魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第9話

 九校戦・新人戦開催期間。2年生以上にとっては穴場のタイミング。

 おれは愛梨を連れて、会場の外へと出ていた。ポケットの中には「手土産」。中身はというと、パラサイドールと九校戦をめぐる陰謀を詳らかにした録音データ。一条家当主が抗議を兼ねて、軍の対大亜連合強硬派の酒井大佐を締め上げてくれたのだ。彼は九島烈と七草弘一の協力者だったのである。知己とはいえ、息子が襲われれば怒るのも当然だろう。

 

「本当に上手くいくの?」

 

 向かう先は、横浜。正確には、魔法協会関東支部だ。

 

「やってみなきゃ分からない」

 

 そう言いつつ、魔法協会のロビーに繋がるドアを開けた。そのまま、奥へとズカズカ進む。誰も止めなかった。

 

「助かった。おれ1人だったら、準備に入るまでに一悶着あっただろうな」

 

 愛梨についてきてもらったのはそれが大きな理由だった。彼女の名義で部屋の予約を取ってもらったのだ。

 目的の部屋は、もちろんオンライン会議室。おれが何をしたいか。簡単なことである。緊急の師族会議を開くつもりなのだ。おれは十師族直系であり、一応召集権限があった。原則「当主と連絡が取れない等の非常事態」に限定されているのだが、おれはお母様と直接連絡する術を持たないのでOKだろう。

 

「愛梨はどうする?」

「悪いけど、先に帰らせてもらうわ。後輩のフォローもあるし。……頑張って」

「ありがとう」

 

 お互いの掌を合わせてから、しばらく目を合わせた。満足するまでそうしたあと、おれは部屋へと入る。しばらく待つと、モニターが点灯した。

 

「──皆さま、お集まりいただきどうも」

 

 珍しい「四葉」が発起人の師族会議ということで、参加を拒否するものはいなかった。お母様は出てこなかったが。

 

「早速ですが、このデータを確認していただきたい」

 

 ここで「手土産」の発動。元の持ち主である一条剛毅以外は、その内容に驚いた顔をする。横目で七草と九島のモニターを見た。知ってるだろうに、うまく驚いている。とんだ役者魂だ。

 

「……なるほど。ところで、夜久くん」

 

 七草弘一が口を開いた。お母様がいないのだから、師族会議の流儀に準えるならば……呼称は「四葉殿」で良い筈。パワーバランスを取ろうとしているのだ。

 

「どうぞ、七草殿」

「その告発に裏付けはあるのかい? 少なくとも、私は『初耳』だ。七草家は関わっていない。……九島家については分からないがね」

 

 九島家当主の九島真言が「ウチも知らない!」と鋭く入れ込む。だが、誰も取り合わなかった。九島烈の行動を知っていたとしても、この息子に止められると思えない。全員、そう思っているからだ。彼の「無能」さは、業界でも有名だった。

 

「いえ。──酒井大佐の妄言である可能性も高いですね。今のところは」

 

 七草家子女と繋がりがある上、おれは一度パラサイドールによる襲撃に遭っている。ここですぐ否定しても良かった。しかし、そうしない理由がある。

 

「だが、これはどう説明する?」

 

 録音データはもう1つ用意してあった。これは、九島光宣とホテル近くで落ち合っていた部下から吐かせたもの。気を失っていたから、簡単に回収出来た。

 

『……光宣さまがパラサイドールを所望なさり、そのために私は七草家より借り受けました。パラサイドールの管理そのものは、七草家が行っていましたから。必要な場合は、そちらに頼むしかなかった』

 

 新たな告発を流したおれは、首を傾げる。弘一は未だ微笑を浮かべたまま。余裕ぶっている状況ではない筈なのだが。

 

「九島閣下がパラサイドールのアイデアを持ちかけ、こちらで管理していたのは事実だ。認めよう。しかし、それは閣下の『ご乱心』を止めるためだった。かの御仁だけに任せれば、何をしでかすか分からなかった」

