おれの自室には、自分を含めて4人の人間が集まっていた。愛梨、駿……そして、一条将輝。交友関係の少ない自分が集められる、出来る限りの知り合いといえる。2人が都内にやって来た主目的は、大変なことになってしまった駿のお見舞いだ。
「……それにしても、本当に森崎はパラサイト化したのか? 見た目だけだと全く分からないな」
興味深げに駿の身体をペタペタと触る一条。物怖じしない奴である。
「脳に霊子を吸収・放出可能になる器官が増設されている。まぁ、分かりやすい人間との差異……と言えるだろう。でも、それだけだ」
「霊子? 想子じゃなくて?」
愛梨が首を傾げる。顎下の長さで、横に揺れる髪。彼女は最近、ヘアスタイルを変えたのだ。以前よりも更に良く似合っている。
「今のところ、推測でしかないが……魔法力の強さと、霊子の存在には密接な関係があるのだろう。この特殊な器官の存在なくして、増大した事象干渉力や高速になった発動スピードの説明が付かない」
壁に取り付けられたプロジェクターにデータを映し出し、数値を元に簡単な説明をする。すると、愛梨と一条が何とも言えない顔で、おれの顔をまじまじと見た。奇妙な空気感のまま、広がる沈黙。
「……貴方って、賢いこと言えるのね」
「あぁ。俺も少し思った。てっきり……その、バカな方だと」
失礼すぎる。だが、よく考えれば……2人の前で勉強の話などをしたことはなかった。
「コイツ、結構頭いいぞ。代わりに宿題やってくれたこともある」
高校で習うレベルの座学……その中でも数学や魔法幾何学は、魔法のイメージ化と強く関連する。それゆえ、そこそこ得意科目だった。だから、苦戦している駿を見兼ねて解いてやることもよくあったのだ。
入試の時は、筆記が面倒で1問も解かなかっただけである。
「自分でやりなさいよ」
呆れたように、愛梨が頭に手を当てる。優等生には、想像のつかない話なのかもしれない。
「だが、俺も呼んでもらって良かったのか。……正直、四葉には好かれてないと思っていたよ」
「……まぁ、人を脅してくるしな。──ただ、ここに来たということは。皆、覚悟があるということだよな?」
全員の視線が交差する。和やかな会話が続いていたが、状況は全くよろしくないのだ。
パラサイトの性質については、詳細がほぼ分かっていない。しかも、今のところ「人を襲わないパラサイト」は、駿のみしか観測されていないのだ。今後の彼はかなりの偏見に晒されることが確定しているし、庇い立てるおれもきっと苦労する。もちろん、1番辛い思いをするのが駿であるのは間違いないが。
そんな状況ゆえ、おれたちは味方を必要とした。迷ったが、愛梨には声をかけることに。彼女は数少ない……おれを信頼してくれている人間だ。苦難を背負わせることは忍びないが、少なくとも相談はしようと思った。
一条については、本音を言うと打算を含めた部分もある。性格的に断れないタイプだからだ。
「……もちろんだ。森崎とは九校戦からの付き合いとはいえ、もう大切な友人の1人だ。友達が苦しい時に、知らないふりは出来ないな」
真剣な顔で頷く一条を見て、おれは「呼んでおいて良かったな」と思う。戦闘面でも、彼は居た方が助かる。
そして、愛梨も覚悟を決めた顔をしている。おれの顔を見ると、優しく微笑んだ。
「私たちは、一緒に戦うことが出来る。貴方のやりたいことが『森崎くんを助けること』なら、私は『貴方を支えたい』の。──ねぇ、夜久くん。そっちから、声を掛けてくれて嬉しかった。だって、1人で抱え込んで欲しくなかったもの」
「愛梨……」
彼女が持つ紺碧の瞳を見つめる。今この瞬間、心が通じ合ってると確信できた。
どれだけ苦しい道の中でも、そこでお互いを見つけ出したいのだと。容易い選択をしたせいで、君とこのまま離れるのは嫌だ──そんな気持ちが、おれにはある。愛梨だって、その筈だ。
「──ゴホンッ! ゴホゴホッ! ……失礼」
突然、一条が咳き込む。意図したことではないだろうが、おかけでこの場の雰囲気は揺り戻される。やはり、彼を呼んだのは正解だった。何かと持っている男だ。
「……みんな、ありがとう。僕なんかのために」
「卑下するなよ、森崎。お前が悪い訳じゃないさ」
方針が固まったところで、課題を整理せねばならない。問題は、大きく分けて2つだ。
・人を襲うパラサイトの排除
強い意志がない限り、パラサイトに思考を乗っ取られる。そうなると、自己保存の欲求からか魔法師を襲い始めてしまう。封印なりなんなりして、現状の被害を抑えなくてはならない。「パラサイトは危険」という認識が広がったままだとまずい。
・スターズ等の排除
向こうの目的が殲滅なのかは知らないが、研究の余地がある以上、全てを殺されては堪らない。そもそも、日本にいても邪魔なので早く帰ってもらう必要がある。
