琢磨が夜久に脅された日から、数日後。九島光宣は、珍しく客を自室に招き入れていた。彼の元を訪ねる人物など今までいなかったので、初めてのことである。お互いソファに腰掛け、机を挟んで向かい合う。
「ヨツバヨルヒサを殺したいハズ。ワタシ、知ってマース!」
「……よく知ってるね」
光宣は静かにそう返答した。理由なんてもはや無い。自分の納得のためだけに殺したかった。
「憎シミが見えますヨ〜。アンタの『ホントの位置』見えてマス」
エンゾはソファに座る光宣ではなく、自身の隣を指差した。光宣は、どきりとする。自分の「本当の位置」は、彼の示した位置とほんの少ししかズレていなかった。
「……無能、って訳じゃないみたいだ」
南米という無政府地帯。そんな地域出身とはいえ、それなりに能力のある術師なようだ……そう思い、光宣は更に警戒レベルを引き上げた。
「デモ、日本デ理由なく悪いコトすると捕まるヨ。一回、大変ダッタ」
光宣も頷く。実際、それが「夜久殺し」に踏み切れない理由だった。
「困るネ。故郷では呪い放題ナノニ」
それは、呪殺であっても例外では無い。これについて、勘違いされがちだが……一般魔法師が呪いを習得して行使した場合、ほぼ確実に逮捕される。それは、警察にも魔法師が多く在籍しているため。事象改変の痕跡があれば、想子センサーや監視カメラを経由して、数日で犯人は特定されるだろう。
古式魔法は、気の長くなる程の時間をかけるからこそバレないもの。または、独自の隠蔽ノウハウを持っているか。例えば、十六夜家が「呪詛」を秘密裏に継承できているのは、高レベルに使いこなせる魔法師が多いこと、証拠を消し去る方法があること……この2つが揃っているからだ。
「……ダカラ、どさくさに紛れて殺すしかないネ。それを頼みたいワケ」
「その『どさくさ』ってどのタイミングなの?」
「九校戦ダヨ」
夜久が「パラサイドールの排除」のために他の二十八家子息たちと結束していると、エンゾは説明する。七草と一色、一条。そして、七宝。彼らは演習林に納入されるパラサイドールを、開会式の夜に破壊しようと目論んでいる……その辺りの、既に把握していることを伝えた。
(……七宝まで。なんなの、それ……)
それを聞いて、光宣は強いショックを受けた。
夜久と自分。そこに何の違いがあるのだろう。同じ十師族直系。でも、愛されていなくて。愛されたくてメチャクチャで、どこまでも自分本位で……。それなのに、どうして「彼」は受け入れられるのか。あんなやつ、誰にも好きになってもらえなくて然るべきだ。今の自分みたいに。
(だって……あいつ自身「運が良かった」と言っていた。こんなの、ずる過ぎる)
絶対的と言える理解者がいて。しかも「四葉」の名前を使って上手くやっている。
どうして、自分は違うのだろう。健康な身体で生まれたかった。言うことを全て分かってくれる友達が欲しかった。ひとりぼっちは嫌だ。自分だけ、何も持っていない。
「……良いよ。協力する。四葉夜久の高い魔法感受性でも『仮装行列』を抜けないことは分かっているからね。──僕が、あいつを殺す」
「ソウ言うと思ったヨ。ヨロシク〜」
エンゾは再び光宣を指差す。その指先は、心臓にぴったり向けられている。「仮装行列」が意味をなしていないことの証左。でも、光宣は気にしない。それより、考えるべきことがあったから。
(お祖父様にお願いして、納入時の見張りに混ぜて貰わないとね。最近、あんまり話していないから……きっと喜んでくれる)
以前忍び込んだ旧第九研は、普段通りの稼働しかしていなかった。つまり、現当主の目が届く第九研ではなく、祖父の管轄している場所がある。ならば……きっと、話は早く進むだろう。光宣は、頭の中で算盤を弾く。烈の孫思いな気持ちも、ちゃんと計算に入れていた。
パラサイドールが倫理的に正しい存在なのか。そんなことも、最早どうだって良かった。姉同然に慕っている響子からの頼みも、頭から抜け落ちている。「今自分がやりたいこと」以外、彼は何も考えられなかった。
◆
司波家のリビングにて、何とも言えない微妙な空気が形成されていた。その理由は、1人の客人にある。
「──そんな気はしていましたけどね」
達也が端末をテーブルの上にそっと滑らせた。画面に映るのは「差出人不明」のメール。以前、彼が夜久に見せたスクリーンショットの元データだ。
内容はもちろん、九島烈による新兵器開発計画を告発するもの。どう考えても、九島家の内情に詳しい人間にしか出来ないこと。しかも、こんな特殊な形式を使って。出所を教えているも同然である。