 

 雲行きが怪しくなってきた。コイツ、口が上手すぎる。だが、弘一の持つ力を削ぐのは、今後のおれの進退を決める重要なミッションだった。

 

「……失礼、四葉殿。発言をお許し願いたい」

 

 おれは思わず笑いそうになり、表情に出ないよう必死に耐えた。

 

「どうぞ、十文字殿」

「感謝します。そのお話では……1つの疑問点が浮上しませんか、七草殿。何故、九島光宣君の手にパラサイドールが渡ることを良しとしたのです? 録音データが正しければ、貴方もパラサイドール流出に手を貸したということになりますよ」

 

 確かに。光宣といえば、九島烈とは違う意味で強烈な男である。実際、パラサイトを再度取り込もうとしていた訳で。

 

「私は研究の許可を出しただけですのでね。別の用途に使われたことは、非常に遺憾に思っていますよ」

「そもそも出さなくて良かったんじゃないですか? 許可なんか」

 

 ここで、六塚家当主の六塚温子が口を挟む。四葉派の彼女は、ここでも「こちら側につく」と決めたようだ。

 

「九島閣下側の人員から要請があった場合、私には断れませんよ」

「……それのどこがストッパーだ」

 

 尤もな意見を述べたのは、一条剛毅であった。将輝を通して、彼とはグルなのでこちらへの援護射撃のつもりだろう。

 

(しかし、どうする……? 七草先輩たちの証言は、裏付ける物的証拠が存在しないんだよな……。このままだと、あっちに押し切られて終わるぞ?)

 

 手土産2つで全ての片がつく、というのは甘い見通しだったのかもしれない。

 

「九島閣下を止められなかったのは私の実力不足です。ですが、そもそも……九島家がしっかりしていれば、七草家としても首を突っ込む必要が無かったように思います」

「我々のせいだと言うのか!」

 

 しかも、勝手に二家間で揉め出した。

 ちなみに、九島烈本人は素直に罪を認めている。ただ、光宣を守るためか……七草家の関与についての追求は徹底的に口を閉ざしているのだ。関わってることなんか、明らかだというのに。

 

(そうか!)

 

 おれはあることに気づく。そもそも、おれたちはパラサイドールに襲撃されているのだと。

 

「九島閣下は『魔法師自由権論』を掲げているのに……わざわざ、二十八家子息を襲おうなんて考えるのか?」

 

 極端な話、おれだけを襲うなら納得できる。しかし、あの老人が「将来有望な若者」を再起不能にするようなことはしない筈だった。

 

「それもそうだ!」

「七草殿の入れ知恵だろう!」

「貴方が老師を良いように使っているのではないですか?」

 

 こちらの独り言に呼応して、当主たちが口々に攻めへと転じる。七草家の信用のなさがかなり出ていた。日頃の行いという奴だ。

 

(……とりあえず、形勢逆転。何とか時間を稼ぎたい)

 

 起死回生の閃きが降りてくるまでは。

 やったことのないことをするのは大変苦労する。考えを巡らせつつ、おれは嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 時は遡り……数時間前。

 新人戦のアイス・ピラーズ・ブレイク、男子の部が開催されていた時刻。

 

(なんだ。こんなものか……九校戦って)

 

 決勝戦を終え、歓声を浴びながら退場した光宣は内心で失望していた。ペア相手がおらず、実質ソロで挑んだ試合は、全試合で負けなし。圧倒的な勝利を収めた彼は、人気の少ない場所で1人空を見上げる。

 夜久のせいで魔法力に制限をかけられた、今の不完全な状態でも余裕の戦い。工夫も何もなく、大して面白くなかった。まだ、四葉夜久と戦った時の方が歯応えがあったなぁと光宣は思う。ひりつき、緊張感、才能のぶつかり合い。あれこそが、自分の求める「高レベルな魔法師同士の戦い」だったのかもしれなかった。

