魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第11話

 スティープルチェース・クロスカントリーは、2年生以上の代表者はほぼ出場する。上位を独占すれば……逆転できる可能性があるのだ。軍事色の強い競技だが、選手に最後まで希望を持たせることが出来るのは良いことだと思う。

 だが、それはそれとして普通に一高が優勝した。なぜなら、優秀な魔法師であるほど上位を独占しやすいという現実があるから。強い人材は都内に集まりやすい。つまり、第一高校に軍配が上がる。

 

「……まぁ、そりゃあ勝つんだよな。パワーバランスが悪すぎるし」

「でも、生徒が自由に行きたい高校を選べるようになっているからな。今の体制は。一概に悪いとは言えない」

 

 九校戦を締めくくる、閉会式パーティー。フロアの片隅で、おれは駿とそんな会話をしていた。彼はそれなりに挨拶回りなどもしていたが、端でぼんやり立っているおれを心配して寄ってきたのである。

 将輝や七草の双子なども、同じ理由で先ほど声をかけてきた。周囲の人間に恵まれていることを自覚する。

 

「確かに、都内が一番色々あるしな……」

 

 おれが一高に入れられた理由は、夕歌が通っていたからというだけだ。深雪たちと被らない方が良いという意見もあったようだが、娯楽が少ない地方に行かせたことで暇を持て余し、好き勝手暴れられても困ると思ったらしい。

 

「移動手段が豊富だからそこまで地域格差はない、という意見もあるらしいけどな。──話を戻すか。色々あったけど、お前と優勝出来て良かったよ。……そっちは、それどころじゃなかったのかもしれんが」

 

 パラサイドールとの戦闘、師族会議のための根回し……どう考えても、選手と並行してやることではなかった。

 

「……それにしても。九島くんはどうなったんだ? ここにも参加していないし」

 

 駿が小声で尋ねてきた。おれは黙って端末の画面を見せる。会話だと他人に聞かれてしまうからだ。打った言葉はシンプル。「しばらく休むらしい」とだけ。

 会議で証言した光宣は、その後は九校戦会場に戻らず……そのまま自主謹慎した。これは単なる師族会議に対する「けじめ」であり、2学期半ばには復帰してくるだろう。おれとは異なり、彼は学校そのものに迷惑はかけていない。

 

「大丈夫なのか? それ」

「まぁ……才能はあるし、大丈夫だろ」

 

 才溢れる魔法師であれば、人生を踏み外しかけても上手くいってしまう。おれはそれを良く知っていた。

 

「それもそうか。──そろそろ、ダンスパーティーも始まるぞ」

「ダンス踊れないんだよな」

 

 深雪と違って、上流階級向けの教育は殆ど受けていない。それに、何かと細々したタスクに忙殺されていたのだ。社交ダンスの練習なんてしている場合ではなかった。

 

(頭に書き込んでおけば良かった……)

 

 基本的な知識を頭に入れておけば(四葉には「フラッシュ・キャスト」用に脳に情報を書き込める機械が存在する)、何とかなったかもしれないのに。そう思っても、時すでに遅し。

 

「見様見真似でやってみろよ」

「いや……」

 

 渋るおれを見て、無理強いするのは悪いと思ったのか。駿は「確かにお前は目立つだろうし嫌かもな」と言って、素直に引き下がった。

 

「僕は行くから、また後で」

「あぁ、じゃあな」

 

 彼と別れた後、おれは気配を消して外へ出た。芝生なのも気にせず、膝を抱えて座り込む。喧騒から離れると、気持ちが落ち着いた。元々の性格は内気だから。静かなところにいる方が好きだった。

 

(……愛梨とダンスをしたかったけれど)

 

 駿は「おれがミスで恥をかきたくない」と思ったようだが。本音はそこになかった。自分が酷く下手だと、愛梨に恥をかかせると思ったことこそ……本当の思い。ボイコットすれば、こちらの「わがまま」で踊らないということになる。その方がずっとマシだろう。

