学校を休みすぎると、単位認定で不利になる。しかも、おれは「退学処分」の後に不服申し立てで復学している。つまり、通えなかった期間は欠席と扱われるのだ。出席日数は、正直なところ大分危うい。そのため、おれは駿の退院を待たず授業には出ることにした。しばらくは食事も1人だな……と思いながら、教室に入る。だが、信じられない光景を目にした。
「……えっ! なんで、お前いるんだよ!」
あまりの驚きに、大声を出してしまう。教室にいたクラスメイトは皆、一度こちらを見るのみ。「なんだお前か」という顔で、元の行動に戻る。奇行に慣れてきているのだ。
「なんでも何も……留学期間はまだ残っているわ。途中で帰る訳ないでしょ?」
リーナは平然とした顔。しかも、机には端末を広げて自習までしている。完全に学生生活を続ける気だ。愕然とする。てっきり、USNAに帰ると思いこんでいたから。
「安心して。約束は守るわ。……貴方たちも守ってくれるならね」
立場が逆転している。脅したのはこちらだというのに。
「あ、あぁ……」
ぎこちなく、自分の席へと向かう。とりあえず、彼女を刺激しないようにしなければと思った。
席に着き、端末を起動する。すると、あることに気づく。
(え、また通知が来てるぞ……)
学内メールが届いていた。差出人はもちろん、七草真由美。そもそも、彼女くらいしか送ってこない。内容は「昼休みにクロス・フィールド部の部室に来てほしい」というもの。
「──来てくれたのね! ありがとう」
部屋に入ると、真由美がにこにこ顔で出迎えてくれた。しかし、気になるのは部屋の奥にいるもう1人の人物。
(確か、十文字克人……)
十師族「十文字」の長男。次期当主と名高い彼だが、すでに実質の当主であることは業界での暗黙の了解。知る人ぞ知る、レベルの話ではあるが。
「……直接、言葉を交わすのは初めてだな。四葉」
彼が口を開いた途端、空気が重々しくなる。口調が若者のそれではない。
扉を閉めたおれは、勝手に椅子に座る。まだ、勧められてもいない時点で。克人はぴくりと片眉を上げたが、何も言わなかった。
「どうして、わざわざおれを?」
「……パラサイトについてのことで、尋ねたいことがあった」
そういえば、パラサイト絡みの調査には十文字も噛んでいたことを思い出す。七草と九島に比べると、正直印象が薄かった。
「森崎駿のことだ。そちらで身柄を預かっているだろう」
「……それが何か」
またか、と思う。リーナだけでもウンザリしていたというのに。
「彼がパラサイト化したのではないか、という疑惑があるな?」
「無い」
すかさず否定する。パラサイトになってはいたが……人間に戻った。おれがそう定義したのだから。
「嘘を吐くな。いくら『秘密主義』の四葉相手だろうが、我々だって調査ができない訳ではない」
「別に、嘘じゃないさ。駿は人間なんだから」
「……では、彼の魔法力向上はパラサイトと無関係だと言うのだな?」
ここで、どう返答するかを少し考える。公開されている第四研の研究テーマは「精神干渉魔法を利用した精神改造による魔法能力の付与・向上」だ。誤魔化そうと思えば、誤魔化せなくもない。
ただ、ここで迷うのが……先日にあった戦闘のこと。あれだけ大暴れしたし、バレていない訳がない。それと、将輝の存在もリスキー。大事件を共に乗り越えたので仲良くはなったが、それは個人レベルの話。業界内での立ち回りは、スタンスが違いすぎる。というより、おれは多分下手だ。変に伏せて、後で将輝を経由して師族会議に話が行くと……ややこしくなる。
「……少なくとも、今の駿は人間だ。これでいいだろ」
「尚更、引き下がれないな。その話が本当なら、四葉家はパラサイト化した人間を治療する方法を持っているということだ。人命保護の観点からも、四葉……お前に、協力を要請したい」
「おれが? 何故?」
これは裏で話が纏まっているな……と、げんなりする。おそらく、将輝が事前に簡単な事情を克人や真由美に話しているのだ。「森崎駿のパラサイト化を、四葉夜久が見事解決した」ということを。
そして、彼にしてみれば……100%の善意。おれという「新参者」をコミュニティに馴染ませるため、有用性をアピールしたというところか。ありがた迷惑すぎる。元より、そういうタイプではあったが。良い奴なのだが、思い込みも割と激しい。
