第1話
今日は、第一高校の入学試験があった。午前中は受験生で賑わっていた校内も、夕方には人気もなく静か。授業も部活も停止していて、生徒は登校してないからだ。
そんな中、おれは校舎内を歩いている。今から、生徒会メンバーとの顔合わせが行われるからだ。仕事もひと段落して、次年度を迎えるのみとなったタイミングで、新たにおれを迎え入れることになったのだ。
新入生と一緒の加入でなくて良かった、と胸を撫で下ろす。いくらなんでも、気まずすぎる。
「──こんにちは」
生徒会室の扉をそっと開け、顔を覗かせる。
「あっ、来た来た!」
真っ先に聞こえたのは真由美の明るい声。このあいだ卒業した筈だが、一応このイベントには顔を出したのだろう。後輩たちを厄介ごとに巻き込ませてしまうことへの責任感からかもしれない。
「ほら、あーちゃん。挨拶してあげて」
「ひゃっ、ひゃい……! わ、私は中条あずさですっ! よろしくお願いします! 四葉くん!」
緊張からか、彼女の顔色は酷く悪かった。なんだか気の毒になってくるほどには。
「……」
「ヒッ! なんかごめんなさい〜っ!」
どう返答するか決めかねているうちに、1人で悪い方向に捉えて怯え出すあずさ。もう会話になどならない。
「僕は五十里啓。会計をしています。よろしくね」
見ていられなくなったのか、あずさを守るように1人の男子生徒が前に出てくる。優しげな笑顔を浮かべて右手を差し出してきたが、目の奥からはこちらを値踏みするかのような視線。かなり警戒している。
「……よろしくお願いします」
「君は副会長をやってもらうことになってるよ。まぁ、まだ勝手も分からないだろうし……司波さんの補佐って感じかな」
「一緒に頑張りましょうね、夜久くん」
深雪がおれの背を軽く叩く。アウェイな場において、彼女の存在だけが安心感を与えてくれる。
「……本当はお兄様に入って欲しかったのだけれど」
前言撤回。少しも安心できなかった。銃口を突きつけられたような緊張感が走る。心なしか悪寒もしてきて、おれはぶるりと体を震わせた。
「深雪さん、それは仕方ないわよ。生徒会則の改正は、職員室からストップもかかっていたし。かといって、新年度から達也くんを加入させると……ちょっと『内輪の人事』過ぎるのよ。そうなった時、変に揚げ足を取られて苦労する羽目になるあーちゃんの立場、一応貴女も考えてあげてね」
寒気は気のせいではなかった。深雪の魔法力が暴走し、室内の温度が急激に低下しているのだ。
そして、真由美の言葉によって、大体の事情を把握する。職員室も「面子」を気にしたのだ。つまり、おれという一生徒の意見を受け入れるのは癪であったということ。それゆえ、前年度の時点で達也を生徒会入りさせられなかった。
「新しいコースが新設されて、やっと達也さんとお仕事が出来ると思ったので……。少し残念です」
不満を表明する人間がもう1人。ほのかである。そういえば、彼女は達也のことが好きだった。
4月以降の達也は、二科生ではない。新たに「魔法工学科」が設置されるため、そちらへと彼は移籍するのだ。そのため、生徒会に入ることは不可能ではない……のだろう。多分、ほぼ内定していたようなものだったに違いない。真由美と克人が口を挟まなければ。
「じゃあ、風紀委員に入ったら良いんじゃないか? アイツ、確かそっちだろ?」
生徒会に移れないだけで、風紀委員を辞めさせられるわけではない。そんなに一緒にいたいなら、生徒会に入らなければ良いのに。
おれの極めて親切なアドバイスを耳にした彼女は、あからさまに傷ついた顔をする。まずい、と思った時にはもう遅い。
「……私の魔法は荒事に向かないの。達也さんの足を引っ張るようなこと、できない……」
ほのか以外の人間たちの視線が、おれに真っ直ぐ突き刺さった。最悪の空気が広がる。おまけに、室温は寒いまま。地球上で一番悪い環境は、おそらくここだ。
「──と、とにかく! これから5人で仲良く頑張ってね! 全ては時間が解決してくれるわ!」
暴論を盾に、むりやり話を纏める真由美。どうにもならないと、匙を投げたのが丸わかり。
(くたばれ……十文字克人!)
