様々な悩みはあれど、相変わらずおれは密輸に精を出していた。明らかな外患誘致という点を除けば、なかなか経験することのない貴重な体験ではある。こういうことを楽しめる性格で良かったかもしれない。
「なんで、毎回俺が外で見張りをしなければならない?」
「なんで……って、その仕事を割り当てられてるからじゃないか?」
しかし、チームに新しく入ってきた人間があまりにも面倒な奴で嫌になってきた。幹比古が抜けた代わりに入ってきたのは、また第一高校の人間である。流石に驚いた。
おれを退学させたイカレ学校なだけあって、ろくに教育が行き届いていないのかもしれなかった。いや、あの件はこちらにも大いに問題はあった気もするが。
「お前は退学させられた、いわばドロップアウト人間。対して、自分は校内で地に足をつけて、しっかりと成果を出している。どちらの方が優秀かはハッキリしていると思うがな」
高圧的な態度を見せる彼は、関本勲という。論文コンペの学内選考で2位だったことを強調して、こうして野外の見張りを押し付けようとしてくるのである。
幹比古は魔法で遠く離れた場所をチェックすることが出来たが、残りのメンバーはそうでないため、周りの警戒やコンテナ落下の確認には目視が必要なのだった。
「それか……そのガキにやらせるか? 俺はどっちでもいいぞ」
関本はポンを見遣った。彼女はおれの服を掴んで後ろに回る。会うたび嫌味を言われているようで、怯えているのだ。
彼女は運ぶ仕事があるので、あまり負担を掛けさせられない。彼もそれを分かって言っている。
「……どちらが優秀か、ハッキリさせたいのか? なら、今から戦って決めよう」
「えっ……?」
おれの言葉に、関本は明らかに焦り始めた。あれだけ大口を叩いていた癖に、特に覚悟を決めてはいなかったようだ。
「主義主張がぶつかった時は模擬戦で決める……それが一高マインドだろ? おれは退学してしまったが……それでも、先輩の価値観を尊重してやるぜ」
腕に巻いたCADを軽く指で叩く。ここでビビるのか、負け戦に挑むのか。見ものだった。
「……貴様ァ!」
関本がCADを握りしめ、高らかに叫ぶ。
現代魔法においての真理に「発動が早い方が勝つ」というものがある。つまり、騙し討ちが一番有利ということ。だからこそ、一高において模擬戦文化が盛んなのだ。調停者がいなければ、きっと私闘だらけになってしまうだろう。
相手を屈服させるべく、起動式がお互いのCADから吐き出される。刹那、倒れ込んでいたのは──
「──……必要だったか? その決め台詞?」
関本が呻きながら床に蹲る。対して、おれはノーダメージ。彼は余計なことを言っていたために、発動までにタイムラグが生まれたのである。もちろん、完全な後出しでもこちらが間に合っただろうが。
無系統魔法「
「ほら、いつまで寝てるんだ? 負けたんだから、早く外行けよ」
気を失った彼を足先で蹴り付け、部屋の外に転がす。そのまま、さっさと締め出した。
「……?」
自分に向けられた視線を感じ、後ろを見る。ポンがなんとも言えない表情をしていた。
「……ちょっと、可哀想」
「魔法が下手だからこうなるんだよ。身の丈にあった行動をアイツはすべきだったな」
扉の向こうでガタ、という音がした。関本がやっと起き上がったのだ。ドア越しに「早く行け」と声を掛けてやる。
椅子に座り直し、また菓子の袋を開ける。彼女の方に遣ると、素直に食べ始めた。
「ああいうタイプは絶対根に持つよ……昔、本国でたくさん見た」
「まぁ、そうなったら……その時に考えるさ」
しかし、その時は意外と早くにやってきた。1時間もしないうちに、周囲が騒がしくなる。窓から様子を確認すると、入り口で職員が男2人と言い争ってるのが見えた。
「なんだ、何が起きた……警察か!? ──先逃げとけ!」
幼いポンを逃し、おれは仕事部屋の証拠になりそうなもの──シフト表や勤怠管理表などを処分し始めた(万一の流出を避けて、非合法な団体では未だ紙が主流だ)。警察に持っていかれると、おれの名前も載っているので困る。
(クソ……! アイツ警察に通報しやがった!)
