり返っていたが、物陰に待ち伏せしている人員が複数いることはすぐ分かった。まずはここから対処せねばならない。広範囲に恐怖を惹起させる「マンドレイク」を放ち、敵に精神ショックを与えて動きを止める。その上で、怪しい場所を目視で確認し、敵を見つけるたびに「ユーフォリア」によって死のイメージを見せていく。効き目を表すまで時間が掛かるし手間だが、この方が絶対に確実だ。精神干渉魔法の起動式は、そもそも対多数用に設計されていない。自分の目で見ないと、抜けが出る可能性がある。

 後ろで微かな物音がした。マンドレイクの範囲にいなかった人間が、息を潜めて待ち構えていたのだ。加速魔法を使い、思い切り吹き飛ばす。敵の身体がゴム毬のように地面で跳ねた。

 

(まぁ、死んだだろう……多分)

 

 攻撃魔法は力加減がいつもよく分からなくなる。素人だとやり過ぎるか、弱過ぎるかのどちらかになりがちだ。

 そっと息を吐いて、気持ちを落ち着ける。そして、倉庫の壁に近づいた。人の気配がするが、意を決して飛び込む。その瞬間、大量の銃弾がおれに向かって放たれた。対魔法師用フルパワーライフルだ。十数名が一斉にそれを撃ってきている。無策でノコノコ出ていったが最後、身体中穴だらけになって死ぬ。

 

(そうなると思っていた!)

 

 しかし、フルパワーライフルに対する訓練は経験している。沖縄侵攻の際、伯母様が撃たれて命を危うく落としかけた反省から、定期的に四葉の村で実戦訓練をさせられるのだ。シミュレーションは繰り返している。

 敵に姿を見せた瞬間、おれは適当に複数人に向けて簡単な幻影魔法を使っていた。「棒立ちで立っている」状態を短時間だけ相手に認識させるもの。それを映し出している隙に、射線から逸れるように横に転がった。そして、一目散に貨物ゾーンへと向かう。違和感に気づかれるまでに、何とか愛梨を探さないといけない。

 広い倉庫の中で中身を一つ一つ確認していられない。信じるのは、おれの魔法だけだ。精神干渉魔法に強い適性を持つゆえ、精神のようなものを情報次元上で「視る」ことができる。この倉庫内程度の広さであれば、干渉力が及ぶ範囲だ。ならば、愛梨とおれの縁が強く結びついていると信じ、それを見つけ出すことが出来れば……彼女の居場所だって分かる。 

 

(どこだ……どこにいる? いるんだろう?)

 

 心の中で必死に呼びかける。どうか伝わってくれ……と祈り続けた。そろそろ幻影のカラクリにも気づかれるかもしれない、それより早く見つけたい。

 

「──いた!」

 

 ある一つのコンテナを見た瞬間、強く心が揺さぶられた。砂漠でオアシスを、夜空で星を……大海原で陸地を発見したかのような、奇妙な興奮と感慨。これだ、間違いない! おれはそのコンテナが載ったパレットごと緩く移動魔法を掛け……入口とは逆の搬入口まで滑らせながら、できる限りのスピードで屋外へと飛び出した。

 コンテナを倉庫から離したあと、CADを操作する。幸い、銃撃は継続していた。だから、迷わず「酸素空洞(オキシゲン・チェンバー)」を発動。ちょうど構成員らのいる空間において、空気中の組成が大きく変わる……高濃度酸素領域に。

 倉庫が一気に火の海となる。火器を使っていたために、酸素に引火して大爆発が起きたのだ。かなり危険で無茶な方法だが、これが戦闘魔法師ではないおれに思いつく精一杯であった。

 

「……はぁ。やっと終わった……」

 

 疲れから、地面にへたり込む。しばらく、ぼんやりと炎を眺めていた。数分かけてようやくアドレナリン放出による昂りが落ち着き、愛梨の様子を確認しようと思い立った。

 パレットの上からそっと一つのコンテナを降ろす。ゆっくり開くと、そこにはちゃんと少女──愛梨がいた。意識が元々ないのか、眠らされているのか……それは分からない。ただ、生きてはいた。

 

「一色……ごめん」

 

 コンテナの中の愛梨は、記憶よりずっとずっと小さかった。当たり前だ。まだ手足の再建手術に至っていない状態で攫われたのだから。切断面にある生々しい縫い跡を見て、おれは訳も分からず泣いた。

 

「ごめん……本当にごめん」

 

 今になって、やっと分かった。駿が「女の子だぞ!?」と叫んだ訳が。そもそも、こんな姿にさせてはいけなかったのだ。手も足も現代医療で綺麗に治るのは確かだ。でも、それは悲劇を甘んじて受け入れる理由になどならない。

 

(助けられて良かった……)

 

 コンテナに寄りかかり、おれは目を瞑る。腫れた目の痛みが和らぐ。

 とんでもない爆発を起こしたので、このまま居座っていれば面倒なことになるのは分かっている。だが、彼女を置いていけなかった。





 まだこの章は続きます。ただ、陰鬱なターンは抜けられたかな……と思っています。
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