魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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これで横浜騒乱編は終わり


第8話

 呂剛虎と周公瑾を退けた後、中華街内部は更に騒がしくなった。一条が他の義勇軍を連れて、ここへと突入してきたのだ。あとは任せろというので、その言葉に甘えてさっさと撤収した。こちらは早く帰りたいし、一条側もあまりおれには居座って欲しくなかった筈だ。利害が一致したという訳である。

 

「──それにしても、悪かった」

「え、何が?」

 

 帰り道、おれはそう彼女に言う。

 よくよく考えれば、おれたちは出会って半年も経っていないのだった。お互いを知るよりも先に様々な出来事が起こったため、よく分からないまま関係性だけが大きく変化した。心は近付いているのに、意外と相手のことを知らない。

 

「その……。ずっと、過小評価されてるみたいで嫌だったりしたのかなって」

 

 おれがかなりの苦戦を強いられた呂剛虎を、愛梨は見事倒してみせた。精神干渉魔法とは相性が悪かったと言えばそれまでだが、彼女がちゃんと強い魔法師だったことに変わりない。

 この懺悔に対し、愛梨は薄く微笑んだ。

 

「まぁ、そうかもしれないわね。もし将輝さんなんかに言われたら、腹が立ったかも。でも、そうじゃなかった。何故だか、分かる?」

 

 悪戯っぽい視線。その蠱惑的な目の奥の輝き。それを見て、息を呑む。

 

「おれが何者でもないから……」

 

 ナンバーズの義務、レディーファースト……彼女を守る論理は、そんなものではなかった。純粋な感情の表れ。「やりたいこと」に基づいた行動。

 

「ううん、ちょっと違う。──私も貴方のことが、好きだからよ」

 

 だから、ただ嬉しかった……愛梨はそう続ける。

 

「『不幸になんてしたくない』という言葉は、私を救ってくれたわ。──でもね……それに乗っかるだけでは駄目だった。だって、それじゃあ貴方の危機は……誰が守るの?」

「……!」

 

 愛梨は自らの強さを証明した。それは、守られることを拒否するためではなく。おれのためだった。それを愛と言わずして、何と呼ぶのだろう。

 おれの右手が取られる。彼女が掴んだのだ。指を絡められ、容易に離すことは出来ない。

 

「他人の人生に責任を負わないで。私の人生も、貴方の人生も……誰かに委ねることのできないもの。だからこそ、尊い」

「うん……」

「だけど、人生の半分近くは苦しみに満ちている……。それを美しいものにするため、私たちはお互いを必要としているの」

「お前の人生に……必要としてくれるの」

 

 口から零れ出たのは、震えた声だったと思う。

 ずっとずっと欲しかったもの。「精神構造干渉」を通してではなく、その奥を見てほしいという願い。

 

「だけど、お前も見ただろ。あれを……」

 

 周公瑾の無力化。彼は亡命華僑とチャイニーズマフィアを繋ぐ仲介人だった。それは、密輸組織にいた頃に把握している。彼がいなくなるということは、中華街の実質的リーダーが失われる意味を持つ。暫くは勢力争いでごたつくだろう。つまり、おれたちをわざわざ狙う奇特な人間は減る。

 その点で、精神に手を加えるのは必要なことだった。けれど、きっと「許されざる」こと。

 

「……えぇ」

 

 愛梨は静かに頷いた。でも、おれから目を離さない。

 気づいた筈だ。「精神構造」へと干渉できる魔法師の意味を。四葉の血筋を持ち、なおかつ他者の人生を破壊せしめる魔法師。

 

「きっと、貴方はこれからも苦しみ続けるのかもしれないわね。そして、私も苦難に灼かれるのかも。──それでもいいの」

 

 この世界は、悪意に満ちている。ここで生きる人々は等しく、本人なりの苦しみを味わうだろう。それでも、孤独に……闇深くへと沈み切ってしまわないように。手を繋ぐことが出来る。

 

「私たちは恐れなくても良い。全てを」

 

 繋いだ手を、おれは強く握り返した。

 未来は不確定だ。ある一つの選択が、進む道を酷く狂わせる。数秒前に立てたビジョンは、すぐにめちゃくちゃになる。けれど、混沌の先できっと巡り会えると信じること──人はそれを希望と呼ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 中華街に捜査の手が入ったところで、すぐ「悪い人間」が見つかって万々歳……で済む筈もない。それで話が終わるなら、日本の中でここまで「火薬庫」のように扱われないのだ。実質的な治外法権が成立するだけの複雑な事情がある。

 ただ、呂剛虎をあの場所で捕獲できたこと。これには、かなり意味があると思う。戦場となっていた横浜港付近において、彼を目撃した人間は多いに違いない。それに、もしかしたらドローンや生き残っていた監視カメラには、映像が残っている可能性もある。ならば「侵攻軍」が中華街の人間と関わりがあったと示す証拠にはなるだろう。亡命華僑の切り崩しに多少は役立つカードを、日本側は手に入れたと言えるのではないか。

 

(でも、正直そんなことはどうでもいい! もっと大変な大問題が出てきたんだ!)

