さまざまな思惑が裏で蠢いているとはいえ、九校戦自体は入念な準備が必要だ。多くの選手やスタッフは、もう練習に入らねば間に合わない。深雪やほのかはもちろんのこと、一年生たち──光宣や琢磨も、本番に向けての対策に注力していることだろう。問題児だろうが、新人戦勝利のためには出すしかない(この論自体は、達也の受け売りだが)という訳だ。
しかし、おれはまだ生徒会室で頭を悩ませていた。練習もせずに。
「──どう考えても、それぐらいしか無いよな……」
「やっぱり『ピラーズ』に出て欲しいんですがね……」
あずさがタッチパネル端末を叩きながら言う。
実は、おれの九校戦出場競技申請が、大会本部に受理されなかったのだ。「アイス・ピラーズ・ブレイク」で出したというのに、何故か「もう一度考え直さないか?」と遠回しに書いた返事が届いた。
要は「十師族同士を被せるのはもったいない」という話。確かに、どちらが負けても損というのもある。外野は呑気に「十師族直系の激突!」とはしゃぐだけで良いだろうが。
「実際のところ、どうなの? もしも『クリムゾン・プリンス』と氷柱倒しをやったとして」
だからこそ、五十里のそんな疑問は当然なものとも言えた。「一般人らしい」という意味で。
「確実ではありませんが。おれが勝つ……最悪でも引き分けの可能性が高いでしょうね。負けそうなら、軍側もそんなこと言ってこない筈だ。──別に2種目出場に拘ってる訳でもなし。誰か代役を立てても良いんじゃないですかね」
本部は、全国の魔法科高校生の成績を見ている筈だ。ならば、おれの構築スピードの速さも把握しているだろう。「爆裂」発動前に干渉力で塗りつぶされる、という面白くもなんともない絵面になる可能性が高い。
四葉の評判はいくら下がっても良いだろうが、一条の評判が下がるのは軍にとって困る。日本海側の防衛を一条家に委託している、という事情があるからだ。そういった諸々の問題の複合体が「出場しないでくれ」という要請の正体だ。
「……四葉くん。本当に良いの?」
五十里がおれの背後に回って、耳元でそんなことを囁いてきた。
「え、何すか。急に」
「……いやね。ここで『おれは絶対に氷柱倒しに出る』ってゴネて欲しくて」
「あ……なるほどな」
メチャクチャわがまま言うので、仕方なく……という流れを期待していたようだ。
「じゃあ……そういうことで」
「了解ね。では、四葉くんは『アイス・ピラーズ・ブレイク』出場、と……。説得しても変えられなかったので、ごめんなさい!」
茶番にも程がある。おれは呆れてしまった。
「よし! ──でも、まだまだ問題はあるんですよね。外部の練習場が使えない、とか」
「元々、一高が借り上げてるんじゃないんですか」
「そうなんですけど……」
反魔法団体の嫌がらせなのか、最近よくそこで座り込みされているらしい。無理やり退かせると余計にトラブルになりそうで、交渉は難航しているという。
「今は北山さんのお家のご厚意で……別場所を使う手筈になっているんですけど。とはいえ、あっちをそのままにしておくわけにもいきませんし」
「とは言ったって……どうするんです?」
皆殺しにしろ、とかならすぐ解決させられるが。
「解決策がてんで見つからないからこそ問題なんですけどね。──でも、ここだけの話。こういう面倒な反魔法団体たち、どうやら一部は七草家の御当主が焚き付けているらしいんですよ」
「なんでそんな話を?」
「……真由美さん、実はその仕事に加担させられているんです」
「へぇ……そうなんすか」
七草の双子が、おれに話を持ちかけてきた理由が何となく分かった。いくら父親に対しておかしいと思っても、それだけで止める結論に至るとは思えない。そう考えていたのだ。2人はきっと、姉のことが大好きなのだろう。
「それにしても……どうしてなんだろう。七草家がそんなことするなんて、変だよね?」
そうでもない。反魔法主義に、魔法力で対抗するのは悪手だ。話が拗れてしまう。だから、迂遠な手段を取ること自体は問題ない。反魔法主義者を焚き付けようが、何しようが。結果的に上手く行くならば。しかし、手の内が既に……このように外部に漏れているのは駄目だろう。少なくとも、あずさなんて完全な部外者に違いないのに。
(九島のジジイ……七草を引き込むために「四葉が見せた夢」のカラクリを話したな?)
