酩酊状態にあったリーナは、数分後には意識を取り戻した。だが、彼女の眼前に映る光景はもう変わり果てている。
「どうなっているの……」
戸惑いから、彼女はそう呟く。先ほどまでは、自分たちは「ヨツバ」とその仲間のパラサイトを片付けようとしていた筈だ……。しかし、目の前では醜い同士討ちが起きている。四葉夜久と……もう1人──確か資料には、一条将輝とあった筈──が領域干渉を駆使して、パラサイトを抑え込もうとしていた。
「──目は覚めた?」
不意に、自分に声が掛かる。見れば、木の陰に気の強そうな少女が腕を組んで凭れていた。
「貴女は……」
「一色愛梨よ。貴女が起きるまで、見張っていたの」
彼女のことも、データで一応知っていた。四葉夜久と関係が深い少女だ。
「……お仲間なら死んだわよ。貴女を守ってね」
慌てて辺りを見れば、地面に死体が転がっていた。戦友である、スターダストの仲間たちが……。
(
心の中で、一人一人名前を呼ぶ。とはいえ、本当の名前ではない。スターダスト──アルファベットによる識別記号を割り振られた、スターズになれなかった星屑たち。欠番が出れば、すぐに本国から補充される。本国では、道具のように扱われているし、本人たちもその立場を理解している。
それでも、リーナは自分を支えてくれる仲間として、一定の敬意を持っていた。それを表するべく、記号をもじった愛称で呼んでいたのだ。口さがない人々は「総隊長殿のお人形遊び」と揶揄していたが。
「……さて。貴女には協力して貰わないといけないわ。私たちが無事全員、生き残るためにもね」
「なにそれ。どうして、ワタシが協力しないといけない訳?」
眼前にCADが突きつけられる。ひんやりした感覚で、彼女は「大変なこと」に気づく……。そう、自身の「パレード」が解けてしまっているという事実。
「まさか『シリウス』が、私たちと同世代とは思わなかったわ。……貴女も大変ね」
気の毒がるような言い草。侮辱されてると感じ、リーナは激昂する。
「ワタシは、自分の力に誇りを持っている! 哀れんでなんて欲しくない! 任務を成功させることで、それを証明する……そうじゃなきゃ、こんなところにいる理由が分からなくなってしまう!」
高い魔法力は、彼女を「普通」のままにしなかった。力の代償が、軍人としての重い責任。だけど、自分の魔法を愛している。どれだけ苦しい道でも、この力を手放したくない。消えていく仲間と違って、自分が生き残るならば……決して失われない戦友。別離のない、一蓮托生の存在。
「それならば、示してみせなさいよ。『彼』を倒すことでね」
親指で、駿──今も大暴れしている──を指す。愛梨は、夜久から「あること」を託されていた。それは、リーナに例の魔法……正式名称「ブリオネイク」を使わせること。
以前に共有した呂剛虎の攻略方法から、彼は現状の打開策を見つけたようだ。つまり、強固な想子ウォールを引き剥がす。今回の場合は、自己回復させることによって、彼が纏う大量の想子を消費させるのだ。
しかし、厚い想子層の存在がネック。魔法を撃ったところで弾いてしまうのだ。直接の事象改変は全て防がれる。そのため、遠くから既に改変済みの魔法で攻撃するのが最適解。とはいえ、下手な術式ではすぐに自己回復される。現に、彼らは何度も試して……上手くいっていなかった。3人とも、大量破壊を可能とする攻撃手段など持っていないからである。
「……やってやるわよ!」
思ったより、リーナは単純だった。孤立無援の状況で、頭が回っていないのもあるのかもしれない。それを見て、愛梨はそっと胸を撫で下ろす。
ただ、まだ油断は出来なかった。もしも、彼女の気が変わって、こちらに杖を向けたら……自分が止めなければならない。既に「疾風迅雷」を使い、脳はフル回転で加速状態。リーナの腕の筋肉がどう動くかを注視していた。少しでも怪しければ、魔法発動前に杖を弾き飛ばす。「リーブル・エペー」の要領で可能とはいえ、万が一失敗したら焼死。
それでも、恐れることはない──夜久は自分の実力を信じてくれたのだから。
◆
事象改変の気配を感じ、おれと一条は猛スピードで退避する。
次の瞬間、全てを焼き尽くすプラズマが駿を貫いた。愛梨は上手く、リーナを焚き付けたようだ。
(……うっ!)
