九校戦の競技変更によって、ただでさえ多い生徒会業務は倍増した。誰が変更したのか知らないが、本当に迷惑な話である。
ただ、この未曾有の事態を前にして「助っ人」を呼ぶことになった。そのおかげで、メンバーそれぞれが担当する仕事は大幅に削減。
「お兄様、お茶のお代わりはいかがですか? ──夜久くんもどうぞ」
「達也さん! 肩、凝ってないですか?」
約2名、ご機嫌な人間も増え……生徒会室は非常に平和だ。ようやく深雪も、おれに優しくなった。最近は全員分のお茶を淹れてくれる。心なしか、あずさや五十里の顔色も良い。
「あぁ、2人ともありがとう。だが、今は結構だ。──四葉、少し良いか」
人前なのだから、その呼称は当然と言えた。だが、どこか奇妙な心地がする。
「何だ?」
「ここでは話せない。着いてきてくれ。──深雪、お前もおいで」
「はい!」
深雪が花のような笑顔を浮かべて頷く。その背後では、ほのかが絶望という概念全てを煮詰めたような表情のまま固まっている。
多分、ロクな話ではない。聞いたって仕方ないので、ほのかは関わらずに済むことを喜ぶべきだと思うが……恋する乙女の心は難解なのだろう。
「──こんな所に呼び出して悪かったな」
どこへ連れてこられるのかと思えば、かなり意外な場所だった。校内の端にある機材倉庫だ。
「見てくれ」
達也がそう言いつつ、奥から布に包まれた細長いものを運んできた。紐を解き、巻きつけられた布を取ると……現れたのはメイド服姿の少女。だが、もちろん人間ではない。
「普通の3Hだよな?」
ヒューマノイド・ホーム・ヘルパー。通称、3H。ホームオートメーションシステム用の外部端末だ。
「中を見てみろ」
そう言いつつも、彼はボディを開けたりしない。つまり、情報を見ろ……ということ。こんなロボット相手に? 訝しく思いながらも、エイドスをチェックした。
「嘘だろ……」
「事実だ。内部にパラサイトが寄生している」
見覚えのある構造パターンが、OS内で何故か構築されていた。
「魔法演算領域もないのに? 何故?」
「……ほのかと想子供給リンクが形成されているのよ。色々あって」
深雪の言葉から、おれは思索へと入る。
要は、この3HはCADと似た状態なのだ。システム部分が、一種の感応石のようになっている。だから、想子を吸収できるよう変化した。
(待てよ? 人間じゃないのなら……)
ある疑問が浮かび、おれはそれを達也に尋ねる。
「自己保存欲求は残っているのか?」
「残っていない。『本人』がそう話した」
今は機能停止させているが、電源を入れるか?と聞かれた。迷ったが、やめておくことにした。
「……それにしても、なんでこんな場所に隠していたんだ?」
「本当は生徒会室に置いておきたかったんだが、俺が生徒会に入れなかったからな。置き場所に困って隠しておいた。だが、新年度に入って、ここも人の出入りが多くなりそうでな。今のタイミングで、生徒会の備品化しておこうと思ったんだ」
おれはパラサイトに対抗できる技術を持っている。だから、事前に情報共有しておこうということらしい。
「ただ、お前を呼んだ目的はもう一つある。──深雪、コイツに『あれ』を見せてやってくれ」
「はい」
差し出された端末の画面を覗き込む。電子メールのスクリーンショットだった。文面のところのみ、トリミングされている。差出人を見せたくないのだろうか。
「九島家が新兵器を開発中……? テストは九校戦で行われる? 嘘だろ……」
「知らなかったのか? てっきり、九島烈の訪問はそれ絡みだと思っていたが」
「孫の話とかしていたぞ。……ただ、新兵器には少し心当たりがある。おそらく、パラサイトを使う筈だ」
パラサイトのことを「希望」とまで、烈は形容した。使わない訳がない。
「……そんな」
深雪は口を小さな両手で押さえた。九島家の異常なまでのパラサイトに対する執着。ショックを受けるのも当然である。
「なるほど……。どこかで見られたな、ピクシーを」
達也は納得したように、3Hのボディを軽く叩いた。どうやら、愛称はピクシーのようだ。正式名が「P94」だか「P9-C」だかなのだろう。
そして、おれもおれで事の次第を理解していた。九島烈がとりあえず用意したプランは「パラサイトをヒューマノイド型ロボットに搭載する」というものに違いない。確かに、非魔法師を魔法師にするよりはずっと簡単だろう。
「外に持ち出してたのか? 迂闊すぎるだろ」
