おれがまともに学校生活が出来ているのか心配し、愛梨が週末に話を聞くがてら会いに来た。とはいえ、外をウロウロする訳にもいかず、おれの家である四葉のマンションに通すことに。使用人は何も言わなかったから、別に構わないだろう。そして、メイドにお茶の用意をさせる。そこで、おれは「生徒会役員の打診を受けた」と伝えたのだ。
「やったらいいのに。生徒会活動くらい」
愛梨はあっさりとそう言った。
「楽しくなさそうだ」
「そうかしら? 魔法大学の推薦も取れるし、悪くないと思うけど」
「一高は不文律で役員は原則辞退。意味ないんだ」
「そうなの? まぁ、普通にしてても推薦なんか貰えやしないんだから」
それはその通りだ。素行の問題で、推薦されるとは思わない。
「結局は、夜久くんの決めることよ。私があれこれ言うものでもないわね」
「そうかな。ところで……愛梨は? 金沢に戻ってから、何かあったりしたのか?」
「あったわよ。父が婚約者候補をどっさり用意していた」
ティーカップを思わず取り落とす。床に散らばる破片、流れ出る紅茶。控えていたメイドが黙って片付ける。
「……は?」
「あぁ、言ってなかったわね。──父は貴方を取り込む気を完全に無くしてる、ってこと。まぁ、もう直系だと分かったのもあるし……怖くて手なんか出せないわよね」
「いや、それじゃなくて……」
愛梨は以前、おれに「守ってくれなくても良い」と言った。もちろん、お互いに寄りかかってはいけないという意味だと理解していた。だが、本当は拒絶だったのだろうか……。
実のところ、それは杞憂だと後に知ることとなる。でも、この時点ではおれは「愛梨の悩み」を知らなかった。
「それで、とりあえず10人の人間と見合いをしたわ」
「10人」
えぇ、と愛梨は頷いた。もう頭がおかしくなりそうだったが、とりあえず最後まで話を聞くことに。冷静になれ、と心の中で自分に語りかける。
「でも、半分は向こうが『こっちから願い下げだ!』と怒り出したわ」
「何言ったんだ?」
「家事をするかどうか尋ねられたから……全部
「それ、普通じゃないのか?」
基本的に、自分はずっと使用人が周りにいる生活だ。津久葉の家もそうだし、第四研にもスタッフがいた。退学前に一人暮らしをしていた時は自由だったが、家事なんて一度もやっていない。全て機械に頼りきりだった。
「……案外、違うみたいね。それか、わざと父がそういう思想の相手を選んだか」
うんざりした顔で、愛梨は嘆息した。口ぶりから推測するに、父親とあまり折り合いが良くなさそうだ。
「カレーをじっくり煮込んで、箒で部屋を綺麗にする。……それが素敵な女性とでも言いたいのかしら。そんなに家父長制に拘ってる人間だとは思わなかったのだけど、昔は」
「……あの、おれなら。そんなことは絶対言わない」
すると、彼女はにっこりと微笑んだ。魅力的で、おれはどぎまぎする。
「夜久くん、やっぱり好きよ。そういうところ」
「うん。だから──」
「私も残り5人に言ってやったのよ。『貴方は四葉夜久に勝てる?』って」
勝てる人間などいる訳がない。全員ちゃんと殺す。おれの正義は、多分そこにあるから。向かってきたやつは、返り討ちにするしかない。
「そうしたらね……皆、顔を蒼くして帰ったわ。──1人を除いて」
1人でも残ったことが意外だった。それくらい、自分たち「四葉」は世間からの印象が非常に悪いからだ。
「誰。一条とか?」
「将輝さんは、元々私のことは苦手なの。あの人は『お淑やかな女の子』が好みだから」
一条の顔を思い浮かべる。彼らしい、何とも分かりやすいタイプだ。
今度、深雪のことでも教えてあげようか。彼女は美人だし、おれにすら優しい。「性格が悪い」と自己申告してこそいるが、逆にそういう人間は大抵まともだ。一条も泣いて喜ぶだろう。
「じゃあ、一体……」
愛梨は端末を取り出し、PDを映し出した。
「この人」
「へえ、コイツか……」
情報を少しでも得ようと、しっかりと覗き込む。住所を確認して、早めに殺しに行かないと。
顔はそれなりに整っている。ただ、目は切れ長だ。おれの目は大きくて丸いので、見た目で比較するのは難しい。また、一高に通っているようで、名前は「十六夜
(あれ?)
