パラサイトを回収しているのは、四葉だけではない。七草や九島も既にUSNA兵の奪取に成功し、既に移送まで行っている。だが、どこも上手くはいっていない。逃げられるわけではない。仮死状態にするべく、冷凍倉庫に保管することで、休眠状態に持ち込むところまではクリアしている。
それでも、何故かスターズに位置がバレて強襲されてしまう。誰かが、スターズに情報を流しているのだろう。スポンサーの可能性も考えたが、彼らも妖魔が暴れ回ることを良しとはしない筈。別の誰かだ。今のところ、その人物は突き止められていない。
(人間の形のまま保存しては、スターズに付け入る隙を与えてしまう……それに襲われた時、持ち運んで逃げられない)
そのため、四葉家内では新たな封印の方法を考えた。呪術的アプローチである。呪符や人形の中にパラサイトを封じ込めてしまうというもの。ただ、今のところ使えるのはおれだけ。精神構造干渉によって、無理やり押さえ込んでいるからだ。とはいえ、津久葉家が急ピッチで別の封印手順を考えているらしいので、いずれはもっと楽な方法が作られるだろう。
おれは複数枚の呪符を手にしたまま、隣にいる友に尋ねる。
「行くぞ。……駿、パラサイトの位置は分かるか?」
パラサイト同士は意識を繋げられる。そうすると、同胞の大まかな位置を認識可能なようだ。
「あぁ。10時の方向……1km先というところだ。おそらく、複数体いる」
ただ、多用は出来ない。駿が今も自我を保っていられるのは、他のパラサイトの意識を強い意思によって遮断出来るからだ。常時接続させるのはリスキーすぎる。
「……同じだ。なんとなく、そんな気配がする」
それに、おれの魔法的感覚もパラサイトには有効だった。だから、駿を使った捜索は一応の確認用だ。
「よく分かるわね。私には今のところ、何も引っかからないわ」
「俺もだ。全くピンと来ない」
愛梨も一条も、おれとの違いは精神干渉魔法への適性くらいだろう。つまり、精神の存在を知覚できるか否か。パラサイトというものは、やはり精神体そのものと言えるのかもしれない。とても、口に出せる結論ではないが。
「……急ぐぞ」
返答の代わりに、3人を急かす。こちらが位置を知ったということは、逆もまた然り。逃げられる前に追いつく必要がある。自己加速術式を駆使して、目的地へと走っていく。
「……!」
パラサイトを視認した瞬間。魔法発動の気配を感じる。咄嗟に領域干渉を広げた。だが、パラサイトの方が速い。既に気づかれており、発動の意思を固められていたのだろう。魔法式が……投射される!
「させるか!」
駿が叫ぶと同時に、周囲に凄まじい想子が吹き荒れ……眩い光となって辺りを照らした。彼のサイキック能力である。高濃度の想子がバリアのような役割を果たし、魔法を無効化したのだ。
愛梨と一条がすかさず、追撃を繰り出す。「エレクトロ・キューション」と「爆裂」によって、複数のパラサイトが一瞬で肉体を失った。
「来るぞ!」
パラサイトの本体──霊子情報体が、こちらへと襲いかかる。しかも、こちらの敵意を認識しているのか、電撃を飛ばしてくる。防御障壁を張って貰っていることを確認し、おれは呪符を握り締めた。そして、そっと息を吸い……「精神構造干渉」を発動。呪符は、人の形を象っている。そこに、圧縮した情報体を押し込むことで、休眠状態へと錯覚させるのだ。それを何回か行い、全てのパラサイトを封じた。
「……行けたの?」
「あぁ、上手くいった」
束になった呪符をページを捲るようにしてみせる。一条がおれから距離を少し取った。
「出てこないよな?」
「そんな仕組みな訳ないだろ」
駿には偏見を持たないのに、呪符は怖いらしい。多分、オカルトにはそこまで詳しくないのだろう。
「本当にこの中に? 信じられないな……」
「でも、確かに魔法的な波動は感じるわ。こんなペラ紙なのに」
駿と愛梨は、おれの手にある呪符をまじまじと見て口々に感想を述べる。
「単なる紙じゃないぞ。1枚で数万円するからな」
これは夕歌に教えられたことだ。「無駄遣いするな」と何度も言われた。失くす前に上着の内ポケットへと呪符をしまっておく。
『──ブラボー! やっぱり、ヨツバの魔法師は流石だ! デーモンをこんな形で攻略するとはね』
