ㅤ呑気な夜久をよそに、彼が引っ掻き回した第一高校内は少しずつ様相が変わり始めていた。
ㅤ討論会の一件は、ニュースで取り上げられ、今や魔法師業界以外も知るところとなっていた。生徒の誰かが、タレコミでもしたのだろう。
ㅤただ、夜久のことについては伏せられており、「エガリテ」のメンバーが矛盾を突いたというストーリーで進んでいた。これについては、「未成年情報の保護」に基づいた処置だが、少しは四葉家も手を回している。
ㅤ七草真由美の演説は横槍を入れられてしまった訳だが、内容に関して言うと彼女に瑕疵があったということはない。草案がもとより決まっており、それを読むほかなかったのだから。それどころか、出来るだけ生徒たちに寄り添ったものに近づけた――本人的には。
ㅤそれなのに、「七草家がワッペン変更に圧力を掛けていた」という謎の陰謀論が世間を駆け巡った。訳知り顔の反魔法系コメンテーターが、自身の持つ番組等で吹聴したからである。そのために反差別運動は激化していた。一高内でも現生徒会役員や風紀委員の解任を求め、署名運動が行われていた。
ㅤしかし、活動の高まりの割には、暴力的な事案というのは鳴りを潜めていた。一科生でも退学処分になるのだ、あんまり派手なことをやるとマズイと分かったのだろう。実際、夜久に感化されてか特別閲覧室に侵入した二科生は、同じように退学させられていた。
「あーーーー! もうやってられない……私、スケープゴートにされただけじゃない〜!」
ㅤ第一高校、生徒会室。そこでは、真由美が頭を抱えて、うだうだと泣き言を言っていた。
「会長を侮辱する奴らは許せません! アイツら……!」
ㅤ真由美の様子を見て、服部がいきり立つ。しかし、彼の肩を誰かがぽんと叩く。
「落ち着け、服部。……皆の怒りが尤もだということは忘れちゃいけない」
ㅤ服部の肩を叩いたのは、摩利であった。ㅤ真由美の親友である彼女だから、もちろん今の状況を良しとしている訳ではない。だが、二科生達の気持ちも無視は出来ないと思っていた。
ㅤ差別に対して「くだらない」と日々感じていた摩利は、ワッペンの真実に酷くショックを受けたのだ。この事実を知っていたという真由美に「なんとかできなかったのか」と問い詰めもした。
「しかし……」
「摩利の言う通りよ。はんぞーくん」
ㅤ反論しようとする服部を真由美は止める。
「私も結局、『差別する側』だったのよ。だって、今考えれば……もっとできることはあった」
ㅤ真由美の心は、後悔の念で埋め尽くされていた。その場しのぎの対応で、なんとか乗り越えようとした「ツケ」が今回ってきたのだから。
「会長……」
「――ですが、このまま『エガリテ』の要求を飲む訳にはいきませんよ。会長が退任してしまえば、魔法教育を推進する筈の魔法科高校で、反魔法主義者が大手を振って活動しているのを黙認することになります」
ㅤ暗い雰囲気になったところで、達也の冷静な声が割り込んだ。
「確かにその通りです。先日も、深夜に特別閲覧室へ生徒が侵入したという事件がありましたし。しかも、記録キューブを手にして。流出目的でしょう」
ㅤ達也の言葉に重ねて、鈴音がそう言った。
「閲覧室のデータって……流出すると大変なことになるものなんですか?」
ㅤあずさが、そっと首を傾げる。小柄な彼女のその小動物のような動作に、場の空気が少し和む。ㅤ鈴音も薄く笑みを浮かべて、あずさの問いに答えた。
「魔法大の原則非公開の文献ですし、出回ると結構面倒なことになると思います。けれど、許可さえあれば、誰でもアクセスできるデータでもありますから。ただ……2年の応用魔法学で5、あるいは3年で4以上の成績でないと申請書が出せないのです」
ㅤああ、と皆が納得する。基本、理論と実技の成績は比例する。実技ができないのに理論が取れるというのは、かなり珍しいことなのだ。結果として、資料室のデータは「一科生しか見れないもの」となってしまっていた。
「定員が一学年100人の時代なら、それも良かったのかもしれませんが。無理に2倍に増やしたために、あちこちで問題が出てきているんですね」
「そうなのよね……」
「お兄様……」
ㅤ深雪が悲しそうな顔をする。達也が、あまりにもあっさりと「二科生の増員は失策だ」という旨を述べたからだ。
「そんな顔するな、深雪。定員が増えていたから、お前と同じ学校に通えているんだ。別に悪いことだけでもないさ」
「……私だって、全てがいけなかったとは思いたくないの。そうじゃなかったら、私達は……達也くんに出会えなかったんだから」
「それに、服部の伸びた鼻がへし折られることも無かっただろうな」
「ちょっと、渡辺先輩!」
ㅤ摩利の言ったことに動揺する服部。そのあと、彼は気まずそうな顔で達也を見た。
「……あれは、自分の態度を見直す良い機会になった」
