愛梨は夜久と合流して、予約したレストランで食事をしていた。彼女は上品にカトラリーを扱いながら、目の前の夜久を見ていた。毎回、会う度に現状を話し合うべきだ……と思うのだが、何から切り出すべきか本当に分からない。
(そもそも、彼には思慮深さってものが無い訳だし……)
夜久は非常に短絡的で、単純に物事を捉えがちの人間だ。自分の抱えている問題を吐き出したところで「親が婚約者を探してるならあまり会わない方がいいぞ!」など言いかねない。そういう危うさがあった。
以前はこうした距離感を保とうとする彼の行動を「理性的」と判断したが、本来そう解釈するべきではないのだろう。おそらく、彼の情緒はかなり幼いのだ。
(私の「好き」と彼の「好き」には、多分だいぶ差がある……)
四葉と深い関係の生まれなことを考えても、かなり機能不全の育ちであるのは明らかだ。恋人や友人という繋がりよりも、自分の世界を共有できる「仲間」を探している節がある。
『今でも僕は唯一無二の親友だと思っています。だけど、彼の世界に僕はいないのかもしれません』
以前、夜久についての見解を森崎駿に尋ねたことがあった。その時、彼は寂しそうにこういった内容のことを述べたのだ。
『どういうこと? 貴方たち、良い友人関係って感じに思えるけれど……』
同じ家に住み、それなりに様々なことを共有している筈だ。それに、仲良しこよしという訳ではなく、時にはちゃんとぶつかり合う。将輝も「自分とジョージの関係に似ているかもしれない」と話していた。
『夜久の世界は、魔法だけで成立しているんです。だから、出会ってすぐ友達にもなれた』
一高入学当初の駿は、熱心な魔法至上主義者だったという。魔法を上手く使えない人間を見下し、自分の才能に驕っていたと話してくれた。
愛梨自身、その思想に近いところがあったので、彼の気持ちも少し共感できた。
『多分、彼の世界は間違ってるとは思うんですけど……その論理を誰も修正できません。ずっと魔法だけで、何とかすることが出来ているからです』
七草の怒りを買って退学させられても、その後の生活で特に困っていない。自分のミスで愛梨が攫われても、自力で助け出せる。その責任すら「四葉」の盾によって負う必要も無くなった。
卓越した魔法力が、彼を取り巻く問題の全てを表面上は解決してしまうのだ。ある意味、呪いとも言えた。
『僕は彼の才能を目の当たりにして、世界が広がりました。魔法だけでは生きていけないと。しかし……僕から彼に、新しい価値観を与えてやることは一生不可能だ。いつも、そう痛感するんですよ』
駿は意外なことに、夜久の孤独を何となくは理解していた。それくらいには、深い関係性を築けていたということなのだろう。でも、彼を救うことは出来ない。
『魔法によって解決できた結果が最善ではないこともある、くらいは分かり始めたと思います。だけど、魔法以外で上手くやれた経験も無いのでしょう……難しい問題ですよね』
愛梨は料理を口に運びつつ、以前した会話を反芻していた。すると、夜久が食べる手を一度止めて、口を開く。
「何、なんか悩みでもあるのか?」
「あるにはあるけれど……」
夜久のことで悩んでいますとも言えず、言い淀む愛梨。
「──……ねぇ、貴方って割と自由に過ごしてると思うけど。何も言われないの? その、身内とかに」
その問いを聞いて、夜久は意外そうな顔をした。そして、小さく呟く。
「……そんなに自由でもないよ」
意味は理解しかねたが、言葉に込められた深い悲しみの感情を感じ取ることは出来た。
「生まれた時から、ずっと自分の魔法に囚われてる。自分の存在を主張し続けないと……不安になる」
だが、その悲哀すらも魔法由来のもの。なぜ、こんなにも彼の世界は狭いのだろう? 魔法を中心とした論理を一人で構築して、一人で悲しんでいるだけではないか。
「貴方って、魔法魔法ばっかりね」
「……!」
あけすけな物言いに、夜久が唖然とした顔をする。間抜けな表情が面白くて、愛梨は少し笑いそうになった。
彼の魔法の才は、人を惹きつけるものだ。どれだけ迷惑をかけられても、その光り輝く無敵さをきっと誰もが受け入れてしまう。だけど、それが彼を永遠に幼いままにして……成長させない。
「魔法は道具よ。それ以上のものではないわ。人格と接続するべきものではないの」
そう話しながら、愛梨は父に言われたあの酷い命令を思い出す。彼は、一色愛梨という魔法師を家に必要としなかった。血の滲むような努力を続けて身につけた魔法は、あの日をもって否定された。
