魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第4話

 週末、おれは愛梨の試合を見に金沢へと出かけていた。彼女から招待されたのである。しかし、正直なところ、今まで「リーブル・エペー」など興味もなかった訳で。ルールひとつ知らない。ただ、ありがたいことに解説役を買って出た人物がいた。

 

「やぁ。元気にしていたか?」

「久しぶりだな。将輝」

 

 リニア特急が停車する金沢駅。そこにいたのは、一条将輝。待ち合わせ場所はもう少し離れた場所だった筈だが、結局改札近くで待っていたらしい。

 

「──彼が例の?」

 

 同行者はもう1人。将輝の友人である吉祥寺真紅郎。かの有名な「カーディナル・ジョージ」だ。どことなく、利発そうな見た目をしていた。

 

「そうだ。一高で悪い意味で伝説を残している、例の四葉家直系さ──コイツはジョージ。前も話したように、結構面白いやつだ」

「吉祥寺真紅郎です。よろしく。……将輝がお世話になってます」

 

 簡単な挨拶を済ませつつ、競技場へと向かう。チケットを受付で見せると、一般用の観戦席ではなく、関係者用のスペースへと通された。少し奥まった配置だが、一般のスタンド席とは違って、ゆったりとした座席が用意されている。

 

「夜久くん! 来てくれたのね」

 

 試合前だというのに、愛梨はわざわざこちらに顔を出してくれた。既にユニフォームに着替えており、気合いは十分そうだ。

 

「あぁ……試合、勝てそうか?」

 

 彼女に何を言うべきか、行きのリニアでずっと考えていた。「頑張れ」とか「お前なら大丈夫」とか。とはいえ、そもそも競技について詳しいことをおれは知らないのである。結局、本人に調子を尋ねるくらいしかなかった。

 

「えぇ! 今日はとっても勝てる気がするわ!」

 

 来てくれてありがとう!と彼女は言い残し、駆け足で去っていく。試合前のスケジュールはだいぶタイトなようだ。それでも、何とか時間を捻出したのだろう。

 

「……驚いた。一色さんがあんなに穏やかなんて」

 

 吉祥寺が意外そうな表情を浮かべていた。それを聞くだけで、愛梨の評判が何となく分かるというものだ。

 

「愛梨さん、夜久には割とあんな感じなんだ」

「今日は機嫌が良いだけだろ、別に……。気が強いのは元からだしな。おれにもそこまで変わらないぞ」

 

 おれと愛梨は、夢中の先で出会えると確信している。おれには四葉の問題があり、愛梨にも彼女の抱える問題(家庭内でいざこざが発生しているのは、何となく分かっていた)があった。お互い、何とか解決しなければならないだろう。それは途轍もない努力を必要とするし、自己疑念にも満ちた道筋に違いない。

 

 ただ、己を信じて前進し続けることで……苦しみだらけの人生を美しくできる。その決意を共有したことで、今「共依存」を抜け出した。誘拐された精神的ショック、欲しかった愛を貰えなかった哀しみ──それらを「大人のフリ」で埋める必要が無い。おれたちは、幻滅されることを恐れず……自分らしくいることが出来る。

 

「──そうかのぉ? 少なくとも、愛梨はおぬしを特別視している気がしておるよ」

 

 いきなり会話に入ってきたのは、ロングヘアの少女。ちなみに、全く面識はない。

 

四十九院(つくしいん)さん」

「なんだ、来ていたのか」

 

 だが、2人は彼女をよく知っているようだ。三高生なのだろうか。

 

「もちろん! 愛梨の『大親友』のわしらが応援しないなど、ありえまいて? なぁ、栞?」

 

 少女──四十九院の背後には、もう1人いた。彼女は、気怠げに髪をかきあげつつ答える。

 

「まぁ……そういう意見もあるわね」

「つれないのぉ。──初めましてじゃな、四葉夜久。わしは四十九院沓子(とうこ)。白川の流れを汲む古式の人間じゃ。こちらは……」

「自己紹介くらい自分で出来るわ。……十七夜(かのう)栞よ。あまり関わりたくは無いけれど、よろしく」

 

 明るい四十九院に比べて、十七夜はこちらに一線を引いているようだった。まぁ、後者の方がそれらしいだろう。「四」を前にした態度としては。

 

「気にせんでくれ。この子は、愛梨を取られたと思って……拗ねてるだけだからの」

「ちょっと……バカッ! 沓子ってば! ──別にそんなんじゃないわよ」

 

