魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第10話

 大荒れする師族会議。画面をぼんやり眺めながら、弘一はため息を押し殺す。視線の先には満足気な表情の夜久。なぜなら、既に「神の一手」は機能している。

 突然、会議室に飛び込んできた3人の高校1年生たち。彼らは盤面をひっくり返した。つまり、弘一はもう負けている。

 

「──祖父が七草殿に『パラサイドール』のアイデアを持ちかけました。しかし、実際に形にしたのは七草家です。現在の祖父は、実質隠居老人ですから。強力な立場を持っていませんし」

 

 強い影響力こそはありますが、と続けるのは、奇跡のAIビジュアルを持つ少年──九島光宣。数日前まで、あれだけ揉めていた筈なのに……結局、彼は夜久側についた。

 可愛い孫が罪を認めるのであれば、九島烈にも七草家を庇う理由などない。今後、ボロボロと証拠が出てくる。そして、それらの全てを隠蔽することは弘一も難しい。

 ただ、四葉家の一強は誰だって避けたい(暴走のリスクは、七草の比ではないのだから)ので……七草家を十師族から蹴落とすこと。これを、烈は出来ない。上手くやれば、自分が当主のまま残ることも可能だろう。

 

(今出来るのは、この場の流れをしっかり見極めること)

 

 故に。弘一は冷静に師族会議の行く先を見ているのである。会議は水物だから。

 

 

 

 

 

 ㅤ2062年の台北で行われた、少年少女魔法師交流会。あの日から、弘一の人生は変わった。

 事件後、真夜との婚約は四葉家の意向で破棄されてしまう。だから、彼は彼女と交際を続けることは叶わなかった。どちらにせよ……七草家の次期当主だった弘一が、子供を産めなくなった女を娶ることなど、魔法師社会が許さなかっただろうが。それでも、弘一は真夜を愛していた。失った右目を治さなかったのは、彼なりに彼女の痛みを分かち合おうとしたからだ。

 

(それが残酷な行為だと気づいた時には、もう遅かった)

 

 目を潰したくらいで、少女の苦しみは理解できないのに。愛ゆえの行為だとしても、外部から観測されたそれは……単なる自分本位な罪悪感からの同情にしか見えない。どうして、分からなかったのだろう?

 いつまで経っても、悔悟の念は消えない。だからこそ、四葉を徹底的に否定したかった。この残り物みたいな人生に意味を与える、唯一の目的だと思えるのだから。

 

(それなのに……)

 

 そんな世界に鮮烈な登場を果たしたのが、四葉夜久。四葉真夜の息子。

 弘一は心のどこかで思い込んでいた。真夜を下せば、物語は締めくくられるのだと。でも、そうではなかった。当たり前に、次世代がいる。

 子を為し、未来を託す──自分も同じことをしているのに。このことを考えるたび、弘一の頭はじくじくと痛む。脳は未だに、真夜のことを「12才の少女」だと……認識してしまう。

 

 ──四葉夜久をこちら側に引き込む。

 

 この計画は、四葉を否定するという目的にかなりマッチしていた。四葉家の戦力を低下させられるし、何より「真夜の血を引く人間」を内に取り込める。

 九島烈曰く、夜久の行動原理は「寂しさを埋めるための自己証明」だという。生まれ持った魔法のせいで、母親に愛されなかった少年。ゆえに、自らの才能を社会に奇妙な形でアピールし続ける。秘密主義など、知ったことではないのだ。精神構造干渉という四葉らしい魔法を持つのに、四葉という共同体に迎合できていない。

 

(だが、閣下の言う行動原理が……完全に正しいとも思えない。彼の存在については、もっと早く教えて欲しかった)

 

 現在の彼は「自分の使い方」を漠然とではあろうが、ちゃんと理解している。1年前であれば、きっと説得は簡単だったろうに……。

 現実逃避をしていても、光宣の証言はまだまだ続く。気を取り直し、頭をフル回転させる。

 

「──反魔法主義者の切り崩しを目的としたネガティブキャンペーン、魔法科高校生たちを狙ったパラサイドール実験、反日系の大陸方術士の手引き……。僕と祖父は、それらを黙認していました。目的のために必要だったから」

 

 弘一は、彼の言葉に小さく頷いた。そう……自分たちは同じ穴の狢である。仮に止められても、中断する気などはなかったとはいえ。

 

「光宣君、何故だ……! いくら年少者であっても……。何か、諌めることは出来なかったのか。おかしいと、少しでも思わなかったのか。反魔法主義者を焚き付けることで、差別や偏見に苦しむ人々が出ることが分からなかったのか」

 

 思わず、というように声を上げたのは十文字克人。彼は先日、七草家に対して「反魔法主義者の焚き付け工作への抗議」を寄越していた。それゆえの思いだろう。

 

