魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第6話

 授業終わり、光宣が端末を閉じていると……机の近くに誰かが立った。だが、顔は伏せたまま。どうせ、他の生徒を探しているだけ。もう、期待するのは嫌だった。それでも、意見を変えたくない。ここまで来たならば、自分の思想が正しいと証明したい。その意地だけで、一高に通っている。

 

「──おい、おい! ……九島光宣!」

 

 自分の名を呼ばれている。そう気づき、彼は慌てて顔を上げる。目の前には、無表情の上級生──四葉夜久だ。少し後ろには、森崎駿の姿も。

 

「な、なんですか……?」

「食堂行くぞ。ほら、さっさと立てよ」

 

 よくわからないまま急かされ……夜久たちについて行く。状況が理解できないまま食事を選び、同じテーブルで食べる。

 

「……何がしたいんですか? 4月頭なら、まだ分かりますよ。ですが、こんな中途半端なタイミングでいきなり……」

 

 何かあった、と言わんばかりの態度。施しを受けているような屈辱。怒りよりも先に悲しみが溢れてくる。食事の手を止めて、ぐっと奥歯を噛み締めた。

 

「い、いや別に……」

「お前のジジイがうるせえクレーム入れてきたからだよ」

 

 駿を軽く手で制し、夜久はあけすけな物言いをする。いつの間にか、遮音シールドも構築されていた。それくらいの気遣いはあるらしい。

 

(展開されるまで、想子の揺らぎがほぼなかった。だから、僕でも発動に全然気づけない……)

 

 目の前の人間から繰り出されるスキルの高さに、光宣は素直に驚く。展開速度や干渉力は、今の自分の方が優れているかもしれない。元々優秀だったうえ、パラサイトの能力を引き継いでいるから。

 でも、細部まで洗練された夜久のテクニックはとにかく美しかった。勝手なイメージで、パワーで押し切るスタイルと思い込んでいたが、繊細かつあまり目立たない技術こそ……彼の真骨頂なのかもしれない。

 

「よ、夜久……言い方ってものが」

「もう本人気づいてただろ。──おい、聞いてるか? ボーッとして」

「あっ、はい……すみません」

 

 悲しみも忘れて、魔法のことを考えていた。

 展開速度・干渉力・作用範囲において、Aランクのライセンス基準を求められるのは……十師族として当たり前のこと。「無能」とコミュニティで陰口を叩かれている兄や姉すら、それくらいは満たしている。まぁ、本当に「満たしている」だけだが。

 その先にあるのが、才能というものなのだ。何となく分かっていたけれど、改めて「意味」を理解した。

 

「えっと……祖父についてはすみません。だけど、どうすることもできないです」

 

 夜久の「ジジイ」という発言で、烈の介入だと分かっていた。

 

「僕は祖父を尊敬していますが、それでも致命的に噛み合わない部分があります。僕から諭したとて、無意味でしょう」

「なんか、ボケたという噂だしな。『魔法師自由権論』とか」

「元気ですよ。でも、僕を心配するあまり……迷走してしまったんです」

「それは君もじゃないか? ──……イテッ!」

 

 駿が呻きながら、左腕をそっと抑える。夜久が軽く叩いたのだ。

 

「お前は好き勝手言ってるのに……」

「話が逸れる。──で、お前はそれが気に食わないと」

「魔法師に生まれたからには、魔法師全体の権利をもっと考えるべきです。魔法を使う仕事に従事できる能力があるのに、別の仕事を奪ったら……社会の中で、僕たち魔法師の肩身は狭くなりますよ」

 

 中学生のとき。烈は「お前が戦場に行かないように」と、様々な高校のパンフレットを集めてきた。「望むなら、魔法師になんてならなくても良い」と話す祖父。正直、辛くてたまらなかった。パラサイト実験で元気になり、志望校を二高から一高に変えたのも……意趣返しだ。「思い通りになんてならないぞ」という意志を込めた。

 

「へぇ。おれは全然良いけどね。非魔法師どもを押しのけて、料理人とかになっても」

「夜久って、料理することあったか?」

「一度もない」

 

 光宣は頭が痛くなった。こんな人間と非魔法師を出会わせたら、本当に大変なことになるだろう。自分の考えは、非魔法師たちを守ることにも繋がるのだ。そう確信した。

 交流していく中で、何とか出来るものだろうか。

 

(……話が通じそうな人にも見えないけど)

 

 何事もやってみないと分からないのも事実。光宣は、ペコリと2人に頭を下げた。

 

