横浜に向かう前、愛梨は「自分についてくるなら、自分の指揮に従え」と言った。一色家の魔法師を纏めるのは自分であり、指揮系統に入らない人間は邪魔だからと。よく飲み込めないまま頷いたが、多分それは失敗であった。
「……話と全然違う」
側で愛梨を守ろうと思って、彼女についてきた筈だ。なのに、結局人手が足りずバラバラだ。おれは避難民脱出用の安全地帯を作るため、とにかく敵を排除しないといけなかった。そこに、一色家がヘリポートにキープしている機体が飛んでくる予定だという。
(装甲戦車や魔法師はともかく、化成体などの対処は面倒だな……)
肌感覚でしかないが、おそらく全体的な戦況は今のところ劣勢。大量の式神等が飛んでいるため、戦闘がしづらいのだ。これだけ数があると、根元……要は術者を叩く方が早いだろう。しかし、おれは持ち場を離れることもできない。離れすぎると、愛梨の危機に駆けつけられなくなる。
(愛梨はまだ……ちゃんといる。大丈夫)
おれの干渉力が及ぶ範囲であれば、彼女の存在を知覚できた。場所がわからなくても「生きている」と分かる。その事実によって、不安を軽減することが出来ていた。
魔法を使う合間に、時間を確認する。予定通りならば、そろそろ一色家のヘリがやってくる時刻。きちんと脱出できる状態になるまでは、粘らねばならない。
「──どうも、お疲れ様です」
ようやく到着したヘリ3台が、簡易発着地に着陸する。その中の1台から降りてきたのは、一条将輝だ。以前会った時と違って、戦闘服に身を包んでいる。まぁ、それはこちらも同じなのだが。
「何でお前が……」
「途中で見かけたから乗せてもらった。同じ『一』の誼で識別信号を貰っていたのが幸いしたな」
戦場で民間ヘリは目立つ。撃墜されないよう、露払いを申し出たのだという。
「将輝さん、ウチの操縦士たちのためにありがとう」
「いえ、愛梨さんも。ナンバーズとしての責任を果たしてくれたこと……感謝します」
一条はここでヘリを見送って、しばらくは周囲を警戒するつもりだと言った。その後は、再び戦闘に復帰するという。
「良ければ、津久葉にも手伝って欲しいと思っているんだが」
「おれは帰るぞ。ヘリの護衛が必要だ」
「愛梨さんがいるだろう。それに、一色の魔法師も有能だ」
脱出が一番危険なのだ。せっかく、避難民を乗せたというのに落とされてしまったら、苦労が全て水の泡だ。
首を振ったおれに、一条は耳打ちをしてきた。
「……少し前、お前は密輸組織にいただろ? 千葉家の総領の証言があった。これを介入して握りつぶしたのは、俺だ。物的証拠が無かったから、何とかやれた」
「……!?」
マスクごときでは素性を隠せなかったようだ。また、後味は最悪だったとはいえ……証拠の処分は正しかったとも思った。千葉家は警察に顔がかなり利く。一つでも証拠が残っていたら、面倒なことになっていた。
もちろん、周から脅迫まがいを受けてはいたゆえに、巻き込まれたことに過ぎない。上手くは行かなかったが、彼女を守るためにやったことだ。
「……」
「ヘリを守るのもいいが、元を叩かないと終わらない。それくらい分かるだろう? 何人か逃げ込んだのを俺は見ている。それを理由に踏み込むぞ」
彼は空中を指差した。中華街の方面を指したのは明らか。きっと、どさくさに紛れて戦闘行為をする覚悟なのだ。そして、おれを巻き込む気でもいる。
「いや……」
もちろん、自分のやらかしたことのツケを支払う必要になってるだけなのは理解している。だが、もし離れたら……。おれが見てない間に、何か危険なことが起こるかもしれない。答えあぐねていると、愛梨が一度ヘリから降りてきた。おれと一条がコソコソと問答をしているのを見かねたのだろう。
「愛梨さん、彼を借りてもいいか?」
