魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第6話

 都内にある四葉家所有のマンションで、おれは生活している。つまり、一応自分が自由に動かせる部下がいるということ。だから、すぐ車を呼びつけて、重傷を負った駿を家に連れて帰った。マンションは上層こそ住居だが、地下を含む下層フロアは作戦用の施設だ。つまり、医療設備がある。自己回復をしてみせた彼を普通の病院に運び込む訳にはいかなくなったので、そこで経過を見る方が良いと判断した。だが、これしか選択肢が無かったとはいえ……迂闊だった。実家に情報が筒抜けなのだ。

 深夜、本家から人が寄越された。思わず舌打ちする。

 

「──夜久様、ご無沙汰しております」

 

 四葉で調整施設を総括している、序列第3位の執事──紅林が客間にいた。彼がここに来たということは。

 

「解剖でもする気か? 持っては行かせない」

「貴重なサンプルです。夜久様はご存知ないでしょうが……。我々も『パラサイト』には手をこまねいているのですよ」

 

 おれに情報を下ろしていなかっただけで、四葉は独自にパラサイトの調査に踏み切っていたらしい。

 

「どうせ黒羽が動いているんだろう。何だかんだで手に入れてくる」

「確実とはいえません。それに、文弥様は以前……作戦に失敗していますから。奥様からの信頼度は下がっています」

「おれのせいだろ、それ」

 

 いくら何でも、流石に黒羽文弥が可哀想だ。おれの預かり知らぬところで、勝手に任務を受けて上手くいかなかっただけとはいえ。

 

「なぜ、そこまで嫌がるのです? 森崎家の係累を実験体にするのは、何も初めてではないでしょう。前は夜久様自身が、第四研に持ってきたのですから」

「……!」

 

 森崎あやめの死を、ここで引き合いに出されると思わなかった。しかし、確かに紅林の言う通りでもあるのだ。今まで、優良なサンプルは散々分析してきたし、それが当たり前の世界で生きてきた。

 

「あれは本人が望んだんだ。結果的に死んだとしても、自己責任と言えるだろ」

「……不都合な事実は隠した上での提案でも? 魔法師にしてあげたい、という提案自体に悪気は無かったかもしれませんが。でも、国際ライセンスを取れるような魔法師になれないのは、最初から分かっていたでしょうに」

「……」

 

 成功した場合でも、精々サイキッカー止まりなのは予測されていた。おれは迷ったうえで、それを彼女には伝えなかった。プロジェクト開始時からずっと実験体集めには苦戦していたし、少しでも多くデータを収集したかったのだ。

 

「……駿の調査は、おれが総括する。ちゃんと話せば、協力してくれるだろうから。これで良いだろ」

「まぁ、そうなるだろうと奥様は仰っていました」

「お母様が?」

 

 奥様が出した条件があります、と言いつつ、紅林は指を一本立てた。

 

「森崎あやめの死の経緯。それを伝えた上で、彼が承諾するならと」

 

 そんなの無理だ、と思った。

 何のために、おれはずっと嘘を吐いてきたのだ。ちゃんと分かっている。自分の行いを隠さないと、友達でいられないからだ。

 

「精神構造干渉を持つこと。非魔法師を魔法師にしようとして失敗したこと。ここまでは明かして構わないそうです」

「もし怒り出して、アイツが『各所にタレ込む』とか言ったらどうする? おれは記憶を消さないぞ」

「どうぞご勝手に。記憶を『消すだけ』なら、夜久様の他にも術者はいます」

 

 おれは思わず舌打ちをする。四葉の抱える記憶操作スキル持ちがやれば、全ての記憶がまっさらになるだろう。かといって、おれが記憶を消したところで……そのあと第四研に運ばれる。八方塞がりだ。

 

「正直なところ。奥様の目的は嫌がらせでしょう。私も理解していない訳ではありません」

「なんで……」

 

 ならば、不都合なことは言わなくても良いじゃないか。本当は愛梨にだって、怖くて明かしたくなかった。目の前で使ってしまったから、知られてしまっただけで。

 

「でも、それが嫌がらせになるのは……四葉の人間としての自覚を持っていないからです。外界と関わりを持たず、内々のコミュニティで満足すれば問題ないのですよ。私はそちらをおすすめします」

 

 四葉の中だけで完結して生きていくことは、今となっては辛いことだった。

 

「……じゃあ、話してやるよ」

 