顔写真を確認し、おれは首を傾げる。どこかで見た覚えがあった。間違いなく。
(もしかして……この前、駿に絡んでいたやつか!?)
記憶が蘇り、点と点が繋がる。以前見かけた集団の1人が、このPDにある彼だ。汚い言葉こそぶつけてはいなかったが、仲間には変わりない。なるほど、彼も七草派閥であり……派閥外の人間にマウントを取っている訳だ。
しかし、それは七草真由美の意思ではないだろう。わざわざ彼女は、こちらに謝罪をしてきたくらいなのだ。あれが演技だというのなら天晴れだが、まさかそんなことはあるまい。
「ね? 面白いでしょ。夜久くんに勝てる訳、ないのにね。その自信がどこから来るのか知りたくて……しばらく関係を継続するつもり」
関係を継続……その言葉が、おれの頭をガツンと殴った。ショックで目の前が真っ暗だ。
(こんなロクでもない最低野郎に……愛梨を取られる? 許さない。お前を叩きのめす! 完膚なきまで!)
物理的に殺すだけでは、気が済まない。社会的にも制裁を加えてやる。そのためには、七草派閥の破壊だって辞さない。
とりあえず、真由美と再び接触しなくては。彼女本人は自分の思いとは異なる状況ばかりを作り出す派閥を、決して快く思ってはなさそうだ。その点で、協力し合えるかもしれない。
「父へのカモフラージュにもなるし。それに、家族ぐるみで会うから、2人きりになることは無いもの……──あれ、夜久くん? 聞いてる?」
おれの顔の前で、彼女は軽く手のひらを振っていた。
「いや、なんでもない……」
新しく淹れ直された紅茶を飲み干し、心を落ち着ける。
愛梨に嫌われているとは、思わない。ただ……「四葉」という名前は、やはり面倒なものなのかもしれない。改めて、彼女に証明する必要がある。家名など飾りに過ぎないのだと。そのために、何が出来るだろうか。
◆
達也は妹の深雪を連れて、体術の師匠のいる九重寺を訪れていた。いま、自分が戦略級魔法を使ったせいで、軍との接触を禁じられている。情報を得るためには、他の手段が必要だ。その一つが、ここだった。
寺の住職である九重八雲は、体術に優れているが……その本質は「忍び」である。何かを知るためには、彼に聞くのが早い。達也はそう理解していた。
「師匠……今日訪れたのは」
「君たちを監視している人間がいるか、という話かい? その答えは『はい』だ」
質問を言い切るよりも早く、八雲は問いに答えた。深雪は口に手を当て、達也は肩をすくめる。この理解のスピードを、彼らは何度も経験していた。
「ならば、話は早いですね。素性を教えてください」
「まず、前提として……流石にUSNAはまだ本格的に日本では動けていないこと。そして、監視員の『彼』にとって、君たちの監視はついでだということ。これらを押さえないといけない。もちろん、警戒はすべきだけどね」
「それはどういうことですか?」
迂遠な言い回しに対し、深雪が食い気味に問いかける。少し痺れを切らしてきたのだ。
「まぁまぁ、落ち着いて。──達也くん。君は、風間くんに指示された際に『自分の意思』で魔法を使った筈だ。本来、出来ない筈なのにね。それはどうしてだい?」
「なるほど。監視されているのは……」
「うん、正解だ。一高に復帰した彼が、君に接触することなどないように」
夜久が「誓約」を緩めたので、達也は「マテリアル・バースト」を使えた。今は再びしっかりと制限されているものの、顔を合わせればまた同じことになる可能性を周囲が恐れたのだろう。
深雪がそっと達也の手を握る。彼は「大丈夫だ」という気持ちを込めて握り返した。
「それで、一体誰なんですか? 誰だって、あの『夜久係』になるのは嫌でしょう」
とにかく短絡的で、何をするか分からない。本人なりに理屈はあるだろうが、正しく把握するだけで一苦労。話が通じるなら、達也だって計画している四葉脱出の「仲間」として頭数に入れるのはやぶさかではない。しかし、そう話は簡単でないのだ。
「貧乏くじを引いたのは、十六夜鳴……第一高校1年D組の生徒さ」
「十六夜家の人間?」