「お前は今まで十師族だと明かされていなかったのもあり、そこまで『立場』というものを意識しなかったのかもしれない。しかし、今後はそうもいかない……」
克人もどうやら、将輝と同じで「ノブレス・オブリージュが人生の目的として染み付いている」タイプのようだった。
「パラサイトは正体不明の存在とはいえ、霊子情報体ということは分かっている。そして、精神干渉魔法が有効なことも。自らの力を、社会に還元することは大切なことだ」
「じゅ、十文字くん……。ちょっと、そんないきなり」
真由美が口を挟むが、克人は耳を貸さない。ただ「十師族に『成る』とはそういうことだ」と述べ……押し黙った。
「話、もう終わりで良いか?」
中身のない交渉に呆れ返り、おれは席を立つ。
「待て。話しても分かって貰えないなら……模擬戦で決着を付ける。それは、お前の価値観とも適合する筈だ」
「十文字くん!」
「……良いぜ、やろう。──七草先輩、演習室って取れますか」
慌てて真由美が端末の画面をスクロールする。
「今からなら……そうね、第2演習室が」
「では、すぐに行こう。──事務にCADを取ってからな」
克人がCADを受け取っているのを尻目に、おれはポケットに手を入れて待つ。
「……夜久くん、預けてなかったのね。それ、今後絶対やめて」
「すいません」
CADを隠し持っていたことがバレて、真由美に叱られてしまった。初犯なので、見逃してはくれるらしい。これからは、ダミーのCADを用意しようと決めた。
演習室に移動し、お互いに向かい合う。ルールはオーソドックスなもので、暴力といった直接の攻撃を禁止するタイプ。そして、勝利の対価もシンプル。向こうが勝てば、おれが協力する。おれが勝てば、相手もこちらに干渉しない。
「それでは……始め!」
部屋の中に想子が吹き荒れる。小手調べに適当な魔法を撃ったが、すぐ弾かれてしまう。
(これが「ファランクス」か……)
干渉力はこちらが勝っている筈なのに、破れない。その理由は、ファランクスの特徴にある。
4系統8種にそれぞれに対応する防御壁を形成、それらを高速でランダムに切り替えながら絶え間なく紡ぎ出す。そして、1枚の防壁を作る魔法式に、領域干渉の要素が足されている。これこそが「ファランクス」の真骨頂。干渉力で押し潰しても、次の壁が出てきて元通り。
(もうこれは、精神干渉魔法で押し切るのが正解だな)
その時だった。一定位置で静止していた防御壁が動き出す。しかも、前方へ……つまり、おれを押し潰す形で!
「……ぐはっ!」
部屋の壁と「ファランクス」に挟まれ、身体が浮き上がった形で押し付けられる。内臓が圧迫され、堪らなく苦しい。吐き気がしてきた。
「ちょっと! やめてあげて!」
手首のCADに触れようとする真由美の姿を、目の端で捉える。猛スピードで克人の方へ飛ばされた、ドライアイス粒子は……一瞬で展開された対物障壁に阻まれた。
「止める必要はない! じきに決着はつく! ──四葉、お前にいくら高い魔法の才があれど……攻撃型ファランクスは防げまい!」
「十文字くん! いくらなんでも『オーバークロック』はやり過ぎ! いい加減にして!」
(……オーバークロック? そうか!)
ファランクスを維持しながら、別方向からの攻撃に対応出来たことはおかしいと思っていた。しかも、素人の魔法ではない。七草の「魔法」を防いだのだ。どう考えても、カラクリがある──そう、一時的に魔法力を増大させるなどの。
(やけに食い下がったのはこれか! 一丁前に「ノブレス・オブリージュ」を語っておいて……結局は私情が絡んでるんだな!)
魔法演算領域は繊細なもの。短時間とはいえ、変に強化などすれば……オーバーヒートは必至。その対処法を探しているとか、そんなところだろう。
多分、そもそもの目的は「若手の交流」くらいだったに違いない。将輝の考えそうなことだ。だが、そこに様々な思惑が乗っかってしまったのが……今の厄介な事態なのである。
「……その手に乗るかよ!」
イデアを経由し、精神領域のエイドスに目を凝らす。幸い、動き回らなくて良いので……不意打ちの心配をせず、精神の状態を確認出来る。数分もかからず、十文字克人の魔法演算領域を見つけ出すことが出来た。
(演算領域が魔法式を吐き出すスピードを……減速させてやる!)