大方、四葉への対抗心が「反魔法主義者を自分も抑え込める」という方向に発露したというところか。そして、七草弘一のこの行動を九島烈が止める筈もない。彼は「パラサイトが人々の夢を実現する」と思っているのだから。
完全に役満だ。しっかり、元老院の方針とかけ離れている。そこまで考えて、黒羽が既に動いていると思い出した。つまり、元老院は状況をだいぶハッキリと認識している。そう言って差し支えないだろう。でも、黒羽に調査をさせているということは、四葉が九島と七草の悪事を暴くということを意味する。
(昔のおれなら、こういう展開を手放しで喜んでいただろうが)
烈の懸念ではないが、四葉一強時代の到来はおれにとっても不利だ。なんとかしなければ……。
「──……くん。四葉くん?」
「どうしたんですか? 急に固まって」
気づけば。あずさと五十里が、おれの顔を覗き込んでいた。
「……いや。大変なことが多いな、と」
「本当にそうですね」
あずさがしみじみと頷いた。会長になってから、苦労ばかりしている気がする……彼女はそうも続けた。
「けどまぁ、意外と何とかなるものです。今となっては、四葉くんも心強い仲間ですし」
「確かにね。こういうことを君と一緒に分かち合えるなんて思わなかったな」
「えぇ」
おれも頷く。結果論とはいえ、生徒会入りもそう悪くなかった訳で。
「……とりあえず、九校戦は頑張りますか」
やるべきことが山積みだ。少なくとも、七草の双子とは改めて方針を詰め直す必要がある。おれたちはお互いに……持っている手札を開示すべきなのかもしれない。
◆
夜、10時ごろ。琢磨はトートバッグを抱えて、都内にある公園のベンチに座っていた。繁華街に近いからか人の声が聞こえてくる。しかし、その騒々しさの中でも、彼は着々と術式の準備を進めていた。ここからだと、七草邸まで直線距離で約10キロ。探査術式を打って、バレたとしても「飛ばしすぎました」で誤魔化せる……本当にそうなのかは分かっていないが、琢磨には根拠のない自信だけがあった。
(……九島はああ言ってたけど、関東で七草にバレずに好き勝手できるのは四葉くらいだろう。逆にいえば、間違いなく七草は関与している)
奈良まで行って旧第九研に忍び込んだにも関わらず、2人は何の成果も得られなかった。つまり、パラサイドール製造は別場所ということだ。故に、七草家に探りをいれなければならない。
別に誰かに頼まれてもいないのに、琢磨はやる気に満ち溢れている。それは「元老院」の一員という妙なプライドからだ。パラサイトをばら撒く巨悪を打ち倒さねばならない、そんな風に思っていた。
(あの「ピクシー」というヒント。やはり、七草真由美は関係しているんじゃないか?)
斜め上の解釈から、彼はこうして夜間外出をしているのであった。
「──前も教えてやったのに。古式だって、事象改変そのものは誤魔化せないと。人のいるところでやる魔法じゃないんだ」
背後から声がした。びくり、と琢磨は身体を震わせる。絶対に会いたくない人間。辺りを見回す。気づけば、すっかり人がいなくなっていた。
「なんでここに……。また、なんか悪巧みか!?」
「悪巧みしてたのはお前だろ」
おれはこの辺で飯食ってただけだよ。そう言いながら、夜久は背後に親指を向けた。釣られて琢磨も、彼の背後を見る。
「さ、七草……」
泉美と香澄、そして真由美。七草家の三姉妹がこちらへ歩いてきた。七草邸に式を飛ばすまでもなく、ターゲットは周辺にいたのだ。
「七宝、お前さぁ。何のつもり?」
「いや……」
香澄がずい、と琢磨に詰め寄る。だが、彼はモゴモゴと口を動かすばかりで、何も答えない。自分の抱える事情を詳しく言える訳がなかった。
「元老院で何か聞いてきたか? お前のところが噛んでいなくても、噂話くらいは流れていてもおかしくない」
ハッ、と顔を上げた琢磨。その表情は驚きに満ちている。彼女たちの前で、夜久が「元老院」のワードを出すとは思わなかったのだ。
「その反応。さっきまで、私も半信半疑でしたが……。やはり、あるんですね? そういうセクションが」
泉美の言葉に、夜久が「その通り」と頷いた。彼は愉快そうな顔で、真由美の方を見る。