 

(そして、あの感覚を噛み締めたまま生きればよかったんだ……)

 

 光宣の心には、どうしようもない諦念も住み着いていた。数日前、達也と邂逅したあの瞬間が……何度もリフレインするから。生存本能が悲鳴を上げるような、凍てつくような恐怖。あんなもの、知りたくなかった。知らなかったら、きっと……魔法というオモチャのピストルをただ振り回すだけの、無邪気な子供でいれたのに。

 

(自分の魔法を十全に発揮できる環境では、何も恐れるものはないと思っていた。でも、本当は「死」って怖いものなのかもしれない)

 

 パラサイトを再び飲み込んで、本来の力を取り戻したなら……夜久には間違いなく勝てるだろう。精神構造干渉という魔法は、そもそも人を殺すことに特化していないと分かっていた。彼の魔法の使い方も、とにかく搦め手が多い。トリックスターと名高い祖父の戦い方を熟知している光宣にとっては、得体の知れない敵とはさほど感じないのだ。

 でも、達也に勝てるだろうか。確信が持てない。こんな感情、初めてだった。

 

(お祖父様は「死」の怖さを知っていたんだ……)

 

 戦いの先には、人の命が奪われていく現実がある。日本は未だに戦線を抱えており、若者の多くは国防方面に進む。それは兵器になることを望んでいるからだろうか。否、そうではない。

 

(勝てる確信が持てなくても、必要に迫られた魔法師たちは戦わなくてはならない……そんな世界をお祖父様は望まなかったんだ)

 

 胸がギュッと締め付けられた。与えられていた大きな愛情。どうして、今の今まで気づこうとしなかったのだろう。

 

「……僕、馬鹿だ」

 

 全ての魔法師たちを幸せにしたい。そう願うならば、兵器である運命を受け入れろなど言うべきでなかった。

 

「お祖父様に会いに行かなきゃ」

「──またパラサイトをばら撒く気か?」

 

 現れたのは、琢磨だった。元より彼は監視役であり、今もその任を全うしていたのだ。

 

「そうじゃない! やっと分かったんだ! お祖父様は、僕たち魔法師のために……」

「パラサイトの戦術利用は、魔法師を不幸にしかしない。……それが元老院のせいだとしても」

 

 樫和傘下にいる琢磨は、魔法師を取り巻く苦しい状況を知っている。

 人外たるパラサイトを内に取り込みたくないという思いから、在野の魔法師をいくらでも締め上げてやろうとする元老院の姿勢も。反魔法主義の息を吹き返らせたのだって……妖魔を排斥するため。

 

「じゃあ、元老院を黙らせれば!」

「あの組織が、完全に正しい存在でないことなんて分かっている。だが、簡単に潰せるようなものでもない」

 

 未熟な感性が、琢磨の運命を元老院へと引き寄せた。どうしようもない世界の秩序。知らなくても良い闇。それらを目にしたことが、強さを求めた代償。

 

「結局のところ。魔法師は社会に価値を証明し続けることでしか、人間らしく息をする方法がないんだ。……そういう意味では、お前がいつも言ってたことも正しいんだろう」

 

 光宣が常々提唱していた論を肯定する琢磨。

 魔法師の特権の出所が、戦力であること。その事実は何も間違っていなかった。

 

「で、でも……僕。今は違うって。魔法は万能じゃないんだって」

「そうさ。全員、同じことを思っているんだろう。受け入れたくないから、誰もお前の話を聞かなかった。シンプルな論理だ」

 

 見えない特権が見えるようになっても、魔法師社会の息苦しさは変わらない。分かっていても、兵器になる運命を受け入れたくはないのだ。だから、もがき続けるしかない。進むべき方向も分からないまま。

 癪に障るが、それでも夜久の言ってることは正しかった……琢磨は内心で苦々しく思う。

 

