魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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横浜騒乱編
第1話


 おれが第一高校を退学させられたこと自体は有名だ。だが、森崎の家に世話になっていることはあまり知られていない。

 だから、行き場がないと思われて、街のゴロツキ(BS魔法で粋がるカラーギャングのようなコミュニティがあるのだ)などにスカウトされることがある。ちょっとした悪さをしているだけの集団が黒羽に蹂躙されたら可哀想なので、毎回そういった誘いは丁寧に断っていた。それくらいの線引きはある。

 

「……月100万で雇いたい? A級ライセンス魔法師並の給料だ」

 

 繁華街で、奇妙な青年と相対していた。男は名を「周公瑾」と名乗った。三国志に出てくるキャラクターの名前であり、偽名なのは明らか。

 だが、この「奇妙」というのは感覚的に捉えたことでもあった。視覚から得られる情報と、視えている精神の情報が明らかに一致していない。若い姿をしているのに、老成したオーラを纏っている。それがあまりにも不審すぎた。

 

「貴方の噂は聞いています。正しく評価されなかった才能を、我々のもとで使う気はありませんか?」

「正しくは評価されてたぞ」

 

 入試は実技1位で通過しており、普通に一科生であった。辞めさせられたのは、反魔法師団体の言論にふざけて便乗し、七草家を怒らせたからである。

 

「いえ、謙遜なさらなくても。学校では測ってもらえない才能がおありでしょう……。どうやら『アンタッチャブル』からも勧誘を受けているとか」

 

 この男は何か勘違いをしているのではないだろうか。四葉にスカウトされたことなどない。血族なのだから当たり前だ。

 どこで接触を見られた? 頭の中で冷静な思考が回転する。思い出した──黒羽文弥の監視があったと。黒羽は四葉の暗部ともいえるが、その特性上「睨みを効かせる」役目も担っている。裏社会では、四葉の関係者ということを匂わせているのだ。恐怖こそが一番単純な統制だから。

 この男が知っていてもおかしくない。黒羽の存在を。

 

(なんだよ、何やっても裏目に出てるじゃねぇか)

 

 自分のことを棚に上げて内心で悪態を吐く。そもそも、あの家は派手好きなのだ。これは偏見だが、必要以上に「四葉」をちらつかせてそうだ。

 

「それでも、おれにこの金額を渡すのは怪しすぎる。断らせてもらう」

「……実のところ。これには『謝罪の意』も込めているのです」

「謝罪とは?」

 

 周はニヤリと笑ってポケットへと手を突っ込む。何事かと警戒するが、異変は起こらず。取り出されたのは、勾玉。

 

「レリック……」

「ご存じでしょう。調べていらしたのですから」

 

 レリックを入手したくて、周は金を積んで知人に手配を依頼したらしい。まさか盗品だとは……と、彼は芝居がかって言う。返す気の無い時点で、分かってやっているのは明らかだ。

 

「これのおかげで、災厄が起きてしまった……貴方のお陰で、2062年の悪夢にこそなりませんでしたが」

「……」

 

 冷えた視線を向ける。面白がっている声色が、かなり不快だった。お母様も愛梨も侮辱している。

 

「とはいえ、まだまだ集めたいんですよ。レリックについては。苦労して手に入れたこれも、魔法式保存が30秒しか保たない何とも微妙な性能で」

「窃盗に協力しろ、って? 誰がやるかよ」

 

 そもそも、災厄が起きるという文脈で誰が話に乗りたいと思うのか。

 

「それでも構いませんが。……貴方の大切な人が危機に陥ると知った上でも、その態度が取れますかねぇ」

「大切な……?」

 

 おれは首を傾げる。お母様は、四葉本家の屋敷から基本出ない。直近に師族会議も無いので、外出の予定はない筈だった。

 

「一色愛梨ですよ。貴方が必死になって守った少女を……また絶望に叩き落としたくは無いでしょう」

「……!?」

 

 体裁を繕うことすらやめて、彼は脅迫という直接的な手段を取ってきた。

 現在、都内に住んでいる愛梨は狙われやすい状況にある。一色家も護衛を回してはいるだろうが、危険なのは確かだった。

 

(とはいえ、おれも暇を作ろうと思えば作れるし……駿に事情を話して、愛梨に付いて回れば)

 

 そこまで考えて、あることに気づく。「この話に乗っておいた方が、解決も早いのでは」ということに。

 おれの「精神構造干渉」は、四葉にとってかなり価値のある魔法だ。だからこそ、未だ好き勝手しても許される。そして、逆に四葉から解放されることもない。

 間違いなく、秘密を守るためにお母様は動く。裏社会にルールはない。知ってはならないことを知ったら、死ぬだけだ。

 