「それは……」

「いや、十文字殿。それは前もお話した通りですよ」

 

 他十師族にもアピールしておこうと、弘一は口を開く。夜久には負けてしまうだろうが、全てを失うつもりはない。

 

「大火事になる前に火種を分散させる。魔法師への憎しみをガス抜きさせるためには、こちら側で上手くコントロールして、一貫した論を展開できないようにすること。これが重要なのです。そのためなら、多少はダーティな手段も使う。──君なら理解できるでしょう、夜久くん」

 

 夜久が憂いを帯びた表情でこちらを見た。その雰囲気は真夜そっくりだ。繊細で美しく、どこか不気味なところが。

 

「……理解できるよ。細々した悪事については、さして興味もない。あくまで、パラサイトを使用したこと。この一点だ。おれが師族会議で言及したいのは」

「四葉!」

 

 克人が鋭い声を投げかける。耳に響いたのか、夜久は嫌そうに顔を歪ませた。

 

「別に個人の意見なんだから構わないでしょう。七草をどう処分するかという全体としての結論と、おれの考えは必ず一致しないといけないのか?」

 

 処分、というワードで泉美と香澄が身体を震わせた。年相応で可愛らしいな、と娘たちに笑い掛けたくなる。

 

「お二人ともおやめになって。……克人さん、魔法師にも信条の自由くらいあるわ」

 

 夜久と克人の間で起きそうになった諍いを止めたのは、二木家当主の舞衣。彼女は師族会議において、ストッパー役を担うことが多い。

 

「失礼しました、二木殿。……皆さまにもお見苦しい姿をお見せして申し訳なかった」

 

 克人が丁寧に頭を下げた瞬間、夜久が「べっ!」と舌を出す。性格的に合わないのだろうなぁ、と弘一は思う。そして、少し真由美の性格に似ているとも感じた。

 

「……十文字先輩のおっしゃる通り、悪いことだとは分かっていた。だけど、それでも『妖魔』の見せる夢に魅入られていたんです。……元より、我々九島はパラサイトに夢中でしたから」

 

 自身のパラサイト化云々を、言外に匂わせる光宣。まさか言い出すと思わなかったのか、真言が顔を蒼くさせた。

 

「僕の首がまだ繋がったままでいるという事実……。皆様がたが難しい判断をして下さったことには感謝してもしきれません。そして、僕らはその恩を更に仇で返してしまった」

「光宣っ!」

 

 真言が叫ぶ。この後の展開を予測できたのだろう。光宣が父親へと向き直る。少し申し訳なさそうな……子犬のような顔をしていた。

 

「ごめんなさい……。お祖父様は隠居していて……僕も未成年だから。お父様が罪を被らねばならないと分かっていた筈なのに」

「ふざけるな! お前は、お前は……最初からそのリスクを度外視していた癖に!」

 

 口角から泡を飛ばす真言を見ると、弘一は愉快な気分になってくる──子供を愛さなかったら、罰として自分に返ってくるのだ。いずれは、夜の女王も断頭台に上がるのだろうか。

 自分は違う、と口の中で小さく呟く。息子たちも娘たちも……ちゃんと愛していた。やり方こそ理解されなくとも。

 

「──四葉殿」

 

 居住まいを正し、弘一は正式な呼称で夜久を呼ぶ。

 

「パラサイトの不正利用。それに伴う幾つかの非合法な工作。……七草家はその罪を認めます。監査も受け入れましょう。ですが、あくまで『九島烈閣下の暴走を止めること』が第一目的だった。このことだけはご理解いただきたい」

「この期に及んで! 絶対に許さんぞ、七草弘一っ!」

 

 貧乏くじを引かされた真言が弘一を怒鳴りつけるが、参加者たちは黙り込んだまま。

 全員、弘一が「何らかの陰謀を企てていた」ことくらい分かっている。でも、立派な建前だけは用意されているため……そこに突っ込むことは出来ない。九島家が泥を被って、パラサイドール計画を凍結させる。これが現実的な幕引きだった。

 

「──……お話中、失礼するよ」

 

 突然、仮想ルームに新たな参加者が。意外な登場人物に、全員が少し驚いた。

 

「九島閣下……」

「面白そうな集まりだったのでね」

 

 軟禁中だというのに呑気なことを言っている。自分の息子が全ての咎を被る羽目になり、十師族脱落まで秒読みだというのに……あまり気にしていないようだった。

 

「まぁ、それは冗談だ。過ちを起こした老兵としても……表舞台を去る前に『未来を見ている若者』たちの後押しくらいは、多少しておこうかと思っただけに過ぎん」

 