「パラサイトの位置を調べるため、仕方なくだ」
当時は情報も錯綜していたから、使える手段は全て使うしかなかった。分かっている。分かっているのだが……。隠しておいてくれれば、九島烈は今も大人しかったのではないだろうか。そう思わずにはいられなかったが、文句は飲み込んだ。
きっと、どこか別の場面では誰かがおれに対して……似たようなことを思う場面もあっただろうから。
◆
一卵性の双子というものは、何もかも同じ。容姿も、遺伝情報も。香澄は泉美で、泉美は香澄。昔は特にそうだった。
(そして、ボクたちは魔法演算領域の形まで一緒……。だからこそ、2人合わせて強力な魔法が使える)
でも、全てがお揃いなこと。それは、必ずしも良いことばかりではない。見分けだってつかなくて困る。だから、髪型を分けた。香澄がショートカットで、泉美がミドルボブ。それが理由かは分からないけれど、性格もだんだん分化していった。もう、香澄は泉美じゃない。逆も同じ。
「……だからかなぁ」
スキンケアをする片割れをじっと見て、香澄は小さく呟いた。双子は寝る前に、どちらかの部屋に集まる習慣があった。
「へ? どうしたんです、香澄ちゃん。浮かない顔しちゃって」
鏡に目を向けたままではあるものの、泉美は香澄のぼやきに反応した。
「泉美の考えてることがよく分からんね、って話。ま、最近のお父様が輪をかけて変なのは否定しないけどさ」
「……私、分かりやすい方だと思いますけど。香澄ちゃんに対しては、特に」
手入れが終わったのだろう。泉美はドレッサーから離れて、香澄の方へと寄ってきた。
「そうかなぁ?」
「えぇ、そうですよ。──手、出して」
手を握り合うことで、意識して魔法演算領域を連結できる。床に放り出された香澄のCADが、起動式を吐き出した。瞬時に、強力な遮音フィールドが形成される。
「香澄ちゃんの言いたいことも分かるんですよ。自分たちに関係あるかと言われると、そこまで無いですし」
「実際そうじゃない? お父様が痛い目見ようが、どうでもいいって気はしてるよ。正直」
元々、弘一が妙な行動をとること自体は珍しい話でもなかった。あれは、もう趣味のようなものなのだ。他家の取引相手に接触したり、ちょっと怪しげな献金パーティーに参加したり。それらで家族が割を食うことも、一度や二度ではない。けれども、少々知人に嫌味を言われる程度。十師族の座は、今のところ揺らいでいない。
「でも、私たち……確実に九校戦には出るんですよ。それを分かっているのに、パラサイトを使った実験を平気でやろうとしているお父様たちに、私は正直不信感を抱いています」
「そ、それはそうだけど。ならさ、泉美には何か策があるの?」
「え、無いですよ」
泉美のアッサリとした返答に、香澄は唖然とする。
「嘘っ!? あれだけ『お父様を止めないと』と言ってた癖に?」
「だって……。じゃあ、逆に香澄ちゃんは何か思いついてる?」
「そんなのある訳ないじゃん!」
「でしょう? 香澄ちゃんがそうなら、私だって一緒ですよ」
香澄は呆れ返ったが、それと同時に……ホッとしてもいた。自分と泉美は違う。分かっていても、時折共通点を探したくなる。そして、見つかると安心する。
「……え。でも、どうする気?」
「出来る人にやってもらいましょう。もう頼みました」
泉美はにっこり笑って、メッセージアプリの画面を見せつけてくる。
「よ、四葉先輩じゃん……」
「えぇ、そうですよ。生徒会で関わりもあるので」
「……絶対やめた方が良いと思うけどなぁ」
止める、を拡大解釈しそうだ。九校戦を台無しにする度で考えれば、父親と大して変わらないのでは無いだろうか。
「将を射んと欲すれば……先ず馬を射よ。そういうことですよ」
しかし、泉美はそう思っていないようだった。
「四葉家を動かす気? 無茶だって」
「いやいや。……難しく考えすぎ。──それに、四葉先輩に頼むメリットは他にもありますよ。一条と繋ぎが取れるという」
北陸が地盤なので、一条家は七草に忖度する必要が無い。情報をリークすれば、本来ならこの問題はすぐに解決する。だが、弘一がその対策をしていない訳がない。
「最初に考えて『無理そうだね』となったルートじゃない? それって」
九校戦に対する工作のため、九島烈が国防軍のある一派と接触していることまでは分かっている。そのグループは「開戦強硬派」。有力なメンバーの1人、酒井大佐は「佐渡侵攻」の際に一条家に援助を行った人物だ。恩があるゆえ、中立がせいぜいだろう。息子が巻き込まれる可能性があったとしても。
