魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第7話

 何が起きているのか、本当にわからない。どうして、自分は戦う羽目になってるんだろう。琢磨はただ、そんなことを思う。

 いずれ、九島光宣を倒さなくてはならないと分かっていた。自分が「強い魔法師」になるために支払う対価だから。でも、今ではないと……どこかで思ってもいた。

 

(クソッ! こんな狭い場所で!)

 

 光宣が攻め込んできた途端、夜久が扉を閉めて鍵をかけてしまった。そのため、4人の人間が狭苦しい場所で……小規模な魔法を撃ち合っている。側からみたら滑稽な様子だろうが、当事者である自分は堪ったものでない。

 

(もっと開けた場所に出ないと……!)

 

 夜久がプラズマを避けて、横に飛び退いた。その瞬間を琢磨は見逃さない。しかし、ドアノブを掴んだ途端……深見から鋭い制止の声が飛ぶ。

 

「閉めとけ! 『仮装行列』対策にならん!」

 

 慌ててドアの前に立ち塞がる。詳細はともかく、見かけと実際の位置を変化させることで有名な魔法。ちゃんと知識も持っていたのに、実戦となると頭からすっぽ抜けていた。

 

(出来るだけ小さい形で広域魔法を発動するしかないのか!)

 

 夜久は最悪巻き込んでも良いが、世話になっている深見を巻き添えにするのは嫌だ。範囲を見極める必要があった。しかし、発動媒体になる本など、都合よく持っていない。要は「ミリオン・エッジ」を使えないのだ。

 そのときだった。目の端で飲み物が入っていたガラス瓶を視認する。移動魔法で転がし、足で思い切り踏みつける。ガラス片が散らばった。

 

(これでやるしかない!)

 

 欠片の全てに別々の魔法など掛けられない。だから「下降旋風」に破片を巻き込んで、光宣へとぶつける。彼の身体に傷を負わせることはできたが、すぐに再生していく。埒が開かない。

 

「……どうなってんだよ!」

「パラサイトは自己回復能力がある。これがなかなか倒せない理由だな」

 

 こんな状況で、夜久は呑気に解説してくる。何か勝算があるのだろうか。

 

(よく考えると。さっきからコイツ……暇そうだな。深見さんに襲いかかる魔法を偶に止めてるだけだ。なんで?)

 

 九島光宣──パラサイトは、先程から深見ばかり襲っている。だから、琢磨も攻撃できたのだ……と気づく。対して、深見は必死になって自らの身を守っている。カバーしきれなかったものだけ、夜久が対応しているようだった。

 

(もしかして、あちらに惹きつけてるのか?)

 

 古式の作法はそれなりに学んだ。ファジィな定義で事象を改変するというルール。だから、髪の毛を貼り付けるのも……現代魔法で言うところの変数決定だろう。

 

(いや……そんなことしちゃダメだろ!)

 

 強さを求める琢磨も、普通の高校生の感性をちゃんと持ち合わせている。倫理のない行動を見て、黙ってはいられない。

 何か止める方法はないだろうか。琢磨は注意深く目を凝らす。夜久の黒いスラックス。その左ポケット……呪符らしきものを入れていなかったか。 思考が脳内で一本に繋がる──あれを破壊すれば!

 

「オラッ! くたばれ!」

「うわっ!」

 

 夜久に力強いタックルを決める。それに紛れてポケットから紙を引き抜く。確認する時間も惜しく、よく見もせずに破り捨てた。

 

「──げほっ!」

 

 突然、夜久が吐血し始める。呪詛返しを食らったからである。

 だが、琢磨はそんな事情など知ったことではない。血を吐き続ける男を無視して、深見のもとへ走る。並行して、散らばった破片を使い……光宣へと攻撃する。今回は工夫も足して。飛ばす間の慣性を中和し、着弾の瞬間に増幅させる。こうすれば、ダメージを稼げる筈だ。目論見は上手くいったのか、彼の身体から想子が噴出した。

 

(いけたか?)