「……まぁ。色々と意見交換出来る人が、校内にいれば嬉しいです。貴方がたから来てくれたのも好都合。今後、よろしくお願いします」

「こういう時、普通は遠慮しないか?」

「祖父を納得させるんでしょう? 1回ぽっきりの会話で引き下がるとは思いません」

 

 あまり、和やかとはいえない会話。それを遠くから眺め……焦っている人間が1人。

 

(マズい! どうして、四葉夜久と九島光宣が喋ってるんだよ……)

 

 定食を食べながらも、琢磨は予想外の展開に仰天していた。これでは、対七草家に用意していた録音データも台無し。こんなにも早く、九島光宣が十師族関係者に受け入れられるとは。

 もちろん、琢磨はその背景にあるゴタゴタを知らない。だから、自分たちが作ろうとしている「魔法師のための世論」を既に把握していると思ってしまう。

 

(これが「十師族」なのか……)

 

 手の広さ。状況判断能力。自分の父には、全くないものだ。父の拓巳はリスクを恐れ、いつだって堅実な手しか打たない。そんな小さく纏まった生き方を見るたび、情けなさに襲われる。自分は、もっと大きな人間になりたかった。

 

(……試しに「順風耳」で聞いてみるか)

 

 道場で学んだ古式魔法を使う。あるエリアの空気振動を拾い、耳元で再現する効果がある。だから、使いこなせられる人間ならば、遮音シールドを抜けられるのだ。

 他人に気づかれにくい感知系魔法で、想子センサーにもほぼ引っかからない。呪符を軽く振り、魔法を発動する。一応警戒して、明後日の方向を見たまま。1分足らずで、音を拾えた。

 

『──もちろん、非魔法師が魔法師を恐れている部分はあると思うぞ? でも、僕は自分を兵器と自認したくない。それだけだ』

『なんでしたくないんですか?』

『え、えぇ……なんでだろ? 夜久、どう思う?』

『自分で考えた方がいいぞ。コイツ、思想を矯正しようとしてるから』

 

 真剣に議論をしていたので、拍子抜けする。

 

『僕、そんなつもりありませんけど』

『なんとなく「分かる」んだよ。──なぁ、七宝はどう思う?』

 

 心臓を射抜かれたような衝撃。気付かれたのか。これだけ離れているのに? 思わず、あちらのテーブルを見てしまう。夜久と目が合った。彼はニヤニヤ笑いながら、こちらを指差す。「気づいているぞ」と言わんばかりに。

 

「……ヒィッ!」

 

 ただ、この場から逃げ出すしかなかった。情けない姿を他人に見られたとしても、この恐怖から逃れたかったから。

 その後も、数日後も……夜久は琢磨に接触しなかった。だから、単なる「盗み聞きへの脅し」と解釈して、彼は胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

 七宝琢磨の「ちょっとした失態」はあったものの、元老院による世論操作は少しずつ進んでいた。

 その序章として起きたのは……魔法師強化プロジェクト凍結によって絶望した被検体の一部が、テロを起こすという事件。死者は15名、重傷者は38名──小規模ではあったが、こうした事態が起こる可能性は事前に予測と出来た筈。だが、被験者らへのフォローなどは何もされてなかったことが調査で発覚。

 

 ──魔法師を自由にするな!

 ──何が人間だ! 彼らは徹底的に管理されるべき人造兵器だ!

 ──兵器は兵器らしく生きろ!

 

 下火だった反魔法運動が再び盛り上がるのは当然のことと言えた。

 

「……深見さん、これが本当に正しい社会の姿なんですかね」

 

 進人類戦線のアジト内。他の構成員たちの目にはつかない端の部屋。琢磨は震える声で、深見にそう尋ねる。

 頭ではちゃんと分かっていたのに、世論を捻じ曲げてしまった恐怖に囚われる。取り返しが付かない、とは何と恐ろしいことか。

 

「正しい訳ではないさ。でも、必要なことだった」

「でもっ!」

「──おいおい、深見。『許されざる魔法の存在価値を証明する』という悲願はどうしたんだ?」

 

 琢磨と深見が慌てて振り向く。そこには、ソファに深く腰掛ける夜久の姿が。

 

「なんで……!」

「教えてやろうか? ここはおれの古巣だよ」

 

 唖然とした顔の琢磨に説明する夜久。それを聞いて、深見は激昂する。

 

「ふざけるな! お前が勝手に入って、全てをぶっ壊していったんだ……!」

「スポンサーに確認も取らず戦力補強してたお前らが悪いよ」

 

 引き込んでみたら「四葉の人間」でしたということ自体は気の毒だが……元老院に問い合わせていれば、回避できたことでもある。

 

