海外からの留学生がやってくるという珍事に、第一高校内の雰囲気はどこか浮ついていた。ここ最近暗いニュースが多かったから、明るい話題には食いつきたくなるのだろう。特に、転校生を迎え入れるA組はかなりの盛り上がり。
ただ、おれがその騒ぎに身を任せることは出来なかった。十六夜何某が気掛かりなのももちろん、真由美の「政治的な調整によって、交換留学プロジェクトが立ち上がったのでは」という推測も気になって仕方なかったからだ。
(そもそも、なんでUSNAが? 一高に通う生徒と釣り合うような魔法師は、それなりに優秀だというのに)
授業前、机に肘をついて考えを巡らせる。
そもそも、魔法師の人材交流だけなら、軍の合同演習で十分なはず。こんなイベントは不要なのだ。ここまでするのは、強い魔法師を日本の中で運用する必要があるから……。
「──そういうことか!」
おれは思わず立ち上がる。教室だということも忘れて。視線が突き刺さるが、今は気にならなかった。
転校生は、いわゆる刺客なのだ。「マテリアル・バースト」の術者を殺すための。そして、お気の毒に。きっと、一蹴されて終わるだろう──未来の予測に辿り着いたところで、あることに気づく。
(待てよ。そもそも……USNAは「司波達也がやった」と正しく把握できてるのか?)
自分の知っていることを絡めて、勝手に結論を出してしまったが。戦略級魔法の術者を特定したとも限らないし、そもそも目的がそれなのかも不明だ。
それに、自意識過剰かもしれないが、普通にターゲットはおれの可能性もある。大漢崩壊を知っているはずなのに、わざわざ「四葉直系」を殺そうとするかは疑問だが、警戒する必要はあるだろう。
駿と愛梨にも自分が狙われてる可能性だけは、軽く伝えておかないと。そう思ったところで、突如として……おれの思考回路が高速に回転する。バラバラになっていた情報が、ここにきて一元化した。
(USNAと関連するかまでは知らないが。もしかして、十六夜鳴も監視している人間か?)
彼は唐突に、おれの前に現れた。正確には、ピンポイントに「四葉夜久の関係者」の周りに。片方だけならともかく、駿と愛梨……どちらもなのは不自然だ。作為的なものが感じられる、と今になって気づく。
(おれやその周囲をターゲットにしている……としても、何故?)
七草家が手を回したとも考えられる。だが、十六夜家の人間が十師族に唯々諾々と従うのも変だ。それに、七草にしては手段が迂遠すぎる。友人云々はカムフラージュで、独自にやってる方があり得そうだ。何を目的としているのか。それは依然として分からない。だが、分からない時は無理に動くべきではない……そういうことを、近頃のおれは理解し始めた。
始業のチャイムが鳴ったので、一度考え事を打ち切る。教室に入ってきたのは、講師だけではなかった。彼についてきたのは、一高の制服に身を包んだ金髪碧眼の少女。とうとう、USNAからの留学生がやってきたのだ。
「──アンジェリーナ・クドウ・シールズよ。短い間だけど、よろしくね」
陽の光で透き通るように輝く髪はよく似ているが、愛梨とは雰囲気がまるで違った。大人びた表情をしているが、少し背伸びしている印象がある。そう、まるで年相応以上の使命を帯びているような。
(……いや、考えすぎか)
珍しく色々なことに思いを巡らせたからか、何でも怪しく感じてくる。とりあえずは、様子見するべきだろう。どうせ、すぐに事態はややこしくなる。そう確信していた。
「──質問等あるだろうが、それは休み時間に。早速、実技棟に移動しよう」
講師の指示で、クラスメイトたちが席を立っていく。ここ最近は、移動系魔法によって金属球をどちらが先に動かすか、というゲーム形式の実習が続いていた。これくらいの魔法実技で実力を計れるかは不明だが、留学生の技能には注視しておく必要があるだろう──そう思いつつ、おれは教室を出た。
◆
十六夜調は、旧埼玉エリアに居を構えている。その屋敷で彼は今、自分の弟──鳴を冷たく見下ろしていた。上げてきた報告を確認する限り、計画があまりにも予定通りに進んでいない。少し叱責をする必要があった。
「……半人前の弟子でも、もう少しまともな仕事をするだろう」
森崎駿を夜久から引き離すことが出来ずにいるのは、まだ仕方がない。七草真由美というイレギュラーが動いたからだ。しかし、一色愛梨の取り込みが出来ていないのは問題だ。四葉夜久は十師族直系らしく、顔立ちだけで評価するなら一級品。だが、かなり性格に難がありすぎる。やり方次第では、夜久から心を離れさせるくらい容易な筈だった。
「すみません、兄さん」
鳴は顔を青くして、ひたすらに謝罪の言葉を述べる。
