第1話
夕歌から「面白い話、聞きたくない?」という誘いを受けたおれは、彼女が一人暮らしする家へと向かっていた。使用人が運転する車の中で、電話越しにくれた「警告」を思い出す。
(姉貴の言う「面白い話」は、慶春会絡みだろうな)
九校戦から数ヶ月経ち、論文コンペも終わり……今年にやるべきことは、もうない。ただ、新たにやってくる年を待つだけ。そんな時に、珍しいものが届いたのだ。
──四葉真夜からの招待状。中身は「慶春会への参加」を命じる旨が書かれている。
これは、一族たちの前で「次期当主指名の儀」を行うからに違いなかった。十師族選定会議を目前にした、この時期。次期当主を発表するには、ちょうど良いタイミングだと言えた。
しかし、集まりは別に一族全員参加が義務付けられている訳でもない。そもそも、発表くらい文面による通達でも良いのだ。必要が無ければ会おうともしないお母様が、わざわざおれを呼びつける理由が分からない。なんとも、不気味な感じがした。
「──姉貴、来たぞ」
パラサイト騒ぎ以来、夕歌の部屋を訪れていなかった。ものが散らかっている訳ではないが、以前よりは雑然とした印象を受ける。
「いらっしゃい。紅茶、どうぞ」
ガラス製ティーカップになみなみ注がれているのは、鮮やかな赤のローズヒップティー。好みの分かれやすいハーブティーを出すのは、独特なもてなしのように感じた。
恐る恐る、カップに口をつける。酸味には驚いたが、そこそこ好みの味だ。後で銘柄を教えてもらおうと思った。
「で、面白い話って何」
「当主決めの選考をもう一度やり直すために、深雪さんの慶春会参加を妨害しようとしてるって話」
「やり直してどうするんだよ。どうせ結果なんて変わらないのに」
順当に行けば、深雪以外にあり得ない。四葉家は、もっとも強力な魔法師を当主として選ぶという不文律が存在するからだ。
「貴方を候補に入れ直せたら話が変わってくるでしょう? 今までなら、あり得なかったけれど……」
「へぇ……。──なるほど、本当の狙いは達也か。ガーディアンの交代まで粘る気だな」
分家当主らの達也嫌いは筋金入りだ。何を考えているのかくらい、手に取るように分かった。
もし、深雪が今当主になってしまうと……ガーディアンといえども、達也は一定の権力を手にしてしまう。彼が「次期当主の意向だ」と言えば、下は従うしかない。そして、深雪も兄がそうした態度を取ることを咎めない筈だ。
「でも、今の四葉はそこまで連帯がある訳ではない。黒羽さんたちの話を本気にしている人も増え始めているみたいよ。もちろん、御当主様はそれを無視することも出来るけど……」
「仮に、当主選出をやり直すのであれば。誰か、やりたい奴いるんじゃないのか? おれや深雪に拘らずとも。強い奴がやる、なんて言ってるから決まらないんだ」
篩にかけた結果が4人なのだ。元々はもっといた。分家の子供世代やその縁戚である古式魔法師家系の人間など。最初は20人弱いた気がする。
「そんな奇特な人いないわよ」
「いるだろ。ほら……今の候補だけでも、新発田勝成とか」
「あの人は……昔はやる気だっただろうけど。今は、ね」
夕歌が含み笑いをする。ニヤニヤ、という表現が一番近い笑顔だ。
「色々あるんだな」
「まぁ、貴方と理由は近いわよ」
その言葉で、何となく彼女の言いたいことが分かった。自分じゃない誰かの人生を考える時になって、急に「四葉」という名の重さを感じる。勝成もまたそうなのだろう。
「真柴とか静とか、武倉とか……。元候補者に会ってきたけど、皆嫌だって」
「アイツらにとってもチャンスじゃないのか?」
「深雪さんの邪魔をするということは、あの『お兄様』と対立することなのよ。やる気に満ち溢れてるのは、親世代だけに決まってるでしょう」
なんだか、七草家の問題と似たような構造になっている。とはいえ、師族会議があるわけでもなし。社会的規範というストッパーは、四葉家内に存在しない。
「これ……面白い話か?」