 

 視界を遮る眩い想子光の向こうで、呻き声が聞こえる。痛みに耐えきれなくなっているのだ。

 倒せたのではないか……琢磨がそう判断するのも無理はなかった。しかし──

 

「──痛いよ、七宝くん。ひどいことするね」

 

 想子の奔流が落ち着いた後、そこには笑みを浮かべた光宣の姿が。

 

「く、九島……!」

「取り戻したのか……? 正気を……?」

 

 琢磨と深見の言葉には答えず、光宣は頬をぽりぽりと掻いた。

 

「──不覚だったな。最初からちょっと怪しいとは思ってたんだけど」

 

 彼はゆっくりと、夜久の側に向かい……彼が倒れ伏している場所の隣で三角座りした。異様な光景なのに、絵画の中から飛び出してきたかのようにしっくりくる。

 

「だいぶピーキーなパラサイト狂化術式だったみたいだ。さっきまで、僕の意識と演算領域の一部は縛られていた」

 

 夜久が行った『呪詛』の改良は、精神構造干渉の術式を織り交ぜることで行われた。

 演算領域のゲートを一部改変し、演算能力を弱体化させるプロセスが追加されているのだ。その上、狂化術式で意識も失っている。普段通りの魔法力を発揮できない状態へと追い込んでいたのだ。

 

「七宝くんが式神を破ってくれたから、僕は『僕』に戻れたのさ。……ありがとう」

「ま、まさか……」

 

 事態が余計悪化している。琢磨は、その現実を受け入れなくてはならなかった。

 

「おい、七宝……。俺たち、まずいんじゃないか?」

「そうは言っても……!」

 

 元はと言えば、夜久が悪いのは明白。

 だが、この状況を打破できる可能性があるのも……彼しかいない。けれども、今はただピクピクと痙攣するのみ。何の役にも立ちそうにない。

 

「心配しないで。七宝くんには恩を返したいし……何より『進人類戦線』は、僕と意見を同じくするみたいだしね!」

 

 にこにこと柔らかな笑みを浮かべる光宣。小さな子供が夢を語るかのように、無邪気な表情をしている。だが、突然スッと表情が消えた。

 

「でも……四葉夜久は絶対に殺す。──だから、君たちが僕の犯行を黙ってくれると誓うなら、それに報いて……生きてここから帰す。どう?」

 

 受け入れてもらえると、光宣は確信していた。夜久を見捨てるだけで、自分の命が担保される。すごく得な話じゃないか……。

 

(……!)

 

 身体が危険信号を発している。魔法の兆候だ。

 

(信じられなくて、攻撃してきたのかな。まぁ、ここはスルーして……その姿勢で、僕のことを信じてもらおう)

 

 大した魔法ではないだろう、という慢心。それが仇になった。

 

「……ガハッ! ゴホゴホゴホッ!!!」

 

 気管が腫れあがったかのような息苦しさ。呼吸が上手くできない。ヒューヒューという音と共に、微かに出入りするだけ。

 深見の持つ「二」の魔法──「コミングル」。体内を1つのエリアと認識し、細胞呼吸を阻害する吸収系魔法。血液中に含まれる酸素が炭素と結びつくルートを混線させ、行使された相手を死に至らしめる。とはいえ、光宣はパラサイト。ダメージを受けても、すぐに治る。治るのだが……それは無傷を意味しない。

 

(うぅ……しんどいよ!)

 

 息苦しい。まるで……昔に戻ったかのように! 身体が思うように動かないのが辛くて、ベッドの中で無力さに涙した頃の記憶。それがフラッシュバックする。

 

 ──あんな自分に戻りたくない! 嫌だ! 助けて!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「──行くぞ!」

 

 光宣がパニックに陥る中、深見が夜久を素早く抱える。それを見て、琢磨は慌てて扉を破壊。揃って自己加速術式で……その場から逃走した。

 アジトから飛び出し、山間部の小さな小屋──訓練用に用意された施設だ──へと辿り着く。警戒は緩められないが、とりあえずの危機からは脱することが出来た。

 保存食糧庫から水を出し、琢磨はコーヒーを淹れ……やっと一息つく。名家の息子らしく普段は豆や水に拘っているが、泥のようなインスタントコーヒーも今はとても美味く感じられた。

 

「どうして、四葉夜久を連れ帰ったんです? 置いて帰ったら、追われるリスクを減らせた筈ですよね?」

 

 マグカップから伝わる温かさを感じながら、琢磨は深見にそう尋ねた。お互い、彼には大迷惑をかけられたのだ。「囮」としてあの部屋に放置することが、最適解な気がしていた。

 

「コイツの言うことが正しければ、一応我々の味方側といえる。それに、今戦力を減らすのは悪手だ」

 

 元老院の方針は「妖魔滅ぼすべし」である。だからこそ、九島光宣を処分しようとしているのだ。自分たちのスポンサーである樫和が、夜久に接触したのも理解できる。

 

「戦力っていったって……」

「──おい、四葉。起きろ。いつまで寝たフリしてる?」

 

 先ほどの仕返しか、深見は夜久の腹を軽く蹴った。

 