 こちらを見て、念を押してくる十七夜。ちょっと面白かった。

 しかし、いつまでも騒いではいられない。試合が始まるからだ。会場スタッフに促され、席に着く。将輝や四十九院の説明を聞きつつ、試合を観戦する。幸い、愛梨の出番は後半(シード権を持っているらしい)。だから、ルールを理解した状態で観ることができた。

 

「──歯応えのない相手ばかり。つまらなかったわ」

 

 試合後。相手選手が聞いたら怒り狂いそうなことを言いながら、彼女はおれたちの前に現れた。

 

「……愛梨っ! 優勝おめでとう!」

 

 十七夜が勢いよく愛梨に飛びつく。彼女も先程までは、クールな雰囲気を纏っていた。それが一変。そこそこ驚いたが、周囲はあっさり受け入れている。いつものことなのだろう。

 

「えぇ、当然の結果よ」

 

 自信満々の愛梨は、完全に普段通りだ。彼女は十七夜から身体を離し、視線を一瞬彷徨わせる。そして、こちらを見た。

 

「貴方の応援もあったし」

「うん……おめでとう」

 

 勝利を呼び寄せたのは、単に日々の努力だろう。それでも、彼女が「貴方のおかげ」と言う意味。理解できない訳がなかった。

 

「──おぉ、青春じゃ! 一条は羨ましいんじゃないか? 可哀想に。おぬしにはちっとも春が来ぬのぉ……茜ちゃんですら、もう恋に生きているというのに」

 

 四十九院はニヤニヤした顔を隠さないまま、将輝に水を向けた。

 

「茜にはジョージを渡さない! 俺はずっと反対している!」

「ま、将輝!?」

「どうして、アンタは吉祥寺側に立っている訳? 普通、妹側じゃない……?」

 

 しかも、話はえらく迷走していた。主に将輝のせいで。

 おれも十師族の家族構成くらいは覚えているから、茜というのが一条家の長女だということは分かる。確か、中学生だった筈だ。

 

「はいはい、馬鹿話はこれくらいにして……。──ねぇ、栞。貴女、何か相談事があったのよね?」

「実はそうなの。ちょっと、自分だけで抱えるには不安なことだから……皆に聞いてもらおうと思ったんだけど」

 

 彼女はそう言いつつ、おれをチラリと見た。話して良いものか、決めかねているのだろう。それに気づき、将輝が口を挟む。

 

「夜久のことを心配しているなら大丈夫だぞ? 今のコイツは『四葉』を名乗っているからな。何かあれば、師族会議を通して書面で抗議しよう」

「まぁ、それなら……」

 

 安心のさせ方が強引過ぎるが、彼の言う通りでもあった。秘密主義で鎖国方針の四葉とはいえ、魔法師社会と完全には切り離せない。他の家から正式な問い合わせが来れば、きちんと対応する義務が生じるのだ。

 ただ、義務そのものはお母様にある。おれではない。一応、メチャクチャなことをしても構わないのだ。そもそも、やるつもりなどはないが。興味もないし……まず、十七夜の不利益になるようなことをすれば、愛梨には確実に愛想を尽かされるだろう。「ありのままの自分を見せる」というのは「好き勝手して良い」ということと、まるで異なるのである。

 

「早速、移動しよう。馴染みの料亭があって、そこの一室を空けてもらっている。夕飯ついでにどうだ?」

 

 元々、夕食に招くつもりだったようだ。おれも自宅で1人食事するよりはずっと良いので、一も二もなく頷いた。

 一条家の御用達だけあって、料理の味はかなり良い。腹もくちくなったタイミングで、栞はテーブルを一度見回し……話し始める。

 

「先日、私の元に『深見』という男が接触してきたの」

 

 接触、といっても……やりとりはメッセージで行われたらしい。そのログを端末に映し出してくれた。内容を簡単にまとめると、このようなもの。

 

 貴女は「数字落ち(エクストラ)」であることに不満が本当にないのか?

 一色や一条……我々を出来損ないと切り捨てたやつらと行動を共にして満足か?