「えぇ。……半分くらい、気づいてもらおうという気持ちで作ったわ」
客人は藤林響子。九島烈の孫である彼女は、達也の同僚でもあった。
「直接的に言えば、頼み事になってしまうのが嫌だった。でも……深雪さん思いの貴方は、いずれはこの問題で動くことになる。その時に、少しでもこの情報が助けになればと……」
「あまりにも詭弁でありませんか? それは」
テーブルに置かれていた3つのグラス。中に注がれていたアイスコーヒーが、少しずつ凍りついてゆく。
「お兄様のお力を借りたいのならば、正直に頭を下げれば良いのです」
深雪にしてみれば、腹立たしくてたまらなかった。
夜久ですら、素直に助力を頼みに来たというのに。彼は魔法至上主義者であり、割と「魔法で大体のことは解決する」と思っている。実際、それだけの魔法力はあるだろう。それでも、彼は「身の程」を弁えている方で、意外と四葉家内のパワーバランスを理解している。母親の気を惹こうとしつつ、ずっと顔色を窺ってきた少年だからかもしれなかった。
「狡猾な遣り口で、人を思い通りに動かそうなんて……傲慢よ」
達也は神の如き力を持っている。だから、世の人々が自らの手に余ることを彼に頼りたい……そう思う気持ち自体は責められない。人は弱いから。でも、兄を道具のように見做すことは大罪だ。
「……ごめんなさい」
響子は項垂れる。彼女も、内心では「達也くんを利用しよう、とまで思った訳ではないけれど」と思っていた。ただ、そう誤解されても仕方のないことをしたのも事実だ。
「──実際、深雪の身が危ない状況になれば……俺は動いたでしょう。その点では、藤林さんの忠告には感謝しています。それゆえ、今回は良しとしましょう」
深雪と響子の間に発生した諍いに対して、達也が特に何か思うことは無かった。彼の中にある感情は「妹が代わりに怒ってくれるというのに、自分の中で何が怒ることなのか分からない困惑」だけ。だから、響子をあっさり許した。
「……ありがとう」
「ところで、何故急に名乗り出たんです? 今のお話から推測するに、俺が動くまでは干渉しないつもりだったのでしょう」
実は、響子の側から達也たちにアポイントメントを取ってきたのだ。逆に、達也は発信元を特定しようとはしなかった(バレバレだったのも理由の1つではあるが)。これはおかしな話である。
「……達也くんの気が向くまで、なんて悠長なことが言えない事態になってしまったの」
お願い、光宣くんを止めて。悲痛な顔で、彼女は頭を下げた。高校生相手にはやり過ぎなくらいに。
「ちょっ、ちょっと……。藤林さん、落ち着いて」
深雪が慌てだす。先程、響子の行いを咎めたとはいえ、彼女のそんな姿を見たいわけではなかった。
「何があったんですか? 光宣くん、と言うと……要は、私たちの下級生である九島くんのことですよね?」
「えぇ。実は……」
ぽつぽつと響子は話し始める。
光宣の言葉なら聞き入れてもらえると期待して、彼に烈の奇妙な動きについて情報を流したことを。
「あんな遠回しじゃなくて、ちゃんと直接会って話せばよかった……」
強い後悔の念が、響子の心に広がる。弟のように可愛がっていた従兄弟(実のところは異父弟だ)を信じた故の行動。しかし、当の彼は烈についてしまった。つまり、祖父を止めなかったのだ。
「ふむ……。まず、彼に正義感のようなものを求める方が、間違っていると思うのですがね」
第一高校の入学式での演説。そこで、彼は「魔法師は兵器である」と話したのだ。どう考えても、普通の倫理観とは異なる考え方を持っている。そう、達也には感じられた。
「……昔は可愛らしい子だったのよ」
響子の瞼の裏に、ベッドに横たわって弱々しく笑う光宣の姿が映る。咳き込みながらも夢を語る彼は、いつだって目をきらきらさせていた。
──元気になったら、友達を作りたい。
──お祖父様みたいな、すごい魔法師になりたい。
──響子姉さんみたいに、九校戦で活躍したい。
ベッドの住人だった光宣は、魔法師のことを「兵器」なんて言わなかった。自身の運命を呪わなかった。ただずっと笑顔で「自分らしく生きたい」と話すのみ。その直向きな姿に、響子は心打たれていた。
「……それは、彼の一面でしかなかったのでしょう」
「そんな……」
「人は誰しも、自分だけの意思がある。善悪はともかくとして、自分らしく生きることを望むことが出来る……だから、我々は『人間』なのでしょう」
冷静に話しつつも、達也の目は今を映していなかった。
あの日。2092年の8月11日がリフレインする。
──ここで、死なせて?