つまり、我々は「自分たちでパラサイトの処理をするためにも、スターズを戦闘不能にする必要がある」訳だ。そのために、戦力を必要とした。
とはいえ、おれだって「アンジー・シリウス」のような戦略級魔法師を殺して良いとは思っていない。以前、達也が「マテリアル・バースト」で国際魔法社会のバランスを大きく変えたことを忘れたことはないのだ。
では、どうしてスポンサーにわざわざ「アンジー・シリウスを殺す」と変に宣言したのか。その理由を語るためには、少し前に遡らなければならない。
*
駿の言質を取ったおれは、意気揚々と紅林を追い返した。「お母様に言っておけ!」というセリフと共に、ご丁寧に玄関には塩まで撒いて。
その後、おれは外出着に着替えて……車を用意させ、魔法大学近くのアパートへと向かった。インターホンを押すと、地味目の私服を着た若い女性が出てきて、こちらの顔を見るなり顔を引き攣らせる。
「お引き取りください!」
「おいおい。弟が姉の顔を見に来ただけだぜ? 姉貴ならともかく、そのガーディアンが勝手に面会を断るなよ」
「いえ、お願いですから……お帰りください」
ドア越しの押し問答。もちろん、彼女だって腕利きのガーディアン。普通ならば、魔法1つで面倒な客は追い返せる。「当主の息子」という彼女にとって面倒な立ち位置だからこそ、話が拗れているのだ。
「……何。一体どういう揉め事?」
騒ぎが気になったのか、顔を覗かせるパジャマ姿の女性。
「っ! 夕歌さま……!」
ガーディアンが咎めるように声を上げる。不用意に客の前に姿を見せたからだろう。現れたのは、津久葉夕歌。少し前までは、一応姉であった人物だ。
「なんだ、姉貴が出てきたなら話は早い。黒羽にアポ取って欲しいんだ。あと、今から豊橋まで着いてきてくれ」
豊橋は旧愛知県にある都市で、黒羽の本拠地であった。
「嫌よ。今から寝るところなの。明日は大学が無いから、昼まで眠れる貴重な日よ。何が悲しくて、黒羽まで行かなきゃいけないのよ」
「おれ1人だと追い返されるだろ? 姉貴がいたら、少なくとも茶は出してもらえる」
現場でパラサイトを調査する担当は黒羽だ。
今までであれば、無視して自分のやりたいように話を進めていたが……いくらなんでも、おれの持ち得る情報が少なすぎる。黒羽から情報を流してもらわないことには、本当にどうにもならない。
「……追い返されることまで分かってて、したい話っていうのは何よ」
「夕歌さま! 耳を傾けなくて良いですから!」
ガーディアンが金切り声で夕歌を叱る。耳に響いたのか、彼女は嫌そうに顔を顰めた。
「……まぁ、良いわ。一緒に行ってあげる。着替えと……そうね、軽くメイクをするから少し待っていて。せっかくだから、中にどうぞ。この子がお茶でも出してくれるわ」
そう言って、さっさと引っ込む夕歌。ガーディアンは唖然とした顔で固まる。そして、復活するや否や、無表情で「お上がりください」と言った。
熱いコーヒー(インスタントだった)を飲みながら、待つこと10分。準備を終えた夕歌がやって来た。洒落たパンツスタイルのセットアップに身を包み、顔にはスモーキーなメイクを施している。「黒羽」ウケしそうな格好だな、と思った。
「行きましょう。貴方がいるなら大丈夫だろうし、私のガーディアンは置いていくわ」
そう言って、本当にガーディアンを連れないまま、夕歌は車に乗り込んだ。
「……良かったのか?」
「私、あの子嫌いなのよね。なんか、陰気臭いというか。そのくせ、主人の生活習慣には口うるさいし」
「へぇ」
「向こうも、きっと私のことは好きじゃないわ。それなら、こうやって離れた方がお互いのためね」
車の中で、ぐっと身体を伸ばす夕歌。運転手にコンビニでコーヒーまで買わせ、ドライブ気分で完全にくつろいでいる。
「でも、着いて来たのはそれだけが理由じゃないだろ?」
「……そうね。成長したな、と思って。貴方が」
「成長?」
「えぇ。昔なら、話を聞いて貰えるまで暴れていたでしょう?」
そうかもしれない。少なくとも、津久葉の家にいた小学生の頃はそうだった。
「だから、話を聞いてあげてもいいかなって……」
「ありがとう……姉貴」
返事がない。横を見ると、もうクッションに顔を埋めて寝ていた。おれも眠ることに。黒羽の屋敷に着くまで、まだまだ時間がある。
朝方に、豊橋へと到着。黒羽が運営するホテルにチェックイン。亜夜子や文弥たち(彼らが交渉の窓口なようだ)とは、朝にラウンジで落ち合うこととなった。
「……」
ほぼ話したことのない人間を前にして、流暢に話題を提供出来る訳もなく。黙ってカップを持つ面々を前に、淡々と要求を口に出す。
「……とりあえず、おれは自分以外の勢力の殆どを把握できていない。このままでは、動く際に支障が生じる」
