魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

5 / 59
第5話

 ㅤ精神構造干渉魔法の第一人者は、四葉深夜である。

 ㅤそして、伯母様の死後に同じ魔法を持つおれが、彼女の研究を受け継いだ。遺された膨大な研究レポート、そのすべてがおれにとって愛しいものであった。ㅤ精神を勝手に作り替えるという冒涜的な行為――だが、そこには純粋な知的欲求に基づいた美学があるのだ。

「……そうでもなければ、お母様が厭うこの魔法のことを受け入れられる訳がない」

 

 ㅤ自分の右手のひらを見つめ、おれはそう呟く。

 ㅤ四葉家の研究テーマを追い求めることは、母親のためではなく、もはや自分の生き甲斐になっていた。もちろん、研究が進むことによって、お母様が喜んでくれたら、それはそれでうれしいのだが。

 

「――研究というものは。本来は、楽しんでやるものなのかもしれないわね」

 

 ㅤそう伯母様が零した日のことをよく覚えている。

 ㅤ第四研で、一緒に研究所をしていた時期――中学生の頃、本家で謹慎をしていた時だ――があった。ㅤ暇をもてあましていた謹慎生活。退屈なのであれば、第四研で研究の手伝いをするのはどうだ、と紅林さんに勧められたのだ。おれのためというよりは、本家にやってくる同年代の子供たちのためだったと思う。放置しておいたら、彼らに絡みだすと使用人達は「本気で」心配していたのだ。

 ㅤただ、当時の叔母様は体調を崩しがちで、研究もあまり進んでいなかった。それもあり、おれに引き継ぎをさせておこうと思ってはいた筈だ。

 

「伯母様は楽しんでいる訳じゃないみたいだ。匂いで分かる」

「そうね、楽しいと思ったことは一度もないわ」

「じゃあ、どうして続けているの」

 

 ㅤおれが尋ねると、彼女は作業の手を止めた。

 

「……罪を重ねるためよ。もっと悪いことをすれば、『あの日』の罪が薄れるんじゃないかって」

「あの日?」

「えぇ」

 

 ㅤそして、伯母様は過去を語り出す。いつも同じように

 ㅤもうやめて、と叫び出したくなる。

 ㅤだって、それを聞いてしまったら……自分が悲劇の象徴だと思い知らされるのだ――

 

「――嫌な夢をみた」

 

 ㅤ間借りしている森崎家の客間で、おれは目を覚ます。

 ㅤ伯母様が生きていた頃の思い出がフラッシュバックする。今までに何度夢で繰り返しただろう。そして、その度に伯母様の口を閉ざすことが出来ずに飛び起きる。ㅤため息と共に気分の悪さを飲み込み、屋敷の食堂へ向かう。今日の朝食は、和食だろうか。

 

「おはよう」

「おはよう、駿」

 

 ㅤ駿は既にテーブルについていた。ㅤ端末で教科書を読んでいたようで、画面には魔法構造学の基本魔法式が映し出されていた。

 

「こんな朝から勉強か? 真面目だな」

「お前と違って、高校生は忙しいんだよ」

 

 ㅤ2人して大笑いする。すっかり「退学ジョーク」も鉄板になった。ㅤそうこうしているうちに、食堂には駿の親戚や森崎家に雇われている見習いボディガードなど、皆がどんどん姿を見せはじめる。ここは若者向けの食堂なので、だいたい同世代ばかりで気楽だ。

 

「おはようございます……あれ、あやめさんは?」

「姉さん」

 

 ㅤそんな時、駿の姉である速水はやみが食堂に現れた。彼女は魔法大の一年であり、たまに家の仕事を手伝っている。

 

「部屋に居なかったから。ここにいると思ったんだけど……」

「まだ、来てないですよね」

 

 ㅤおれはもちろん行方を知っているのだが。ㅤたぶん、第四研の部屋で眠らされていると思う。

 

「今までも家出はあったからなぁ。その類じゃないのか」

「そうかしらね」

 

 ㅤ駿の言葉に納得したのか、速水は頷いた。

 ㅤしばらくすれば、四葉で勝手に作ったメッセージを森崎の人間が読むことになる……はずだったのだが。ㅤ一週間経っても、そんなことは起きなかった。あやめが長期間帰ってこなくても、森崎家は平穏なまま。何もなかったかのように、日々は過ぎていった。

 

「……ちゃんと送ったんだよな?」

 

 ㅤ痺れを切らして、紅林に電話で確認をする。だが、向こうも驚いている様子だった。

 

