何度も言っていることではあるが、おれは戦闘に特化した魔法師ではない。
なぜなら、固有魔法は「精神構造干渉」であり、特に一撃必殺の魔法は持ち合わせていないのだ。多用する「ユーフォリア」や「毒蜂」も、暗示や痛みのショックによって副次的に死を齎すに過ぎず、一瞬で相手を殺せる訳ではない。その欠点は、祖父の元造が持っていたという「死神の刃(グリムリーパー)」でも同じこと。司波深雪の「コキュートス」と違って、どうしてもタイムラグが発生する。まぁ、彼女の魔法は「殺してはいない」のだが。
どちらにせよ、高速で目まぐるしく状況が変化する場面において、最も速く発動できる得意魔法に頼れない。それこそが「強い魔法師」とは四葉内で評価されない理由だ。
(……味方がいると、領域魔法は使えないしな)
だからといって、干渉力と作用範囲で押し切ると愛梨を巻き込んでしまう。選択肢が少ない中で選んだのは、系統外魔法の「ワン・コマンド」。想子波によって、脳の指令を操る魔法である。精神そのものに干渉するのではなく、神経の伝達を狂わせるタイプの簡易な魔法だ。
敵の動きが固まる。その瞬間、高速で飛んできた稲妻が彼らを焦がす。稲妻の正体は、愛梨が発動した「スパーク」の放電現象だ。襲撃してきた魔法師らは、一瞬にして死体へと変わった。
「……えっ!?」
あり得ない光景に、愛梨が叫ぶ。
倒れ伏した筈の死体がすぐさま動き出したのだ。敵に殺される前提で運用する、大陸古式魔法特有の「二毛作」。生前に精霊――独立情報体を取り憑かせておくことで、宿主の生命活動が停止した時点で主導権を奪えるようにしておく。しかも、死んでいるので多少の攻撃では怯まない。
これが十数体、本来ならかなり面倒な相手である。
(だが、残念……。こうなった方が早く済む!)
起き上がった身体の奥に、人間とは違う単純な構造が視える。肉体を動かしている精霊だ。実体を持たない情報の構造へ干渉することこそ、おれの十八番だった。意気揚々と発動した、精神構造干渉魔法「フラクチュア」は、精霊を一気に破壊し尽くした。化成体や精霊のようなシンプルな構造は、こうして簡単に壊すことが出来るのだ。
しかし、死体人形を倒しても、一息つくことは出来ない。次の攻撃は……と警戒した時、身体中に鳥肌が立つ。この感覚を、おれは知っている!
(……!)
一瞬で"ソレ"に反応できたのは、本能が脳の判断を上回ったから。無我夢中で行使した「ベクトル反転」は、おれたちが肉塊に変わり果てるのを救った。
(呂剛虎!アイツ生きてたのか!?)
幹比古の雷撃だの、おれの魔法だのをあれだけぶつけたのに。信じられない。しかも、門がある側から現れたということは、侵攻軍に混ざっていたということ。もう戦闘復帰出来ていたとは。なんて身体性能をしているのだ。
そして、肉体の丈夫な人間に催眠は効きにくい。精神に身体が引っ張られないからだ。かなり、精神干渉魔法と相性が悪い。
(クソ、最悪だ!)
それでも愛梨を守るべく、彼女の前に飛び出そうとする。しかし、それは叶わなかった。おれと愛梨の間から、化成体が大量に現れたからである。それらは黒く、獣のような姿をしていた。すぐに対処したものの、開けた視界には……彼女はもういなかった。だが、ピンチほど冷静にならねばならない。まだ、愛梨は生きている。大丈夫だ。
「……失礼。方位を狂わさせて貰いましたよ」
パニック寸前の脳を落ち着けようとした時、それを邪魔する声が差し込まれた。いつのまにか、長髪の青年が目の前に立っている。
(周公瑾……!)
すぐに加速魔法を相手に掛けて、距離を取ろうとする。しかし、手応えは無し。
「方位を狂わせる」という言葉の意味が分かった。仕方なく、自分が後ろに移動する。
「どうも。あの大胆な退職には驚かされましたよ。最近の従業員は責任感が無くていけません」
周が地面を軽く蹴る。
「縮地」の術と気付き、おれは自己加速術式で避けた。
「まぁ、負けるとも思っていませんが……貴方に勝てるとも思ってませんよ。時間稼ぎが出来れば十分。あの少女が死ぬまでのね!」
古式の精神干渉魔法は、一度術に惑わされると跳ね除けるのが難しい。とにかくイデアを注視しつつ、周の位置を常に確認しなければ。しかし、術を解くべく集中するためには……愛梨から目を離さねばならない。
(でも、周を早く見つけないと……こちらがやられる!)