ㅤしおらしい態度の服部に、女性陣は温かい目を向ける。
「こんな風に。少しずつ、皆の意識を変えていかなくちゃいけないわね。――みんな! 大変だけど、これから頑張っていきましょ!」
ㅤつとめて明るい声で、真由美はそう告げた。空元気が混じっているのは、誰の目から見ても明らか。ㅤだが、これからも何とか生徒会を存続させねばならないのだ。彼女にとって、ここが踏ん張りどころであった。
◆
ㅤあやめに話を持ちかけて、しばらく経った日のこと。彼女はちゃんと答えを出したようで、「魔法師になりたい」と伝えてきた。ㅤおれが断るはずもなく、研究所の人間に連絡して第四研へと運んでもらった。とはいえ、すぐ「精神構造干渉」を掛ける訳にはいかない。さまざまな検査が必要なので、報告が来るまでしばらく待たなければならなかった。
ㅤ翌日、急に秘匿回線を通して端末に電話がかかってきた。思ったより早い。ゴーサインかと思い、わくわくして取る。
「ご無沙汰しております、夜久様」
ㅤ電話をかけてきたのは、使用人序列3位の紅林であった。彼は調整施設の総括をしている人間で、技術部門総責任者でもある。
「どうしたの、何かあった」
「夜久様の持ち込んだ実験体ですが……洗脳の跡が見られました。使用された魔法は『邪眼』。ただ、手品タイプですね」
ㅤマインドコントロールに使われる「邪眼」には、二種類存在する。光波振動系魔法と精神干渉魔法の二つだ。ㅤ手品タイプと呼ばれるのは、前者。催眠術の一種で、光信号を人の知覚速度の限界を超えるスピードで点滅させ、相手の網膜へ投射する。そこに指向性を持たせた指示を送り込むことで、思考パターンを刷り込む。理屈としては、サブリミナル効果に近い。
「へぇ、それは知らなかった。何を指示されていた?」
「電子金蚕がセットされた機械を自宅のCAD調整機に繋げるよう指示されていたようですね」
「指示って……誰に?」
「ブランシュの人間です。実験体が吐いた名前を調べたところ、データベースにヒットしました」
「……ちょっと見てくる」
ㅤ電子金蚕というのは、SB魔法の一種である。電気信号に干渉して、機器を狂わせるのだ。調整機に繋いでいたのであれば、それで調整したCADは不具合を抱えてしまうことになる。
ㅤ慌てて、調整機が置いてある部屋へと向かう。裏を覗くと、明らか怪しい小さな黒い箱が置かれていた。線から引き抜き、ポケットに入れる。
「――調整機にきちんとつながっていなかった。これは運が良かったな」
「一応今のCADは使わないようにしてください。FLTに来て頂ければ、替えを用意しますので」
ㅤFLTの本社まで足を運ぶのは面倒だが、仕方がない。折角なので、新しい機種を貰おうか。
「話が逸れてしまいましたね。それで、とりあえずは実験をストップして、ブランシュにスパイとして投入し続けようと思うのですが。このまま、反差別運動が魔法師排斥運動にシフトしていくと厄介だという話は、四葉家内でも議題に上がっていますので」
「えっ。人工魔法演算領域を植え付けてからでもいいだろう。四葉関連のことについては、話せないように強いマインドコントロールを掛け直せば良い」
「いえ、その点ではなく。別の問題です。いきなり魔法が使えるようになることは、あまりにも不自然なことでしょう」
ㅤ確かに紅林の言う通りだ。非魔法師が魔法師になるなんて事例、彼らが食いつかない訳ないのだから。ㅤそもそも成功するかも定かではありません、とも彼は続けた。そこに関しては、認識に食い違いがないこともない。おれは成功すると確信している。
「……そのブランシュの潜入の件なんだが。おれじゃダメか?」
「夜久様が?」
「おれは例の件で、反魔法師団体にも顔が売れている。話を持ちかければ、すぐに入れてくれると思う。内側から工作するにはもってこいだ」
ㅤ世話になっている森崎家にどう言うかが問題だが、その辺りは考えている。あやめに「魔法師が憎い。自分が信じる活動をしたい」といったようなメッセージを実家に送らせるのだ。
ㅤ身内から反魔法主義者が出るなんて、とんでもないスキャンダル。なんとかしなくてはならない。そこで、おれが名乗りを上げれば良いだけ。
「まぁ……駄目な訳ではないと思いますが」
「どうせ、黒羽に回す筈の仕事だろ。おれがやってもいい。花菱さんに言っておいてくれ」
ㅤ人造魔法師実験も反魔法団体の対処も結果を出したい。
ㅤお母様を喜ばせたい。頭のどこかで無理とわかっていても、「えらいね」と言って欲しかった。だから、頑張り続けなくてはならないのだ。
「……承知いたしました」
ㅤ思うことは多くあっただろうが、彼はおれの言うことを呑んだ。こちらの思う通りに話が進んで、ありがたい。
ㅤ実は、このことに首を突っ込む理由は他にもあった。それは、少し前に遡る。
*
