第1話
七草家は、十師族の仕組みが運用されてからは一度も枠外に出たことがないという名門中の名門家系。
また、優れた政治力や使える手駒の多さによって、四葉家と並び立つ有力な一族と称されている。つまり、関東近郊で七草の影響力はとても強い。だから、そのエリアの魔法師は殆ど彼らの関係者といえる。
そして、毎年第一高校へ進学する生徒についても似たような割合になる訳だ。要は、七草に近しい関係者が2割程度、校内には常に存在する。だが、魔法師業界というものは狭い。取引関係なども入れると、大体4割近くが「七草閥」に含まれる。
(まぁ、だからこそ……退学になったんだが)
確かに「娘の面子」がめちゃくちゃに潰れたこと自体は、良い気分などしなかっただろう。しかし、それに怒っているというのは単なるアピールに過ぎない。仮にそれが理由なのだとしたら、親馬鹿にも程がある。一時の感情に左右されるような無能であれば、多くの人員を率いることも難しいに違いない。
単に、絶対に非を認めてはいけなかっただけだ。派閥外の人間に「舐めた態度」を取られた時、必要なのは徹底的に叩きのめすこと。外野(ここでは世間)からの心象よりも、味方からどう見られるかを七草は優先せねばならない。一般人に屈することなど出来なかったから、おれを退学に追い込んだのである。
(そして、多くの生徒は差別に対して鈍感であった訳だ)
あの日の行動そのものの是非はともかく、おれの話した内容は正しかった筈だ。そういう風に反論を用意したのだから。間違いなく、学校の中で差別はあった。それでも、生徒の大部分は「そんなものはない」という答えを望んだ。だから、七草真由美の演説を受け入れた。
それだけ、優秀な魔法師以外は人に非ずという感覚が根付いてしまっているのだ。差別する側にも、される側にも。一人の「逆張り男」が叫んだところで、考え方が改まることはない。
1年A組の面々が比較的二科生に優しかったとすれば、その美貌故にクラスの中心にいる深雪に遠慮してのことで、内心の思いは異なる人間の方が多かっただろう。だからこそ、あの演説に共鳴したのは元々いた「反差別主義者」の二科生くらい。彼らは、おれの退学後も熱心に活動していたようだ。結局、切り崩された訳だが。
(それに、実のところおれもロクなことは言っていなかったし……)
初めて会った頃の駿がしていたような二科生イビリに加担することはなかった(そこは深雪に気を遣っていた)ものの、平気で「A級ライセンスも取れない奴に教えてもらいたくない」と講師に暴言を吐いていた。授業にならないので、なんと担当講師が異例の入れ替えに。変更後は、見事にA級持ちが揃っていた。「講師の質が上がってラッキーだな」と駿に言ったら、流石に彼も引いていたのを覚えている。
(第一高校……久しぶりだな)
朝の9時半。生徒たちが授業を受けている時刻。おれは校門の前に立っていた。復学手続きのためだ。正確には年度末まで手続き可能な「退学の異議申し立て」なのだが。
本家に籠っていても仕方がない。しかし、駿の家で世話になり続けることも出来なかった。どう考えても迷惑だからだ。ならば、都内にある四葉の別宅に移る、というのが丸い選択。それに、お母様の「嫌がらせ」で四葉姓を名乗ることになったため、七草家も復学の邪魔が出来ない。ちなみに、謝罪はまだ貰っていなかった。
退学した日に一度訪れた校長室を目指す。ノックもせずに、足で扉を開けた。もちろん、パフォーマンスだ。
「どうもどうも。帰ってこれるとは思わなかったですよ」
「お久しぶりです。……四葉君」
柔らかな言葉遣いの割に、校長の百山は険しい顔をしていた。何故かといえば、彼は「七草家の要請」とは無関係におれを退学処分にしたからだ。元々態度が悪かったため、重大な信頼失墜行為の累積で辞めさせた。その上で、七草家を上手く利用して、今まで復学を認めていなかった訳である。中々の策士だ。
「ワッペン、全員に付くようになったとか。平和になってよかったですね」
七草家の陰謀という噂が流れていたが、今まで改革をしなかったのは百山である。それを揶揄しての言葉に、彼は眉をぴくりと上げることで応えた。
夏休み前、第一高校には「私物に校章を付けたい人向け」の意匠権購入サービスが導入された。スクールバッグや端末、そして制服に使えるものだ。「差別が嫌ならお金を払え」という横暴なシステムだが、大抵の生徒は買ったらしいと聞く。
「……その平和を崩す存在に、君がならないことを祈っている」
そう言って、百山はおれの「退学異議申し立て」についての書類を受理した。晴れて、第一高校に復帰である。
◆