「だから! 嫌だって……」
戦場は刻一刻と変化する。そんな当たり前のことを本当の意味で理解していなかった。
凄まじい轟音と共に大地が揺れる。どこかの戦線が崩れ、爆撃がこの辺りまで届くようになってしまったのだ。まばらとはいえ、当たればひとたまりもない。おれたちは咄嗟に対物・耐熱シールドを貼る。
「──ヘリ早く出して!」
愛梨が叫ぶのと同時かそれより早く、3台のヘリは飛び立つ。このまま留まっている方が危険と操縦士は判断したのだろう。
「……とりあえず、ここにいてはまずい!」
シールドを維持しつつ、自己加速術式を全力で行使する。数分間必死に走り続けることで、ようやく危険地帯から抜けることが出来た。
「はぁ……」
疲労で思わずしゃがみ込む。おれだけでなく、一条や愛梨も肩で息をしている。
「……瓦礫が多くて、場所が分からないな」
辺りを見回すが、目印のようなものが見つからない。景色があまりにも変わってしまっている。ここまで街がめちゃくちゃになるとは。
「この辺りのエリアは、山手公園近くだと思う。ほら……あの辺りは、崩れたのではなくて元々開けている感じだろう」
一条が示した場所は、確かに瓦礫が他より少なかった。
「ここなら、中華街も近いな。津久葉、行くぞ。愛梨さん、悪いが……貴女にもついてきて欲しい」
「え、えぇ……」
「一条……! お前、ふざけんなよ」
「……分かっている。無理やり巻き込んでしまっていることくらい」
「なら……!」
おれが声を荒げても、一条は静かに首を横に振るばかり。
「それでも、二十八家に関連する立場だ。『俺たち』は」
ヒュッとおれの喉が鳴るのを、脳が俯瞰して知覚する。自分はこうなることを望んで暴れ回っていたのに、いざそうした事態に直面すると……急に怖くなった。
「私が攫われたときの調査は一条も噛んでたわね。つまり、貴方たちも父と同じ結論を出していた……」
「あぁ、そういうことだ。──だが……津久葉。俺たちも一色家も、詳しく突っ込むつもりは無かったよ。面倒ごとになるのが目に見えているからな」
人はあの救出劇を見たとき、おれを単なる一般の魔法師と片付けないに決まっている。才能は正しく評価されてしまう。現実を今更思い知った。
「ただ、こうした状況になれば話は別だ。やはり、俺たちは役目を果たすべきだと思う」
多分、一条の中で「ナンバーズとして、力を人のために役立てる」のは当然のことなのだ。覚悟が決まりきっており、恐れもあまりなくなっている。これはこれで、不幸にならない方法なのだろう。
(嫌だ……別に、やりたくないし。お前1人で行けばいいのに)
どうして、こんなことになっているのか。必要なことを済ませて、さっさと離脱するつもりだったのに。
「ウダウダしていても仕方ないわね。こうなったら……行きましょうか。──ほら、夜久くん。立って。早く」
愛梨が急きたてるから、仕方なく立ち上がる。行くというのならば、行くしかあるまい。おれの行動原理は……彼女を守ることである。一条の案内のもと、周囲を警戒しつつ歩き出した。彼のいう通り、そこまで時間も掛からずに到着する。
普段は多くの観光客で賑わう筈の中華街の門も、今は固く閉ざされている。大漢崩壊の際、亡命した華僑たちは自らを守るべく、中華街を少しずつ改造し……要塞化したのだ。そのため、壁が作られたりなど、21世紀前半と比べると明らかに圧迫感のある地区になっている。
「扉を開けろ! さもなくば、侵略者に内通していたものとする!」
振動系魔法「拡声」を使い、一条が声を中華街内部にまで届かせる。威力のないものとはいえ、魔法は魔法だ。あちらが攻撃と見做して、反撃してくるかもしれない。おれたちも緊張感を持って待機していた。
(……?)