自分たちのものではない声が響き渡る。おれたちは周囲を慌てて見渡す。
『ここだよ、ここ! 画面の中さ!』
声の出所は、駿の端末の中から。奇妙な事態を前に、おれは固まる。見れば、駿は顔を蒼くして……身体をぶるぶると震わせていた。
「レイモンド・クラーク……」
「え、何。知り合い?」
おれの問いには答えず。駿は震える手で端末を取り出し、画面を点けた。そこに映るのは、金髪碧眼のナヨっとした少年。見てくれは悪くないが、どこか「ナード」然とした野暮ったさがある。
『やぁ、Mr.モリサキ。久しぶりだね。ヨツバの通信防御は頑丈だ。この"セイジ"である僕にも……ちょっと突破出来なかった。外に出てきてくれたから、やっと話しかけることができたよ』
「なんのつもりだ! お前は、一体……何がしたいんだ!」
鋭い声で駿が叫ぶ。この感じを見るに、顔見知りのようだが……良好な関係があるようには見えない。
『僕は差し詰め、ゲームマスターってところかな。日本を舞台に"デーモン狩り"というステージを作っている訳だ。だからこそ、面白くするために、色々と手を加えさせてもらってるよ』
「……! そうか、パラサイトの保管倉庫がスターズにバレてるのは!?」
あまりにもピンポイントなので身内を疑っていたが、情報を横流ししているのは無関係のコイツだったのだ。
『ご名答! そして……スペシャルステージだ! 君のもとにアンジー・シリウスが攻めてくる! 乞うご期待!』
腹立たしい笑顔に向けて、さっと右手を翳す。しかし、魔法の効果が表れる前に画面は暗転。どちらにせよ、画面越しに魔法を掛けるのは難度が高い。そもそも、成功するとは思っていなかった。
(……お祖父様のようにはいかないか)
祖父の元造は、リモート通話中に暗示を掛けて人を自殺に追いやれたという。生まれた頃には死んでいたので、まぁ聞いた話でしかない。
「早くここから離れないと! 少しでも距離を取るべきだ!」
駿が「アンジー・シリウス」の名を聞き、そう提案する。一度丸焦げにされたら、そんな気持ちにもなるだろう。
「……いえ。おそらく囲まれているわ」
「あぁ、ここで迎え撃つべきだろう。その方がマシだ」
しかし、愛梨と一条はだいぶ好戦的な態度であった。ただ、戦闘慣れした側らしい意見でもある。相手はこのエリアから抜けることを前提に待機している筈で、下手に逃げ出すと袋叩きにされる可能性があった。
(それにしても、時期が早すぎる! まだ黒羽は交渉テーブルにつけてもいない!)
スポンサーを信じ込ませるために、早めに調査に参加していたことが仇になるとは。黒羽が事前に制圧した場所を選んでいたとはいえ、スターズに位置を教えられてはまるで無駄。
おれの人生はだいたい上手く行かない。このことを痛感し、苛立ちから歯噛みする。
(……ここでぼんやりしてる方が、死ぬ!)
既に敵の気配はしている。CADを握りしめ、覚悟を決めた。
領域干渉を広げることで、シリウスの「ムスペルスペイム」発動をキャンセル。広域系の魔法は、おれの干渉力で塗り潰せる。そのため、小規模な魔法の応酬という形で、戦闘は開始した。
相克を防ぐため、干渉する部分を分担せねばならない。一条が「爆裂」で敵の人体を。愛梨が「スパーク」で、敵周辺の空間を。おれは「ユーフォリア」で精神に干渉。なし崩しに分担が出来ていた。駿はサイキックによる牽制と、対魔法防御の障壁形成だ。
とはいえ、高校生4人(しかも、1人はずぶの素人)対プロの戦闘魔法師はかなり分が悪い。そもそも、他はともかく……シリウスには攻撃が大して当たらないのだ。どうやら、黒羽に聞いた話だと、九島家の「パレード」のような術を使っているらしい。
(人間は肉体経由でしか、精神が"視え"ないんだ! これでは……)
精神体が剥き出しになっていれば、直接視認できる。だが、人間の精神となると、イデアを経由して「肉体情報と紐つけられた精神情報」として処理している。知っている人間ならば、精神の形も何となく分かるが、縁のない相手だとお手上げ。座標がメチャクチャになると、本当に分からなかった。
とにかく、それでもシリウスを魔法の対処に集中させ続けねばならない。もしも「あの魔法」を撃たせる隙を作ってしまえば……完全に終わる。
(……!? どうして、呪詛の気配がする?)