 自分は少なくとも不満がある。もし、それに共感してくれるのならば……共に立ち上がって欲しい。

 

 深見というのは「二」の数字落ちだ。そして、自分たちを迫害した社会に……強い憎しみを抱いている。

 文面からもありありと伝わる負の感情に、この場にいる全員が顔を強張らせていた。

 

「ごめんね。私自身は、もう何も思っていないよ。正確には『そんなこと考えたくない』かも。名前を捨てた時に、過去も捨てた……それで良いじゃない」

 

 十七夜はそう言うが、いくらなんでも「はいそうですか」で受け止められることではなかった。また、彼女がおれを警戒した理由にも納得できる。それだけ、魔法師社会に「数字落ち」の経緯は昏い陰を落としているのだから。

 

「栞……」

「本当にそう思っているのよ、嘘じゃない。──ただ、もっと気になったことがあって。この深見という人物……自分なりに調べてみたのだけど」

 

 こうして話しながらも、彼女の表情はどんどん硬くなる。

 

「だいぶ厄介よ」

「何がじゃ?」

 

 返事の代わりに、端末の画面が切り替わった。それは、公安の非公式資料。入手はそこまで難しくないだろうが、百家がよく見つけ出したものだ。

 

「特殊な事情があったみたいで、表には出ていないけれどね。とはいえ、当局のアーカイブには残っているの。『進人類フロント』のメンバーとして」

「えっ……。確か『進人類フロント』って、魔法至上主義の過激派組織じゃなかった?」

 

 真っ先に吉祥寺が声を上げた。すぐ記憶を引き出せるあたり、頭の回転が速いことが窺える。

 

「俺も聞き覚えがある。一昔前は、よく名前を耳にしたが……。当局の粛清によって、すぐ解体されたと聞いた」

「表には出てないわよね? よくある話とはいえ……どうしてかしら」

「おれは知ってるぞ」

 

 その疑問に答えるべく、口を開く。実のところ、この場の誰よりも「進人類フロント」については詳しい自信がある。全員の視線が、こちらへと向けられる中……説明を始めた。もちろん、話せる範囲に留めてはいるが。

 

 おれと、かの団体の間には、複雑な事情が絡んでいるのである。進人類フロントは、それなりに勢力を拡大していた。なぜなら、背後に「元老院」がついていたから。社会にしぶとく根付く反魔法主義者に対して、カウンターとして用意した刺客たち。潰されるはずがない。

 だが、元リーダーの岬寛──彼も「三」のエクストラだ──は、うっかり「津久葉夜久」にオファーを出してしまった。同情の余地はある。まさか、四葉の係累だとは思うまい。

 

 中学に通わせて貰えず、不満だったおれは……もちろん誘いに乗った。当時の「進人類フロント」はアジトが都心にあり、遊びたい盛りのおれにはピッタリだったのだ。まぁ、案の定……一週間足らずで実家にバレた。お母様は黒羽だか新発田だかを動かし、一度彼らを解体に追い込んだのである。元老院側も責任を感じたのか、圧力をかけて……様々な工作を施したという訳だ。

 

「情報がすごい。頭が追いつかないぞ」

「えぇ、そうね……」

「まとめよう。──えっと、四葉は『魔法至上主義者』ゆえに、過激な団体にも目をつけられていたと。スカウトを受けて、面白半分に承諾した……。で、事態を重くみた四葉家が各方面に働きかけて工作を行った。だから、表に出回らなかった訳だね」

 

 おれの話を、吉祥寺が簡単にまとめた。元老院関連を端折ったので、四葉がだいぶフィクサー化しているが……概ねそんなものだ。

 新ソ連のニュークリア・マジック研究所での工作がすんなり進んだのも、元老院との取り決めで準備されていた案だから。「進人類フロント」が使い物にならなくなったため、別アプローチが必要だった。そのため、人造魔法師実験も前倒しになり、納期はもうメチャクチャだった……自業自得ではあるけれども。

 

「夜久くんの社会性の無さを突っ込んでいたら、もうキリがないわ。『十師族』と判明した以上、向こうも接触は避けるでしょうし。一旦、横に置いておきましょう。──でも、彼らは急に動き始めたのよね? 栞をスカウトしたりとか」

「なんというか……いささか変ではないか? 現状、反魔法主義の論調は落ち着いておる……彼らが再び結集し、暴れる必要など無いと思うがのう」

 

 愛梨や四十九院の疑問はもっともだ。

 だが、自分たちの持つ情報は少ない。今後も情報交換をして警戒しようという、ふんわりとした結論にしか着地出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 都内の有名ラーメン店。美味いものは、魔法師も非魔法師も関係ない。それゆえか、店内は多くの客で賑わっていた。