気が滅入る話の間違いだろう。現代社会に生きる人々が抱える「やりたくないことをやるのは嫌です」という問題でしかない。
「面白いでしょう。大人たちだけが盛り上がってるところとか。嫌々ながら、皆一応親の言うことを聞こうとしてるところとか」
上位者の楽しみ方だな、と思った。研究者気質だからかもしれない。おれも大概だが、姉もなかなかである。
「姉貴もそうじゃないのか」
津久葉の娘なら、条件は同じの筈。呑気に笑ってる場合ではないだろう。しかし、彼女は含み笑いをする。
「私は色々と考えてるわ。色々とね」
次は慶春会で会いましょ、との言葉で話は締め括られた。
電話越しでも良いような内容。それを直接会って話したのは「本家に聞かれると厄介」ということだ。そのレベルで、分家の行動は綱渡りなものだった。
(人手不足で処分はされないと踏んでいるのか……)
大漢復讐戦以来、四葉の人員は慢性的に足りない。血を継ぐ子供たちを増やすほか、外部からのヘッドハンティング、調整体の開発。このように、戦力を増やそうとはしている。それらをもってしても、裏仕事をするにはまだまだリソース不足なのである。
とはいえ、見せしめに多少は……というのも十分あり得る。それに、分家の力を削いでしまったとしても、案外何とかなりそうではあった。ならば、おれはどうすべきか。
「……豊橋まで行ってくれ」
とりあえず、やるべきことは1つ。分家の中でも主力である黒羽の方針を尋ねることだろう。単に達也を退けたいだけなら、多少は交渉の余地もあるような気がする。
◆
「水面下で達也兄さんを排斥する計画を!?」
黒羽の屋敷に行ってみたものの、なんと当主の貢は不在。工作のために外で動いているのかもしれない。仕方なく、応対してくれた文弥に今後の活動について質問したのだが……驚いたことに、彼は何も知らなかった。
「あり得ないですよ……父さんたちは何てことを」
文弥は頭を抱え始めた。確か、彼は達也のことをとても慕っていた筈だ。板挟みになるのも無理はない。
「そもそも、最初から四葉家は達也兄さんを正統な一族として迎え入れるべきなんです。あの人は、僕なんかよりもずっとずっと『四葉』なのですから」
おや、とおれは思う。彼は「達也が四葉を忌避している事実」を知らないのだと。あるいは、共同体内に確固たる立場があれば仲間でいてくれる、という幻想を抱いているか。
「それこそ、一番イヤな未来なんだろうさ。前世紀SF野郎にしてみれば」
「あの……それ、ウチの父のことですか?」
その問いに対し、おれは真面目な顔で頷いた。もう21世紀も後半なのだ。スパイ小説かぶれの人間など珍しいにも程がある。しかも、わざわざ古い話を好んで読むなんて。そんなやつ、今はほとんどいないだろう。
「まぁ、言わんとすることは分かりますが。──それにしても。深雪さんが次期当主になると、自動的に達也兄さんの価値が上がる……確かになぁ。言われてみると」
テーブルに載ったままのコーヒーを彼はぐい、と飲み干した。そして、力一杯にカップをテーブルに叩きつける。鈍い嫌な音がした。
「なんか不満そうだな」
「当たり前ですよ! これでは結局のところ、達也兄さんは深雪さんのオマケに過ぎないということです」
僕は気に入らないですよ、と文弥は頬を膨らませる。まろい頬が更に丸くなった。
「これは、きっと深雪さんも同意してくれると思います。達也兄さんの存在証明は、大切なことですよ」
そこで文弥は言葉を切り、おれの顔を覗き込むように見た。
「……夜久さん。貴方のためにもね」
「深雪ちゃん抜きに、達也の価値を証明することが?」
「上手くやれば、達也兄さんを当主にできるかもしれません。兄さんは、深雪さんに重責を負わせること自体は気も進まないでしょうが……」
その重い荷物を背負ってやることは、望んでするだろうということ。割とえげつないことを言っている。要は、やりたくないことを出来る人に押し付けようという話なのだから。だけど、おれもそれを咎められない。