 

 車内で一人頭を抱える。その「大問題」こそが、こうして今おれが本家へ連行されている原因でもあった。

 ふんわりと思い描いていた「第四研で仕事をし続けて、家から生活費をふんだくる」ことと「外野に『四葉なのかもしれない』と不安を煽り続けて、いずれ愛梨と暮らす際に文句を言わせない」ことの2軸で構成されたプラン。その雲行きが早くも怪しくなってきていた。

 

(まさか「マテリアル・バースト」を勝手に使うなんて思わないだろ! こっちも!)

 

 九校戦の折。おれは協力の対価として、達也と深雪の「誓約」を少し緩めてやった。特に深い考えもなく、ちょっとした気まぐれでやったことなのだが、これが本当に大変なことを引き起こしてしまったのだ。

 10月31日。大亜連合の鎮海軍港が、そこに停泊中の艦隊と共に消滅した。途轍もない熱量を持った光球に包まれて。後に「灼熱のハロウィン」と名付けられた大事件は、新たな戦略級魔法師の存在を知らしめ、世界の魔法戦力バランスを大きく塗り替えた。その戦略級魔法を行使した人間こそが……司波達也なのである。

 

(クソ……! アイツの力をおれが縛ってるせいで……責任がこっちに来るなんて!)

 

 普段はおれに我関せずの、黒羽や新発田の当主が怒り狂い、お母様に「本家へ呼び戻せ」と陳情したようだ。こんな時に絶対帰りたくないが、帰らないと更に面倒になるのは目に見えていた。

 

(はぁ……。最悪の気分だ)

 

 今まで、おれの人生は様々なことがあったように思う。そして、大体は軽く考えてやったことがきっかけで、とんでもない大惨事を引き起こしたケースばかり。だが、いくら何でもこれはないだろう……。目的地が近づくにつれて、どんどん気が滅入ってくる。

 何度かトンネルを抜ければもう、四葉の本拠地である村に辿り着いてしまった。運転手に促され、車から降ろされる。足取り重く、本家の屋敷へと進む。使用人の案内で、お母様の書斎へと通された。

 

「──来たの」

 

 珍しく、部屋にはお母様一人だった。相変わらずの無表情で、こちらを見据える。温度のない能面のようなそれ。怒りや憎しみではなく、何の感情も込められていないことがすぐに見て取れる。

 

「そして……やってくれたわね。まさか、勝手に『誓約』を緩めていたとは」

「結果的には良かったんじゃないですか。話が早く進んで」

 

 あのままでは、大亜連合の攻勢に押されていただろう。分家がいくら騒ごうとも、スポンサーの意向で「マテリアル・バースト」を使うよう手を回した筈だ。

 

「軍がこちらに伺いも立てずに、勝手にあの兵器を使う形になったのよ。貸しを作るチャンスを一つ失った訳。だから、達也さんにもペナルティを与えたわ……」

 

 しばらくの間、達也は軍と接触しないように言い渡したのだという。彼への罰というよりは、軍が彼を好きに動かせないようにしたいという意図の方が強いだろう。

 

「もちろん、ここでの謹慎も考えたのだけど。ガーディアンとしての仕事を外す訳にも行かないし。この辺りが落とし所ね」

「その代わりに、おれを謹慎させるとでも? なんだそれ、全く意味がない」

 

 分家の不満をガス抜きするためのアピールに使われるなんてごめんだ。だが、ここに呼び出された時点で、もうそれしか考えられなかった。このまま飼い殺しにされるなら、逃げ出すしかない。無茶な考えだと分かっているが……。

 

「いいえ。……私も少しは反省したのよ」

 

 お母様が微笑みながら、こちらへと歩いてくる。その瞬間、身体が「危機」を伝えてきた。恐怖を感じ、情報強化を掛けながら床に転がる。

 突如として、夜が訪れた。全てを呑み込む漆黒。

 

「残念。外したわ」

 

 数秒後、部屋に光が戻る。目の前には、また無表情に戻ったお母様が立っていた。

 何が起こったのか。その答えはすぐに出た。「流星群(ミーティア・ライン)」が発動していたのだ。光の分布を偏らせることで、光が100%透過するラインを作り出す魔法。その結果を作り出すために、物体の光透過率という構造情報に干渉し、それを気体に変える分解魔法の一種。全てを穿つ光条が、おれの首を狙った。

 

「魔法は上手だけど、それ以外はまるで駄目。そう育てたのも……私。貴方に『責任の取り方』を一度も教えたことが無かったわね」

「え……」

 