 空を見上げる。円の左側にだけ、微かに形が残った細い月。自信の無さを表してるみたいだ。余計に気分は沈み、そっと瞼を伏せる。何も見たくなかった。

 

「──……こんなところにいた」

 

 聞き間違える訳がない。どこにいても、どんなときでも。

 

「……ダンスパーティー真っ只中だろ?」

 

 目線の先には、すらりとした脚が伸びていた。顔を上げれば、そこには愛梨の姿が。困ったように笑っている。

 

「ダンスを一緒に踊った後、森崎くんが教えてくれたの。『アイツは繊細ですから』って」

 

 彼女もおれの隣に座った。そのまま、何も言わない。視線を辿ると、月を見ていると気づく。腹立たしいほどに弱々しい光に見えた月も、今なら美しいものだと思えてきた。

 

「……おれは。四葉の魔法師じゃなくても生きていけるだろうか。社会の中で『四葉夜久』という魔法師は、必要とされるのか……」

 

 だからかもしれない。不意に、口から悩みが零れ出る。彼女の前なら、弱さを表に出せた。

 この世界で、魔法師は「運が良い人たち」だ。優秀であればあるほど、相対的に「簡単に歩める人生」を送れる。高い魔法力、名家の権力、容姿。見えざる特権を十全に使えるから。

 でも、簡単そうに見せてしまっているだけで……苦しみも不安も、非魔法師と同じように抱えている。自分の未来がどのようになるか、何も分からなくて怖い。

 

「生きていけるわ」

 

 愛梨の答えはシンプルだった。また、その力強い言い切りは安心感を与えてくれる。

 

「少なくとも、私は貴方が必要。──あのね。前、貴方が見にきてくれた……『リーブル・エペー』の試合があったでしょう? あの日の優勝で、高校卒業後は本格的にプロにならないかって話が持ち上がっているの」

 

 日本で広くシェアを誇る魔法系競技は剣術だ。しかし、リーブル・エペーは海外でも人気の魔法スポーツ。移動系魔法がメインというのも、競技人口獲得に繋がっているらしい。フェンシングよりもスピード感があるので面白いと、熱心な非魔法師のファンもいるという。そのプロといえば、かなり大きな話になってくる。

 

「プロになったら、海外遠征だってあるわ。でも、一色の娘ともなれば危険も多い。両親も昔から良い顔しなくて。無理だと思ってた。……でも、やっぱり夢を諦めるのは嫌なの」

 

 家父長制の強い現代日本で、女性アスリートを支えるのは実家の力だ。逆にいえば、実家の援助を得られなければ……満足に活躍できない。結婚相手が、自分の人生全てを擲って支えるという例もあるが、ほぼ稀。少なくとも、愛梨の父親が選ぶ婚約者にそれは期待できないだろう。

 

「夜久くんの『やりたいこと』が、私と一緒に生きることであって欲しい。これは単なるわがまま、そうなったらいいな……って願望だけどね」

「……ありがとう」

 

 一緒にいたい、も事実だろう。だけど、きっとそれだけじゃない。おれの居場所を作ろうとしてくれていること。それが堪らなく嬉しかった。

 

「今日のダンスは練習ね。きっと、これからも貴方と踊り続けるから」

 

 愛梨の右手が、おれの左手を掴む。そのまま、ぐいと引き寄せられた。

 

「間違えることは、何も悪いことではないわ」

 

 会場へと戻る愛梨に続いて、おれも歩き出す。不安ばかりが心を占めるが、手を振り解けなかった。

 

「……大丈夫。私は夜久くんが好きなの。貴方といることで、世間からどんな評価をされようともね」

 

 ほら、曲が始まる!と彼女が言う。気づけば、フロアの中心部にまで躍り出ていた。

 

「難しいことは考えないで。私の顔だけ見ていれば良いわ」

 