USNAの魔法師にはあり得ない、古式魔法による「式神」。それを目の端で知覚したおれは、シリウスから一瞬目を逸らしてしまう。逸らして、しまった。
(まずい!)
シリウスが杖を振りかぶる。おれは跳躍しつつも、無意識にそれを止めようと……重ねて「ユーフォリア」を発動。何故だか、それは上手く成功。咄嗟だったので「死のイメージ」こそ載せきれなかったが、魔法本来の効果である酩酊状態を引き起こさせた。
(シリウスの座標が書き換えられていない? この魔法、制御に使う力がそれほど求められるのか?)
仮説が次々と浮かび上がる。だが、考えは打ち切らねばならなかった。シリウスなどよりも、もっと強大な敵が現れてしまったからである。
◆
四葉夜久がアンジー・シリウスを本当に殺せるのか。そんなことは、調にとってどうでもよかった。少なくとも、主人から下された命令は……遂行せねばならない。
調は認識阻害の術を維持しつつ、物陰でそっと夜久らとスターズの戦闘状況を注視していた。
(四葉夜久を止めろ、と言われれば……止めるまでだ)
十六夜家が代々、内密で継承する秘術「呪詛」。その技術は、十師族をも凌駕すると確信している。
「鳴……君が大怪我を負ってくれて助かったよ。だからこそ、こうして動けないお前を『呪い』の中継点に出来る」
足元に転がる弟を、調は軽く足で蹴る。彼は弟の体内に媒体となる呪具を埋め込み……呪いの増幅装置として使っているのである。
式神を飛ばし……狙うは「パラサイト」。一定空間に存在する情報体を暴走させる術式は、見事に効果を表した。夜久が呪符に封印したパラサイト全てが解き放たれる。
(これで終わりだ! 四葉夜久!)
しかし、調はよく理解できていなかった。パラサイトが、自己保存欲求という必要最低限の意思のみを持つ生命体ということを。だからこそ、強い意志を持つ人間を乗っ取ることはできない。願いが、パラサイトをも引き寄せてしまうから。
調の弟──調整体の鳴。彼は、媒介にされながらも……薄らと意識を取り戻していた。
鳴は、生まれながらに不幸な少年。息子を生きながらえさせるために行った母の選択は、父に認知されてしまったことで……罪へと変わってしまったのである。
だから、母を自らの手で掛けた。兄が「そうすべきだ」と教えてくれたから。人生の岐路に立った時、いつだって彼は兄が示してくれる道を進んだ。進み続けた。しかし、それは正しかったのだろうか……その疑問がぐるぐると頭の中を回り、ある結論を出す。そして、1つの強い「復讐」の意志となり──呪詛に現れた。
「……やばいっ!」
遠くで、異変に気付いた夜久の叫ぶ声がする。彼の元にあったパラサイトが封印に抗い、外へ勢いよく飛び出していってしまう。彼らは何処へゆく? それらは、森崎駿の体内……同胞のいる場所へと入っていった。
駿の、親友の隣にいたいという思い。
鳴の、不幸を運命づけた世界への復讐。
強すぎる2つの願いは、拮抗している。故に、パラサイトは「解」を見失う。
その結果。辺り一体に、想子を撒き散らす、意志なき魔導兵器が誕生した。ただ存在するだけで、事象を改変し……見境なく人々を襲う。
(何故だ、一体どうなっている?)
パラサイトは暴走し、夜久を襲う筈だった。暴走を促すための起点となる式神にも、彼の髪といった情報を貼り付けることで……呪うべきターゲットを指定してあるのだ。だというのに。タガの外れた森崎駿は……何故だか、夜久のみを襲うことはしなかった。
疑問が調の脳内を埋め尽くす。そんな時のことだった。
「──ぐはっ!」
身体に鋭い痛みが走る。思わず、胸を抑える。気道は確保されているのに、まともに息が吸えない。まるで、呼吸の仕方を忘れてしまったかのような……。
(くそっ!)
呪詛のスペシャリストゆえ、調は気づく。自分が使うものと同じ「呪い」だと。全く予想していない角度からの不意打ち。つまりは……真下。予測していないので、もちろん事前の対処などしていない。耐えきれず、力無く地面へと倒れ込む。
忌々しいネズミが、こちらを見て嘲笑う──その屈辱的な光景こそ、彼が最期に目にしたものであった。
そろそろ話もまとめられそうです。