悲鳴のような叫び声が上がっている。当たり前だ。苦しいに決まっている。普通ならすぐさま死に至るような攻撃を受けても、今の彼は意識を保ててしまうのだから。こんなこと、本当は2回も味あわせたくなどなかった。しかし、もう手段を選んでいられない。
体の上半分が焼け焦げたにもかかわらず、駿はまだ息がある。正直賭けであったが、彼はこちらの信頼に応えてくれた。だからこそ、手を緩めない。想子が自己回復に使われ……身体を包む壁が薄くなった。すかさず撃ち込まれるのは、一条の「爆裂」。干渉力を高めて、全体ではなく一部のみを狙ったそれ。太ももより下が弾け飛び、血が噴き出す。逃走防止に足を潰したのである。
「……悪い森崎!」
「今は同情するな!」
自分にも言い聞かせるつもりで、一条に怒鳴り散らしながら……おれは次の行動に移る。受け身の準備だ。
「夜久くん!」
稲妻のように飛び出してくる愛梨。待ち構えていたおれは、彼女を両手で受け止める。勢いを殺さぬまま、移動中に練り上げられていた魔法がスムーズに駿へと行使される。一色家の「神経攪乱」。神経回路に電流を流し込むことで、運動神経を麻痺させる魔法。直接人体に干渉されたことで、ようやく動きが止まる。しばらくの間、彼は何もできない。
(……見つけた!)
おれは愛梨を抱きしめながら、ずっと駿の精神体を探していた。ここまで念入りに攻撃していたのも、全ては落ち着いて精神を「視る」ため。
──僕は森崎駿。森崎の本家に連なる者さ。君のような優秀な魔法師と肩を並べられることを光栄に思うよ。
──僕はなんだか悔しい。僕よりも実技成績の良い奴が、こんな風に学校を去るなんて。
──夜久……お前は親友だ。今までも、これからも……ずっと。
4月に出会ってから、おれたちはずっと友達だった。「魔法が下手なやつは大バカ」というメチャクチャな理屈を分かち合ったことでスタートした友情。そこから、今までいろいろなことがあった。助けたことも、助けてもらったことも……数えきれないほどある。だからこそ、分かるのだ。彼の精神がどんな形をしているのか。上手くは言い表せないけれど、感覚的に理解できている。
(お前以外の自我を全て……消し去ってやる!)
パラサイトは人に取り憑き、脳に特殊な器官を形成することで憑依を完了する。しかし、核はそこに留まる訳ではなく、宿主の精神に融合しようと目論む。つまり、パラサイトの持つ原始的な自我は消去しても問題ない筈だ。少なくとも、原理上は。ただ、大脳皮質に増設されるニューロン体に影響がないとされるだけで……他がどうなるかは分からない。とりあえず消してみましたでは、駄目に決まっている。だからこそ、サンプルを集めようとしていたのだから。
(だが、今はこれしか方法がない!)
