試合を見に行った次の日。優勝祝いということで、愛梨と2人で食事をしていた。近況報告はよくしていたが(九島光宣の奇行とか)、直接顔を合わせるのは久々だった訳で。会話はかなり弾んだ。
「──そういえば、七草家の三姉妹がティーパーティーに招待してきてるんだよな。行くのも違う気がして、断るつもりでいるんだが」
「まぁ、それが正解でしょうね。向こうも友好アピールに使っただけで、本当に来ると思ってないでしょうし」
今まではそういう時、わざと行くようなタイプだった訳だが。それを話すと、愛梨は微妙な顔をした。
「……何とかなっていたのは、貴方が『四葉』を名乗っていなかったからよ。今やると、悪い展開に転ぶリスクの方が大きいわよ。夜久くんに悪気がなかったとしてもね」
「運が悪いと取り込まれる……ってことか?」
地獄の道は善意で舗装されている、という言葉がある。別に真由美たちがそこまで悪事を巡らせているとは思わないが、誰かが彼女たちを利用することは出来るだろう。
「えぇ。洗脳なんてしなくても、何度も交流を図ることで……人の心を変えられるかもしれないでしょう? 味方でもない相手に、隙は見せない方が良いわね」
「まぁ、そうだよな……。学外で会うのはやめておこう──そう考えると、おれたちは運が良かった」
人は最初から深い関係性を築くことなど出来ない。初めは誰もが思惑や損得を考えて、今後も関わっていくかを決定する。しかし、それが上手く行くかはギャンブル。だからこそ、賭けに勝てたならば……人生において、かけがえのない相手を見つけられたと言える。
良家に生まれた子どもが、親に付き合う友人を決定してもらうこと。あれも嫌がらせという訳ではなく、先にある程度勝ち筋のある手札を選んでやることを意味する。それくらい、人間関係は難しいものなのだ。
「そうね」
愛梨はにっこり微笑んだ。それを見ただけで、自分たちの出会いが正しかったことを確信させられた。この世界で巡り会えた奇跡を噛み締める。なんといっても、彼女はおれの運命を変える存在だったのだから。
◆
自室のモニター前で、達也は1人考え事をしていた。
今日、FLTに向かったときに耳にした「噂」について。出所は、馴染みの開発第3課ではない。本社の研究室だ。何故、そちらに顔を出したか……というと、父親──龍郎から仕事を命じられたから。大した内容でもなかったので、さっさと消化してしまうことにしたのだ。
また、本社の研究員と達也の仲は別に悪くなかった。噂話を聞かせてくれるくらいには。自分も表面上は常識的な対応をしているし、本社の人間は出世争いに熱心だ。「重役の息子」に対して、あからさまに嫌な態度を取る筈がない。龍郎が外回りをして不在の時には、こぞって個包装の菓子などを手渡してくる。別に要らないが、黙って受け取っていた。そして、エリカやレオの口に入っている。
(在野でやっている魔法師強化プロジェクトへの補助金打ち切り……。それで、別の研究に補助を出すと。──まぁ、資金をドブに捨てているようなものだったからな。やめたくなるのも分かる)
あれは四葉が人々に見せた「夢」だ。非魔法師や弱い素質の魔法師から、優秀な魔法師を作れるという夢物語。そもそも、司波深夜や四葉夜久も人造魔法師実験で「完全な魔法師」など作製できなかったというのに。ノウハウもない研究所で上手く行く訳がない。
補助金を流すのは「安心を買っている」に過ぎない。嘘をつき続けるだけで、魔法師として生まれたことを「運が良い」と捉える人々を黙らせることができる。魔法協会や師族会議は、それを忘れてしまったのか。
(……しかも、こんな風にいきなり切り捨てられたならば。被験者が抱いていた「魔法への憧れ」が反転するんじゃないか?)