悲しくて何度も涙を流した。どう向き合うべきか、何度も悩んだ。しかし、今ここで答えを見つけることが出来た。
(一色家に生まれたからこそ、今こうして誇り高く生きている……。でも、そこで身についたプライドは家名を失ったとしても消えないわ。この性格だって、私のもの)
数字を冠した魔法師でなくなったとしても、自分は価値ある存在だ。ありのままの自分を肯定することで、愛梨は自身だけでなく夜久も救うことが出来ると思った。
「……魔法だけが、本当に貴方の価値なのか。よく考えてみて」
一色家から離脱すると言っても、愛梨一人の力だけでは難しい。その時にこそ、何もかもを恐れない無敵のヒーローを必要とする。不可能を可能にする、物語における白馬の王子様。
(私、やっぱり夜久くんのこと……かなり好きよ。だからこそ、私自身が選ばないといけない)
おそらく、今の夜久と駆け落ちしたところで早晩破綻する。彼の孤独も「四」の闇も、やはり全ては理解出来ない。彼自身が解決すべきことだ。
「……分からない。お前の言ってること」
ふふ、と愛梨は微笑んで「とりあえず、食べましょうか」と促す。再び食事が再開した。その間は今の話題には戻らず、ちょっとした雑談──共通の知人である一条将輝の話題などで盛り上がった。
「──貴方が『分からない』と零したことだけど」
デザートを平らげ、個室から出ようとするタイミングでのこと。
「何だよ、またその話……!?」
彼は最後まで話すことが出来なかった。唇を塞がれたからである。
「それはね……お子ちゃまだから理解出来ないのよ。分かるまではキスで終わり。残念」
「ほんとに何だよ! お前、絶対馬鹿にしてるだろ! ふざけるな!」
ギャンギャンと喚く夜久を置いて、さっさと店を出る。久々に愉快な気分だった。
◆
愛梨に置いて行かれて、一人都内を彷徨く。不貞腐れている自覚はあったけれど、気持ちを落ち着かせる方法を知らない。彼女に言われたことは、本当によく分からなかった。おれの全てを知るわけでもないのに、なぜそんなことが言えるのだろう?
(精神構造干渉を持つおれを愛さないお母様は、有用性だけは認めているのだから……)
ずっとずっと許せないこと。精神構造干渉そのものを受け入れられるならば、おれの存在も受け入れるべきだ。
何をやっても、四葉を放逐されることはない。幾度も試して知っているし、きっとこれからもそうだ。今でこそ好き勝手しているが、本家に戻ろうと思えばすぐに戻れる。でも、誰も「四葉夜久」という人間を見ない。四葉の人々は、魔法を愛しているだけなのだ。
しかし、おれもまた……この魔法を愛している。母の心を傷つけた「罪の象徴」にもかかわらず。なぜなら、物心ついた時から側にあるもので、これだけが四葉で生きる上で唯一の味方だったから。
「──……えっ。あれ、司波達也だ」
ナイーブな気持ちを一気に吹き飛ばすような邂逅。何台か並んだ自走車の間を縫うように、幾つかの人影が動いていた。なぜか、彼はこんな街中で戦闘真っ只中のようだ。
(どうなってるんだ? コイツ、そんなに恨まれてるのか?)
そう思いつつ、そっと近づいて様子を伺う。すると、達也がいきなり身体を捻る。血が噴き出るのが見えた。恐らく、肺を撃たれている。
「銃撃……!」
おれは慌てて助太刀に入ることにした。無視して帰ると、流石に目覚めが悪い。
先ほど彼が倒したと思しき、路上に倒れた二人組を拘束。そして、彼らを回収しようとした自走車を止めるべく、加重系魔法で前方を押し潰した。
「……災難だったな」
達也が特化型CADをホルスターに仕舞いだしたので、状況が落ち着いたと判断して声を掛ける。
「なぜ、お前がここに?」
「いや、普通に散歩だが……」
拗ねてずっと外を歩き回っていただけなど言う訳にもいかず、適当に誤魔化す。
「そうか」
幸い、彼は細かいことを尋ねてはこなかった。
「……お前は?」
「義母の尻拭いだ」
潰していない方の自走車を覗き込む。エアバックに包まれて伸びている女性がいた。今まで見たことはなかったが、この人物が達也の義母らしい。
「これ、どうする?」
おれの視線の先には、倒れている人間と壊れた自走車がある。
「知人が回収してくれるだろうから、置いておけ」
「分かった」
義母を送って駅まで行くというので、おれも彼について行くことにした。自動運転モードで自走車をゆっくりと走らせ、その後ろをおれと達也が歩く。彼はバイクを手押ししていた。
「……」
ただ、本当に話すことがなかった。そもそも、あまり関わったことがないのだ。
