2062年の悲劇を皮切りに、四葉は取り憑かれたように自らの魔法力の研鑽に努めた。もちろん、大漢崩壊で失った大量の人材を埋め直す必要があったことも理由にはあるだろう。
どのような外敵にも害されないよう、所属する魔法師は徹底した戦闘訓練を課す。危機への対処能力を身につけさせるためだ。それだけではない。子供や女性には、ガーディアンという護衛対象を命に代えても守る役目を帯びた人間を付ける。こちらは、重要な血族を失わない為に作られた仕組みだ。
そして、四葉は徹底した秘密主義へと変化した。他家との接触を断ち、全ての情報を隠匿している。本家の所在地も、一族についても。必要最低限のこと以外、何も公開しない。
(ずっとその仕組みが、納得いかなかった……)
お母様はおれの「精神構造干渉」を厭い、息子だとは思わなかった。それゆえ「顔も見たくない」と、生まれてすぐ分家に預けてしまったのだから強烈だ。もちろん、母親らしいことなどしてくれたことは一度もない。
それでも、血のつながった親子なのである。切り離すことのできないもので、本来ならば簡単に証明できることなのに。四葉の「秘密主義」のしきたりがそれを許さない。
だから、おれの人生は魔法力の誇示にあった。自分の魔法が並外れて優れているということを……示し続ける。外堀を埋めてでも、何とか認知して貰おうとした。そのためなら、いくらでも無茶なことをした。魔法の才は、全ての道理を通すと信じているから。
(……っていう、筈だったんだがなぁ)
おれはまた愛梨と一緒に出かけていた。ホテルでランチをするというから、付いてきたのだ。もう食事は終えており、テーブルの様相は食後のティータイムだが。コーヒーとケーキがおしゃべりのお供だ。
「そろそろ、学校に戻れそう。友達に会うのが楽しみね」
「へぇ……」
リハビリの成果か、彼女の動きはだいぶ滑らかになってきている。もう少ししたら自由に出歩けるとも、魔法競技の練習も早くしたいとも明るく話した。だが、おれはそれを素直に喜べなかった。先日、突如として生まれた疑問をきっかけに、日に日に不安が膨らむ。
魔法で押し通したことが、良い結果に繋がらないということ。
上手く魔法だけで解決することができないということ。
思えば、それを示す出来事は多々あった。気づく機会がなかっただけで。知ってしまうと、失うのが怖くてたまらない。自分の力は、自分を守ることはできる。しかし……。
「夜久くん、なんだか元気ないわね……。どうしたの?」
他人の人生の責任までは、負えないものなのかもしれない。
愛梨が俯いたおれを覗き込むように見る。彼女を守らねばと意気込んでいたものの、気持ちが沈んでいることをすぐに見抜かれてしまったようだ。
「いや……別に、なんでもない」
「なんでもない訳ないでしょ。どう見てもおかしいわよ」
「……」
おれは彼女に何を相談すべきか、そもそも相談すべきかも判断がつかない。
「……そういえば、今日って論文コンペだろ。見に行かなくて良かったのか」
結局、話を変える。上手く、自分の中で悩みを纏められなかった。
「護衛の仕事があったら、行ってたでしょうけど……。流石に戦闘には不安があるわ」
運が悪い年は、論文コンペ参加者が産業スパイなどに狙われて流血沙汰になることがあるという。そのため、どの学校も護衛として腕っぷしに自信のある生徒を選抜する……と駿から聞いたことがある。愛梨も元々は声をかけられていたのかもしれない。
「だから、こうしてゆっくり過ごせるんだけどね」
コーヒーのおかわりをウェイターに頼んだ愛梨は満足げに微笑む。のんびりとした、平和な時間が過ぎていく……筈だった。しかし、愛梨の端末がけたたましく鳴ったことで、それは終わりを告げる。
「……横浜に無登録の船舶!? それに……港の管制塔で爆発も!?」
端末の画面を見て、愛梨が小さく叫ぶ。