「……蹴るなよ。内臓イカれてるんだから」

 

 夜久はまだ蒼白い顔をして、寝転んだままだが……ちゃんと意識を保っていた。

 

「どういうことだ……?」

「知らん。だが、先生の道場には俺も出入りしていたんだ。『呪詛返し』があんなものでないのくらいは、見て分かった」

 

 琢磨はよく理解していなかったが、彼の破った式神は「パラサイト狂化術式」。そんな演算の大きな術が中断されれば、精神に多大なダメージを受けるのは必至。しかし、夜久はそのダメージを咄嗟に、肉体側へと波及させたのだ。つまり、彼の「精神構造干渉」によって、幽体の情報を一時的に肉体のそれへと書き換えた訳である。

 

「良かったな、七宝。相手がおれで。そうじゃなかったら……普通に殺人だぞ」

「お前も深見さんを殺そうとしてただろ!」

「まだ死んでなかった。それに、九島光宣が無差別に暴れた方が困る。倒しづらい」

 

 少しも悪びれない夜久。琢磨は、目の前の人間が「人間」には思えなかった。

 

「ふざけるなよ……。お前、人の命を何だと思ってる?」

「お前がそれ言うか? ──おれたち魔法師は……命の選別という『許されざること』をいつだってやっているというのに。現に、非魔法師たちがテロで死のうがお構いなし。『魔法師だって同じ人間なのに』と言うばかり」

 

 マイクロメッセージ──非魔法師の透明化。ナチュラルに「自分たちとは異なるもの」として扱う。社会を構成するためのシステムという認識。魔法師たちは、無自覚にそんな考えのもと生きている。

 

「おれは、その事実に……少しだけ早く気づいた」

 

 誰もが見ようとしないものを見る。タブーを恐れず、原罪を直視する。「自分と縁が薄い人々の命を愛せない」ことへの。苦しみや痛み。それらが自分にも降りかかるというリスク。いつだって恐れてはいけない。世界は平等に残酷だ。魔法師であっても、不幸はやってくる。

 

「『魔法至上主義』は、魔法師を解放する思想じゃない」

 

 社会での価値を主張する訳でも、もちろん兵器化する訳でもない。そう、夜久は続ける。

 

「……見えない特権を自覚することだ。それがあろうとなかろうと、全ての人にとって人生は苦しさに満ちているんだから」

 

 夜久の言葉に、琢磨は衝撃を受ける。自分が特権を持つ層だなんて、感じたこともなかった。それどころか、自分は恵まれていないとまで思っていたのだ。

 師補十八家に生まれたこと。父が十師族昇格対策に積極的でないこと。十師族からほぼ落ちたことない家と比べて、ネームバリューの無いこと。何もかも不満だった。

 

「──お前の御託はどうでもいいが。今は、九島光宣を倒すことを考えるべきだ」

 

 しかし、深見のアッサリした返答で我に返る。そうだ、自分たちの問題は何も解決していない。

 

「……倒すんですか? 彼さっき『四葉夜久は絶対殺す』とは言ってたけど……俺たち関係無くないですか」

「忘れたか? パラサイトである以上……処分が必要だ」

「あ、そうでしたね……」

「ただ、どうやって倒すかが問題だ。さっきは不意打ちが効いたが、本気で『仮装行列』を使われたら勝ち目はない」

 

 今の光宣は頭に血が昇っていることだろう。術で演算領域を制限してもないし、かなりの苦戦を強いられることが確定していた。

 

「……いや、手はある」

 

 しかし、夜久だけは元気であった。まだまだ顔色も悪く、横たわってはいるものの。

 

「本気で言ってるのか?」

「もちろん。さっき、アイツはパニックに陥っていた……あんなふうに、精神が不安定な状況に追い込めば『仮装行列』は維持できない筈だ」

 

 意外と、魔法は繊細な技術だ。精神状態が如実に現れるものである。クリティカルな精神ダメージを与えられれば……何とかなるのではないか。夜久はそう思っていた。

 

「とはいえ……普通に魔法を使っただけだぞ?」

「それでもだ。何か、奴の琴線に触れたんだ。突き止めないと」

 

 やっと、夜久は身体を起こす。そして、コーヒーのマグカップを手に取る。

 

「うわ……冷めてるな。──まぁ、いいや。今から、仮説を立てるしか無いな。3人寄れば文殊の知恵、とも言うし」

 

 琢磨と深見は顔を見合わせる。この状況では、夜久の話に乗るしかない。仕方なく、床に腰を下ろした。

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