一度好意を持ったものを否定する時、凄まじい負のエネルギーを必要とする……そんな人間の欠点を達也も理解していた。摩利に憧れてた壬生紗耶香が、反魔法運動に身を落としたように。また、同じことが起こる気がした。
(でも、俺が深刻になることでもないか。自分に必要な視点は、マクロではなくミクロ……「深雪の安全」を如何に守るかだ)
そう結論付けて、達也はリビングへと戻ることにした。そろそろ、夕食の時間だ。今だけは、兄妹水入らずで平和な時間を過ごしたい。
*
達也と深雪が楽しく食事をしていた頃。
七草家本邸では、来客があった。政治的な駆け引きで十師族の座をキープする七草家だから、人が訪ねてくること自体は珍しくない。ただ、今回のゲストは格が違う。なんといっても……あの「老師」九島烈である。
「先生、ご無沙汰しておりました。この度も、こちらから伺うべきだというのに、わざわざご足労いただいてしまい……」
「構わんよ、弘一。労力を費やすのは、暇人に任せた方が良い」
弘一の書斎にて、師と教え子が向かう合う。だが、旧交を温めるのが今日の目的ではない。
「──聞いただろう。段階的にとはいえ、魔法師強化プロジェクトへの補助金を打ち切るという話を」
「えぇ、方々に手を尽くしたのですが……力及ばず。──研究を名目にしたパラサイトの不正利用防止という話では、流石に強く出れません」
そう言いつつ、お互い貼り付けたような笑みを浮かべる。既に九島家は、パラサイトを一族の1人に植え付けているのだ。「妖魔を悪用しないようにしよう」という注意喚起は、あまりにも今更なものだった。
「それは仕方ない。……だが、あまり政治ごっこに拘泥するなよ」
ごっこ遊びではないのだがなぁ……と、弘一は思う。魔法師にもある程度の政治力は必要な筈だ。とはいえ、肝心な時にそれが役立っていないのは指摘された通り。そう言われるのも仕方ないか、と思い直す。恩師とはいえ、所詮は他人の言葉。気にし過ぎるのも違う。
「軍主導の強化兵士プロジェクトなどは残るだろう。要は、以前の体制に戻るだけ。優秀な魔法師に対する憎しみだけ残してな」
「反魔法主義はぶり返すでしょうね……。四葉真夜の手品は、結局なんの意味もなかった」
ニュークリア・マジック研究所の大規模事故は、一体なんだったのいうのだ……弘一は口を斜めに歪ませた。それを見て、烈があからさまに顔を顰める。遠回しだが、昔の許嫁を小馬鹿にする態度を咎めたのだ。
「……あれを手品と思うかね?」
「我々は夢見る非魔法師じゃないんですよ。先天的に魔法演算領域を持たない者が魔法師になるなんて『お話』を……そうか!」
娘が寄越してきた報告がふと蘇る。「四葉夜久は『精神構造干渉』の使い手」と、真由美は言っていた。そもそも、彼は「四葉深夜」の子と公開されている。
「もしかして……『精神構造干渉』は魔法師を作れるんですか?」
「その認識は少し違う。もし、完全な魔法師を作製可能ならば、わざわざ『手品』のような工作は不要の筈だ」
あえて完成品を見せびらかすか、あるいは技術を隠し通すか。方針は2択になるに違いない。そのどちらでもないなら、きっと「精神構造干渉」も万能ではないのだ。
「四葉夜久は、恐らく深夜よりも魔法が遺伝子に馴染んでいる。それでも、世界の道理を捻じ曲げるほどの力はない。研究上の価値は知らんが、社会的に大きな影響を与えるような魔法ではない筈だった……パラサイトが出現するまではな」
「なるほど。パラサイトに取り憑かれた魔法師に『精神構造干渉』を行使すると、優秀すぎる魔法師が生み出せるという……例の」
森崎駿の経緯については、十文字克人からも調査報告を貰っていた。
「そうだ。四葉夜久の価値が上がってしまったのは、かなりの大問題だ。四葉はただでさえ過剰な戦力を持つというのに、魔法師を増やす技術が実用化すれば」
弘一は冷や汗を流す。現状、七草家が四葉家に勝てているのは……自由に動かせる魔法師の数くらい。認めたくなくても、当主としてその事実は重く受け止めていた。
「真夜の息子は引き込まねばならんよ。儂の『人生最後の計画』のためにも」
気になることは他にもあったが、何よりも聞き捨てならないこと。烈は、今なんと言った?