それにしても、嫌な予感が当たった。あの時見た武器やソーサリー・ブースターは、やはり使うために用意されていたのだろう。強化された魔法師が、横浜を暴れ回るのも時間の問題だ。
「今横浜にいる人は心配だが、どうすることもできないしな。混乱が落ち着いたら……」
大陸の魔法師の殆どは横浜にいるだろう。現時点で、おれたちを害しにやってくる余裕などない。ラッキーだ。
それに、多少の損害は出るだろうが……国防軍や居合わせた魔法師によって、鎮圧されるに決まっている。この状況が落ち着けば、おれを悩ます問題も解決してくれるだろう。楽観的な予測かもしれないが、少し穏やかな気持ちになれた。
「……私、行かないと」
それなのに。愛梨は椅子から立ち上がる。まさかの事態に、おれは驚いた。止めなくてはならない。
「どこ行く気だよ!?」
「……ここからなら横浜は近いわ。都内に来ている家の魔法師を纏めて、避難民救助に向かわないと」
「……なんでお前が行く必要あるんだよ! ついさっき『戦闘はまだ不安がある』って」
戦場に向かうということは、命の危険が付き纏うことだ。どうして、わざわざ行く必要があるのか。
「私は『一』を冠する一族よ。ここで、呑気にお茶を飲み続けていたことが知られたら、社会的に殺される立場……」
だから、行かないといけないの。今まで政府から受ける特権の対価を、この国の危機に役立てることで支払う必要がある──なんでもないように、彼女は言う。
「マンションに戻ればいいだろう」
「バカね、言葉の綾よ。この状況で座してる場合ではない、と言いたいのよ」
呆れた顔で、そう言われる。本当に理解できなくて、頭にカッと血が上った。
「……おかしいよ! お前の言ってること、全然分からない!」
魔法は道具だと、前に言っていたではないか。
人格と接続すべきものでないなら、その道具を使うかどうかも自由の筈だ。有用な魔法を持っているからといって、使うことを強制されて良い訳がない。人は好きに魔法を使ってはいけないのか。
「行かないで……」
愛梨の腕を掴み、おれは情けなく縋る。ずっと心にあった不安が、今になって更に大きく広がる。迷子の子供のような気分。
「……お前を守れる自信ないよ。そんな戦場で」
その言葉に、彼女は驚いた顔をする。だが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「来てくれるの? うれしい……」
「本当は嫌だ。おれは行きたくないし、お前にも行って欲しくない……」
「うん、うん……そうよね。誰だってそうよ」
私だって怖い。彼女はそう続けた。
縋り付くおれの頭を、愛梨が掌でそっと撫でた。じんわりとした熱を感じる。
「魔法力は血に依存する、と言われているわ。強い魔法師は多かれ少なかれ、ナンバーズかその縁戚……あるいは関係者。そのように生まれると、その後の人生全てに社会への責任がついて回る……私はそんな世界で今生きている」
「無視しろよ、そんなの……」
「できないのよ。それが出来るのは……貴方だけ」
どういうことだ? 意味がわからなかった。
呆けた顔をしていたのだろう。愛梨は笑って教えてくれた。
「貴方はそれを辛いと思ってるみたいだけど。……類稀なる魔法力を持った上で、何者でもないというのは幸せなことよ。自分の為だけに魔法を使える人なんか、そうそういないの」
確かに、第四研でのあれこれを除けば……自分の行動は全て、感情の発露であった。
「地位のある魔法師であればあるほど、貴方のことを羨ましいと思うわ……。誰だって、責任を負うのは辛くて。魔法力によって得られる特権だけを振り翳したい、って思うことは……ある」
「愛梨……」
魔法至上主義とは「魔法が使える奴が偉い」という論理。それは誰かの「本当は自分のために生きたい」という願いから始まり、それが歪んだ形で魔法師社会に影を落としている。