 売り言葉に買い言葉。ソファから立ち上がって部屋を出る。医療フロアに繋がるエレベーターに乗った途端、途轍もない緊張感が襲う。無情にも、数秒で扉が開いた。目的の階に到着したのだ。

 

「──目、覚めてたのか」

 

 ベッドに付属するカーテンを開けると、彼は上体を起こしていた。すっかり傷は治っている。プラズマで焼かれてから数時間も経過していないというのに。

 

「あぁ。……今でも、夢だった気がする。──いや、多分『あの時』からずっと。悪夢を見ている気分なんだ」

 

 自らの両掌を見つめ、ぼそりと駿は言う。おれはベッド脇の椅子に座り、腕を組む。少し逡巡して、口を開く。

 

「あのさ……。お前の状態を調べる前に、言っておかないといけないことがある」

 

 キョトンとする駿を前に、抱えている事情を明かす。

 固有魔法として「精神構造干渉」を持つこと。それゆえに、四葉の研究に携わっていたこと。研究プロジェクトの中には「非魔法師を魔法師」にする研究があったこと。その被験者に森崎あやめを選び……最終的に失敗し、死に至らしめてしまったこと。

 話が進むたびに、彼の顔は険しくなってゆく。恐ろしくてたまらなかったけれど、一度始めたからには途中で止められない。

 

「そうか」

 

 コキュートスに包まれたかのような沈黙。永遠にも思えるそれを経て、彼は一言そう呟いた。

 

「……怒ってる?」

「怒る、というか。失望、いや……残念。……上手く言えないな。近い表現は『僕が勝手に期待して、勝手に悲しんでる』だろうか」

 

 そう話す彼と、全く目が合わない。言わなければ良かった。右手を翳そうとした、そのとき。

 

「……なんとなく思ってはいた。僕らには到底考えつかないような、恐ろしいことに関わっている可能性を。それでも、お前だけはそうじゃないと無意識に信じてたんだ。──そんな訳無いのにな」

「……ごめん」

 

 再び、長い沈黙が続く。先に話し始めたのは、向こうだった。

 

「……『お前とは何があっても親友だ』。そう言った、あの時の自分を裏切りたくない。それに、あやめ姉さんよりもお前の方が好きだ。僕にも、そういう残酷な気持ちがある……だから、同じだ。僕たちはダメな人間だよ」

 

 命の価値を勝手に決めるのは、まさに「許されざる」こと。罪でしかない。

 

「それに、自分の状態を知るためには……どれだけ恐ろしくても、お前の力を借りなきゃいけない。今僕が頼れるのは、たった1人。夜久だけなんだ。だから、罪だって背負う。お前の隣に立ち続ける」

 

 ──才能があるからだ! 僕が、お前を待っていたのだってそうだ

 

 夜中のファーストフード店で、駿が叫んだ言葉を思い出した。

 魔法の才能だけが全てを解決すると信じ、友人を見つめる視線の先に美しい未来を夢想していた、あの日の彼はもういない。おれが、おれの魔法で殺してしまった。

 でも、現状の駿にとって、おれと離れることは大きなリスク。どれだけ罪深くても……おれという存在は、彼の未来を大きく変える可能性がある。だからこそ、彼は冷静かつ不公正な判断を下したのだ。

 

「……お前が死ぬ未来を回避する。絶対に」

「うん、信じたいよ。……魔法抜きにしても、お前と馬鹿話する生活、結構気に入っていたから」

 

 許されないことをしても、生きていかねばならない。焼印による傷痕を晒し、石を投げられながらも前に進む必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 十六夜鳴は、森崎駿の殺害に失敗。その上、運悪く駿は、パラサイト化してしまった。故に、元老院からかなりの勘気を買っている。

 なぜなら、そもそも元老院というものは、怪異や妖魔といった存在を日本から排除するために作られた機関。そこから派生して、道を外れた魔法師や異能者の断罪も行うようになった。それにもかかわらず、新しく妖魔を生み出していては本末転倒なのである。

 

「……森崎駿のように、パラサイト化したにも関わらず、暴走することなく魔法力が増大するケースがある。これは大問題だ。リスクを恐れず、妖魔をばら撒くことを良しとする人間が……必ず現れる」

 

 元老の1人が、師族会議の極秘資料を手に嘆く。非合法な手段で手に入れたものだが、咎める人間はここには誰もいない。彼らは「秩序を保つ者」という自覚と誇りがある。多少の無法は、当然のことと認識しているのだ。

 

