魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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スティープルチェース編
第1話


 生徒会の事務仕事は、基本的に面倒だ。

 21世紀後半ともなると、だいたいの業務はペーパーレス。決裁やチェックもデバイス上で完結するし、チェッカーソフトで誤字脱字や不備が事前にピックアップされる。それでも、手間がかかるのはそう。当たり前だ。

 

「──面会依頼? じゃあ、行きますよ今から」

 

 厄介ごとの予感がしても、それを理由に抜けたくなるくらいには。

 応接室まで移動すると、そこにいたのは「九島烈」。もう現役からほぼ退いたとはいえ、やはり只者ではない……そう思わせる風格があった。

 

「孫にでも会っとけよ」

「光宣は最近、口を利いてくれなくてな……」

 

 だからといって、別の人間と接触する必要があるだろうか。

 

「ただ、今回は……夜久くん、君に会いに来た」

 

 光宣を救ってくれてありがとう、彼はそう言って頭を下げた……が、すぐに顔を上げる。そして、素早くCADに触れた。魔法を発動させまいと、おれは咄嗟に領域干渉を広げる。

 

「──……流石は真夜の息子。干渉力に優れているな」

「嫌味か? おれは『流星群』を使えない」

 

 いくら干渉力の高さがあろうと、物体の光透過率という構造情報を改変できない。何度やっても、全てを貫く光線を作れないのだ。子供騙しの光波振動魔法が精々。だが、それに何の意味がある? 本当の意味で魔法を継承できていないというのに。

 

「……それで、何の用だ?」

 

 話しながらも警戒を緩めない。発動されかけていた魔法は、簡単なものとはいえ精神干渉魔法。おそらくは「ルナ・ストライク」。どう考えても、危害を加えようという意図しかない。

 多分、コイツは光宣をめぐる一連の出来事を把握している。攻撃は意趣返しのつもりだろう。

 

「時として、子は親の期待に応えて生まれてこれないことがある。光宣も、深夜の息子も……君も。生まれながらに不幸だ」

 

 このジジイにして、あの孫ありである。勝手に話を進めがちだ。

 事実、自分のことを不幸な存在と以前は思っていた。そこそこ恵まれた生まれだったとしても、実の母親からネグレクトを受けたら悲しいに決まっている。今はあまり思ってないが、結果的に前向きになっただけで……客観的に見ても可哀想といえば、可哀想な方だろう。だが、わざわざ「不幸」と言われても困る。

 

「……お前、四葉のストーカーか何か?」

「私はあの双子に魔法の手解きをしていた。多少は、四葉内の事情にも詳しい。だから、次代の四葉が『危険な存在』となり得ることも理解している数少ない人間だ」

 

 また、その悲劇を止められるのが私だけだとも。烈はそう続けた。

 

「他人の家に口出すな。孫の機嫌でも取っときゃ良いだろ」

「光宣が生きる未来のためだ。彼が望んでいないお節介であることは承知の上。エゴで構わんのだよ」

 

 取り付く島もない。それに、正直どうでもよかった。だが、話をもう少し聞くことに。戻っても、デスクワークしかないのだ。

 

「次世代に入れ替わった時期には、もう四葉一強の時代がやってきているだろう。そうなれば、周りが危機感を抱いて動き始める」

 

 出る杭は打たれる。烈が言いたいのは、そういうことだ。四葉の弱体化を狙い、国内外問わず様々なセクションが行動を起こし……世界はその問題で大変なことになるだろうという予測。

 そうなっても、光宣は嬉々として戦闘に参加しそうだが。どう考えても、彼は気が強いだろう。

 

「司波達也、そして君……。分家の子供たちを抜きにしても、四葉は強くなりすぎた。子供を外に出さない、という方針をやめていくべきだろう」

「それで、一番可能性があるから声を掛けたって?」

 

 相対的に考えると、驚くべきことに……おれが一族で一番社交的。深雪は達也にべったりだし、達也は大人との関わりの方が多い筈だ。姉含め分家の子供たちは、家の方針に従っている。二十八家の人間と強い関わりがあるのは、おれだけなのである。

 

「その通りだ。十師族というものは、有力な魔法師家系の互助コミュニティであるという原則に立ち戻るべきだろう。……ところで、夜久くん。君は今後どうする予定だね?」

「は?」

「知識を持たない者から見れば、君の行動におかしなことは何一つない。次期当主になることを念頭に魔法科高校に通っている……そう思うことだろう。だが、司波深雪がほぼ確実で当主になると分かっていれば……奇妙に見えてくる」

 