森崎駿は、魔法協会からの通達を見て……一人悩んでいた。それは、夜久が四葉の人間だったことではない。彼が「アンタッチャブル」の関係者なことくらいは、既に察しが付いていたから。
退学処分された日に、山梨に赴いていたこと。あまり退学を問題視していなかったこと。高い魔法力を持つこと。精神干渉魔法に高い適性があること──それらを加味すれば、何者でもない方がおかしい。直系だとは思ってもみなかった(他の十師族直系と比べて、あまりにも子供っぽいからだ)が。
でも、遠ざけようなどとは少しも思わなかった。もちろん、夜久の言動は大概酷いものだ。ただ、それは気に入らないことがあればの話で、自分の思う通りに話が進む時は機嫌が良い。そういう場面の彼は面白いし、一緒にいるととても楽しい。あれだけ関わっていたのだから、よく知っていた。
(でも、僕は彼の世界に入れない。これからも)
夜久という人間は、全ての論理が魔法を軸に構築されている。何故なら、魔法によって何事も解決してしまえるからだ。実際、どんなことも彼にとっては障害にもならなかったのだから。
天才とはああいうものだ、と思い知らされた。そして、自分には同じことなどは出来ないとも。だから、二科生を見下すのをやめた。そんなことをしても、夜久にはなれないからだ。
(それに、血筋が才を与えるのなら……もうどうしようもない)
今でも努力は続けている。しかし、才能の範疇でしか成長は出来ない。魔法発動のタイムラグを縮めるために、特化型CAD用テクニック「ドロウレス」を必死に取得した。高等魔法の中でも、工程の少ないシンプルなものは使いこなせるようになった。
それでも、自分は「強い魔法師」ではない。現実を直視する度に、気が狂いそうだ。森崎の家に生まれたくなかった、までは思わない。自分は父や叔父を尊敬している。けれど、それは魔法師としてではない。家業に対する真摯な思いや、クライアントへの向き合い方だ。
ただ、才能が欲しくて欲しくて仕方ない。友人の隣に並び立てる魔法師になりたかった──。
「──えっ」
そんなことをつらつらと考えていた折。自室のモニターが、唐突に起動する。スイッチの誤作動だろうか……と、消そうとした時。画面いっぱいに、人間の姿が映る。
「誰……」
現代では、肌や髪の色が「外国人」のように見える日本国籍の人間は珍しくない。それでも、駿の知人に金髪碧眼の少年はいなかった。
「はじめまして、Mr.モリサキ。僕はレイモンド・クラーク。気さくに『レイ』と呼んでくれると嬉しいな」
「はぁ……」
アニメのような展開。だが、目の前の画面にいるのは良く分からない男。駿は混乱しすぎて、逆に取り乱す余裕もなかった。
「君はSNSの非公開ダイアリーで、自分の才能について嘆いていたよね。僕、見ちゃったよ」
「お前……!」
ちょっとした心の闇を解放するツール。だが、誰にも見られないように、していた筈だ。
「ごめんごめん。びっくりさせちゃったよね。流出している、とかじゃないよ。単に、僕は『覗き見』が得意なだけで。──大したことは書いていなかった。書いたのが君、と特定出来ない限り何の意味も持たない文ばかりだ」
その通りだった。彼の言うように自分の名前も、もちろん「彼」の名前も出してはいない。
「だけど、Mrモリサキが書いたと分かれば芋蔓式さ。あの『ヨツバ』が羨ましくて仕方ないことも、読み取れた」
「貴様……!」
優秀な魔法師は何をやっても、すぐに表舞台に戻ってこれる。その才をもって、どんなことも赦される──羨望は、隠さねばならなかった。自分の実力では、願うこともできないことだから。
目の前の少年を睨みつける。しかし、彼は飄々とした態度を崩さない。
「……そう怒らないでよ。気持ちは分かるさ。だからこそ、君にチャンスをあげようとしてるんだからさ」
「……チャンス?」
「まず、魔法演算領域について君はどれくらい知ってる?」
唐突にレイモンドは話題を変えた。しかし、おそらく「チャンス」と関連する話なのだろうと駿は推測する。
「……魔法を行使するために必要な器官だ、ということくらいは」
「でも、それを持つ全ての人が皆同じように魔法を使える訳じゃない。それは、おそらく人によって形が異なるから──この仮説、僕は正しいと思っている」
「……何が言いたい?」
遠回りな話題が続き、痺れをきらす。結論を言うよう、続きを促した。
「天才になりたければ、増設すれば良い。僕はその方法を知っている」
「……適当なことを言うなよ。それが罷り通るなら、僕は」
その先は声にならなかった。プライドが邪魔をしたのだ。
「……まぁ、今日は挨拶だからね。信じてくれなくても構わないよ」
