魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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今回は話を進めるための前置き回


第2話

 周公瑾に雇われ、おれは大体週2のペースで仕事をすることに。とはいえ、大したことではない。密輸の手助けをするというものだ。古式魔法師が襲われないよう、横でぼんやり見守るだけの業務。本当にこれだけで100万貰えるなら、良い職場なのかもしれない。給与がまともに支払われるとは思っていないが。

 

(税関に見られたくない荷物だけ、個別に移していたのか)

 

 おれは旧神奈川エリアの水再生センターに足を運んでいた。施設内のある一部屋が仕事部屋になっているのだ。部外者がこうして入れるということは、職員に賄賂でも握らせているのかもしれない。

 密輸方法はこうだ。正規の輸送船に一部だけリスト外の荷物も載せておく。港付近に到着したら、一度水底に沈めるのだ。そして、それを術式で水中を移動させる。東京湾に繋がる千代崎川という川があるので、そこまで持ってくれば水再生センターの放流口経由で引き上げることが出来るという訳だ。

 

(……なるほどねぇ、よく考えたもんだ)

 

 ただ、おれは本当にすることがない。念の為の戦闘要員という枠なのだから当たり前だ。集中している古式魔法師をよそに、隣で呑気に間食を摂る。ちなみに自前で用意した物だ。

 

「──あの、うるさいんだけど。静かにしてもらえるかな」

 

 適当に菓子を摘んでいると、棘のある声を掛けられる。顔を上げれば、一人の少年がこちらを睨んでいた。

 

「悪い悪い」

「本当に悪いと思ってる? そもそも、人が術を組んでる時に、隣でよく平気で食べられるね。気遣いとかは無いのかい?」

「まぁまぁ落ち着いてよ、ミキ。夜久だって、引き上げとかは手伝ってくれるんだから」

「仕事なんだから当たり前だろ! それに、僕の名前は幹比古だ! 何度言ったら分かるんだ、チェヨン!」

 

 毎回のやりとりに、おれは肩をすくめる。スリーマンセルのチームなのだが、あまり気が合ってるとは言えない。

 チームの一人、吉田幹比古は驚くことに一高生らしい。入学前のトラブルで発動速度が大幅に低下し、二科生での入学になってしまったことでグレた(本人は認めていないが)ようである。こんなところにいないで勉強をすべきだ。

 もう一人は、奉彩演(ポン・チェヨン)という10才の少女だ。半年前に大亜連合から亡命してきたという。おれは「ポン」と呼んでいる。

 

「長くて呼びにくい」

「津久葉のことはちゃんと呼んでる癖に!」

「わたしに優しいかの違いね。アイスを買ってくれたら考えてもいいわ」

「このクソガキ……!」

 

 小競り合いをBGMに袋を空にする。仲裁をするのも面倒なのだ。

 

「──来た」

 

 幹比古が急に表情を険しくさせる。どうやら、荷物が沈められたのを感知したらしい。発動速度こそ欠点かもしれないものの、水の多いフィールドにおいて非常に優秀な術師なのは明らかだ。

 

「ポン、行けるか?」

「まかせて〜。持っていくね」

 

 彼女は、現代魔法で言うところの移動系統に適性のある魔法師だ。水中に「道」の概念を投影し、それに沿って物を運ぶことが出来る。波が立たないように慎重に移動させるため、今から1時間以上は掛かるだろう。

 

「……それにしても、元実技1位が密輸業に従事か。落ちぶれたものだな」

 

 ポンが集中しているのを他所に、幹比古が嫌味をぶつけてくる。どうやら、おれに敵愾心があるようだった。

 

「それ、ブーメランにならないか?」

「古式魔法師が、自身の活躍できるフィールドで生きているに過ぎないよ。自分が評価される場所で生きて、何が悪い?」

 

 悪くはあるだろう、と思った。自分たちがこの仕事をすることで、おそらくチャイニーズマフィアに何らかの利益を与えているのだ。その事実は理解せねばならない。ただ、何も言わなかった。今の彼に何を言っても無駄だ。

 

「ふーん、良かったね」

 

 それだけ言うと、椅子を何脚か横並びにする。待っているだけも退屈だから、仮眠をするのだ。「話をする気はない」ということを感じ取ったのか、幹比古の眉が吊り上がった。手をひらひらと振り、さっさと眠りにつく。

 

「──よるひさ、起きて!」

 

 甲高い声で目が覚める。腰に手を当てたポンが、側に立っていた。

 

「おっ、持って来れた?」

「うん。引き上げに行こう」

 

 幹比古は先に行ってしまったようだった。彼女と一緒に放流口まで向かう。

 

「……夜久は優しいね。一緒に行こう、って言ってもイヤな顔しないもん」

「他の人はするのか?」

「するよ」

 

 こんな幼いのに苦労をしているようだ。だが、魔法師遺児保護施設に入るよりはマシなのだろう。

 

「──遅い」

 