「勿論でございます。それは、夜久様も確認されたかと」

 

 ㅤ確かに、おれはメールをしたためて送るまでを見届けている。花菱さんが無視して、黒羽に仕事を回していたら嫌だからだ。

 

「……握りつぶした?」

「その可能性が濃厚ですね。所詮は非魔法師……世間からの少々のバッシングを計算に入れても、わざわざ大事にする必要性は感じなかったのかもしれません」

「仕方ない。すぐに実験をやろう」

「夜久様!?」

 

 ㅤどちらにせよ。反魔法主義に正攻法で対抗するには、向こうが大きくなりすぎたのだ。

 

「非魔法師が魔法師になるなんて珍事を起こしでもしないと、世論はもう変えられないだろう。……実際、お母様もわかってる筈だぜ? 黒羽を動かして斬首戦術をしたところで、『魔法師による報復』にしか見えないことくらい」

 

 ㅤ結局のところ、「強い魔法師はズルい」という理屈なのだ。まぁ、実際にズルいので尤もではあるのだが。

ㅤでも、その「ズルい側」に入れる可能性が自分にもあると分かったら。バッシングが止まるのは明白だった。

 

「……どこの仕業に見せかけましょうかね」

「どこでも。新ソ連でも、USNAでも……なんなら大亜連合でも」

 

 ㅤ魔法師強化系の研究所を一つ潰して、その跡地に明らかな魔法反応を残せばよい。その反応の持ち主は死亡しているが……調査をしてみると、非魔法師だと分かる。答えはもう一つしかないだろう。

ㅤなんと、魔法師になってしまっていたのだ……。

 

「新ソ連の旧ベラルーシ領にある、ニュークリア・マジック研究所などは。魔法事故による放射線汚染の可能性があれば、確実に国際魔法協会は動きます。ついでに『ブランシュ』の繋がりも工作で匂わせておけば、勝手にストーリーを作ってくれるでしょうし」

 

 ㅤ紅林はすぐに案を出してくれた。おれも「それで行こう」と頷いた。

ㅤ結局、花菱や分家の力を借りることにはなってしまうが。諦めるしかないだろう。おれがそれなりに自由に動かせるのは、第四研関連のことだけ。それほど「四葉深夜の後継者」は重要なのだ。

 

「しかし、よろしいのですか? せっかくの実験体たちを一回きりの手品に使ってしまって。……特に、持ち込んだ森崎家の縁者。それなりに思うところがあって、ここへ連れてきたのでしょう?」

「……いいんだよ。一介の非魔法師が、魔法史に名を残す魔法師になれるんだぜ? 本人も本望だろうさ」

 

 ㅤそう言って、おれは電話を切った。端末をテーブルに置き、ぼんやりと宙を眺める。ㅤこれからする事は、とても悪いことだ。夢が叶って喜ぶ人を、残酷にも死に追いやる。分かっていない訳ではなかった。

 

 ㅤ消えない「生まれてきたこと」という罪。ㅤこの罪はどれだけ悪事を働けば……薄れるのだろうか?

 ㅤ伯母様はどうだったのだろう。最期に罪の数を数え、安心して眠りについたのか。こっそり教えてくれたらよかったのに。そう思った。

 

 

 

 

『新ソ連旧ベラルーシ領のニュークリア・マジック研究所で起きた大規模爆発。実験装置の暴走か。』

『新ソ連原子力魔法研究所の暴走事故の原因は、装置内部に微量の残留想子が残っていたことから、魔法によるものと判明。

ㅤ実験装置が何らかの魔法に呼応してしまい、中性子バリア等の防御魔法、安全装置による緊急ストップでは対処できない暴走が起きたのではとみて、急遽編成された国際魔法協会の調査チームが数日前から現場入りしているという。

ㅤ調査チームに参加した専門家らによると、術者とみられる人物は、研究所で死体として発見されていた女性であった。身元は不明であり、現在も調査は……』

 

『新ソ連原子力魔法研究所にて死体で発見された魔法師の女性は、驚くべきことに非魔法師として登録されていた。

ㅤしかし、調査チームは、術者が間違いなくその女性であると述べており、「非魔法師が魔法を使えるようになったとしか考えられない」とコメント……』

 

『新ソ連の原子力魔法研究所では、暴走事故の起こった核分裂反応エネルギー動力炉の実験のほか、放射線による魔法因子操作の研究が行われていたことが明らかになった。実験には、多くの非魔法師が「自主的に」参加していたという……』

 

 

「ふむ……」

 