 そう言って彼が提示したのは、複数の証拠たち。弘一が烈に「魔法師のパラサイト化によるステータス向上の数値解析データ」を求めていたこと。そして、大陸の方術士たちに「妖魔の扱い方」のレクチャーをさせていたということも。

 これらは、弘一がパラサイトの利用に積極的な姿勢だったことを示す。示してしまう。

 

「弘一もまた、妖魔に魅せられていた……。この証拠がそう示している。──いくら『必要』が求めることとはいえ。彼を当主のままにしておくというのは、魔法師社会を不健全にしてしまわないだろうか?」

 

 相討ちとは。敬愛する師を随分と怒らせてしまったらしい……と、弘一は思った。

 

(まぁ、構わない。少し早いが、隠居と決め込むか)

 

 息子の智一は、毒気のない真面目な青年だ。なぜなら、そうなるように育てたから。魑魅魍魎が跋扈する政界や魔法師社会のしがらみを生き抜くには……少し苦しいところがある。

 間違いなく、父親を頼るだろう。出来ないことを出来ないと言う。彼は素直さが取り柄なのだ。

 

「──えぇ。だからこそ、代替わりが必要なのです」

 

 自分とモニター。その間にある空間に飛び込んできたのは……小さな白い粒。固められたドライアイス粒子。見間違える訳がない。「あの子」が生まれてから、もう幾度もこの魔法を見ているのだ。

 

「私が当主になります。どれだけ、茨の道であろうと……自分の進む道は自分で美しくする。今までも、これからも」

 

 いつの間にか、真由美が書斎に入り込んでいた。そして、父親をいつでも無力化出来るよう……「ドライ・ミーティア」を維持している。今の彼女は、いつでも弘一を気絶させることが出来た。

 

(数年前には、予想だにしなかった光景だ)

 

 だが、これも悪くなかった。真由美は、四葉をどう扱うのだろう。自分の知らない答えを出すのだろうか。

 パチパチパチ……。場に似つかわしくない軽い音。だが、何のことはない。弘一による拍手だ。

 

「……負けたよ。好きにしなさい」

 

 完全なる敗北。断罪のギロチンの代わりに……ドライアイスが彼の目の前で弾ける。薄れゆく意識の中で、弘一はしっかりと画面の向こうを見た。自分を下した相手──夜久は、人形のように無表情なまま。やっぱり真夜みたいだ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 師族会議の内容は、政治的な判断ということで……外部への通達については後回しにされた。だが、ここで起きたことを踏まえて、十師族選定会議で結論が出ることは明らかだ。

 また、ここまでの大事件が起きたのだ。パラサイトに関連する研究を堂々とは出来ない。四葉家であっても同様だ。おれが本家に戻らない限りは……研究を進められないということ。都内のマンションで研究する訳にもいかない。バレた時に面倒すぎる。つまり、パラサイト研究はほぼ凍結したと言えた。

 

「どうだ? 元老院的には満足な結果だろ? 感謝しろよ」

 

 次の日。おれは琢磨に事の顛末を話していた。わざわざ教えているのは理由がある。彼は樫和のジジイから報告書を上げるよう、やたら催促されているらしかった。そのため、会場近くのホテルで情報共有をしているのである。もちろん、遮音フィールドは構築済みだ。

 

「……七草真由美が次期七草家当主?」

「お前、呼び捨てやめろよ。あの人、相当な覚悟決めてるんだぞ」

 

 誰もやりたがらないことに、彼女は手を挙げた。もう、かつての頼りない生徒会長はいない。より良き未来のためにした選択に対して、我々は敬意を表するべきだろう。

 

「……まぁ」

 

 琢磨は苦虫を噛み潰したような顔のまま静止する。未だ、七草家への対抗意識は消えていないらしい。

 

「落ちた九島の枠に入るのは……。まぁ、順当に言えば一色家だろう。横浜事変で、愛梨の功績がある」

 

 戦争が無ければ、七宝家だったのだろうが。彼も運が悪い。

 

「いや……。これで良かったのかもしれない」

「なんで?」

「……強さとは何か。もっと知りたいんだ。十師族の座を棚ぼたで手に入れてしまったら、その歩みが止まるかもしれない。その方が、ずっとずっと怖いよ」

 

 そう言いながら、彼はテーブルの伝票コードを端末で読み取る。

 

「ここの代金は経費で落としておく」

 

 格好をつけて去っていった。その背に向けて、おれは軽く手を振る。否定してやらないのも、先輩の務めだろう。嫌でも時間は進んでゆく。目まぐるしく世界は変わる。振り落とされないよう、人は生き続けなければならないのだ。




あと1話くらいでスティープルチェース編は終わり。アニメに追い越されそうですね。

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