レイモンドは笑みを崩さない。いずれ、駿がその手を取ると確信しているかのように。
「しばらくすれば、君も目にする筈さ。人間の限界を超えた、究極なる生命体『デーモン』をね。──その時に、答えを聞きたいな」
そう言い残し、画面は暗転した。駿は思わずモニターに駆け寄る。映るのは、憔悴した自身の姿。それはとてつもなく、情けなかった。
◆
戻ってきてからの学校生活は、特に何か変わることもなかった。元々、クラスメイトからは遠巻きにされていたからだ。深雪も基本は他人の振りだし、おれが四葉と明かされてからはさらに顕著になった。話してくれるのは、駿くらいだ。
「お前、結構良いやつだよな」
周囲が不自然に空いた食堂のテーブルで、おれたちは昼食を摂る。
「……まぁ、友達だからな。出自で態度を変えたり、したくないんだ」
「そうか」
食べ終えて、教室に戻ろうとした時だった。不意に、端末が通知を知らせる。学内メールだ。何故こんなものが?と確認すると、中の文面は、前生徒会長──七草真由美から届けられたものであった。
「ちょっと用事ができた。先に戻っておいてくれ」
おれは生徒会室へと向かう。中に入ると、真由美以外は誰もいなかった。他の人間は人払いしたようだ。
「……来てくれてありがとう」
扉の近くで、彼女は立って待機していた。そして、おれに椅子に座るよう勧める。素直におれは腰掛けた。その対面に、彼女はパイプ椅子を引き摺ってきて座る。
「こういった機会を作ったのは、私の口からだけでも貴方にちゃんと謝罪したいと思ったからです。あの時、私は何も出来なかった。本当にごめんなさい」
七草家は未だ強硬姿勢を取っているらしい。それでも、当の本人は良心の呵責に耐えきれないでいる……という状況らしかった。
「私は、本気で『自分の演説』で全てが収まると信じていた……でも、私たちは無意識に人を見下していたし、それに気づこうともしなかっただけ。そして、貴方のような強さも無かった」
少し俯き気味で、彼女はぽつぽつと話す。そして、いきなり顔を上げた。
「今も、一高は何も良くなっていないわ。でも、改革に踏み切る時間が私にはもう無い。校内のゴタゴタを立て直しただけで、タイムアップ。自分の派閥を整理することすら、妹たちに任せないといけない」
だから、お願いしたいことがあるの……彼女はおれの目を真っ直ぐ見つめる。イヤな予感がした。
「生徒会に入ってくれないかしら」
「なんで」
そもそも、既に定員が決まっているだろう。それに、ほぼ現生徒会の面子とは関わりがない。別に入る理由など無かった。
「今すぐじゃなくても良いから! 3月までに答えを出してもらえれば、それで構わないから!」
「はぁ……」
よく分からないまま相槌を打ち、生徒会室を後にした。別に謝罪が欲しいわけでも無かったし、生徒会役員になどなりたくもない。上手く断る方法を考えておこう、と思った。
教室の方へ向かうと、何やら言い争う声が聞こえる。陰からそっと覗くと、駿とその他数名がそこにいた。クラスメイトと世間話……という訳でもなさそうだ。何より、囲んでいるのはA組生徒ではなかった。
「──驚いたぜ、森崎。お前があそこまで『退学処分者』にご執心だった理由には」
「『アンタッチャブル』と知ってて、媚びてたんだろ? お前の家は百家傍流だもんな、将来のためにコネは必要だったか」
「……夜久の出自は関係ない。そして、僕のことも。単に、友達を自分で選んだだけだ」
自分より体格の良い生徒に囲まれながらも、駿は一歩も引かない。
「よく言うぜ。……知ってなきゃ、あんな奴と連むかよ。どう考えてもヤバいだろ、アイツ。お前が七草閥じゃないから、擦り寄った以外に関わる理由あるか?」
「……うるさい!」
議論は膠着状態。一触触発の危機であったが、幸いなことに予鈴が鳴った。「お前の就職先は殺し屋かもな」と暴言を吐いて、生徒たちは元のクラスへと戻っていく。
「大丈夫か」
タイミングを見計らい、声を掛ける。駿は少し疲れた顔をしていた。
「……悪いな。変なところを見せちまって」
「そんなの、どうでもいい。──最近、良くあるのか」
「割と。でも、大丈夫だ。実技成績は僕の方が優秀だし……何とかなるさ」
彼は薄く微笑んだが、痩せ我慢が交じっているのは容易に見てとれた。そして、原因はおれにあるのである。
──きっと誰一人として近づかないわ。自分の人生を破壊するかもしれない存在のことを、誰が愛すものですか……。
お母様の言葉を思い出したが、おれは頭を軽く振る。
何度突き落とされても、何度だって上を目指す。そう決めたではないか。望む世界が手に入るまで、決して走ることをやめない。