彼を暴走させているのは、パラサイトの意思。融合して取り返しがつかなくなる前に……大元を消してしまう。それ以外に糸口が見つからない。右腕を伸ばし、固有魔法を発動する。狙うは、パラサイトの巣食う無意識領域。
精神構造干渉──人の在り方を容易に捻じ曲げる力は、いつも通りに効果を表した。一瞬にして複数体のパラサイトたちは自我を消され……静止する。瞬間、彼の内部にあった想子が噴出。その勢いに、おれたちは吹き飛ばされる。愛梨を庇いつつも、祈るように想子の嵐が落ち着くのを待つ。
「駿!」
「森崎くん!」
「森崎!」
吹き荒れていた想子が落ち着くと、残ったのは倒れ伏す駿のみ。彼の名を呼び、すぐさま駆け寄る。火傷はほぼ消えているが、足が欠けていた。「爆裂」の名残だ。けれど、ちゃんと生きている。おれたちは、ワッと喜びの声を上げた。
「──信じられないレベルに高度なルーナ・マジック……。これが『ヨツバ』の魔法……?」
嬉しさを分かち合いつつも、部外者の存在は忘れていなかった。ただ、リーナは呆然としたまま動かない。駿を人質に取られない位置取りを意識しつつ、今のうちに3人で彼女をしっかり囲む。
「……それにしても、USNAの正規兵が日本国内で戦闘とは」
「同盟国にあるまじき背信行為だ」
「魔法協会に訴え出るべきじゃない?」
実にわざとらしく、リーナの周りをぐるぐる回りながら責める。彼女の顔色はどんどん悪くなっていった。嫌な予想がどんどん浮かんできているのだろう。何より、正体もしっかりとバレてしまっている訳で。
「……ま、ある条件を呑んだら解放してもいいぞ。お前が誰かについても黙っておく」
おれはそこで言葉を切り、黙り込む。すると、リーナはおずおずと「条件とは……」と尋ねてきた。
「森崎駿を見なかったことにするんだな。彼は四葉で引き受ける」
取引は彼女にもメリットがある。故に、頷いて貰えた。ここでゴネられると困るのでホッとする。
おれは後に、リーナが達也とも同じような取引をさせられたと報告書で知ることとなる。それはまぁ別の話だ。
「──あれ」
リーナを見送り、引き上げようとした時。地面に一枚の紙が落ちていることに気づく。つまみ上げると、模様のような切れ込みが入っており……髪の毛が付けられている(セロテープで貼ってあった)ことが見て取れた。
「見ろ。やっぱり、式神だ。誰かがパラサイトを暴走させたんだ」
「……あれは誰かが糸を引いていたってこと? 確か。そうよ、さっきの『レイモンド』のような」
「おい。もしかしたら、まだ近くに……」
おれはゆっくりと首を振る。そして、黙って歩き出す。草むらを掻き分け、不自然に開けた空間を見つける。
「古式魔法は、術と術者を切り離さない。繋がりを断たないからこそ、息継ぎのような面倒なテクニックを必要としないが……」
息継ぎ、というのは現代魔法特有の基礎魔法技術。エイドスの改変は、例外を除いて永遠ではない。いずれは終了する。その寸前に、魔法の効果時間を引き延ばすことを「息継ぎ」と呼ぶのだ。優秀な現代魔法師は、滑らかに魔法を維持し続けることが可能である。
「代償を払うことになるんだな。──ほら、見つけた」
死体が2つ、転がっていた。1人は知らない人間だが……もう1人はとてもよく知っている。十六夜鳴だ。行使していた術を外部からいきなり中断させられたのだ。脳に大きな負担が掛かり、かなり苦しい思いをした筈だが……何故だか、少し満足気に見えた。
「十六夜さんが? どうして……」
「さぁ。ただ、愛梨に近づいていたのも……何らかの目的があったのかもしれないな」
スポンサーの説明が面倒で、適当に話を纏める。
愛梨が膝を折って、鳴の顔を覗き込む。そして、小さな声で囁いた。
「……夜久くんには、勝てなかったわね。まぁ、そうなる気はしていたけれど。──さようなら」
◆
傷ついた駿を連れ帰り、怪我の治療を開始することに。また、パラサイトの自我を消したことが、どう影響を及ぼしているのかについても、できるだけ早く突き止める必要があった。