(どう見ても、この男は危険すぎる……。処分できるなら、その周りも含めて片付けておきたい)

 

 黒羽だか新発田だかが、代わりに仕事をしてくれるなら楽だ。おれはそこまで戦闘適性の高い魔法師ではないし、数十人の敵を倒すだけでも結構苦労したのだから。

 

「……彼女にだけは、手を出さないでくれ」

 

 悲痛な顔を作り、周に情けなく頼み込む。演技に自信はなかったが、ちゃんと効果を発揮したようだ。彼は愉悦の表情を浮かべていた。

 

「もちろんです。業務提携といきましょう」

 

 

 

 

 

 

「──お父様、それはどういうことなの」

 

 愛梨はわなわなと唇を震わせる。とても信じられなかった。

 

「……今言った通りだ。津久葉夜久を一族に迎え入れることはやめるし、婚姻等で内に入れるつもりもない」

「どうして? 元々必死になっていたのは、お父様じゃない……」

 

 一度家に戻るように言われた愛梨は、住んでいるマンションから実家へと帰ってきていた。父である満に書斎へと呼び出され、今に至る。

 

「自分がどんな目に遭ったのか、もう忘れたのか?」

「忘れてなんかいないわ。でも、私にも迂闊なところがあったと思うの。夜久くんだけに責任を負わせるつもりは無い」

 

 それは一貫して彼女の中に根付いた論理であった。「怒りを向ける先は自分で決める」ということ。誰かに請け負って欲しいものでは決してない。

 

「愛梨……違うんだ。私は『彼に責任を負わせない』んだ。その意味を理解してくれ」

「……どういうこと?」

 

 愛梨がどう思おうとも、一般的に見れば夜久は「やらかした」人間だ。救出に成功したから有耶無耶になっているだけで、そうでなければ大変なことになっていただろう。

 その上で「責任を負わせない」とすること。それは、一色家が格上に忖度するというパターンしか有り得ない。

 

「まさか、気づいていたの……」

「お前が何か隠していることには。それに、大漢の情報にやたらとアクセスしようとしていた」

 

 自分の迂闊さに、愛梨は歯噛みする。当時の彼女は、早く夜久から離れたくて躍起になっていた。

 

「た、確かに……彼が自分を『四』の関係者かもしれないと言っていたのはそうよ。でも、そうであるかを証明したいだけだって。だから、協力しようと」

「本当にそうなのだろうか?」

 

 考えてみろ、と満は言う。彼は夜久について、いくつかの不可解な点を見つけていた。

 

「お前が救出された倉庫を調べた。構成員は火だるまになっていたが……過剰酸素によって、その場が一気に燃え広がったことが原因だ」

「殺し方が残虐だ、って? それくらいなら……」

「違う。過剰酸素が発生する状況になっていることだ。間違いなく『酸素空洞(オキシゲン・チェンバー)』によるもの」

 

 酸素空洞は、その発動難易度から高等魔法とされている。そして、高等魔法のほとんどは起動式が管理されており、一般人には魔法科高校や魔法大学のデータベースから購入する以外には入手方法がない。つまり、起動式は在学生・卒業生を除くとコネでしか手に入れられないのである。

 退学処分を受ける5月までに夜久が買っていたという可能性もあるが、満にはそうは思えなかった。

 

「それに、あの場では対魔法師用フルパワーライフルが乱射されていた。単なる銃でも、魔法師がいきなり対処するのは難しいというのに。その戦闘への卓越したセンスは一体どこで身につけた?」

 

 夜久が四葉の血縁かどうかは分からない。しかし、間違いなく「四」の関係者ではあり、現在も深い関係にあると推測される。そんな存在を引き入れるのは危険すぎた。

 

「そんな……」

 

 夜久の存在は、愛梨にとってもミステリアスなものだった。よく考えれば、彼のことなど何も知らないのだ。

 

「糾弾することは簡単だ。だが、我々に『アンタッチャブル』と事を構える勇気はない」

「でも、七草家と双璧を成す十師族の名門よ? 上手く取り込めるなら取り込む方が……」

「……その行動が第四次世界大戦を引き起こすことになったら?」

 

 満は大漢崩壊を知る世代だ。四葉の魔法師が二桁の損害で、一国を完全に滅ぼしたのを目の当たりにしている。

 常軌を逸した、狂気の魔法師集団。それが四葉であった。

 