達也は記憶を手繰り寄せる。確か、百家最強と言われる魔法師の名家だ。古式魔法師が積極的に現代魔法のシステムを組み込んだことで強さを手に入れたため、遺伝子操作で産み出された魔法師には侮蔑的な態度を取ることでも有名。つまり、世間では「評判の良くない」家である。
(まぁ、四葉の関係者が言えることでもないか……)
社会から受け入れてもらえない度合いでいえば、そう変わらない。
遺伝子を操作しようが、しまいが……人間であることを望む限り、魔法師は人間だ。達也はそう信じている。
「そうそう。現当主の弟だね。当主が長男で、彼が三男」
「古式魔法師がまた……どうして」
「第四研の資金源が、一部の古式魔法師たちから出ていると言えば?」
「……!」
達也と深雪は顔を見合わせる。日本は一応法治国家だ。それにも関わらず、四葉が裏の世界に存在し続けられる理由。それは、間違いなく強い後ろ盾が存在するからだ。
兄妹がいずれ戦わねばならない敵。それが今、八雲の口から一部開示された。
「僕もこれ以上は言えないよ。ただ、彼および彼の背後の人間達が気にしているのは『四葉夜久には何としても、USNAが絡む騒ぎに関わってほしくない』ということだ。どうせ、大変なことになるのは目に見えているだろう?」
八雲も「忍び」の名にかけて、自分の周りで起こっている出来事はしっかりと掴んでいた。
要は、四葉夜久の周囲の人間たちを面倒ごとに巻き込んでいるのだ。人とまともに関わることが少なかったからか、彼は未だに情緒が酷く幼い。だからこそ、交友関係のある人間に依存している──それが、元老院の出した結論だ。
一色愛梨に婚約者候補を当てがう。
森崎駿を校内の諍いで疲弊させる。
現在、十六夜鳴は並行してこの工作を行なっていた。
そうすれば、夜久はそれらを何とかしようと躍起になる筈で、今後送り込まれるであろうUSNAのスパイに目を向ける余裕はない。その上、彼は好悪の線引きがハッキリしている。退学騒ぎや七草閥の問題で、七草真由美に勝手違いの敵意を抱いている可能性がある。関東近郊で起きる問題を手伝おう、と思うことはないとも予測していた。
「その点では、君たちを『四』と繋ぐ要素をガードしてくれる存在ともいえる。ただ、味方でもない」
その忠告に対し、達也と深雪は真剣に頷く。丁寧に礼を告げ、寺を後にした。
「──それにしても、そんなに上手くいくものでしょうか?」
2人が住む家に帰り、食事の用意をしながら……深雪はぽつりと呟いた。
「急にどうしたんだ?」
「夜久くんを止める、というのは難しいことな気がして。文弥くんでも成功しませんでしたし……」
再従兄弟の黒羽文弥は、以前に夜久の行動を制限する任務を帯びていた。しかし、固有魔法「ダイレクト・ペイン」の出力を人がショック死しない程度に留めたことであえなく失敗。結果的に大したことは起こらなかったので、真夜から不問とされた。
文弥は無能などではない。それどころか、非常に優秀な四葉の人間。大抵の任務は涼しい顔でやり遂げる戦闘魔法師だ。そんな彼でも、駄目だった。その意味を理解してないのでは、と深雪は思ったのだ。
「……少なくとも、四葉の人間は損な役回りをせずに済んでいるんだ。俺たちに出来ることは、とにかく放置することさ」
心配する妹を安心させるべく、達也はシンプルな結論だけを述べた。自分たちには無関係なことだと。
「分かりました……」
「不安そうな顔は、深雪には似合わないよ。やっぱり、笑顔が一番かわいいからね」
「お兄様ったら……!」
達也の軽口に、深雪は天にも昇る心地になる。兄さえ隣にいれば、彼女はどんな時も笑顔になれるのだ。たとえ、そこが煉獄であったとしても。
「もちろん、これから探りを入れてくるであろうUSNAの人間は面倒だ。でも、何があっても……俺は深雪を守る。絶対に」
深雪の柔らかな手を、達也は優しく握った。絶対に守る……普通の人間であれば、祈りでしかないそれ。
しかし、司波達也にとっては、単なる事実を述べたに過ぎない。それだけの力が、彼にはあるのだから。
メイジアンカンパニーか何かで「十六夜」という家は出てきていました。古式魔法師は便利なので、積極的に使っていきたいです。