 お母様は何を言いたいのか。少しも状況が飲み込めない。

 

「貴方の願いを、完全にではないけど叶えてあげるわ。──姉さんの子供として発表してあげる」

「は……」

 

 戸籍を移したり、色々苦労したわ……と言うお母様。

 

「まさか……」

 

 おれは口を何度も開いたり閉じたりする。息の吸い方も忘れるほどのパニック。

 そんなこと、もう望んでいなかった。何者でなくてもいいから、幸せになろうとしていたのに。

 

「……気づいていないとでも思った? 貴方が私にあまり関心を向けなくなったことを。どうして? ──勝手に置いていくなんて、許さない」

 

 お母様の腕が、おれの首へと伸ばされる。気道が塞がれ、更に息苦しくなった。

 

「私は、貴方が大嫌い」

 

 今以上に力を込められる。視界に靄が掛かっている。その中で、お母様の顔だけが見えていた。鬼のような形相。

 

「同じだけ不幸にならないとね……深夜」

 

 その名前で、もっと深い絶望へと叩き落とされる。

 四葉真夜は、自分の子供などとうに見ていなかった。ただ、姉を憎み続けているのだ。死んだ姉を断罪し続けるため、おれを使っているだけ。

 伯母様は……死して尚、まだ罪を数え終わることを許されていないのだ。なんと哀れなのだろう。

 

「もう、外でいくら繋がりを作っても無駄。四葉直系と知れば、流石に貴方への関わり方も変わる。恐怖と打算だけが、他者との結びつきになる」

 

 そして、四葉の名を背負って表舞台に出るのだ。人はいずれ「精神構造干渉」の復活を知ることとなる。

 

「そうすれば、きっと誰一人として近づかないわ。自分の人生を破壊するかもしれない存在のことを、誰が愛すものですか……」

 

 一人で生きて、一人で死ね──そう言いたいのだ。

 

「……きゃっ!?」

 

 お母様の身体が後ろへ跳ね飛ぶ。おれが足で軽く蹴り飛ばしたのだ。息が吸えず、そろそろ死にそうだったから。床に倒れ込んだ彼女を起こすため、ドレスの胸元を引っ掴む。顔と顔が至近距離まで近づく。

 

「そんな責任で良いなら、いくらでも取ってやるよ」

 

 生まれ持った魔法のせいで、出生のその日から罪を背負っている存在だ。お母様の悲しみに寄り添いたくて、同じだけ苦しもうとした。そして、今も苦難の道を歩いている。そこに、更に不幸が訪れたとしても……。

 

「おれは絶対に壊れない。完膚なきまでに破壊されても、その度に復活するだろう」

 

 もう全てを恐れない。世界中の人々がおれの不幸を願ったとて、何度でも立ち上がる。理不尽も悲しみも、生き抜くための燃料に変えて走り続けるのだ。炎に灼かれながらも、再び蘇る不死鳥のように。

 

「簡単に潰されやしない」

 

 パッと手を放す。よろめいたお母様をそっと支えてやった。その時、互いの目が合う。

 

「……!」

 

 書斎から逃げ出したのは、お母様だった。ここは自分の部屋だというのに。そこに取り残されるおれ。

 

「──お話は弾みましたかな?」

 

 タイミング良く現れたのは、執事の葉山だった。好々爺の笑みを浮かべ、トレーを手にしている。

 

「聞こえていたでしょう」

「いやいや。盗み聞きなどという無粋な真似は致しませんよ」

 

 軽口を叩きながら、テーブルに紅茶や菓子を並べる。敷かれたクロスも置かれたカップも一人分。しかも客用だ。彼はお母様が書斎から居なくなることを見越していたのか。

 

「師族会議や魔法協会には、既に通達が届いている頃でしょう。もう差し止めることはできません」

「そうですか……」

「ですが、夜久様ならば切り抜けられる……根拠はありませんが、そう信じておりますよ」

 

 おれに潰れて貰っては困る、という圧を感じる励まし。達也のストッパーとして、今度こそ真面目にやってくれということだろう。確かに、おれを呼び出すよう、お母様を唆したのは分家だろう。しかし、説教を一番したかったのは彼なのではないか……そう思いつつ、紅茶を一口飲んだ。

 




第一部完!という感じです。どう考えても時期的にキリ悪いんですが、主人公は今学校通ってないので……まぁ。
なんかフワッとしてる七草家や一高周り、幹比古のこととかを回収して、続き書けるんですけど……主人公の問題がひと段落したので少し迷っています。書くなら一高に復帰してアレコレやる、その上で愛梨や一条などの三高メンツも何とか絡める……という感じになると思います。

ちょっと達成感もあるので、詳しい後書きを活動報告に載せるかも。愛梨のキャラコンセプトとかをまとめたいなと思います。
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