「単に、四葉先輩が動くだけですよ? 私たちも一条も……巻き込まれたんです。そういう体裁で行きます」
言いたいことは分かる。しかし、夜久にメリットはあるのだろうか。動いてくれる、というのは楽観的な見方の気がした。
「大丈夫。私の『ロマンチスト』センサーがビビビと来ています」
「は?」
普段は「少女趣味」呼ばわりすると怒る癖に、今日の泉美はお茶目にそう言った。自分から言い出すなんて、初めてのことだ。しかも、親指と人差し指で丸を作り……右目に当てるポーズまで取って。だいぶノリノリだ。
「馬に蹴られないよう、ラブコメのお手伝いをするんです。──香澄ちゃん。明日、時間あります?」
「あるけど……」
「良かった。実は、一色愛梨さんとお会いする約束をしているんですよ」
香澄はようやく、泉美の「ラブコメ」発言の意図が分かった。
「なるほどね」
「……人の恋路を応援する。それを頑張るだけで、お父様を止められる。すっごく、コストパフォーマンスが良いですよね?」
夜久は、愛梨に九校戦で活躍してほしい。去年、途中までしか出場出来なかった分まで。また、愛梨も……夜久に対して似たようなことを思っている。純粋なまでの愛。
そして、愛は恐ろしい。行き過ぎれば、国までも滅ぼせてしまう。既に証明されている。
「泉美ちゃん……。やっぱ、ちょっとお父様に似てると思うよ」
「失礼な」
重ねられていた双子の手が離れる。魔法がキャンセルされ、障壁が消えた。明るい笑い声が、部屋の外にまで響く。何も知らない使用人がそれを聞いて、柔らかな笑みを浮かべていた。
◆
休日、おれはまた金沢へと足を運んでいた。愛梨に会うためだ。落ち合う先は、金沢魔法理学研究所。一条家のテリトリーだが、今回の「相談」をするにはピッタリの場所。小会議室に入ると、既に彼女が待っていた。
「──世の中で、私たち……公開恋愛してることになってるみたい。七草家の末娘が『リアリティ番組を見てるみたいです!』と言ってくるくらいには」
開口一番、愛梨が愉快そうな顔でそう言ってくる。この前、七草の双子とアフターヌーンティーをしたらしい。
「知ってる」
泉美からざっくりとした計画を聞いた時に、同じことを言われていた。
愛梨とは婚約をしている訳でも、正式に交際している訳でもない。おれたちの関係性はかなり中途半端だ。それに、彼女の父親は今も娘にやたらと見合いをさせている。反対されている(一般的に見ても、誰だって反対する気はするが)のに、自分の意思をずっと貫いている……と、女性魔法師の間で愛梨は「あこがれの存在」らしかった。
「……パラサイドール問題を、感情的な問題にスライドさせて世論を爆発させる。確かに、良いアイデアではあるが」
後輩の提案は稚拙ながらも、かなり本質をついていた。
全ての人が専門的な知識を持つとは限らない。政治などは尚更。だから「簡易な手がかり」を使って、物事を判断してしまう。分かりやすいことしか、人は理解できない。
「さっき、一条家の御当主と話してきたけど。出来るだけの支援はしてくれるそうよ」
九島家へ探りを入れたり、形だけとはいえ「強硬派」に忠告をしたり。最低限の手助けの確約は、既に将輝からも聞いていた。まぁ、将輝自身はもっと深くこの計画に関与する気らしいが。それは、七草の双子もそうである。言い出しっぺなので当たり前だ。
「魔法師の『人間らしさ』は、反魔法主義者のアピールにもなるかもしれない……そうも言っていたわ」
「意味は周囲が勝手に決めたら良い。──おれの願いはシンプルだ。次こそは、九校戦で愛梨が思い切り戦えたら良い……ってだけ」
本当に「やりたいこと」はそれだ。少なくとも、美しい思い出を作らなければならない。彼女への、せめてもの贖罪。
「うん。私の気持ちも同じ。去年……すっごく悔しかった。くだらない陰謀1つで、全ての努力が崩れ去ってしまったことが」
「二度と起こさせない。約束する」
「……もう。──だめよ、夜久くん。『私たち』がさせないの」
私たちはいつだって、一緒なの。愛梨は優しい目でおれを見つめた。
「……あっ、でも。優勝は三高だから。貴方たちにはあげないわよ」
「まだ決まってないだろ。始まっても無いのに」
おれたちはしばらく睨み合う。耐えきれなくなり……どちらかともなく吹き出した。