 ポンにとっての嫌な年上筆頭の幹比古が、おれたちを睨みつけた。勝手に行って勝手に怒るのだから、世話はない。

 処理水が流れ出す放流口近くは、当たり前だが人の気配などしない。一応何が起こるか分からないので、周りの確認だけはしておく。

 

「じゃあ上げるぞ」

 

 CADを操作し、重力制御魔法を使う。蓋部分が溶接された金属製コンテナが宙に浮き上がってくる。ぶつけないよう、そっと移動させて地面に降ろした。それを複数回繰り返して行う。金属カッターで全ての中身を開け、スーツケースへと移し替える。コンテナだと重いからだ。

 

「……何、これ? 薬物とか武器じゃないよね?」

 

 入っていたのは、一辺30cm程度のシンプルな立方体。小さな取手が付いている。

 

「変なの。わざわざ苦労して運ぶようなもの? ミキ、見間違えたんじゃないの?」

「だから、何度言ったら……! ──あと、間違えてる訳ないだろ。僕はコンテナが落とされる所も見ていたんだ」

「あんな遠いのに。見える訳ないじゃん」

「僕には見えるんだ!」

 

 幹比古が口を滑らせたのを、おれは聞き逃さなかった。昔聞いた話では、確か「視覚同調」は精霊の力を使う技術だったはず……。

 

(吉田、という姓から推測はしていたが……やっぱり古式の名門生まれだったのか)

 

 吉田家といえば、精霊魔法の大家だ。本当にどうして、こんなところで悪事を働いているのだか。しかも下っ端の仕事だ。

 

「おい、揉め事はそれくらいで。さっさと引き渡すぞ」

「お前が仕切るな!」

 

 スーツケースを転がして、中華街へと急ぐ。目的地は、日夜観光客が長蛇の列を作っている人気中華料理店。そこの通用口から、店の中へと入る。端にあるロッカーに荷物を入れて、今日の仕事は終了だ。

 

「……やれやれ、疲れたな」

「お前は寝ていただろう」

「ねぇ、お腹空いた! 奢って!」

 

 ポンに付いていってやりたかったが、生憎先約があった。

 今から愛梨と会って、食事をする予定なのだ。最近の彼女は家に上げてくれない。しかし、その代わりに外で会う回数が格段に増えた。リハビリの一環なのだろうか。

 

「悪い。おれは行けないから、これを持っていけ」

 

 2000円のマネーカードを渡してやる。これだけあれば、好きなものを食べられるだろう。

 

「えっ、いいの!? ありがとう!」

「いいよ。……ミキ、一緒に行ってやれよ」

「僕の名前は幹比古だ!」

 

 彼の抗議を聞き流しながら、愛梨の住むマンションへと向かう。その道中、おれは先程見た「箱」について考えていた。

 

(あれは間違いない。「ソーサリー・ブースター」だ)

 

 作製手順の非人道性から、先進国では製造が禁止されている術式補助具。それが、ソーサリー・ブースター。この機械を使うと、魔法師の持つキャパシティ以上の魔法を発動することが出来る。しかし、平時ならば大して必要としない筈のもの。それが日本に持ち込まれるということは……。

 

(もしかして、戦争でも起こすつもりか?)

 

 詳しい状況は分からないが、かなり不穏だ。

 早く黒羽でもなんでも、介入してほしいものである。陰謀などになってくると、おれ一人ではどうしようもない。

 

 

 

 

 

 

 達也はスーツに身を包んだ状態で、家のモニターの前に待機していた。

 四葉家当主である四葉真夜と、通話越しの面談をしなくてはならなかったからである。遅刻などもってのほかのため、指定された時間の15分前からこうして待っているのだ。

 

「──待たせたわね、達也さん」

 

 笑顔の真夜がモニターに映る。達也は丁寧に頭を下げた。

 

「ご無沙汰しております。叔母上」

 

 何か厄介なことにならないといいが……と内心思う。こうして繋ぎをとってきたということは、おそらく仕事をさせるつもりなのだ。

 

「九校戦の一高優勝、おめでとう。深雪さんは大活躍だったようで。それに、達也さんもエンジニアとして色々頑張ったのよね?」

「勝負となると、手が抜けない性質で……」

 

 言外に「なんで目立った?」という含みを持たせた言葉に、精一杯の言い訳で返す。相手を逆撫でするような返答だって出来るが、真夜の怒りを買うのは現時点では避けたかった。

 

「そう。──ところで、達也さんに折り入ってお願いがあるのだけれど」

「何なりと」

 

 どのみち、達也には真夜からの仕事を請ける以外の選択肢は無いのだ。

 

「アレがまた面倒ごとを起こしているらしいの」

 

 アレ、とは夜久のことである。基本、彼女は自身の息子を名前で呼ばない。

 

「横浜で密輸を手伝っているそうよ……一体何がしたいの、本当に」

 

 それについては、達也も同意したかった。わざわざ、必要の無い悪事に手を染めなくても良いだろう。

 

「表の人間は引き際を知っています……しかし、裏社会で生きる人間はそうではない。アレの魔法や秘密が漏れる前に対処する必要があるわ。お願いできるかしら?」

「……承知いたしました」

 