「退学させられた所に、再び足を運ぶとは思わなかったな。……それで、深雪ちゃんだけ? 兄貴は?」
ㅤ第一高校のカフェテリアで、おれはある人物と向き合っていた。それは、意外な人物でもあった。
「私一人よ。お兄様は今、図書室の奥に篭っているらしいの。少しの間なら、バレないはず」
ㅤそう、司波深雪である。なぜか、彼女に「会えないか」とメッセージで呼ばれたのだ。大して話したこともないのに。気になったので、誘いに乗ることにしたのだ。
「その前に別の誰かにバレそうだが」
ㅤもちろん、これは冗談に過ぎない。精神干渉魔法「記憶固定」によって、リアルタイムで目撃者の記憶を改竄している。「司波深雪と津久葉夜久がいる」という具体的な情報を、「女子生徒と男子生徒がいる」という抽象的なものとして認識させるのだ。ㅤ残ってしまう魔法の使用記録は、あとで深雪が生徒会のコンピュータ経由で消去してくれるという。本来、監視システムの介入コードは一生徒が知り得るものではない。けれども、データ管理担当の講師に尋ねると、あっさり教えてくれたのだそう。大方、深雪の美人ぶりにコロリといったのだろう。
「そんなに時間があるわけではないから、本題に入りましょう。――夜久さん、貴方は魔法を上手く使える人の方が偉いって……思うかしら?」
ㅤわざわざ呼び出してそれか、と言いたくなった。しかし、彼女の表情は真剣なもの。どこか気迫を感じさせる。適当な返事をすれば、怒ってしまうに違いない。少し考えて、ちゃんと答えを返す。
「一般社会ではどうか知らないが。少なくとも、魔法師界隈ではその通りだろうさ」
「そうね……私も貴方も魔法をちゃんと使えるから、四葉でそこそこの立場にいる。それを忘れたことは無いわ」
ㅤ次期当主候補の深雪は言わずもがな。我儘放題のおれであっても、四葉を放逐されたりはしていない。いざという時に達也を止められる存在は貴重なのだ。他にも当てがいない訳ではないが、数が多いに越したことはない。価値があるから、四葉の一族でいられるのだ。
ㅤ
「だからこそ、お兄様の力を多くの人が理解してくれないことに対して不満があるけれど」
「その話題はやめておこう」
ㅤおれが「誓約」で、達也の分解のレベルを制御しているのだ。どんなコメントも、自分が言うべきことではないと思っていた。
ㅤちなみに、おれが素直に「誓約」を兄妹に掛けてやったのは、分家への切り札になるからだ。たまに「解除するぞ」と脅して、溜飲を下げている。黒羽や新発田などの当主らの顔色が一気に真っ青になるのは、いつ見ても面白い。
「そうね。――それで、ここ最近の校内の動きには……戸惑っているのよ」ㅤ
「え?『魔法の才能に関してとやかく言うこと』がタブー化すれば、少なくとも兄貴が校内で見下されることは無くなるぞ?」
「そうじゃないわ。そういうことじゃ、ないの」
ㅤ深雪は何か複雑な思いを抱えているようだった。
「こうなってみて、ようやく分かったの。私はお兄様の才能を、皆に認めてもらいたいだけで……魔法力の優劣で評価されない世界が来て欲しい訳じゃないってことを」
ㅤ随分と自分勝手な話ではあるが、その気持ちはなんとなく分かる気はした。
ㅤ駿も常日頃から、似たようなことを言っているのだから。自分の力を評価してくれる場所を失いたくない、自分が優れた存在であることを実感していたい――醜くも、人間らしい感情だ。深雪はそれが、兄のことに偏っているだけで。
「ふーん。で、どうしたいの?」
「エガリテを止めたいわ。でも、どうしたらいいか分からないの」
「反魔法主義者は、生徒会役員や風紀委員を警戒しているんだろう? 放っておいても、深雪ちゃんの兄貴ならやるんじゃないか?」
「お兄様は、『エガリテ』の活動について特に気にしていないみたいなのよ」
ㅤ深雪の安全を一番に考える筈の達也が動かない理由はちゃんとあった。エガリテ及びブランシュは、主戦場を魔法科高校から別の場所に移しているからだ。
「なるほど。今の世論は、反魔法主義者らを後押ししてるからな」
ㅤ何も知らない非魔法師が勝手に叩いてくれるのだ……ブランシュがわざわざ動くことはない。それなら、達也としても変に藪をつついて蛇を出すようなことはしないだろう。
「分かった。手伝うよ」
「……まさか、本気でやるつもりなの? こんなの、性格が悪い子の愚痴に過ぎないのよ?」
ㅤ自分で言い出したくせに、深雪は驚いた顔をする。おれは、彼女に優しく笑いかけた。
「鏡でも見てみろよ。『本気です』って顔を、一番している癖に」
ㅤ今も昔も、彼女は兄のことが大好きなのだ。達也が活躍できる場面を作り出す為ならば、なんだってするだろう。戦争だって、起こすかもしれない。
「――それに、深雪ちゃんの性格が悪いことなんか前から知ってる。昔、教えてくれたじゃないか」