「セクションというよりは、フィクサーだけどな。──どうです? 七草先輩。事態があまり良くないものだと、理解してくれたかと思いますが」
「……え、えぇ」
彼女の顔色は悪かった。そもそも、今日の食事会も流れで参加したのだ。現地に着くまで、単なる「姉妹水入らずの集まり」だと思っていたのである。なのに、蓋を開けてみれば……夜久が同席していて。飛び交う話題は、きな臭いものばかり。救いは、この場を設けた妹たちが「自分のことをとても心配してくれている」という事実だけだった。
「だが、おれは四葉が問題を解決することを望まない。なぜなら……」
四葉家を出て行きたいから。
初めて、夜久は「自分の願い」をハッキリと口にした。しかも、人前で。
「だから、この話が大事になる前に止めたい。少なくとも、おれは七草から恨みを買いたくないし。既に一度……痛い目も見ている」
「あっ、あれ一応反省してるんだ」
香澄がそう言うのを、真由美が小声で「コラッ!」と咎めた。
「けどまぁ。七草先輩、アンタには期待外れだったよ。とはいえ、止められるようなら最初からやる訳ないもんな。家の仕事、というのは……親の言うことを聞くしかないからやるものだ」
「ちょっと! お姉ちゃんに何てこと言うの」
「香澄! ……いいのよ、事実だから」
真由美が俯く。夜久の言葉はだいぶ暴言に近いものだが、痛いところを突いてもいた。
「でも……夜久くん、貴方もそうなのね?」
「否定はしない」
夜久は真夜および黒羽を止められないし、真由美は弘一を止められない。その点で、よく似ていた。
「お姉さまも、四葉先輩も。難しく考えすぎではないでしょうか。確かに、計画そのものを止めることは『平和的解決』と言えますが……どだい、無理な話。なら、さっさと諦めて当初の目的通り、当日の安全確保に留めるべきでは?」
泉美が身も蓋もないことを言い始めた。言い出しっぺは、彼女だったというのに。
「そもそも。四葉先輩は、一色愛梨さんが無事ならそれで良い筈ではありませんか。何故か、話を大きくしていますけれど」
「それは……おれが、四葉を出て行きたいから」
大丈夫ですよ。泉美は笑ってそう続けた。
「少なくとも、私たちは先輩の味方でいるつもりですよ」
そうですよね?と、彼女は姉たちに尋ねる。ただ、2人は何とも言えない顔をしていたが。
「でも、泉美ちゃんの言う通りよ。それに、十師族選定会議までは時間がある。もしかしたら、それまでに別件で四葉家を牽制できる可能性だって」
夜久は呆然とした顔で、三姉妹を見た。彼にしてみれば、普通に「自分が社会に受け入れられる」未来なんて想像出来なかったのだ。しかも、一度トラブルを起こした七草家をまた敵に回してしまった場合の。
「まぁね。……ぶっちゃけ、四葉先輩ともそんなに仲良くしたい訳じゃないけど。何も知らない人よりは、親しみもあるよ」
ふっ、と夜久がおかしそうに笑う。あまりにも、歯に衣着せぬ言い方で面白くなったのだ。
「……ありがとう。──さて、話を戻そう。七宝、お前……普通に魔法の不正使用をしているから、警察を呼んだら一発だぞ」
「お、お前だって! 何か魔法を使ってただろ! 普段、この公園がここまで人気のないことなんてない!」
事実、夜久は精神干渉系魔法を使っていた。しかし、彼が咎められることはない。なぜなら。
「さぁ? 想子センサー、今『壊れて』いるらしくて。途中までしか記録されていない。そして、壊れたから……中のデータはもう抜いて保存している」
「ひ、卑怯だぞ!」
喚く琢磨。夜久は、意地悪げな顔をしている。
「お前……出たいよな? 九校戦」
「……出たい」
「なら、こちらに協力するんだな。お前も、本番にパラサイトが大暴れ……なんて見たくないだろ? 人海戦術で、会場に納入する奴らをボコボコにする。それには人手が必要だ」
憔悴した表情を浮かべ、よく分からないなりに琢磨は首を縦に振る。彼の心は無力感に満ちていた。「七草」の悪事をこの目で見ているのに、何も出来ないことへの。
平和的に話がまとまったものの、このあと「司波達也&九島光宣&四葉夜久」という世界の終わりみたいな三つ巴が待っている訳で。この3人の中だと「穏便に済ませる」という選択肢が、夜久にしかないの大バグ過ぎますね。