おれの話を聞き、一番最初に反応したのは文弥だった。
「もちろん、僕も黒羽の一員。情報が全てを制することくらい、理解していますよ。ですが、その価値を知るからこそ……本音を言うと、貴方には渡したくない」
おれよりもずっと童顔の文弥だが、冷たい表情はかなり様になっていた。
「文弥……」
「姉さんは黙ってて。……夜久さん、僕は私怨でこんなこと言っている訳じゃない。ただ、貴方の情報管理を信じられないよ。達也兄さんの件だってそうだ。兄さんに自由がない以上、しっかり『マテリアル・バースト』を管理すべきだった」
険悪な空気感のラウンジ。おれは黙ってコーヒーを飲む。そして、口を開く。
「それでも、必要なんだ。友達を助けるために……」
「──文弥。どちらにしろ、パラサイトの研究統括者は夜久さんよ。情報を共有するのも必要なことじゃないかしら」
亜夜子が、弟の態度を執りなす。文弥は宙を眺めて数秒静止した後、小さく息を吐いた。
「……分かってる。それに、わざわざ豊橋まで来てくれたこと。今までだったら、考えられない誠意だ」
文弥は「すみませんでした」と言って、右手を差し出した。
「どうしても、わだかまりがあって……失礼なことを言いました。少なくとも、今からは水に流します」
「あ、あぁ……」
突然豹変した態度についていけない。ただ、とりあえずは右手を握り返す。
「夜久さんの仰る通り、我々がやるべきことは……四葉以外の勢力の排除と、パラサイトの捕縛です。正直言うと、黒羽だけではキツいんですよ。夜久さんと……えっと、夕歌さんもご協力頂けるんですか?」
「私はパス。期末試験も近づいてるし。ただ……津久葉から術者は何人か寄越しても良いわよ」
「それはありがたいですわ。わたくしたち、封印のノウハウが確立出来ず……かなり困っていましたの」
手をこまねいている、という紅林の言葉は本当だったのだなと思う。黒羽が苦戦するのは相当だ。
「でも、津久葉家の援助と夜久さんの助力があれば、だいぶ変わりますよ! 少なくとも、パラサイトに精神干渉魔法は有効なことが分かっています」
ただ……。そう言って、文弥は顔を曇らせた。何か懸念事項を思い出したようだ。
「この状況で、一番めんどくさい存在はスターズです。ですが、例の『スポンサー』は彼らを排除することを良く思っていないんです」
スポンサー、もとい元老院。妖魔や人外を嫌い、それらを討伐することで……日本国内の秩序を保つことを目的とする機関。そして、第四研および四葉家への大口出資者。
「どうして『スポンサー』が? 妖魔を嫌っているのだから、早く解決してほしいんじゃないの? だからこそ、御当主様も黒羽家をせっついているのでしょう?」
「現状、スターズが一番パラサイトを倒そうとしている集団だからですわ。わたくしたちも、七草も九島も……パラサイトを研究したい側ですし」
つまり、邪魔だからと言ってスターズを追い出そうとすると、それはそれで嫌な顔をされるということ。
「……分かった。じゃあ、おれがスポンサーの気を惹く。その間に、交渉なり何なりして貰って……USNAの奴らには帰ってもらおう」
「一体、何をする気?」
夕歌が怪訝な顔で、おれに尋ねた。その心配はもっともだ。
「実は……」
スポンサーにちょっかいをかけられていたことを伝える。既におれは、監視システムに介入して「十六夜鳴はスポンサー陣営」と突き止めていた。
「腹いせの体で『アンジー・シリウスを殺す』と騒ぐ。多分、信じる筈だ。そうすれば、帰ってもらう方がアイツらの得になる」
「確かに……。夜久さん、やりそうな気しますし」
普段の行いを逆手にとる作戦だ。以前、周公瑾に密輸組織へと雇われた時には失敗したが……それでも達也が派遣されそうにはなった。つまり、騙すところまでは上手く行く。
「あの……本当にしませんよね?」
「やらない。一回戦っているが……正面から交戦するのは危険すぎる」
少なくとも、バックアップが万全な状態では無理。一対一でギリギリというところ。
「では、そこは夜久さんにお願いします。わたくしが、USNAの現地指揮官とコンタクトを取って……出来るだけ引き上げさせます」
「おれに話し合いは無理だから。その辺りは、よろしく頼む」
「えぇ、任されました」
「虎の子の『アンジー・シリウス』です。どうせ、こっそり残してはおくでしょう。それでも、出撃回数はだいぶ減ってくれると思います」
このように、話し合いは建設的なものとなった。自分1人で何とかするには、あまりにも大きすぎる問題。だからこそ、こうして他人に頼らざるを得なかったが……少しずつでも課題が解決していっていると実感でき、前へと進めている気がした。
分家の子供たちが好きなので出せて良かったです。また、霊子波が事象干渉力に関連するという話は原作に出ていました。