 おれの手を握ってくれた彼女を信じる。

 どんな状況でも失敗を恐れずに切り開くことが……この理不尽な世界を美しくする方法だと知っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 師族会議の内容は、外部にこそ通達されなかったが……十師族関係者は議事録を読むことができる。それは、もちろん四葉家当主である真夜も例外ではない。

 

「……アレが珍しく変わったことをしたと思えば」

 

 書斎にて。端末をスクロールさせ、真夜はぼやく。ティータイムの合間に、会議の内容を彼女は確認していた。

 パラサイドール問題を九島家に尻拭いさせ、ついでに七草家も代替わりさせるというミラクルな一手。

 

「……先の十師族選定会議で、奥様が二家を追及なさると読んでいらしたのですな」

 

 本来ならもっと泳がせて……揺るがぬ証拠を集めるべきだった。事実、真夜はもっと徹底的に追い詰めるつもりで、裏で黒羽を動かしていたのだから。

 それを分かっていた筈の夜久が「比較的穏便な結末」を選んだのは……四葉一強の未来を避けるため。そして、交友のある次世代の人間たちのためだ。

 

「七草家の長女は割を食ったわね。元々、当主としては教育されてない筈なのに。今後、苦労するでしょうね」

「五輪家長男との婚約も気になりますな」

「破談でしょう。……まぁ、五輪洋史さんは未練がましいタイプでは無かった筈。多分、何とでもなるのではないかしら」

 

 葉山は返答に詰まりそうになったが、黙って頷くことで乗り切る。長い執事人生で、動揺を押し隠す術も身につけていた。

 

「彼女は元々アスリート系の魔法師なのもあってか、気弱な彼とは気もあまり合わなかったようですし」

 

 真由美は長距離射撃の魔法競技で、世界でも五指に入るレベルの選手であった。

 

「当主ともなれば、そちら方面に進むことは難しいでしょうね。せいぜい、趣味程度でしょう」

「当主業は忙しいですからね」

「日々奥様の仕事ぶりを拝見していれば、それを強く実感いたします」

 

 書斎に明るい笑い声が響く。ただ、どちらの目も笑ってはいなかった。

 

「さて。想定通りには進まなかった訳だけど。タスクが1つ減っただけ良しとしましょうか。──気を取り直して、年末年始に向けて準備をしましょうね」

 

 四葉の慶春会。毎年開催されるイベントだが、来年のそれは特別な意味を持つことになるだろう。なぜなら、次期当主を指名する場だからだ。

 

「他の候補者には悪いけれど……次期当主は深雪さんで決定ね。葉山さんはもう気づいていたかしら?」

「達也殿の忠誠心テストについては、既に花菱が案件を見繕っております」

「ありがとう。そちらに関しては任せます」

 

 満足気に真夜は頷く。打てば響く返事を返してくれる執事のことを、彼女はとても気に入っていた。彼がいくら「元老院の人間」だとしても。

 

「しかし。分家当主の皆様がたにしっかりと納得していただけるかどうか。黒羽様などは、本家敷地内で大っぴらに不満を述べられております。近頃は、夜久様でも……とも」

「本気で言っているのかしら」

 

 既に夜久は当主候補から外れている。昔の言動を考えれば、どうあがいても「不適格」間違いなしであった。

 

「最近の夜久様の成長ぶりは目覚ましいですからな。持って生まれた魔法の才も素晴らしいですし……。何より、パラサイトに対する姿勢は元老院も」

 

 最後まで話は出来なかった。その前に、葉山の視界が闇に覆われたから。

 

「今回ばかりは、あの方々とは違う判断を下さなければならないみたい。ごめんなさいね」

 

 室内に光が戻る。真夜はCADを握ったまま、静かに微笑んでいた。

 

「……おや。『流星群』はお使いにならなかった」

 

 戦闘はからっきしでも、魔法師の端くれではある。改変されたエイドスを感知し、単なる子供騙しだったと葉山は気づく。

 