「……そういえば、お前さ。吉田幹比古って知ってる?」
何とか捻り出した話題は、グレた一高生についてであった。優秀な古式魔法師であるのは確かなようで、最近は下っ端の密輸チームから外されて別の仕事を回されているらしい。100万で雇われたおれよりも出世している。
確か、論文コンペのスパイ任務として魔法科高校に式神を飛ばしていると聞いた。まだ捕まったという話も聞いていないから、バレていないのだろう。
「俺と同じクラスだ。そのせいで、叔母上に言いつけられた仕事と並行して……友人のために彼も回収しないといけない。お前の口から名前が出るということは、それなりに不味いこともしている筈だ」
「あっ、お母様は何か言っていた?」
「……呆れていたぞ」
いつものことだ。お母様の情報については、新しい収穫はなさそうである。
「あっそ、じゃあ別にいいや」
それにしても、今回は黒羽ではなく達也が動くとは。
「……何か掴んだか?」
「えっ?」
おれは目を瞬かせる。言われている意味がすぐには飲み込めなかった。
「お前はバカだ」
そして、いきなりの罵倒。この従兄弟の思考回路はどうなっているのだろうか。こんな失礼な人間にも友達はいるのだ、と感心した。その友達は、余程心の広い性格なのだろう。
「バカだが……。多分、お前なりの論理はあるのではないかと思っている。俺たちの『誓約』を緩めた時に感じたことでもあるが」
何だか釈然とはしないが、褒めてはいると解釈した。
「……密輸品の中にソーサリー・ブースターがあった。あと、何故かアイツら論文コンペを嗅ぎ回っている。それくらいか」
「ソーサリー・ブースター? あれは御伽話の類ではないのか?」
「いやいや、それが存在するんだな。本家に行けば、サンプルがあるぞ」
おれは第四研内で似たものを作成したことがあった。
「あれは、魔法式の構築過程を補助する役割を持つ特殊CADとでも言うべき機械だ。だが、中枢に使う素材が感応石ではない……魔法師の脳なんだ。材料が調達しやすい所なら、まぁ作れるだろう? 非人道的過ぎて、カタギには無理だろうが」
「それ、残留想子で相克が起きないか?」
人間は多かれ少なかれ、想子を纏っている。魔法師はその想子を精神領域を介して操ることができるだけであって、人間や動物は元より肉体の構造をトレースする形で想子ネットワークが形成されているのだ。ネットワークの構造は人それぞれ異なり、他人がそれに干渉するのはかなり難しい。
「あぁ、実際起きたな。何度か試して……脳に刺激を与えることで、ある程度の指向性を持たせられると分かった。大陸でも似たようなことをしてるんじゃないか?」
「待て、お前も作ったのか?」
「作ったぞ。大陸製よりも多少性能が良い。結局、コストが高過ぎて運用されなかったが」
そういえば、とおれは気づく。第四研で成し遂げた実験やプロジェクトについて……お母様は一度も採用してくれたことがないと。「コストが高い」や「運用が難しい」と言って、いつも全て没にしていた。
葉山さんは「貴方には難しいことを頼んでいますから」と慰めてくれていたが……あれは本当だったのだろうか。
「なんか言われるままに色々やっていたけど、おれって何なんだろうな……」
愛梨に色々言われたことも相まって、また気落ちしてきた。精神構造干渉を使ったところで、いたずらに罪を重ねるだけで……特に良いことはない。それを改めて自覚してしまった。
「……魔法師は、道具なのだろうか」
達也はぽつりと呟いた。さっきまでの太々しい態度ではない。前を向いてこそいるが、どこか遠いところを見ているようだ。
(……誰かを悼んでいる?)
人の死を哀しむ匂いがした。引っ張られて、おれも何だか悲しい気持ちになる。
「そうでない、と信じたい。魔法師が取り換えの効く部品のようにすり減らされる、そんな社会であってはならないだろう。……深雪のためにも」
いつのまにか、駅の近くまでやってきていた。案外ちゃんと話が続いていたようだ。別れる直前、こんなことを言われた。
「……もし、お前にもそういう思いが少しでもあるのなら。俺たちは分かり合えるかもしれないな」
魔法とは何なのか。魔法師とは何なのか。おれも少し考えたくなった。
でも、何度考えても「魔法を使える」ことがこの世界で一番価値あることのように思う。自分は魔法だけを頼りに生きてきた。お母様に疎まれても、おれの人生を支える魔法そのものは恨めない。どうして、それを誰も理解してくれないのだろう。
※最初投稿したとき、最後の数行抜けてました。すみません。