身の丈に、という言葉を間に受けたのか。そうでないかもしれないが、とにかくこのような形で仕返しをされるとは。最悪だ。
「警察だ!」
書類を魔法で処分したので、想子の動きに勘づかれたようだ。思ったよりも早く、男2人が押し入ってくる。棚からマスクを探して付けるのが間に合って良かった。もちろん、顔を隠すためだ。
領域干渉を広げていたので、魔法は防げるはずと、そのまま開け放した窓から逃げようとする。しかし、木刀が飛んできて阻まれる。その上で、銃弾もまばらに飛んできた。ベクトル反転で対処出来たが、だいぶピンチだ。「毒蜂」を発動しようとして、思いとどまる。
(いや、警察を下手に殺すのはまずい)
手札が限られている中で、選んだ魔法は「ルナ・ストライク」。精神にダメージを直接与えられる魔法だ。プロセスが定式化されているため、後遺症が残りにくい。それと、それなりに使える魔法師も多いので特定されづらいのもメリット。
魔法を使うやいなや、反応も確認せずに窓の外へと飛び出した。早く落下するため、ギリギリまで魔法を使わない。なんとかベクトル制御を間に合わせ、這う這うの体で逃走する。だが、このまま帰るわけにもいかない。
(もう自分で片をつけるしか……)
流石にもう達也を待っていられない。時間がなさすぎるのだ。
関本が匿名通報で終えていない時が怖いのだ。もし自滅覚悟で自首している場合、それを証明する痕跡があったら終わりだ。確認する時間もないため、全てを片付けないといけない。
(あの中華料理屋は一時的な物置だからな……)
あんまり大きなスーツケースを持ってウロウロすると怪しいため、中華街の門に近い店に密輸品を預けているだけだ。本命のアジトは別にある。しかし、場所を知らない。下っ端に甘んじず、真面目にやればよかった……と歯噛みする。ダメ元で達也にでも聞くか考えた時だった。かなり見覚えのある人間たちを見つける。どう見ても、ポンと幹比古だ。
「夜久! コイツ探してきたよ! 偉くなってるから本部の場所も知ってる!」
「でかした!」
逃げた時点でこうなることを予測し、近くで式を飛ばしていた幹比古を捕まえたらしい。亡命経験があるだけあって、抜け目のない少女だ。
「チェヨンが急に僕の横で泣き出すから……」
しかも、なかなかの演技派らしい。人目に付いたら厄介と彼が中華街に逃げ込んだ先で、おれと合流……と目論んでいたようだ。
「なぁ、幹比古……」
きちんと本名で呼んだからか、彼は少したじろぐ。
「な、なに」
「時間がないから単刀直入に言う。……真っ当な道に戻るチャンス、欲しいか?」
◆
おれたちは、コミューターに乗って中華街から移動していた。やってきたのは、池袋の外れにある古い雑居ビル。かなり年季が入っており、不気味な印象を抱かせる。
「雑貨貿易商の事務所は表向きなんだ」
幹比古がビルの案内板を指差す。彼はおれの話に乗ったのだ。古式魔法師としての実力を買ってくれる場がどうこう言いつつも、不安や後悔があったのだろう。
「貿易事務所は納得ね。自前の倉庫もあるだろうし……密輸品を保管するのにもピッタリだわ」
「倉庫の場所も知ってるよ。あの店から何度か運んだことがある」
「だいぶ信用されてたんだな」
「結構凝り性なんだ……そういうところが評価に繋がってたんだろうけど。結局、悪いことだから何にも残らないね……」
素直になった途端、だいぶ幹比古はしおらしくなった。元々、気の強い方ではないのかもしれない。
エレベーターはドアの開閉がうるさいので、階段でそっと目的の階へと向かう。
(まぁ、とりあえず……。頭を抑えることだな。何事も)
階段を登り切ったところで、気配を感じる。それも──
(まずい!)
反応が一歩遅れた。身体が危機に気づいた時には、既に「ソレ」はおれたちの間合いに入り込み、既に行動を起こしていた。
「……!」
ポンの首に指が生えている。否、人の指が突き刺さっているのだ。おれたちを待ち構えていた敵……大柄の青年が、彼女の喉を一突きしたのだ。
(コイツ、人喰い虎か!)