「──説得できました?」

 

 ぴょんと顔を覗かせたのは、泉美だった。隣には香澄。2人は手を繋いでいた。乗積魔法による強力な領域干渉で、琢磨の遮音フィールドを打ち消したのだ。

 

「まだ」

「ノロすぎる! もう女子の試合終わってるんだけど!」

「七草の利になることを、七宝の俺が買って出てやってるんだ! 感謝こそすれ文句言うな!」

 

 香澄と琢磨が睨み合う。泉美が呆れ顔で遮音魔法を掛け直した。

 

「……七草家の利、というのは違いますよ。七宝くん。私はそれなりにお父様が好きで。楽しい思い出もたくさんあって。それでも、間違ってることは止めなくちゃいけない……」

 

 弘一は、特に泉美のことを可愛がっている。でも、父親が「何を考えているのか分からない」と彼女はいつも思う。不信感は膨らむばかりで、消えることはない。

 

「……悪い」

 

 気まずそうな顔で琢磨が俯く。少なくとも、自分の父親は口うるさいだけで……七草家が抱える問題のようなものはなかった。

 

「──だから。私たちは、九島くんが証言することを望んでいます。貴方が何をしたかったのか、何を見たのか……それが、九島閣下の口を開かせることに繋がるんです」

「僕は……」

 

 泉美のまっすぐな視線。飴をくれたときよりも強い眼差しに、光宣は思わずたじろぐ。

 

「僕は、ただ……。信じてただけなんだ、魔法が万能だって。人々の未来を幸福に変えるものだって」

 

 魔法師でいることが、全ての苦難を跳ね除ける手段だと思っていた。何もかも、魔法が解決してくれる。あの「四葉夜久」を見れば、信じてしまう。何を言っても。何をやっても。魔法の才は道理を捻じ曲げてくれるのだと。世界の理不尽を正す、唯一の光なのだと。

 この理屈は、きっと半分は正しい。もう半分は間違っている。だって、いくら魔法を使っても……この胸から溢れ出る苦しみは消えないから。

 

「ボクからもお願い。──酷いことを言ってるのは承知の上だよ。自分の罪を告白しろ、なんてさ」

「……」

 

 どうしてこんなことになっているんだろう。そう思いながら、光宣は俯く。誰とも目を合わせずに口を開く。

 

「1つ、お願いがある。──全てが終わったら、僕と『友達』になって。……本当は嫌いでも良いから。会いたくないな、と思いながらでも良いから」

 

 心の底で眠っていた願い。ひとりぼっちで、誰の目にも止まらないまま生きるのが怖かった。それだけだった筈なのに。

 

「悲しいこと言うなよな」

 

 ぽん、と肩に手を置かれる。琢磨の手のひらだ。

 

「あの四葉夜久でも友達とかいるんだぞ? お前に居たって良い」

「七宝……」

 

 泉美と香澄がそっとアイコンタクトを取る。「なんか、穏便に済んで良かったな……」という思いをお互いに込めていた。必要な情報を引き出すためとはいえ、ここでいきなり「友達宣言」は出せない。様子を見ないことには、が彼女たちの本心だった。

 

「──さっ!そろそろ、現在進行形で困ってる先輩を助けに行きましょう。まだ、師族会議で粘っているみたいですから……」

 

 夜久は夜久で、パラサイドールの存在を許していない。だから、何としてでも責任を追及して……その技術を喪失させようとしている。そのために七草家の関与を明らかにせねばならないし、彼のそれは三姉妹にとっても都合の良い姿勢だった。

 

「九島くん、思うところはあるだろうけど……」

「大丈夫」

 

 顔を上げた光宣の表情は、少しだけ晴れやかだった。

 

「どこで間違えちゃったのか、ちゃんと知りたいから。多分、色んなことと向き合わないと……僕はそれに気づけない」




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