精神構造干渉を見せることになるが、もうこれは仕方ない。元々、対外的には「四葉深夜」の子と公表されている。いずれは知られる話だったし、それが今になっただけ。
エイドスを改変するためのゲートに干渉し、僅かな時間だけ……形を変える。連続で投射される筈の魔法式がスムーズに送り出せず、魔法は瞬く間に破綻。いきなり「ファランクス」が解除されたので、おれもバランスを崩しそうになる。だが、何とか体勢を立て直し、行使するのは「フォボス」。想子光を媒体する、恐怖という情動を発生させる魔法。
「……降参だ」
両手を上げ、克人が言う。精神状態が不安定になったため、これ以上の魔法行使を避けたくなったのだろう。おれはCADを持つ手を下ろす。
「無駄な時間だったな」
「いや、そうでもなかった。『四葉直系』の実力の片鱗を知れて……有意義であった」
1人で満足するのは結構だが、こちらにメリットはあまり無かった。
「まぁ、いいや。もう、おれにグチャグチャ言ってくんなよ。駿のことも詮索するな」
「……しかし、ここまでの才能があるとは。十師族のしての責任云々は抜きにしても、その力を無駄に使うことは許されないだろう」
「まだベラベラ喋るのか……? おい」
思わず、克人にCADを突きつけた。すると、彼は「校則違反だな」とニヤリと笑う。
「なっ……」
「七草は見逃したようだが……。先程のCAD無断携行と合わせれば、間違いなく退学処分は免れまい。2回目ともなれば、異議申し立ては無効だ」
「……何が言いたい?」
「なに。ここで『生徒会に入る』と宣言してくれれば良い。悪いことばかりではない。CADも持ち歩けるぞ?」
助けを求めるように真由美を見る。だが、そもそも……彼女は「七草閥の暴走」を阻止する目的から、おれの生徒会入りを支持していた。「私には止められません」という顔で、首を横に振っている。
「第一、先輩への態度がなっていない。社会性を身につけることから始めるべきだ。仕事をする中で、責任感を持てるようにしていかねばな」
「……殺すぞ」
お母様と似たような手口だ。「立場」を用意することで、逃げられなくするテクニック。柵というものは、あまりにも厄介だ。
(いっそのこと、学校辞めるか……?)
そんな考えが頭をもたげるが、首を軽く振る。しばらくすれば、駿が復帰してくるのだ。戻ってきて、おれが辞めていれば……彼が1人で、十文字克人と対峙せねばならない。克人は、それを見越しているのだ。だからこそ、こうして脅しが成立する。
「今はシールズさんがお手伝いで入ってくれているけど、彼女は時期がくれば帰っちゃうし……」
完全に、真由美は克人の作戦に乗っかっている。背の低さを活かし……上目遣いで「お願いできない?」とまで言い出す始末。間違いなく、ふざけ倒していた。そこそこ関わっているから、彼女が「良い性格」をしているのも知っている。
「はぁ……。やれば良いんだろ、やれば」
どうせ、いずれは深雪が会長になるだろう。その時に外して貰えば良い。そう思い、嫌々ながら頷いた。
◆
おれが脅しに屈して、しばらく経った日のこと。駿も無事退院することが出来た。お祝いとして、4人で集まることになった。貸し切ったホテルのレストランが会場だ。主役は恐縮していたが、下手なところには集まれないので必要経費だ。
「──夜久が生徒会役員! 似合わなすぎる!」
愚痴と将輝への文句を兼ねた報告を聞き、駿が大爆笑した。
「私は元々賛成していたから。良い機会だと思うわ。十文字さんの言葉を借りる訳じゃないけれど『社会性を身につける』べきね」
そして、愛梨は気の強い性格を完全に取り戻しており……おれにもこの言い草である。もちろん、本当の自分を素直に出しても、お互いに嫌いになどならないという強い信頼関係の証とも言えるのだが。少なくとも、おれはこうしたトムボーイ性──おてんばなところを好きになったのだから。
「いや、すまなかったよ……」
そんな彼女と対照的に、将輝は小さくなっていた。良かれと思っての根回しが、悪い方向に転がってしまったこと。誰が悪いわけでもないが、罪悪感はあるようだ。背負い込みすぎるタイプなのかもしれない。
「次からは、お前に確認を取ってから話すようにする」
「そうしてくれ」
非を認めて詫びてくれる点において、将輝の方が人間は出来ている。克人は本当に謝らなかった。十師族当主というのは、絶対に謝ってはならない生き物なのかもしれない。いや、それが「大人」なのだろう。当主代行の運命に縛られた彼は、もう子供に戻ることはできないのだ。哀れだと思った。
「──さて、気を取り直して……乾杯!」
しかし、おれは運命に抗い……自分らしさを貫く。それを可能とする強さは、もうこの手にあるのだから。
しかし、魔法の才能は全てを上手く解決してもくれない。いつだって、おれは他者の企てに巻き込まれている。それでも、人々がどれだけ「不幸」を願っても……それを奇貨として立ち上がってきた。今後も、そうするだけだ──決意と共に、ドリンクを飲み干した。
来訪者編、完! 風呂敷を広げすぎて、途中「何の話してるんだ……」と思ってましたが、なんとか軌道修正できてよかったです。
退学編とかの時は、夜久がずっとマザコンなので「キッショ!」と思いながら書いてたんですが、来訪者編くらいでやっとマトモになってホッとしました。一色愛梨に感謝ですね。
色々と話を広げた分、来訪者編は本編の中だけでは書ききれないところもあったので……その辺りは番外編で足すつもりです(リーナとか、達也とか)。そのあと、2年生編をどうするか考えます。