「こんなもの、火遊びでは済まないぞ。世界が終わることを考えれば、十師族昇格など諦める方が良い」

 

 夜久が四葉関係者だとすれば、昔から一色家は四葉家に舐めてかかられているのは明白。戦争こそ起こらなくても、気まぐれにカタストロフが降りかかることは十分考えられた。

 

「そのレベルで……」

 

 父の真剣な態度に、愛梨はある決意をした。自分の想いを押し殺す覚悟。一色の人間として生きる為に、悲しみに気づかないフリをする。

 だが、それを完膚なきまでに破壊したのは、他でもない父親であった。

 

「津久葉夜久と交際する分には構わない。まだ繋がりはあるのだろう?」

「えっ……」

 

 話が矛盾していて、理解できない。愛梨は目を瞬かせる。

 

「あれだけの恐ろしい思いをしたんだ。助けてくれた人間に対して、好意を抱くことくらい……おかしなことではないさ。その気持ちを我慢することはない」

 

 愛梨は自分の身体が震えていることに気づく。目の前の人間は、本当に今までずっと愛し育ててくれた父親なのだろうか? 別人のように思えてならなかった。

 

「ただ、こちらで婚約者は用意しておくというだけだ。結婚の時期になるまでは……自分の想いを大切にすると良い」

 

 何と返事したのか、彼女は覚えていない。気づけば、自室に居て……布団を被って独り泣いていた。

 

(悍ましい……!)

 

 満が言外に指示したことは「夜久の子供を産め」だ。優秀な魔法師の遺伝子を取り込むことを目的にしたソレ。家族にそんなことを命じられるなんて、ショックでたまらなかった。

 子供を宿したら、夜久と別れ……父の決めた婚約者と結婚する。とんだ托卵ではないか。吐き気がして、口元を手で抑える。

 

「夜久くん……」

 

 彼の腕に包まれた温かさを思い出す。

 あの時、彼が理性的で無かったら。既に自分たちは引き離されていたかもしれない──恐怖から、ぶるりと震えた。

 

(最初は本当に彼のことなんか、理解できなかった。それなのに……)

 

 夜久が好きだ。愛梨はそれを自覚していた。

 魔法の才能一つで生きる、無鉄砲で無敵の少年。しかし、どこかに翳りがあって……深い夜に溶けていきそうな儚い存在。関われば関わるほど、心が吸い込まれてゆく。

 天才であること以外、何も知らない。だが、その才が人を惹きつける。魔性とはこのことか。

 

「……私が男だったらよかったのに」

 

 女だから、こんなに苦しんでいる。

 女だから、理不尽な災厄が降りかかった。

 女だから……

 

 気が狂いそうだった。自分の存在をこんなに呪ったのは初めてだ。

 一色家の娘として、気高くあろうとしてきた。数字を冠する、この自分の生まれが誇りだった。だから、ひたすらに技術を磨いたのだ。家を率いる強い魔法師になりたかった。それを父も望んでいると思っていた。

 けれど、そうではなかったのだ。単なる子供を産む人形としか思われていなかった。女の役割を全うすることだけを求められていた。そんな残酷な現実を思い知る。悲しくてたまらない。

 

(でも、女で良かったという自分もいる……)

 

 心は夜久を愛してやまなかった。親友という枠組みではきっと、足りない。自分の人生全てを明け渡して……彼の視る世界に連れて行って欲しい。それが幸福なのだと、確信できる。

 

(わたしは家を捨てるべきなの?)

 

 夜久とずっと一緒に居続けるということは、一色家から逃げ出すということを意味する。もちろん、不可能ではないだろう。このご時世、魔法師の需要は多い。才能あふれる魔法師を遊ばせておく余裕はない。自分は、社会に求められる側の魔法師だ。それくらいの自負はある。不安は、もっと別のことだ。

 一色愛梨として生まれた、というアイデンティティが消失する可能性など考えたこともなかった。自分の一部を削り取ることは、怖いことだ。何者なのか、きっと分からなくなってしまう。それでも「一般人」として生きていけるだろうか。今すぐ駆け落ちを決意することは出来なかった。

 

「……悲しい」

 

 涙は未だ止まらない。今こそ、夜久に会いたかった。




最初は沓子とか栞が出てくる「おぬしが愛梨に相応しいか審査するのじゃ!」みたいなノリで少し書いて……めちゃくちゃ面白く無かったからボツにした。
横浜騒乱編は、酷い目に遭う周公瑾とラブコメの解決の二本柱で行きたいです。
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