 

「良いんすか、深見さん。その……」

 

 テーブル席では、2人の人間が向かい合っていた。1人は琢磨、もう1人は……深見。彼は「進人類フロント」の──現在は「進人類戦線」と改名している──サブリーダーだ。

 

「『良い』とはなんだ?」

「いや……。俺、名前が名前ですから。メッセンジャーが俺で、お気を悪くされていないかなって」

 

 こんな多くの耳目があるところで、魔法関連の話題をハッキリとは出せない。随分とぼんやりした物言いになったが、深見は琢磨の言いたいことを容易く理解した。

 

「君の態度を見て、怒り出す人間の方が間違っているよ。私は何も無条件に憎しみを持っている訳じゃない。自分たちのルーツも忘れ、手にした能力で無邪気に驕り高ぶる人間を許せないんだ」

「そうですか……」

 

 ラーメンが運ばれてくる。「熱いうちに」と促され、琢磨は麺を啜った。

 

「あと、前任が最悪だったからな。それに比べれば、君は優しい心の持ち主だし……私も好感を持っている」

 

 死人の顔を思い出してしまい、深見は「ラーメンが不味くなる」と頭を振る。十六夜調は本当に嫌な「人間」だった。正直、死んでくれて嬉しい……彼はそんなことを思う。

 

「あ、ありがとうございます!」

「だが、前の奴は仕事については有能だったよ。今の君は……まだ実力不足だ。先生の道場には出入りしているのだろう?」

 

 琢磨を「仕事」に使える魔法師へと鍛え上げるべく、元老院は古式魔法の道場を彼に紹介したのだ。「先生」というのは、進人類戦線のスポンサーである樫和主鷹のこと。

 

「はい! 新しいことがたくさん学べて、毎日すごく楽しいです!」

「それは良かった。精進しなさい──ここは私が奢ろう。どうだ、餃子も食べるか?」

「いただきます!」

 

 嬉しそうに餃子を頬張る琢磨を見ながら、深見は彼に気づかれないよう小さくため息を吐いた。

 

(安易にパラサイトをばら撒かれないようにという理由があるとはいえ、再び「反魔法主義」を広げるなんて……。先生、そしてその背後の人々は何を考えている?)

 

 数字落ちは、社会の中でも少数派。だから、差別に対しての怒りを訴えても……なかなか聞き入れられない。酷く虚しいが、その現実を理解してもいる。ただ、深見は「非魔法師による、魔法師の人権侵害」についても、自分の抱える問題と同じくらい憂いていた。

 今後の深見が担う仕事は「世論のバランサー」。反魔法主義が跋扈する社会の中で、魔法師の権利を訴えるための……道化。全ての魔法師が、それぞれ何らかの場面で、有用な兵器であることを証明しなくてはならない。

 現在はその思想を忌避する魔法師も多いが、追い詰められた時には「兵器」である事実をもって社会に馴染むことを選ぶだろう。その手助けをするのだ。

 

(九島光宣もなぁ。我々とも意見は同じくするというのにな……。妖魔であるせいで、いずれは処分せねばならん。ままならないものだな)

 

 深見はもう一度、ため息を吐く。琢磨がこちらを見た。気付かれたのか、と内心動揺する。

 

「深見さん! どれも全部美味いっす!」

「そうか」

 

 単に感想を言いたかっただけらしい。今は食事に夢中な琢磨も……近いうちに、激動する社会に巻き込まれる。魔法師に生まれてしまったから。少しだけ、可哀想に思った。




Q.なんで三高メンツは夜久に好意的なんですか?
A.夜久は魔法が上手いから(金持ちの子供はだいたいなんか許される理論)。あと、一高生じゃないので直接被害に遭う可能性も低く、逸話を聞いても「やべ〜笑」で終わる。


追記:ふと考え直すと、この理屈だと九島光宣に友達できない理由が説明つかなくて、光宣がメチャクチャ可哀想になってきたので……。上の話はなかったことにします(後付け!?)
誘拐事件を解決したことを共有していたり、横浜事変では(嫌々)参戦したのが伝わっていたり、愛梨や将輝がそれなりに信頼を置いていたりするので「普通に引くけど、嫌な態度は出さないでおくか」の距離感なことにします。夜久と深い関係にあるのは、やっぱり森崎と愛梨だけですね。
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