「ちょ、ちょっと待ってください……。彼は『四葉深夜の子』ではないんですか?」
「あれはブラフだ。昔に真夜本人から聞いたことがあるし、間違いない。──お前が辛い思いをすると思って、今まで言わなかった。すまなかったな」
「は、はい……」
唖然とした顔で固まる弘一。そんな彼の肩に手を置き、烈は熱を込めて語る。
「ショックもあるだろう。だが、十師族の枠組みを壊さないためにも……まず、彼に『十師族の自覚』を与えねばならん。幸い、克人くんや……お前の娘たちが行動を起こしている。積極的に手助けしろまでは言わんが、邪魔をするのはやめておくことだ」
四葉という共同体に代わる擬似家族。つまりは、十師族コミュニティに四葉夜久を取り込むことこそ、何より重要だろうから──簡単なアドバイスを伝え、烈は書斎の外に出て、使用人に声を掛ける。言いたいことは言い終えたので、さっさと帰ろうとしているのだ。
その間も、弘一はずっとぼんやり宙を眺めていた。見送りもすっかり忘れて。
◆
生徒会に(無理矢理)入らされたことがきっかけで、同じ役員である面々とは最低限の信頼関係を築けていた……のだが、それが面倒ごとに繋がる要因になるとは思わなかった。
「──お願いしますよぉ。頼める人、四葉くんしかいないんです!」
あずさが手を合わせて、こちらに拝み倒してくる。過去におれのことを見て、えらく怯えていたのが嘘のようだ。
「いや、でもなんで……」
「職員室から催促されてるんです! 『九島閣下からクレームが来ているから何とかしろ』って!」
頼み自体はシンプルなもの。「九島光宣と交流しろ」という話。
何故か九島烈が「孫を村八分にするな!」と訴え出てきたらしい。小学生の親か? また、それを真摯に受け止めて対応する学校側も学校側である。ロクでもない教育機関と前から思っていたが、本当にそろそろやばいかもしれない。
「ハッキリ言ってやったらどうですか。『お前の孫が変わったこと言ってるからだよ』って」
「ま、まさか! とてもじゃないけれど、そんなの言える訳ないじゃないですか〜! お願いします、ねっ? 問題児同士、意外と気が合うかもしれませんし」
メチャクチャな理屈をぶつけてくる。おれを「問題児」呼ばわりする分には良いのか。もちろん慣れもあるだろうが、あずさも生徒会長という立場のせいか……だいぶ性格が擦れてきたように思う。
「でも。余計、友達になろうとする一年生が減るのでは?」
「とりあえず、1人でもそれらしいのがいたら……良いとします!」
他の友人が出来るとは思ってないらしい。いくらなんでも、九島光宣が可哀想な気がした。
「……分かりましたよ」
今後も、おれは生徒会で仕事をせねばならないのだ。ここで頑迷な態度を見せ続けて、ギスギスするのもまずい。
ただでさえ、深雪は「達也の代わりにおれが入ったこと」をまだ怒っているのだ。もう半月も過ぎているし、ほのかは「大人の態度」で接してくれているというのに。今まで優しい少女だと思っていたから、どうすれば良いのか未だ判断しかねている。そもそも、向こうも根に持つのが長い気もする。だが、もうこれ以上の揉め事を増やしたくない。そんな切実な問題があった。
(人間関係、本当に難解すぎる……! なんなんだよ)
駿の家に居候して、愛梨と口論ばかりしていた頃が懐かしい。あの時期は、シンプルな関係性ばかりだったのだから……ふと、そんなことを思った。