門に備え付けられた小さな通用口が開いた。そこから投げ捨てられるのは、ロープで縛り上げられた人間数人。彼らを放り出すと、再び扉は閉まった。
罠を警戒しながらも、一条はそっと顔を確認する。
「見覚えがあるような、無いようなだな……」
「じゃあ、本当に逃げ込んだ敵兵士かも分からないわよね?」
「正直、すり替えられてても分からん」
どう見ても「自分たちは関係ない」とアピールするためだけの行動だ。
「ただ、一応協力はするというスタンスを表明されたからな……。出来ないこともないとはいえ、原則俺たちに民間人を取り調べる権限は無いし、最低限のやるべきことは果たせたとも言える」
「どう考えても怪しいのにか? お前も元々は強行突破を考えていたんだろう?」
突入への戦力確保のために人を脅したり、状況を盾にしたりまでしたのだ。何が何でも理由を付けて、中へ入り込む気でいると思っていた。
「リスクと引き換えにやる価値はあると考えていた。だが、必要以上のリスクを犯す意味もない」
彼は一度言葉を止めて「愛梨さんもいるしな」と付け足した。そう言われてしまうと、おれも引き下がるしかない。元より、やる気がなかったのもある。
敵兵(かもしれない人間)を回収して帰ろう……という雰囲気で纏まった時であった。愛梨が信じられない行動に出た。突然CADに触れ、魔法を展開したのだ。
「おい! 何してるんだ!」
愛梨は滑らかに移動魔法を発動し、扉部分に凄まじい衝撃を与えることで、通用口を完膚なきまでに破壊した。言い訳のしようもない、武力行使だ。
「最低限やるべきことをやったのなら……。それ以上は個人の裁量よね? 私は必要だと思うから、やるわ」
「愛梨!? お前まさか」
怒りをどこへぶつけるかは自分で決める、と以前言っていた。
あの時の屈辱を「侵攻軍の協力者を探し出す」ことで、気持ちに折り合いをつけようとしている? ナンバーズとしての義務を果たす中で、自分のために魔法を使うチャンス。それを彼女は逃すつもりなどなかった。そういうことだろうか。
「お、おい……」
「将輝さん! 回収はお願いするわ! ──さっ、夜久くん! 行くわよ! 私を守ってくれるんでしょう!」
凄まじい速さで飛び出してゆく。
彼女には移動魔法の優れた才があり、人々は「エクレール」と呼ぶ。その名の意味を、今理解した。
◆
戦闘にまだ自信はないのではなかったか。そう突っ込みたくなるほど、愛梨はやる気に満ち溢れていた。
「……さて、どこから手をつけましょうか」
壊した門を通り抜け、静まり返った街を鼻歌混じりに彼女は歩く。
「お前、また怪我したらどうするんだよ。もうすぐ復帰できるのに。そんなにやりたいなら、おれが代わりに……」
「なんでやるの? したかったの?」
ぐっ、と言葉に詰まる。ここに来るのは、そもそも乗り気ではなかった。
「貴方がやりたいのは、私を守ることみたいだし。だから、今いる訳でしょう。私のやりたいことを邪魔する必要はある?」
さまざまな理屈が絡まり合い、頭が混乱してきた。
人はやりたくないことをやらされるので、苦しい思いをする。持つものは、特にその傾向にあった。したいことだけすることは難しい──そこまでは分かる。
「でも、わざわざ危険な場所に来なくてもいいだろ……」
「それは貴方の心配。私はリスクも分かってて、ここにいるの」
話が全く噛み合わない。「守る」と言って、あんなに喜んでくれたのに……これでは、守って欲しいのかよく分からない。ただ、自分だけ帰る選択肢もない。
(……精神干渉魔法で一時的に動きを止めるか?)
愛梨を抱えて、高速で離脱すれば……。そんなプランも頭をよぎるが、戦闘になった時が怖い。人を運んでいたら、満足に動けないだろう。
何が最善なのか、途方に暮れてしまう。焦りの気持ちだけが、おれの中でぐるぐると渦巻く。
「……あの時、助けに来てくれてありがとう」
黙ってしまったおれに、愛梨は言う。あの時は、攫われた時を指していると分かる。
「そして、その後も……外に出る時はずっと側にいてくれたわね。だから、ずっと怖くなかった」
でもね、いつまでもそうするわけにはいかないでしょう?
隣を歩く彼女は、困った顔をしていた。彼女もどう伝えるべきか悩んでいたのかもしれない。
「守ってくれたら嬉しい。それは本当。でもね。私を守れない時に、私に何かあった時……自分の責任と思う必要もないのよ。──言ったじゃない、責任を負うことは辛いことだって。貴方に背負い込んで欲しいものではないわ」
「でも……」
愛梨を守りたいおれは、彼女のガーディアンになろうとしていたのかもしれない。しかし、彼女は四葉と異なる価値観だ。だから、この自分の不安は伝わらなくてもどかしい。
「……おしゃべりはここまでね。出てきたわよ」
話しているうちに、街の中ほどまで来ていた。門からは距離があり、容易には逃げられない位置だ。
突如として、青白い火が降り注ぐ。所謂「鬼火」と呼ばれるものだ。つまり、実体が存在しない。それでも熱についての情報体ではある。振動・減速系魔法の「
もちろん、襲撃はそれだけで終わる筈がない。道沿いの建物から、複数人がこちらへと飛び降りてくる。敵魔法師のお出ましだ。こうなってしまえば、戦う以外はあり得ない。愛梨と目配せし、すぐさまCADを操作する。
おれの悩みは何一つ解決していないが、今は彼女を信じるしかない。分かってはいるが、なんと難しいことなのだろうか。
かなり展開に悩み、複数回書き直したので時間がかかりました。
愛梨はなんだかんだ可愛げがありつつも、ガールクラッシュなヒロインという造形で書いているので……こういった形になりました。