この事態を引き起こした元凶を呪うことしか、おれには出来なかった。十六夜の「呪詛」を習得しておけば良かったかもしれない。
*
入試結果が発表される頃になれば、生徒会はすぐさま入学式の準備に取り掛からねばならない。大忙しだが、やるべき仕事が多いことで……連帯感が形成されることも事実。
「四葉くん、会場の椅子を並べに行ってもらえますか? こちらは修正で手が離せなくって」
あずさは祝辞の原稿を最終確認中のようだ。生徒会長として挨拶をしなければならないし、その際には少しのミスも許されない。集中して取り組む必要があった。
「分かりました。ついでに、案内用QRも掲出しておきます」
「ありがとう! お願いしますね」
机に置かれたままの、丸められたポスターを何本か手に取る。
「あっ、もう会場内は貼っちゃった……残ってるの、廊下分かも。私、それはやっておくよ」
「教えてくれて助かった。じゃあ、光井に任せる」
このように、そこそこ円滑にタスクを回せている。まぁ、別におれもいつも非常識という訳ではないのだ。
地道に椅子を並べていると、五十里が「手を貸すよ」とやって来た。1人では全てを担当するのも大変だろう、と思ったのかもしれない。
「お疲れ。君のお陰で、だいぶ早く進んだよ。入ってくれて良かった」
「最初、あまりにも歓迎されないから驚きましたけどね」
チクリと針を刺す。彼は「ごもっとも」と苦笑いした。
「みんな、司波くんが入ると思い込んでいたんだ。七草先輩はああ言ってたけど……生徒会の人事なんて、殆ど縁故採用だからね。外野から多少の文句が出ることくらい、元より想定済みさ」
「それをおれが邪魔した、と」
「でも、君だって十文字先輩に言われただけだろう? ごめん、最初は大人気ない態度だったね」
その通りなので、おれは頷く。しかも、脅されて入った訳で。どう考えても、被害者側である。
「まぁ、こんなことでもなければ……君とこうしてしっかり話せる機会は無かっただろうし。何事も、巡り合わせだ」
そう言いながら、てきぱきと作業を進める五十里。おれもそれに倣い、椅子を運び出す。
「あと……新入生からもスカウトしなくちゃね。生徒会室では、ちょうど中条さんたちが今期総代との打ち合わせしている筈だから……順当に行けば、その子になるのかな」
「へぇ、誰なんです?」
興味がある訳でもなかったが、話を終わらせるのも違うと質問してみる。
「……九島光宣。十師族、九島家の末息子だよ。二高に進学するのかと思いきや、上京してきたみたいで」
「親元を離れたかったんですかね?」
「確かに。反抗期なのかもね」
この時のおれたちは、まだ知らない。彼こそが、新たな波乱を巻き起こす問題人物だということを。
◆
九島光宣という少年は、外見だけで言うと「男版の司波深雪」といったところ。つまりは、かなり美しい見た目なのだ。非現実的なAIビジュアル。イデアを通して「人間」という情報だけ抜き取ったよう。顔を構成する全てのパーツが完璧で、小さな顔にバランスよく納まっている。
「──魔法師は多かれ少なかれ、力を持っています。それは、非魔法師にはないもので……だから、僕らは兵器たり得るのです」
そんな彼が行う、2096年度入学式の新入生総代挨拶は、人々の動揺を誘う異常事態へと成り果てていた。それは、演説の内容が信じられないレベルでブッ飛んだものだったからである。
突如として「魔法師は兵器である」と言い出したため、当たり前に場はざわつく。別に思うのは勝手だが、こんな場で話すことではないのではないか。
(や、やばすぎる……なんだコイツ!)