人間というものは、本当は誰でも弱い。生まれながらに「奉仕」を運命付けられたくなどない。けれど、やらねばならないのだ。優れた魔法師に生まれてしまったから。あまりにも悔しく、悲しい。その事実を理解し、苦しくなる。
「ごめん……。おれ、バカでごめん」
社会は「持つもの」に厳しい。それに、残酷だ。なんで、そんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
「ふふ……ちょっとバカなのよ、貴方。昔から、そうだったでしょう?」
彼女はおれを抱きしめ、優しく撫でてくれた。そういえば、小学校の頃は同じ所に通っていたのだ。些細なことで癇癪を起こしていたおれを見たこともあっただろう。
「……お前が行かなきゃいけないなら、おれも行く」
本当に守り切れるのか。絶対などあるのか。他人の人生を背負うことは無茶で、やはり怖くなってきている。しかし、誰もがそうなのだ。未来が怖くても、逃げられない──こんな最悪の運命から、愛梨だけは解放してやりたい。できる限りのことは、やる。きっと、これからの人生でやるべきことはこれだ。
決意と共に、おれも彼女を抱きしめ返す。体勢を立て直したことで、こちらが抱き込む形になる。華奢な体は、戦場に行くべき人間とは到底思えない。
「……だって、好きだから。不幸になんかしたくないよ」
そのためならば、今後は素直に第四研で仕事をする。四葉の縁者という特権をこれからも使うためなら、お母様に冷遇されながら意味のない研究をやり続けたって構わない。
その上で、愛梨を一色家から引き離す。もしかしたら、彼女には既に婚約者などもいるかもしれないが……知ったことか。おれには、その全てを跳ね除ける力がある。そうではないかもしれないけど、そう信じるのだ。
「……かっこよくなったね」
「ありがとう……」
どちらからともなく、唇を重ねた。今のおれたちは、多分あまり幸せではない。幸せになるために、まずはやるべきことをしなくてはならないのだ。
「行こうか」
何度か触れるようなキスをして、とりあえずは満足することができた。
「そうね……ここで時間を使い過ぎたわ。──誰かさんのせいでね」
「仕方ないだろ! 不安だったんだ……」
なぜ四葉が「ガーディアン」の概念を生み出したのか。必死になって、強力な魔法師に執着するのか。全てを隠そうとするのか……。今なら理解できる。怖くてたまらないからだ。何もかも、自分の手元に置いておきたい。好きとか嫌いといった問題ではなく、自分の所有物が欠けると気分が悪い……そうしたセンチメンタルかつ、幼い子供のような思いをずっと抱いているのだ。
世界の危機なんか、本当にどうでもいい。コミュニティを破壊する存在だけが、我々の敵なのだから──四葉家の魔法師はそう思い、ただ自分たちのためだけに生きてきた。最初からその価値観に耽溺することができれば、きっと幸福だったに違いない。歪んではいるけれど、魔法師にとって一番恵まれた環境だった。身内を愛して、内に籠る限りは。
(でも、おれは四葉の外で「守りたい存在」を見つけてしまったんだ)
お母様はおれを愛してくれなかった。そのせいで、おれの人生は迷走し続けた。だが、そのおかげで多くの出会いがあったのも事実。間違いだらけで、褒められたものではないけれど、自分だけは肯定したい。
(ごめんなさい……お母様。ずっと、大好きだった)
嘘つきで、意地悪な人。時々抱きしめてくれるのに、優しい言葉を掛けてくれるのに……その全てが薄っぺらかった。きっと、お母様はこれからも愛してはくれない。生まれ持った魔法は、運命を決定づけるから。欲しいものは手に入らない。ならば、自分自身を愛するしかないのだ。
今、おれは幸せになりたくて仕方ない。だから、2062年から逃げ出す。お母様を不幸なままにして。
親不孝だけど、許して。
今回は短め。
まだこの章は続きます。周公瑾とかボコしてないので……。