四葉の資料で見たことがある。確か……呂剛虎。大亜連合軍特殊工作部隊のエースで、白兵戦のプロフェッショナル。かなりの大物だ。まさか、日本にいるとは。
呂が腕を引き抜く。ポンの身体が崩れ落ち、首の穴から血が溢れ出る。亡くなっているのは、明白だ。
彼女が絶命したのを見て、咄嗟に障壁魔法を使っていた。だが、これもいつまで持つか分からない。引き返そうにも、今挟み撃ちをされれば、絶対に逃げきれない。呂を倒すためには、一撃で決める必要がある。どの魔法を使うべきだ? コンマ数秒の間に考えねば。
しかし、もう少し猶予を得られた。なぜなら、呂の頭上に凄まじい勢いで雷が落ちたからだ。これなら、この状況なら落ち着いて「あの魔法」が使える。
(今だ!)
障壁魔法を解除し、精神干渉魔法「毒蜂」を発動した……筈だった。間違いなく、針は呂に刺さったというのに。どう見ても効いていない。痛覚に対して、強い耐性があるのだ。失敗だ。
腕が振りかぶられ、こちらへ鋭く振り下ろされようとする。ただ、雷撃のダメージか……少し動きが鈍い。
最後の悪あがきで、加速系魔法を全力で使う。すると、思ったよりも彼は簡単に吹き飛んだ。しかし、身体が弾け飛んだりもせず、未だ五体満足。殺さないと怖いため、続けて「ユーフォリア」を使う。ようやく、呂はピクリとも動かなくなった。おそらく死んだ筈だ。
「やった……か?」
「なんとか……なったんじゃないかな」
お互い、気の抜けたような声しか出せなかった。もし動き出したら怖いので、ビルの窓から移動魔法で呂を投げ捨てる。生命の危機を乗り越え、やっと気持ちが落ち着く。
そのあと、無言でアジト内の証拠品を処分する。本当はそんな気力など無かったが、自分たちのためにもやらねばならなかった。
「──まぁ、これで警察に嗅ぎつけられることはないか。まぁ、襲われる危険性はまだあるけど……」
「そうだな……」
流石にソーサリー・ブースターや武器などは回収できないし、まだまだ残党も残っている。ただ、自分の周りから厄介事を引き剥がすことは出来た。愛梨のことは、もう自分が警戒するしかないだろう。最初からそうすれば良かった。
全てを終えたあと、2人で吉田家の私有地だという山へと向かう。せめて、ポンの遺体を埋葬してやりたいと思ったのだ。
「……お前が先に帰った日。僕はチェヨンと初めてちゃんと話したんだ」
道中で買ったスコップを使って穴を掘りながら、幹比古が静かに言う。
おれが愛梨との約束を優先して、2人と別れた日のことだろう。なんだかんだ、彼女を心配して食事に連れていったようだ。
「お金を貯めて、戸籍を買うんだと言っていたよ。違法入国だから、自分を証明するものは何もなかったらしい」
話したことのある人間が、目の前で死ぬ。幹比古にとってはきっと衝撃的な出来事だったのだろう。
「……そうか」
こうした不幸話は珍しいものではない。このタイミングでなくても、彼女はいずれ死んでいた可能性がある。弱い人間から死んでいく、それは自然の摂理だろう。
「僕らは罪を帳消しにしようとしたから……その報いを受けたんだろうな。きっと、この子のことを一生忘れられないよ」
おれも頷く。自分のためにやったことで、他人が死んだ。そのことは理解していた。
「……お前、今後どうする?」
「一高には戻るよ。正直、そんな気にはなれないけど……そうするしかない」
罪悪感を一度抱いてしまうと、真っ当に生きることを許せなくなる。だが、もう二度とアウトローを気取ることもできない。今の彼はそういう板挟みの状態だ。
「こんなこと、言っちゃいけないんだろうけどさ」
お前もいて良かった……。幹比古はそう零した。
「1人じゃ背負いきれないよ……こんなの」
また黙って穴を掘り続けた。ようやく、子供1人すっぽり収まる程度の空間が完成する。死体を入れて、土を被せていく。その作業をする中で、感じたことがあった。
今回の事態を引き起こしたのは、おれだ。とはいえ、今までも似たようなことはあった。全てを自分は魔法力で解決してきた。けれど、今回で……必ずしも上手くいかないのではないかと怖くなった。また似たようなことが起きた時、次は本当に失いたくないものを失うかもしれない恐怖。
(魔法だけで、世界の全てが成立している訳ではない?)
初めて、そんな疑問が頭に浮かんだのだった。