「私は君に謝ってほしいわけではないよ」
「でも……。元老院からの評価が下がれば」
「依頼をこなすだけなら、いくらでもリカバリーは効く。我々がここまで面倒な手段を取っているのは、別の目的があるからの筈だ」
夜久と達也の接触を防ぐだけなら、簡単な方法はいくらでもある。
「兄さんが当主の座を奪うため……」
「そうだね」
調は鷹揚に頷いた。しかし、実のところ彼は当主の座そのものには、大して興味もない。ただ、家を四葉のような裏仕事中心の家に改革したいとは常々感じていた。
何故なら、十六夜が代々密かに継承する術は「呪詛」だからである。魔法社会の闇、その更に奥。元老院四大老が一人──樫和主鷹の傘下で、自分の力を十全に振るい……役に立てている事実。彼にとっては、当主になることよりも甘美なもの。だが、もっと主人の力になりたい、貢献したいという思いが強くあった。自分が最も優れていると、証明できる手段だから。
「現代魔法の台頭は、異能の存在を世間に知らしめることとなり……我々古式のフィールドを大きく狭めた。十師族を頂点とするシステムの中で運用されるようになったからだ」
魔法というものは、本来……隠された技術であった。持たざる者を出し抜く手段であり、社会に還元するようなものでない。そもそも「呪詛」をどう人のために使う?
「苗字に数字が入っていたことが、運の尽き。研究者たちの数字遊びと混同されることになるとはね。……お気に入りのマウスに名前をつけても、人間にはならないだろうに」
そこで調は一度言葉を止めた。そして、弟に「悪い。君に言うべきではなかったね」と笑いかける。それは、鳴の出生にあった。この末弟と調は、年が10も離れている。上2人とは異なり、晩年の父が妻ではなく……女中に産ませて出来た子だからだ。そのためか胎内での生育が悪く、どうしても遺伝子操作を必要とした。故に、元老院預かりになっているのだ。
「……」
「少なくとも、君のことは好きさ。人ではないと思ってるけれど」
大切な計画へのパーツだった。目論見通り、夜久が邪魔な兄を片付けてくれれば。十六夜家は内に籠る理由が出来る。表での発言力はだいぶ減ってしまうが、代わりに裏の世界へは本格的に手を広げられるだろう。そうすれば、もっと自分は自由になれる。
「あの……考えたんだけど。僕たち、考えが甘かったんじゃないかな」
「何がだ?」
「あっ、あの……悪いとかじゃなくて。もっと効果の高い方法を選べると思うんだ」
覚悟を決めた表情の弟。今まで見ることのなかった顔を目にして、調は「おや」と思う。
「聞かせてくれ」
「僕たちは四葉夜久の短絡性に期待しすぎかもしれない。こんなに遠回しでは、何を狙うべきか……本人もいまいち分かってないんじゃないかな」
「なるほど。それには一利あるな」
出来るだけ分かりやすいように要素をばら撒いたが、それが夜久には伝わっていない……という意見は、彼にとっても盲点だった。
「どうせ調整体は寿命も短いんだ。……リスクを侵す価値はある──師補十八家を相手にするのはいくらなんでもやりすぎだけど、百家傍流なら『不運な事故』で抑え込める。だから──」
「だから?」
弟の決意表明に、調は愉快な気持ちになってきた。試験管で育てられたマウスが、一矢報いようとする。まさに「窮鼠、猫を噛む」ではないか。
「──僕が森崎駿を殺す。……計画を終わらせるために」
◆
夜更け。たっぷりとした闇が空を包みこむ時刻。
駿は迷いを抱えつつも、当てもなく散歩を続ける。悩みの種は、以前から幾度も続く、レイモンドと名乗る謎の少年からの「悪魔の囁き」だ。得体の知れない人物に個人情報を握られているのはストレスだったし、何より友人に嫉妬していることを直視させられるのが辛かった。ないまぜになったグチャグチャの感情は行き場もない。せめてもの発散が、夜中の街歩きだった。
(僕は自分の力だけで……夜久の隣に立ちたい)
レイモンドの予測とは裏腹に、どれだけ煽られても駿の心は揺らがなかった。夜久の才を羨んでも、親友として好きだ。その真っ直ぐな思いが、彼を人の道から離さなかった。
そして、純粋さは森崎駿を「優秀な魔法師」から「優秀すぎる魔法師」には変えない。だからこそ、不幸は無慈悲に彼を襲う。
「……!?」
彼の前に風の塊が出現する。しかし、現代魔法で多用される薄い空気の塊ではなく、人の皮膚を「切り裂く」意思が込められた真空の斬撃──古式にみられる呪詛の一種「窮奇」という術である。それらは、駿の服の袖を血まみれにした。皮膚だけをピンポイントに切られ、そこから滲んだ血が服を汚したのだ。
(何が起きている!? とにかく、防御だ!)