「分家内でも子世代の多くは、達也兄さんの能力を認めています。勝成さんだけ、まぁまぁ怪しいのですが」
「いや、大丈夫だと思う。さっき、姉貴から聞いたが……」
面白がっている時特有の夕歌の笑顔を思い出す。矛先が自分に向いてないだけ、今回はマシであるといえた。
「あぁ。琴鳴さんか……なるほど」
「誰?」
「勝成さんのガーディアンです。えっと、そのぉ……言いづらいんですが」
文弥が耳まで赤くして、下を向いてしまう。何となく、彼が何を説明したかったか理解する。
「デキてんだ」
「そ、そういうことです……」
調整体は得てして、遺伝子が不安定な傾向にある。ナチュラルな人間と調整体の子供も、どこか歪になる可能性は十分あり得た。当主の子供には間違いなく向かない。
おれを産む前、方々から生殖細胞をかき集めたのだって……調整が必要となる可能性を極限まで下げる必要があったからだ。おそらくは。
「とにかく! 勝成さんも何とかなるなら、やれますよ!」
「やれますよ、と言ったって。具体的にどうすんだよ」
「そうなんですよね……」
すごく強いですレベルの話で納得してもらえる訳がない。
「トーラス・シルバーも戦略級魔法も外部に明かせませんし」
「いくらなんでもなぁ……まずすぎる」
不意に、文弥がくすりと笑う。何も面白いことは無かったのに。
「どうした?」
「いえ……こうして貴方と和やかに話せる日が来たのが、なんだかおかしくて」
「……」
多分、文弥は何も変わっていない。きっと、変化したのは自分だ。
「どちらにせよ、とりあえずは様子見ですね。──あれ、姉さん」
客間に現れたのは、文弥の姉である亜夜子であった。たっぷりとフリルのついたブラウスと、パニエによってふんわりと広がったスカート。今日も派手な服装だ。
「いらしていたんですね。こんにちは、夜久さん」
「どうも」
亜夜子は薄く微笑み、おれに「面白いことが分かりましたわ」と言う。今日はどいつもこいつも、人を笑わそうとしている。
彼女は文弥の隣に座り、ポケットから小さなチップを取り出す。端末に差し込み、おれの方へと画面を向けた。
「鎖国主義の四葉とはいえ。血が濃くなりすぎないよう、外部から血を取り入れます。どこから持ってくるのか……もちろん、スポンサー様からの提供。つまり、古式魔法師たちです」
「そうだな。例外はおれくらいだ」
違法行為によるものとはいえ、おれには「一」の血が流れている。将輝が割と親切なのも、おそらく理由はそこにある。
このように。血縁関係というのは、この時代において強い意味を持つもの。本来、正式な「四葉」ではない筈の古式魔法師家系すらも、四葉一族として取り込まれている。もちろん、扱いこそ異なるが。
「どうやら、この四葉内で今起きている嫌な感じの雰囲気。ちゃんと、そういうところに原因があるみたい。えっと……これですわね」
そう言いながら、亜夜子は画面を高速スクロールする。しばらくして、彼女は指を止めた。どうぞ、と促され……液晶に映る文書を読む。
「東雲が関わっている?」
「えぇ。私たち黒羽の親戚でもある、あの東雲ですわ。……その本家が、お父様たちを焚き付けたみたいです。元より、お父様にとっても渡りに船ではあったのでしょうけど」
「まぁ、そうだとしても。おかしいと思ったんだ! 父さんが、僕たちのことを気にせず動こうとするなんて……そうか、協力者がいるからだったのか」
文弥が端末を握りしめ、齧り付くように画面を見る。それを亜夜子は横目で見て、軽くため息をついた。親への絶対的な信頼を仄めかすワードが出たことで、おれに少し気を遣ったのかもしれない。しかし、それも一瞬のこと。すぐ、こちらへと向き直る。
「夜久さん。気は進まないかもしれませんが……。やはり、この状況は何が裏があるように感じます」
「いや、おれも同意見だ」
達也の問題を抜きにしても、分家の動きはどうもおかしい。おれを当主にすることは、もしかすると主目的ではないのではないか。
どちらにせよ、のんびり静観している場合ではない。そう思った。