トンデモ新入生を前に、おれは舞台袖で恐れ慄く。自分だって大概だろうが、ここまでメチャクチャなことは言っていない。割と正論だったと自負している。
「しかし、魔法師が兵器である事実は……我々の自由を全て奪うものではない。そこは絶対に勘違いしてはいけないこと。その点は、尊敬する祖父──九島烈の論から強い影響を受けています。残念ながら、今は完全に同じ意見を持ててはいないのですがね。いずれ、分かってもらえると信じていますが」
魔法師自由権論。そういえば、九島烈はそれを提唱していた。九校戦前くらいに、愛梨が教えてくれたのだ。
「魔法師は力があるからこそ、様々な害意へのカウンターとして存在することを強いられます。だからこそ、魔法師は兵器以外の運命からは解放され……自由に生きるべきだ。なんなら、今よりももっと大きな特権を得ても良い筈なのです。経済的にも、社会的にも」
光宣はぐいと身を乗り出し、マイクをしっかり掴み直した。まるで政治家のようなパフォーマンスだ。だが、彼の見た目が良すぎるために……バンドマンのMCを見ているような奇妙な感覚に陥る。
「一科生とか、二科生なんて関係ない。この第一高校に入学してきた200人は、魔法資質を持つ人間たちの中でも生え抜き。それを自覚してください。ゆえに、我々はコースを問わず連帯がきっと出来る。素晴らしい未来を実現するために。──3年間、共に頑張りましょう」
案の定、拍手は疎らだった。それが不満だったのか、彼は軽く首を傾げる。凄まじく共感性がないことが、その動作一つだけで伺えた。
「──……ど、どうして。リハのときはちゃんとした原稿だったのに!」
背後から絶望しきった声がする。あずさの嘆きだ。彼女は頭を抱えて、床に蹲っていた。
「会長、落ち着いてください。総代が変だっただけで……私たちの段取りには瑕疵は少しも無いです。皆さん、ちゃんと分かってくださいますから」
パニックに陥ったあずさを、深雪が優しく宥めて落ち着かせる。ここで騒がしくしてトラブルになったら、余計に事態が悪化してしまうからだ。
「そ、そうかなぁ……」
「司波さんの言うとおり。大丈夫大丈夫。──それにしても、先にスカウトしておかなくて良かったね。不幸中の幸いだ」
「そうですね。後から断る訳にはいきませんもの」
打ち合わせの時、生徒会メンバーは全員揃っていなかった。だから、加入の打診は後回しにしていたようだ。
「危なかったですね。会って話した感じは、良い子そうだと思いましたし。ね、深雪もそう感じたでしょう?」
「えぇ。てっきり控えめな子かと。それに、元々かなりの病弱って話も聞いていましたし」
深雪の言葉がきっかけで、そのことを思い出す。九島家の末息子といえば、虚弱体質で少し動いたら数日は寝込む……そんな噂をおれも聞いたことがある。答辞を読む(もはや演説だったが)姿が元気に溢れすぎて、あのタイミングでは気づけなかったが。
「でも、すっごく健康そうでしたよ。治療法が見つかったとかで、病気が治ったんですかね?」
「そうかもね。それ自体は良いことなんだけど……」
ほのかがそう言い、他の皆も同意した。けれども、おれの中ではまだ疑問が残っていた。
(五輪澪のような、魔法力由来の虚弱体質だろう?そんなものが、急に寛解するものか?)
国家公認戦略級魔法師の五輪澪は、戦略級魔法「
(まさか……。──いや、身内だぞ? 流石にそこまでする訳ないか)
不意に「駿の身に降り掛かったことと、同じことをしたのでは?」と思いついたが、すぐにその考えを打ち消す。
九島家は、パラサイトの調査に手を挙げていた。本拠地が関西なことを考えると、わざわざ都内に赴いて活動するのは、かなり熱心な態度だったといえる。だから、サンプルも入手している可能性は充分あった。とはいえ、いくらなんでも血族をパラサイト化させるなんて。そんなこと、第四研でもしない。
「今年は七草さんたちや……七宝くんもいるからね。特別彼に拘らなくても良い」
光宣の他に、この代には二十八家出身が3人もいる。七草泉美と七草香澄、そして……七宝琢磨。なかなか豪華なラインナップなのだった。
(もしも深雪たちが、本当の身分を明かしていれば……おれを生徒会に入れようとはしなかっただろうな)
一高内において、達也の評価は案外高いらしい。四葉の血を引いていると分かっていれば、おれよりも彼を選ぶことだろう。おれがナンバーズだと発覚したから、学年内の勢力バランスを保つために引き入れられた。それだけのこと。
(九島光宣も苦労するだろうなぁ……)
あんまり歓迎されていない、という点では光宣に同情してしまった。
高い魔法力があっても、必ずしも人に好かれるとは限らない──1年かけて学んだことを、彼にも教えてやりたくなった。これこそ、先輩面なのかもしれない。
微妙にギスギスしている感じを書くのが一番面白かったです。魔法科キャラは一癖も二癖もあるところが大好きなので、美点も欠点も大事にして魅力的に描いていきたいです。