「そんなことしたら死んじゃうじゃない」

「お気遣いいただき恐縮です」

 

 丁寧に一礼し、好々爺の笑みを素早く貼り付ける。しかし、背中では冷や汗が一筋垂れていた。

 

「元老院も一枚岩ではない……ただ、それだけでございます。もちろん、深雪様を支持されている方も多数いらっしゃいますから」

 

 それは嘘ではなかった。深雪の固有魔法「コキュートス」は、既に2回もパラサイト撃退に使われているのだ。その事実によって、彼女は元老院内でも高い評価を受けていた。

 

「そうね。まぁ……深雪さんを当主にすることで得られるメリットもそうだけれど。大切なことは、もっと別のところにあるのよ」

 

 無邪気に笑顔を浮かべる真夜。表情はとても可愛らしく、ふわりと花が咲いたかのように可憐だ。

 

「今はまだ内緒だけどね。楽しみはとっておかないと」

「左様でございますか」

「それでも早めに教えてあげるわよ。葉山さんにはいっぱい手伝ってもらわないと!」

 

 イベントを心待ちにする姿は、本当に幼い少女と錯覚してしまう。葉山は思わず、目を擦りそうになる。

 

(真夜様は、未だに12歳の自分を探しておられるのだ……)

 

 自覚的にだろうか? 否、そうではない。

 彼女は時折「自分は姉に殺された。今は幽霊みたいなもの」と語ることがある。

 

「──いえ、違うわね。幽霊は、思いが強いから……現世に残るのですものね」

 

 美味しそうに紅茶を楽しむ真夜。その横に控える葉山の脳内で、かつての会話が呼び起こされる。

 

「経験を知識に改変されるというのは、今までの感情を失うということ。設定だけを与えられて、いきなり人生という演技を求められる。……そう、演劇なのよ」

 

 カップに入れた砂糖をかき混ぜる音が音楽に聞こえる。ここは舞台なのだ。

 

「世の中は、様々な常識で溢れているわ」

 

 湿ったような柔らかい声は、どこか妖艶に聞こえる。孤独な朗読劇は続く。

 

「たとえば『兄弟姉妹は仲が良いもの』とか。『母は子を愛するもの』とか。色々とね」

 

 愛は真似事から始まる。最初は吹けば飛ぶような小さい火種。それが、少しずつ燃え上がり……いつしか、相手のことを自分は「愛しているのだ」と気づく。そういうものだ。

 

「本で読んだから。自分がそうしてもらったから。そんな適当な理由から、人はルールを守る。そのうちに……気持ちは本物になっていく。本当かしら? ちゃんと証明できないから分からないわ」

 

 でも、真夜は「精神構造干渉」によって原始的な感情体験を忘れてしまった。だから、自分は人を愛せないと思い込んでいる。

 

(貴女が今、感じていること! それは正しいのです!)

 

 葉山はそう叫びたくなる。けれども、彼女の心にはきっと届かない。感覚的な意識や経験は、他人と共有できないから。誰も教えてやることなど不可能。台本は変わらず、悲劇のまま今日も幕を閉じる。

 

「──奥様。紅茶のお代わりはいかがですか?」

「ありがとう。折角だから、もう少しいただくわね」

 

 ただ、純粋な愛情を差し出すこと。それだけが、彼に出来る精一杯。いくら、自分が元老院傘下の人間とはいえ……仮初の感情が本物になるくらいには、彼女と共に過ごしてきた。真夜を案じる気持ち自体は、正真正銘の本物なのだ。

 いつか……いつか、気づいて欲しい。そんな願いを込めて、紅茶をカップへゆっくりと注いだ。




これでスティープルチェース編完結。古都内乱編は飛ばして(光宣とか九島の問題はここまでで終わらせたため)、このまま四葉継承編に突入したいと思います。分家の子供たち大好きだから嬉しい!
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