痛みを堪えて対物障壁を展開。風が身体に触れないようにする。出来た傷こそ消えないが、これ以上増えることは無くなった。現状を整理しようとした時、彼の耳に「奇妙な音」が届く。すると、思考が遮られてしまうレベルの目眩に襲われた。
(ぐっ……)
遮音障壁を付け足すが、脳内で響き渡る音は消えない。想子波を震わすことで生まれるそれは、簡単には防げないのだ。距離を取るしかないと判断し、マルチキャストで自己加速術式を使おうとして失敗。後方に移動した筈が、何故か位置がずれ……壁に凄まじい勢いで激突した。後頭部を強かに打ち、ぱっくりと割れたそこから血が大量に流れる。
上手く行かなかった理由は、想子の音が駿を惑わしたから。領域内で鳴る想子の音は、超高周波と超低周波が一定間隔で切り替わるようになっていた。相手の三半規管を狂わせるこの術は、精霊魔法「木霊迷路」のバリエーション。
身体に多大なダメージを受けては、魔法を維持など出来ない。駿は領域干渉どころか、情報強化すら切れた無防備な状態を襲撃者に一瞬晒した。情報強化を貼り直す時間を、敵は待ってなどくれない。鳥の形を模った炎が、駿を焼こうと襲いかかる。彼の未来は消し炭になる以外、もう存在しない。恐怖から、ギュッと目を瞑る。
(……助けて)
だが。この付近、この時間。多数の人々の思惑が絡まることで、様々な事態が同時に進行していた。それらは「十六夜鳴が、森崎駿の殺害を企てたこと」と重なり合い、一つの現象を生み出した。
現在、パラサイトという妖魔が社会に出現し、霊子を吸収するために魔法師を襲い、憑依しようとしていたこと。
USNA軍最強の魔法師集団「スターズ」が密かに日本で活動し、パラサイトに憑依された脱走兵を処分していたこと。
パラサイトが、人の「狂喜・悲嘆・憎悪・祈り」といったマイナス感情由来の、強い霊子波動に引き寄せられる性質を持つこと。
森崎駿が「友人に並び立てるような天才になりたい」と悲痛な願いをずっと抱いていたこと。
(僕はまだ……死にたくない! 僕は僕のまま……まだ生きたい! アイツの隣で!)
突如として、駿の周囲から想子光が溢れ出た。夜ということを忘れさせるほどの光量。それは、炎を纏った式神を後退させた。猶予が出来たので、彼は防御障壁を再構築。次に、自己加速術式を発動。方位を間違えることなく、移動することに成功。そのまま、襲撃者──十六夜鳴を振り切った。ここまでの魔法発動に要した時間は、ほんの僅か。今までの彼ならば、実現不可能な速さ。
そう。彼は──パラサイトに憑依された。人ならざる者として、再びこの世界に生を受けたのである。その証拠に、先ほど負った怪我がみるみる治癒していく。人間には到底無理な、脅威の自己回復効果である。
「……そんな」
異常事態を目の当たりにすれば、自分の身に起きたことにも何となく気づく。自らの両手を見つめ、駿は一人……呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
リーナ……一応出した(すいません)