 ㅤ現在、世間を賑わしている魔法事故。ㅤそれらの記事を、達也は幾つかまとめて流し読みした。

 ㅤ素直にまとめれば、「新ソ連の研究により、非魔法師が奇跡的に大事故を引き起こせるほどの魔法暴走が可能な演算領域を獲得した」ということだ。しかし、そんな虫の良い話があり得るとは彼には到底思えなかった。ㅤそれに、そもそも記事の記述も肝心な部分はあいまいだ。言ってしまえば、いわゆる「ゴシップ」と同じレベルに信憑性がない。「報道の自由」をお題目に、マスコミの偏向報道が21世紀前半よりも強い時代とはいえ……多くの人々がこれを事実と受け止めているのは驚きだと彼は感じた。

 

「……いや、『信じたい』のか。魔法師が後天的に生まれる可能性を」

 

 ㅤどの国でも、魔法師の数は圧倒的に足りない。ㅤ政府は魔法師を増やしたいと常々考えている。日本国内での反魔法主義問題の発端となった魔法科高校定員数引き上げ政策だって同じだ。

 ㅤもちろん、非魔法師やBS魔法師だって「魔法師であること」による恩恵を受けられるのならば受けたい。ㅤ今後スタートする研究に協力することを条件に、司直の手を逃れるという反魔法主義団体の動きは、今や多く見られた。利害が一致しているのだ。

 

(……そんなに良いものではないはずだがな。魔法師というものは)

 

 ㅤ達也がそんなことを考えていた時、部屋のドアを叩く音がした。

 

「――お兄様、深雪ですが……今、よろしいですか?」

「あぁ、構わないよ。どうした?」

 

 ㅤドアを開けてやると、妹がかわいらしく顔だけを覗かせた。

 

「そろそろ、お茶にしませんか? 今日は、腕によりをかけて……ザッハトルテを焼いたんです」

 

 ㅤそれを聞き、達也は「珍しいな」と思った。ㅤ深雪はお菓子作りも得意としているし、手作りのクッキーやショートブレッドを出してくれることも多い。だが、ホールケーキをわざわざ何でもない日に作る? おかしくはないけれども、どこか違和感があった。

 

「行きましょう、お兄様」

 

 ㅤ達也の手を引いて、深雪は嬉しそうにリビングへと歩いていく。鼻歌まで歌って。

 

(なにか俺には分からないような、個人的に嬉しいことがあったのだろう)

 

 ㅤそう結論付けて、達也は考えるのをやめた。ㅤだが、深雪が嬉しくなるのは、いつだって達也に関連すること。つい先ほど、彼女は夜久から『約束は果たした』というメッセージを受け取っていたのだ。

 

 

 

 

 ㅤ四葉家当主、四葉真夜は研究所から届いたレポートに目を通していた。

 

「精神領域に作る人工魔法演算領域を特定の魔法式専用に限定すれば、常人並みのスピード・作用範囲・干渉力を実現できる。しかし、94%の確率で演算領域は暴走……こんなピーキーな人造魔法師、実用化できる訳ないわ」

 

 ㅤデータ流出に備えて特殊印紙に印字されたレポート束を、さっさとテーブルの端におしやる真夜。

 

「しかし、奥様。以前の人造魔法師実験と比較すれば、明らかに進展してはいますから……夜久様の成果は素晴らしいものでしょう」

「そう。貴方が言うのなら、そうなのかもしれないわね」

 

 ㅤ適当な返事に、葉山は「奥様」と窘める。けれども、真夜はそっぽを向いたままであった。

 

「ところで、第四研に元々あった実験体以外に、あれが持ち込んだ実験体があったわよね」

「森崎家の縁者ですな」

「結局、新ソ連での工作には使ってないのよね? どうしたの?」

 

 ㅤ人造魔法師に仕立て上げたあやめを利用することを、夜久は最終的にはやめてしまっていた。というより、やめざるを得なかったのだ。

 

「自ら命を絶ってしまったのです。『夢が叶ったのに、何も感じない』と呟いて」

 

 ㅤ演算領域を埋め込むために、情動を司る精神領域を全て消し去った。そのせいで、あやめは「心」を失ってしまったのだ。

 

「うふふ……ふふふ、ふふっ……あーっはっはっは!」

 

 ㅤ葉山の説明に、真夜は笑った。腹を抱えての大笑いだ。

 

「はっ、かわいそうな子! 心が何かも分からないのに、姉さんの研究を引き継いだなんて!」

 

 ㅤ狂ったように笑い転げる真夜に一礼し、葉山は書斎を去った。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。