片手間に戦える敵でもない。早く倒して、愛梨の元へ向かう。それが、やるべきことだ。おれは覚悟を決め……目を凝らした。
◆
戦闘の最中、夜久とはバラバラになってしまった。魔法戦闘にブランクがあるにもかかわらず、一人で敵に立ち向かわねばならない……このような危機的状況において、愛梨は意外にもひどく落ち着いていた。
彼女は「エクレール」。稲妻よりも速いと、人々はそう呼んで称える。その誇りを持って、今この戦いに身を置いていた。もちろん、命のやり取りだ。試合などとは全く違う。でも、どんな時でも冷静に物事を考えるべきなのは同じだ。
(この男……さっきまでの術者とはまるで違う!)
繰り出される攻撃を捌きながら、彼女は打開策を考え続けていた。
(状況に応じて切り替える情報強化と対物障壁……あまりにも厄介だわ。さっきから攻撃魔法を展開しているのにまるで効かない!)
魔法が触れるたび、呂の周囲で想子が散った。それでも巨体は止まらない。愛梨は脇へ滑り、空いた場所へ次の攻撃を通した。
呂の異能は「鋼気功(ガンシゴン)」と呼ばれる、華北の術者が発祥の技術だ。皮膚上に流した高密度の想子による情報強化、身体に沿って覆った何層もの想子情報体による対物障壁、この2つを臨機応変に組み合わせる防御術法。そして、それらを鎧型の呪法具「白虎甲(バイフウジア)」で増幅することで、機関砲すら跳ね返す強靭な肉体を実現するのだ。接触型術式解体に近いが、こちらは魔法を防ぐたびに飛び散る想子を、呪具によって留まらせているところが異なる。
(この体格ではあり得ない速さ。気を抜いたら……死ぬ!)
大柄な体格の割に、鈍重さが微塵もない。先程から、呂が繰り出す攻撃や突進を紙一重で避けることの繰り返し。スピードが辛うじて上回っている故、戦闘を継続できている。けれども、このまま長期戦となった時に持ち堪えられるかの不安があった。
(奴の周りを取り囲む想子をなんとかする必要があるわ)
強固な想子ウォールが少しでも薄くなれば、干渉力で無理やり突破できる。集中を切らさないようにしながらも、想子の流れに注目した。情報強化型の場合、呂は魔法を弾いた一瞬の間だけ、身体にある想子が薄くなる。その切れ目を狙うしかない。
基本的に、魔法は永遠に効果を表さない。厄介な対物障壁にも「息継ぎ」のタイミングが必ずある……愛梨は高速で移動しながらも、相手から目を離さない。ただ、必死にその時を待っていた。
(ここ!)
タイミングを合わせて、放出系魔法「スパーク」を発動。変数を調整し、飛ばすプラズマの数を減らす。その分だけ威力や速度を増大させたそれは、突進しようとしていた呂の足を止める。
(ほら!想子が薄くなった!)
第二波の攻撃。すぐさま高圧電流を流し込む。彼の表情が驚愕に染まる。自らの防御が破られるとは思わなかったのだろう。
一色家の切り札である「神経電流攪乱」。通称「神経攪乱」。電気刺激で相手の身体に干渉し、運動神経の働きを麻痺させる放出系魔法――その亜種「エレクトロ・キューション」。殺害のために最適化してデザインされた、ダイレクトに人体へとダメージを与える魔法。
「人の動きを直接操るわけではない」からこそ、一条の「爆裂」同様に存在が許されている。
愛梨が全力で発動した「エレクトロ・キューション」は情報強化を突破し、呂の身体に多大なダメージを与える。
(……殺せはしないか)
電流は耐性が付きやすい。特殊な訓練を受けている兵士は、情報強化と併用することで耐え抜くという。彼もまた同じなのだろう。
このように、一色の「エレクトロ・キューション」は「爆裂」のように、ほぼ確実に相手を殺せるとはいえない。それが、安定して十師族の地位につけない理由だった。
(けれど、上手くいかない予測はしていた!)