 真夜が満足げに頷く。詳細については葉山を経由してデータを送ると告げられ、そのまま話は切り上げられた。彼女とは必要以上の会話をすることも無いので、いつもこんなものである。

 暗転した画面を前に、達也は友人との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 ある日の放課後のこと、深雪が所用で少し合流に遅れるというので達也は教室に残っていた。友人たちも一緒に待つと言うので、その場で軽く雑談をして過ごす。

 

「──不登校になった人を立ち直らせるには、どうすれば良いのかしら」

 

 突然、エリカがそのようなことを切り出した。

 

「そんな知り合いがいるのか?」

「えぇ、身近にね。……ほら、あの席。ウチのクラスに吉田幹比古っているでしょう? 実は彼、ここ一週間登校していないの」

 

 名前を聞くと、流石に達也も思い出した。話したことはほぼ無いが、几帳面そうな少年だという印象を抱いたのを覚えている。

 

「それは心配ですね。でも、どうしてエリカちゃんが……」

「幼馴染なのよ、不本意ながらね」

「なんだ、そうだったのか。てっきり、ソイツに気でもあるのかと思ったぜ」

 

 軽い打撃音がした直後、レオが床に崩れ落ちた。エリカがレオの右肩を思い切り叩いたのである。

 

「何だよ痛えな!」

「ごめんなさいね。21世紀後半にもなって、人権意識の無い人間には……もう暴力くらいしか対処法が無いのよ」

「暴力こそ人権侵害だろ!」

 

 レオとエリカが相変わらずの口論を始める。美月がわざとらしく咳払いをすることで、ようやく沈静化。初期はオロオロしていた彼女も最早慣れたものだ。

 

「ごめんごめん、話が逸れちゃったわね。アイツ、別に引きこもってるわけでは無いのよ。元気ではあるんだけど、方向性が迷走していて……」

「迷走?」

「なんか、例の『退学処分者』と一緒にいた所を見た人がいるって」

 

 達也は咽せそうになるのを何とか堪えた。まさか、そこで従兄弟の名前が出てくるとは。

 

「退学処分者って言えば……あの、変な演説かましたやつだよな? だいぶヤバいんじゃないか?」

 

 元A組の生徒ならともかく、二科生の殆どは夜久と直接言葉を交わしたことなどない。「変な人」というイメージが膨れ上がって、かなり彼の印象は悪かった。

 

「まぁ、ヤバい人間に関わらないでほしいってのもあるけど……。それでも、あっちは辞めてもなんとかなるタイプじゃない。入試成績も、実技1位だったらしいし。でも、アイツはそうじゃないと思うのよね……」

「確かに。学校は通うべきだと思います」

 

 美月がうんうんと頷く。この中でも極めて一般的な感性を持つ彼女は、あまり関わったことのない筈の幹比古に対して既に本気で心配していた。

 

「えっ。てかさ、退学処分者って実技1位だったのか!? それなら、なんで深雪さんが総代だったんだ?」

 

 実技の成績は筆記と比例する傾向にある。夜久が深雪よりも実技成績が上ならば、総代になっていてもおかしくはなかった。

 

「……深雪が入試成績の詳細を入手してきたから、点数を見たことがあるんだが」

 

 達也がそう話し始めると、その場の人間全ての視線が彼に集まる。

 

「筆記が、0点だった」

「え?」

「はぁ?」

 

 素っ頓狂な声が上がる。共感性がいまいち低い達也にも、彼らの気持ちが痛いほど分かった。

 

「面倒くさがったのかは知らんが、一問も解かなかったんだろう。良く入学出来たものだ……」

 

 世の中を舐めすぎである。魔法だけで全てが回ってる、とでも思っていなければ出来ない芸当だ。

 

「ますます、アイツの行く末が不安になってきたわ……変に影響されてないといいけど」

「一度、みんなで会いに行ってみるべきじゃないか?」

「そうですよ! 心配してる、って伝えるべきです」

「そうね。私一人ではもう駄目かも」

 

 不登校の少年を何とかしよう、と大いに話が盛り上がっている。いつの間にか「達也も来るだろう?」と頭数に入れられていた。

 

 

 

 

 

 

 先日の会話を思い出し、達也は深くため息を吐いた。こんな所で話題が交差するとは……と彼はうんざりする。感情が抑制されていなければ、頭を抱えて叫び出したかもしれない。

 

「これはもう『分解』一つで済む話ではなくなってしまったぞ……」

 

 普通なら、アジトを襲撃すれば終わりの話だ。だが、友人の知り合いがいるとなるとそうはいかない。多少は穏便に事を進める必要がある。

 

(津久葉夜久……迷惑なやつだ!)

 

 自分たちの四葉脱出に、本当に彼を巻き込むべきなのか。余計に状況が悪化するのではないだろうか。未来のことを含めて、達也は本気で悩み始めた。




初期案で、幹比古は「夜久の弟子になろうとする」という役回りだったけど、この男は尖ってる時が一番面白いのでこの形に着地した。
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