 四葉の内情を、烈はよく分かっているようだ。次期当主に一番近い人間が、深雪だと知っているのだから。おれは当主になる予定などなく、既に当主候補からも外されている。こんなこと、本来外部の人間は知り得ない。

 

「──だが、分かったよ。君は四葉を飛び出したいのだと」

「……」

 

 内々の関係性で完結し、外部と隔絶された環境。それが四葉。

 大学生までは学校に通っておけば、社会と繋がることができる。しかも、実家の威を借りたまま。しかし、その後は? どうすれば自由を得られるのか、結論など出ていない。四葉の人間は、四葉のコミュニティ以外の居場所など無いに等しいのだから。だからこそ、愛梨との関係に「答え」を出せないでもいる。

 

「もちろん、私が十師族システムをこれからも機能させたいという思いがあることは否定しない。しかし、君に『十師族コミュニティと関わる』ことを勧めるのは、先達としての助言でもあるよ」

 

 良いことを言ってるようにも聞こえるが……。内心、そんなことを思うおれ。「四葉を警戒しています」の文脈を聞いた上で、その親切を受ける気にはなれなかった。

 

「──……探り合いはやめよう。おれが四葉を出ることでお前が得られる『本当のメリット』は何だ?」

 

 視線が交差する。しばらくの間、睨み合いが続いた。

 

「……魔法師の価値とは何だろう? この答えはシンプルだ。──魔法が使えること」

 

 おれも頷く。事象改変が出来るからこそ、魔法師は魔法師たり得る。非魔法師には出来ないことだ。

 

「しかし、魔法が使える人間はわずか。故に、価値は釣り上がる。しかし、それを解決できるかもしれない。『パラサイト』なる妖魔は、ある意味では希望だ」

「……! 魔法師を増やしたいのか?」

 

 目の前の老人は、四葉でしか価値のない筈だった「精神構造干渉」に意味を見出したのだ。

 人造魔法師にパラサイトを取り憑かせ、上手く行ったものを人間に戻す──そんなアイデアを考えつくとは。

 

「本来、魔法師の人生は自由であるべきだ。軍人になることも、戦闘魔法師になることも……自由。だが、現状は深刻な人員不足によって、兵器であることを余儀なくされる魔法師ばかり」

 

 魔法科高校は全国に9校。それらを合計した1学年あたりの総生徒数は1200名ほど。毎年、生産できる魔法師の上限だ。

 

「非魔法師を後天的に魔法師化できれば、魔法師の価値は必然的に下がる。いくらでも、非魔法師はいるのだから」

 

 兵隊は畑で採れる、という言葉を思い出した。旧ソ連時代のジョークだったか。

 一時的でも、魔法師の数が増えれば……次世代の魔法師も増える。皮算用な部分が大いにあるような気がするにせよ、烈の言いたいことは分かった。

 

「この『人生最後の計画』は、私1人では出来ない。当たり前だ。君の魔法ありきなのだから」

 

 要は取引である。四葉以外の居場所を探すおれに対して、居場所を提供する代わりに……九島烈の共犯者になれという話。断るに決まっている。

 

「──まぁ、そう言うだろうとは思っていた」

 

 拒否すると、あっさりと烈は引き下がった。

 

「まぁ、君も魔法師だ。私が君の人生を強制するのも違う。心変わりするまで待つさ」

「その頃には死んでないか?」

 

 そうかもしれない、と彼は素直に頷く。この妙な物分かりの良さ……怪しさしかないのだが、現時点ではその理由までは分からなかった。

 

「君に協力してもらえると助かる、というだけだ。──伝えたいことはもう話した。今日はこれにて失礼させてもらうよ」

 

 九島烈は立ち上がり、応接室から去っていった。

 残されたおれは、1人考え込む。あの余裕っぷり。別のプランも思いついているに違いない。自分の孫にパラサイトを注入するくらいだ。特殊な活用方法を思い付いていてもおかしくない。

 

(どうすんだ、コレ……?)

 

 今、おれはいくつかの選択肢がある。どれも、九島烈の開示した計画に対するアクションだ。

 

 1. 元老院に情報を流す

 

 安牌の選択肢。四葉に残る場合、スポンサーの意向に従って仕事をする訳だから、恩はいくらでも売って損はない。ただ、おれは四葉に残留したくなどないのだ。よって除外。

 

 2.九島烈の話に乗る

 

 精神構造干渉を酷使することになるし、何よりおれのメリットが少なすぎる。それに、パラサイトを運用すると、元老院と真っ向対立すると分かっているのだ。あのジジイと心中する羽目になるのはまっぴらごめん。

 