伸ばした左手が押し留められる。どうしようもない無力感。自分には「この人」の意思を揺らがせないのだ、という自覚。どんな力をもってしても、彼女を止められない。
「とはいえ。九島光宣の考えについては、全く同意できません。ですが、彼がそうした意見を持つこと自体は自由な筈ですよ」
個人的な背景から、達也は「魔法師は人間だ」と信じている。魔法師たちが持つ力。その振るい方を、別の誰かに決められることを許してはならない。でも、彼と光宣は全くの無関係。こちらに迷惑がかからない限りは「好きにしろ」くらいしか言えないだろう。
隣に座る深雪が、達也の手をぎゅっと握った。閾値を超えた悲しみを溢さないように。兄が「桜井穂波」を思い出していると分かったから。
「ですから、九島光宣に対して……こちらから説得しろなど言われても無理です。やりたいなら、ご自身でやってください」
「えぇ。まずは、説得抜きにしても……ちゃんと、面と向かって彼と話してみるわ」
弱々しく、彼の言葉に響子は頷く。光宣と向き合わなかった自分を彼女は恥じていた。
「藤林さんもご理解されていることと思いますが。俺の『宿命』は深雪を守ること。それ以上でも、それ以下でもありません」
深雪がさらに強く、達也の手を握りしめる。
達也本人は気にしていないようだが、彼の語る「人間としての自由」と……ガーディアンとしての宿命は酷く矛盾していた。そうさせているのが、自分の存在だと思い知るたび、彼女は辛くてたまらないのだ。
「……だが。まぁ、パラサイドールの破壊くらいは手伝いましょう。実際に九校戦で運用されてしまうと、深雪の身に危険が及ぶかもしれない」
元より、達也は破壊を予定していた。わざわざ、それを教えるつもりもなかったが。
何かサポート可能ですか?と、問う。それに呼応し、すぐに響子が端末内のフォルダを開いた。
「そうね。ムーバルスーツの提供と、パラサイドールの位置表示くらいなら」
「十分です。会場内に運び込まれたタイミングで教えてください」
トントン拍子に話が進む。しかし、響子はそのスムーズさゆえ、逆に引け目を感じずにはいられなかった。結局、自分は達也を上手く使おうとしていたのだから……。彼女の中で罪悪感が膨れ上がる。
「達也くん、ごめんなさいね」
それゆえ、改めて謝罪の言葉が口から出てきた。
「そして……深雪さんも。貴女の言ってくれたこと、今ならよく分かるわ。不快な思いをさせて、すみませんでした」
「こちらこそ。頭に血が昇ってしまい……出過ぎた口を申しました」
両者が丁寧に頭を下げる。元々、憎み合っていた訳でもない。誤解が解ければ、何も問題は無かった。
「コーヒー、淹れ直しましょうか?」
「いえ、別に構わないわ」
一度凍って溶けたコーヒーを、響子は勢いよくストローで啜る。「清涼感」だけでは済まない冷たさが食道から胃までを通っていく。彼女は思わず目を見開いた。
「ふふふ」
表情がおかしかったのだろう。口元に手を当てた深雪がコロコロと楽しげに笑う。妹の可愛らしい様子を見て、達也もコーヒーに手を伸ばした。
九島光宣、わりと本作では悪役ポジになりそうなギリギリのバランスでやっているので、勝手に設定したイメソンを聴きながら書くことで悪くなりすぎないよう気をつけていました。
↓個人的イメソン「アイドル covered by ROF-MAO without 剣持刀也」
https://youtu.be/depVPQkSOiw?si=Ehl1kATADumxaP1p