「……それでもだっ! 何故ここが分かった?」

「樫和のジジイに会ってきた。向こうから頭を下げて、おれを呼び出したんだ」

「……!」

 

 樫和主鷹。進人類戦線のスポンサーであり、四大老の1人。

 

「不思議なことでもないだろう? パラサイト化した九島光宣を止められる魔法師が……この日本にどれだけいる?」

「とはいえ、お前がそれを素直に受け入れただと? あり得ん」

 

 深見はずっとずっと忘れていなかった。解体を余儀なくされ、絶望した自分たちを前に「実は十師族だったんだよな」とヘラヘラ笑う夜久の顔を。あれほど意地の悪い人間が、まともに言うことを聞くとは思えない。

 

「あのジジイ、必死に頼み込むから面白くて」

 

 そう言いながら、彼はソファから立ち上がる。そして、琢磨の方に近づいてきた。

 

「あ、あの……」

「先輩からのアドバイス。お前の『順風耳』はなんでバレたと思う?」

「わ、分からない……です」

「遅延を使えるからな。古式魔法がバレにくいのは確かだ。でも、事象改変が行われる以上、変化は起きる。数日前から用意しているならともかく、いきなり差し込んだらバレバレだ」

 

 誰に教わったか知らんが、肝心なことは教えてくれなかったみたいだな。夜久はそう続けながら、自らの手をCADに軽く触れさせる。その瞬間、深見の身体が崩れ落ちた。無系統魔法「幻衝」によるものだ。

 

「まぁ、人は何歳からでも学べる。おれだってそうだ。こうして……新しい勉強をした訳で」

 

 スラックスのポケットに手を入れる。取り出されたのは、小さな紙片。切り込みが入っていて、それが模様を構成していた。

 

「髪の毛貰うぞ」

 

 深見の頭を無理矢理掴み、髪の毛を一本抜き取る。それをセロテープで貼り付け、またポケットにしまい直す。

 

「何するつもりだ?」

「個人的には、お前らのことなんか……どうでも良いんだが」

 

 樫和から頼まれたものの、夜久に「九島光宣を倒す」なんてことをする義理はない。

 だが、彼の「やりたいこと」を為すには好都合だった。愛梨の友人が「数字落ち」という傷を蘇らせる事態になったこと。ほんの一週間だけ腰掛けていた組織とはいえ……自分にも少しは責任があると彼は反省した。だから、ちゃんと終わらせねばならない。

 

「一度も二度も同じだろ。進人類戦線は、今日で解体だ……」

 

 夜久はテーブルの裏に手を伸ばす。ベリッ、という何かが剥がされる音。すると、ドアの向こうから異音が聞こえ出した。何かが壊れる音、悲鳴……建物内で交戦が起きているのは明らかだ。

 しかし、何故今までそれは聞こえなかったのか。

 

(結界をあらかじめ構築していた!?)

 

 わざわざ古式魔法のルールについて話していたのは、自分を煽るためだったのか……。琢磨は愕然とする。

 

「人避けも解除したことだし。呼ぶか……」

 

 先ほどの紙片を出し、想子を流し込む。

 これは式神だ。駿がパラサイトに呑まれた際に回収した式神をモデルに、夜久が自分なりにアップデートしたもの。つまり、パラサイトを暴走させる「狂化」の術式。

 

「九島光宣を」

 

 彼をここまで連れてくるのは簡単だった。互いに思惑はあれど、何度も会話を交わしていたのだ。洗脳などなくとも、交流は人の心を動かせる。「遊ぼう」と声を掛ければ、普通に着いてきた。旧千葉県の東京湾岸に連れて行き、午前中は観光を楽しむ。庭園や博物館を回ったあと……昔の知り合いに会いたいと言って、アジトへと誘導したのだ。

 そこで、1度目の「狂化」を掛けて大暴れさせた。夜久自身はちゃっかり退避し、端の小部屋──深見がここをよく使ってるのは事前に調べていた──に移動。琢磨もいたのは運が良かった。

 

「……おい、起きろ。知り合いがいきなり死ぬのは、いくらなんでも目覚めが悪い」

 

 深見を蹴り起こす。彼は文句を言おうと口を開いたが……異様な空気感に気づき、黙って戦闘体制に移行した。

 

「パラサイト化した十師族子息を倒す……数字落ちの復権や、師補十八家の昇格対策に、最も相応しい物語じゃないか?」

 

 話しているうちに、扉が破壊される。現れたのは、もちろん九島光宣。暴走させられていても、AIビジュアルは健在。それどころか、更に人外じみた美しさで溢れている。

 刹那、大量の想子が飛び交う。戦闘開始だ。

 

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