(……そうなると。パラサイト問題を何とか世に知らしめた上で、無理やり社会に「四葉夜久」という存在の需要を作る。これが最善策になる訳だが)

 

 それが出来れば苦労しないのである。

 実家や元老院のリソースなしに、隠された真実を世の中に開示して、訴え出ることが出来るというのならば……おれは退学処分されたりしない。

 

「困ったな……」

「──四葉先輩? いらっしゃいますか?」

 

 突如、応接室の扉が開く。そこから、泉美が顔を覗かせた。

 

「あまりに遅いものですから。様子を見にいくように、と言われて……」

「あぁ、ごめん。今行くよ」

 

 ソファから立ち上がり、泉美のあとに続く。考え事は後回しだ。九校戦絡みの書類仕事が待っている。

 

 

 

 

 

 

 悲痛な顔のまま固まっているクラウド・ボール部の部員。おれは彼の目の前で、思い切り柏手を打った。正気に戻すためだ。

 

「い、今なんて……」

「今年の九校戦からクラウドは廃止。よって、君の選手内定は取り消し。残念だが、もう決まったことだから」

「そ、そんな……! あんまりだ!」

 

 早めに選手を決めて通達していた生徒会側も悪い気はする。とはいえ、こうなる可能性は普通にあったのだ。長年、変更がなかっただけで。

 

「文句があるなら運営に言ってくれ。それじゃ」

 

 そう言い捨てて、踵を返す。隣にいた泉美がさっと一礼して、おれに着いてきた。

 

「……もっと揉めるかと思いましたが。案外、すんなり話が進みますね」

「まぁ、会長が行くよりかは話が纏まりやすいだろうな」

 

 四葉の名は悪い意味で、世の中に轟いているのである。

 

「ところで……先輩。少しだけ、お話ししたいことがあるのですが。お時間いただけますか?」

 

 泉美がカフェテリアを指差す。まだまだ外回りは残っている。休憩がてら、話を聞くのも良いだろう。そう思い、提案を受け入れた。

 

「どうぞ」

 

 カフェモカを差し出す。自分のアイスコーヒーを買うついでに、彼女の分も購入したのだ。

 

「わっ、ありがとうございます。……先輩って、意外とまともですよね」

 

 そんな軽口を叩きながらも、彼女は素早く遮音フィールドを展開した。

 

「この前……先輩、九島閣下とお会いになっていたでしょう。私、話を少し聞いてしまったんです。閣下の『計画』とか」

 

 部屋の外から聞かれていたらしい。気付かなかった。事象改変こそ敏感だが、ドアを挟んで向こうに誰がいるかなんて分かる訳がない。

 

「でも、閣下は気づいていたみたいです。鉢合わせしてしまって……。冗談混じりに『盗み聞きはいけないよ』と叱られました」

「へぇ……」

 

 わざと聞かせていたのか。だとすると、何故?

 

(娘経由で情報が流れても問題ない……ということは。自分が死んだら、七草家当主に計画を引き継がせる? いや、九島光宣と少しも関係ないのに?)

 

 何もかも謎すぎる。現状、何も見えてこない。

 

「……私も七草の娘です。パラサイト事件が深刻な被害だったことも知っています。それなのに、また問題を掘り起こすなんて……正気の沙汰とは思えません」

 

 思っていたよりもしっかりした少女なのだな、と感じた。「強くなる!」と大騒ぎしている七宝琢磨は、彼女を見習うべきだろう。

 

「しかも、父が関与してる可能性までありますから。いくら家族でも、見過ごす訳にはいかなくなってきているんです」

 

 七草家本邸に、大陸出身の方術士が矢鱈と出入りしているらしい。盗み聞きした使用人から話を聞き、彼らが「九島烈の紹介で来た」と分かったようだ。

 

「……パラサイトを実用化するための人材をスカウトしているのか」

「おそらくは」

「なるほど……。──それで? わざわざおれに話した理由は?」

「簡単なことです。先輩が父たちに与することのないよう、先手を打っただけに過ぎません。……まぁ、協力してくれるならありがたいですけれど」

 

 コーヒーをストローで吸いながら考える。

 つまりは、泉美に協力するか否か。そもそも、何をもって九島烈を止めるのかもいまいち分からない。

 

(ただ、リスクを度外視して踏み切ってみるのもありか……)

 

 どう転んでも、自分は前に進まなければならないのである。どの道誰かと協力せねばならないのであれば……自分の感覚に従うべきだろう。




そろそろ女キャラも出さないとな……というバランスの問題から、七草の双子にフィーチャーしつつ、九校戦とパラサイドールで大騒ぎ。この章のコンセプトはそういう感じです。
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