結果的に、分かったことが幾つかある。確かにパラサイトの「生存本能」という思考力が失われても、増設されたニューロン体は残ったし……霊子を吸収・放出する機能が損なわれることもなかった。つまり、強化された魔法力はそのまま。
ただ、サイキックを行使するために必要な、周囲から大量の想子を吸収しようとする特質は失われている。パラサイトが人間に憑依することは、物質次元に干渉するための手段。そして、それは霊子ではなく想子をもって事象を改変することを意味する。系統魔法がその良い例だ。
自己保存の欲求が失われたことにより……人を襲う意思はもちろん、宿主を守る必要もなくなったので、サイキック能力や自己回復は退化した。ただ、変質した脳そのものは元に戻らないため、霊子供給をするための器官のみ残存。
要は、ほぼパラサイトでは無くなったのである。それが、おれの出した結論だ。とはいえ、人間なのだろうか。
(脳が変質した時点で、人間ではなくなった。そう表現できなくもない……)
それでも、おれがエイドスを通して「視た」精神体は以前と変わらなかった。そして、何より彼は強い意志を持っている。だから──信じたい。森崎駿は、人間であると。根拠などなくとも、良いではないか。たまには。
そういう訳で、駿たちに「魔法力は強くなったままだが、もうパラサイトではない」と説明した。
「──なんか、上手くいきすぎてる話な気がするな」
喜ぶかと思えば、駿はそんなことを言い出す。悪夢から目覚めた、と教えてやったというのに。
自己回復能力を失った彼は、自力で足を生やすことはもう出来ない。そのため、以前の愛梨のように再建手術を受けた。だから、未だベッドの上だ。ただ、途中までは再生していたので……後からくっつけたのは足先くらいなのだが。
「良いじゃないか。あれだけ酷い目に遭ったんだ。奇跡の1つや2つ起こってくれなきゃ困る」
一条もなかなか良いことを言う。おれも横で頷いた。
「一時のものとはいえ、サイキックだの自己回復能力だの……『力』に目覚めた訳だが」
軽く手のひらを組みながら、駿が話し始める。
「少しも『やりたいこと』が分からなかったな。演説の邪魔も別にしたくないし、強敵を倒したいとも思わない。──自由に生きようとすることにも、才能が必要なんだな」
夜久がすごい理由は、魔法の才だけじゃないんだ。駿はそうも続けた。
「今回でよく分かったよ。僕はお前に着いて行くだけで精一杯。だけど……それこそ『やりたいこと』だな。夜久、これからも僕は君の相棒だ」
握り拳がこちらに向けられる。おれも手を握り、そこにコツンとぶつけた。自然と笑みが溢れた。
「なによ。2人だけ盛り上がっちゃって……」
愛梨が腕を伸ばし、おれの首元に抱きつく。頬を軽く抓られた。振り解く訳にもいかず、されるがままだ。駿と一条は、哀れなおれを見て笑った。
「──今度、俺も相棒を紹介するよ。夜久、お前と気が合うかもな。アイツは入学してすぐに持ち出し厳禁の資料をコピーしようとして、危うく退学寸前まで行ったんだ。三日三晩、俺が一緒になって校長に謝らなかったら……どうなっていたことか!」
「あぁ、あったわね。そんな話も」
対抗して話を盛っているのかと思ったが、愛梨も頭を抱えていた。どうやら、本当のことらしい。次は病室ではなく、別の場所でちゃんと集まろうと約束した。その時は、一条──いや、将輝ももちろん一緒だ。少しずつ、繋がりが増えてゆく。高校生になって、おれの人生は確実に変化していっている。第四研に篭ったままでは、見ることのできなかった世界。
四葉という名は、恐怖の象徴として社会に轟いている。だが、恐れることなく前へと進む。思う通りに夢を描き、自由に生きていきたいから。
吉祥寺真紅郎がデータを盗もうとして大目玉を食らう話は「マジ」です。これ見た時、面白すぎて大爆笑しました。
あと、森崎がメチャクチャ酷い目に遭うシーンはノリノリで書きました。浮かれた音楽を聴いて楽しくやれました。
聴いてた曲: Fire in the belly / LE SSERAFIM
https://youtu.be/EwMqVHccej8?si=UQBmCWUZo8UVxVsK