一色家は「神経への干渉」を研究している魔法師家系。その研究成果の一つが神経細胞に関わる活動単位に干渉、神経伝達プロセスのショートカットを可能にした「電光石火」という魔法。これは一色家一門だけが使用する秘匿技術であるが、本家では更に発展させた「疾風迅雷」システムが存在する。
一色家直系である愛梨は、この「疾風迅雷」に家族の誰よりも適応していた。神経操作によって、自らの時間感覚を大幅に加速させることが出来たからだ。そうでなければ、呂の攻撃スピードに付いていくことは出来なかっただろう。
(他の人間なら、2度同じ攻撃をすれば防がれる!でも私は……私だけは違う!だからこそ「稲妻」なの!)
魔法を展開するスピードそのものは、愛梨より速い人間も数多くいるだろう。同い年だけに絞っても、夜久や将輝、深雪は間違いなく、彼女よりも発動スピードが優れている筈だ。
それでも「加速」状態の中――脳が次の攻撃を判断するタイムラグがほぼ存在しないこと。その点において、この時の彼女は間違いなく「最速」であった。誰よりも。
脳の指令が意識を通過するよりも先に、指はCADを操る。2発目の「エレクトロ・キューション」は、完全に呂の意識を刈り取った。凄まじい呻き声を上げた後、巨体は地面に崩れ落ちる。それを確認し、愛梨はホッと息を吐く。
(生きては、いる。殺すつもりでやったのに……。とんでもないわ)
逃げられないよう、持っていたロープで固く縛り上げる。もし目覚めてしまった場合、フィジカル的に引きちぎられそうだが、拘束は無いよりずっと良い。
(夜久くん、大丈夫かしら……)
気持ちを落ち着けると、急に夜久の状況が気になった。探しに行きたいけれど、自分はまだ敵地の真ん中にいるのだ。周囲に警戒を続ける必要がある。とりあえず、援軍が来るまでは待機するしかない。愛梨は追撃に備え、再びCADを構えた……が、何かがおかしい。
「――愛梨!」
だが、違和感の正体を掴む前に、夜久が愛梨の前へ飛び込んだ。対物障壁が展開される。強制転移の術が揺らぎ、周公瑾の姿が現れた。魔法によって座標を強制的に変えられたことで、術が揺らいだのだ。
「……鬼門遁甲は破ったぞ。もうお前が何をしようと無駄だ」
周は地面に転がされている男をチラリとみて、不気味な笑顔を浮かべた。さながら、仮面のような不自然な笑みである。
「呂剛虎もやられましたか。――しかし、私は捕まる訳にはいかない。そうなるくらいならば……肉体を失っても良い!」
その瞬間、周の肉体が膨み過ぎた風船のように爆ぜた。辺りへ大量に飛び散る血と肉片は、地面に染み込む前に炎へと変化する。炎は段々と大きくなり……火種も無しに赤々と燃える。そして、聞こえるのは奇妙な笑い声――冒涜的な光景を前に、愛梨は唖然とした。
「……最高だな、お前」
対して、夜久の顔には何の感情も浮かんでいない。ただ、右手を軽く前に翳したのみ。それだけで、全てが解決していた。
「おれの一番得意な状況に持ってくるなんて」
彼はイデアを通して、精神体を確認できていた。そうなれば、固有魔法である「精神構造干渉」をすぐに発動できる。肉体経由で精神に照準を当てるよりもずっと速く。精神体が剥き出しになっているのだから。
精神構造干渉魔法によって、周の無意識領域に存在する魔法式を投射するための「ゲート」が一時的に閉ざされた。今の彼は魔法を使うことができず、反撃などできない状況。そこへ追い討ちするように、次弾の魔法が。
「……自我を失ったお前は、それでもお前か?」
夜久は記憶領域に手を入れ、全てを白紙化した。精神構造をめちゃくちゃにされた周は、最早「周公瑾」とは言えない。全てを失った、はぐれ独立情報体とでも表現すべきだ。
しばらく、夜久は「周公瑾だったモノ」の行方を見送っていた。そして、満足したのか振り向く。
「――行こうか」
愛梨はおずおずと頷く。目の前で行使された夜久の魔法がどういう仕組みなのか、彼女はもちろん理解できなかった。ただ、魔法師はエイドスの改変を感じ取れる。その変化に漠然とした恐怖を覚えていた。
(夜久くん。貴方、まさか……)
喉まで出かけた言葉を飲み込む。そんなことよりも、もっともっと言いたいことがあった。
「私、強かったでしょう?」
その問いに、夜久は目を丸くした。そして、彼はそっぽを向いて、蚊の鳴くような声で呟く。
「……思ったより」
まだもう少し続きます