「春頃、反魔法主義者を沈静化させるために……人体実験を伴う研究プロジェクトが世間では大量に始動した。ほぼ詐欺同然の企画ばかりだが、彼らが結果欲しさに、パラサイトを導入してしまったらどうする?」

「それだけではないぞ。本当に非魔法師が『優秀すぎる』魔法師になってはまずい。魔法師社会がメチャクチャになる」

 

 彼らは口々に懸念点を述べる。とにかく「パラサイトを軍事転用する勢力から、どう対処していくか」ということは皆一致していた。

 既に、七草家と九島家はパラサイトを入手しようと躍起になっている。四葉家も言わずもがなだが、まだマシだ。管理下にある分、状況をチェックしやすい。

 

「……それに、問題なのは四葉夜久だ。彼は既に一度『アンジー・シリウス』と交戦している。次は殺すかもしれないぞ? そうなれば国際問題だ。『スターズ』にはパラサイトを倒してもらい、さっさと帰って欲しいというのに」

「一高への復帰はやはり早かったのではないか? 止めるべきだったろう。四葉へのペナルティを提案したのは、確か安西殿ではなかったか」

「そもそも。樫和殿は『十六夜』まで動かした割に、このような厄介事を作り出している。こちらに文句を言える立場かね?」

 

 喧々轟々。責任のなすりつけ合いで大騒ぎの場。そこに突如として、若い男の声が差し込まれる。声変わり前の高めの声は、その場によく響いた。

 

「──そうだろうと思ってたが。やっぱり『スポンサー様』の差し金か。おれの周りで起きていた、数々の珍事の原因は」

 

 縁側に通じた襖の一つが開く。そこにいたのは、不敵に笑う1人の少年。

 

「……四葉夜久! なぜここに?」

「おれだってバカじゃない。都内の監視システムから、十六夜鳴の行動範囲を調べて……どのエリアで追跡不可能になるか割り出した」

 

 ちなみに。2095年現在、無断で監視カメラの映像を抜き取ることは法律で禁止されている。通称「反1984法」が存在するからだ。ただ、十師族のほとんどは「必要による要請」という名目で無視している。そのため、四葉のマンションからデータにアクセス出来たのだ。

 

「認識阻害があっても『何かがある』と分かれば、探すことが出来る。しかも、運良く『案内役』を見つけたしな」

「案内役?」

 

 後ろを向いた夜久が、身をかがめ「何か」を引っ張り上げる。それは、ボロボロになっていたが……間違いなく人だった。

 

「不始末を詫びたいとウロウロしてたからな。おれも一緒に謝ってやろうと思って」

 

 夜久に首根っこを掴まれているのは、ぐったりした姿の十六夜鳴。どう見ても、魔法による襲撃を受けた後だ。要は、脅しで結界を抜けた訳である。

 

「ほら。勇気を出してさ、来て良かっただろ? 謝罪しとけよ」

 

 そう言いつつ、鳴を広間へと蹴り飛ばす夜久。しかし、気を失ってるので……もちろん起き上がることもなく。ただ、力なく畳に倒れ込むだけ。

 パラサイト抜きの異常行動を前に、元老たちは恐れ慄く。

 

「な、何が目的だ? わざわざ、ここまで来たのには理由があるだろう」

「あぁ。お前らの『おれにしてほしくないこと』が、何なのか調べたかった。ここに来ることで、ちゃんと確認できたよ。ペラペラとくっちゃべっててくれたお陰でな」

 

 彼は縁側から庭へ飛び降りる。よく見れば、靴を履いていた。土足で部屋の中に踏み入っていたのだ。

 

「迷惑かけられた分、絶対に迷惑かけてやるからな! 覚えとけ!」

 

 中指を立てて、言い捨てて去っていく夜久。残るのは、嵐が過ぎ去ったあとのような静寂。ただ、彼らはそのままぼんやりしている訳にはいかなかった。広間の中心に転がったままの、意識の無い鳴を無理やり叩き起こす。

 

「さっさと起きろ!」

 

 やらかしたミスを責めている場合では無かった。それよりも優先せねばならないことがある。

 

「お前の兄にも言っておけ。お前たちに、最後のチャンスをやる。──そして、何が何でも四葉夜久を止めろ! まどろっこしい真似はするなよ! 直接止めるんだ!」

 

 幾人もの壮年の人間たちが、大怪我をしている少年に詰め寄る様子は、側から見ると非常に滑稽だ。だが、彼らも必死だった。

 

「あやつは……『アンジー・シリウス』を殺す気だ! しかも、腹いせの為だけに!」

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