大漢の亡霊は如何にして、東雲家を唆したのか。
古式魔法師家系は閉鎖的で、外部の介入など好まないというのに。しかも、顧傑は崑崙法院の生き残り。自分たちが「四葉関係者」だと分かっていながら取り込むなど、正気の沙汰ではない。しかし、実際に我々四葉家内を引っ掻き回されている訳で。
「──報酬として提示された『不老不死の術』に惹かれた奴がいたみたいですよ」
今日のおれは、文弥と行動を共にしていた。おれたちが今いる場所は、都内の小さなライブハウス。インディーズバンドたちが演奏を繰り広げる中、ドリンク片手に端でコソコソと会話する。精神干渉魔法を使い、人避けもばっちりだ。
「現代魔法師にとってはあからさまに眉唾ですが、古式の人間だと案外信じ込んでしまうところがあるんですね」
文弥は険しい顔のまま、ちびちびとミネラルウォーターを飲む。ジュースは嫌いなのか、と尋ねると「ボクシングをやってるのでちょっと」と返答が。どうやら、摂取カロリー量を気にしているようだ。
「古式系にとって、魔法はファンタジーの再現だからな……」
もちろん、現代魔法も古式魔法も「エイドス改変」を伴う現象なことに変わりはない。だが、漠然としたイメージを優先する古式魔法は、特に古い伝承などをモチーフにした術が多い。そのため、術者本人ですらも「奇跡を起こせる」と勘違いしがちなのだ。
「──東雲も、内通者自体は既に処分しています。これは、黒羽も協力しました。お互い、本家に叛意有りと見做されては困る身ですからね」
「だが、顧傑は取り逃したと」
「えぇ。長年、四葉から逃げおおせていた強敵とはいえ……悔しいです」
おれは何も言わず、黙ってコーラを飲む。「黒羽が動いて消せるようなら、もう既に死んでいただろ」とは流石に言えなかった。
「……どちらにせよ、最後には死ぬ。おれがそうさせるから」
お母様の代わりに怒る必要も、悲しむ必要も自分にはない。そんなことはもう知っていた。でも、殺したいと思う。これはきっと、自分に対する救済だ。
「えぇ、やり遂げましょう。──それにしても。遅いですね、勝成さん。お仕事が長引いているのかな」
四葉分家の1つ。新発田家の長男である新発田勝成が決めた集合場所が、ライブハウスだったのだ。
おれは、あまり彼のことを詳しく知らない。だが、この騒々しい空間に似つかわしくないのではと思えた。
「──良かった、間に合った。……2人とも、待たせて済まなかったね」
ぼんやりステージを眺めていると。待ち人がようやくやってきた。かっちりとしたスーツに身を包んだ男だ。
「初めまして、夜久くん」
「どうも」
勝成とは、ほぼ初対面であった。文弥が「顧傑を殺すために役立ちそうな魔法師」に片っ端から声を掛けなければ、今後も言葉を交わすことは無かっただろう。
「早速、色々と話をしたいところだが……。まずは、演奏を聞くとしよう。そろそろ、奏太の出番だ」
文弥が「奏太さんは、琴鳴さんとは別にいるガーディアンです」と耳元で囁いてくる。護衛が多すぎないか、と思った。
入れ替わりで、ステージに現れたバンドマンたち。その1人に注目する。ボーカルらしき青年は、その身体を取り巻く想子の流れが、他の3人とは全く異なっていた。どう見ても魔法師。間違いなく、彼が勝成のガーディアンだ。
(おれたち以外、メチャクチャ盛り上がってるな……)
勝成も身内の演奏にはしゃぐのかと思いきや、腕を組んで黙り込むのみ。我々のいる空間だけ異質だった。
奏太のバンドがラストだったようで、最後の曲が終われば、客やスタッフがどんどん撤収していく。勝成が「もう少しで全員いなくなると思う」と言った。その言葉の通り、数分でがらんとした空間に。
「──お疲れ様、奏太。かなり良かったよ。楽しかった」
楽しんでいたらしい。側からはとてもそうは見えなかったが。
「ありがとうございます、マスター!」
堤奏太は嬉しそうに主人の言葉に頷く。そして、いきなり表情を変えて……おれに人差し指を突きつけた。
「おい、マスターに危害を加えたりなんて考えるなよ」
おれは返事を返すことなく、黙ってその指を掴んでやった。
「て、テメッ……!」
関節とは逆向きに軽く反らしてやると、奏太の顔色は分かりやすく悪くなった。おれの心次第で、人差し指の未来が決まることに気づいたのだ。
「ガーディアン風情が粋がるな。黙ってろ」
更に力を入れよう……としたとき、違和感に気づく。咄嗟に手を離す。次の瞬間、奏太は苦しげに顔を歪めた。もう、掴んでいないのに。
「……これで手打ちにしましょう。本当に折ると、やっぱり可哀想ですよ」
文弥の「ダイレクト・ペイン」が、奏太の右人差し指に幻肢痛を与えたのである。
「勝成さんもそれで良いですよね?」
「あぁ」
落ち着き払った声だったが、視線は奏太に向けられていた。心配の感情を隠し切れない辺り、彼にとって、ガーディアンは使用人以上の存在のようだ。友達だったり、恋人だったり。
「では、早速本題に。……ライブでお疲れでしょうし、奏太さんは休んでいてください」
奏太は弱々しく頷き、楽屋へと歩いていく。ただ、一度こちらに戻ってきた。椅子を3脚持ってきてくれたのだ。喧嘩っ早いものの、気の利く使用人ではあるらしい。
「まず、前提として。顧傑が日本から逃げる前に捕捉する必要があります」
ぴん、と文弥が人差し指を立てた。もちろん、おれは掴まない。
「既に逃げられているということは?」
「流石にあり得ないかと。彼は、自ら人前に姿を見せました。つまり、日本における工作の際……単独で動かざるを得ないことを意味します」
彼の指摘も尤もだと言えた。東雲を焚き付けるくらいなら……仲間に任せても良さそうなものなのに。おそらく、それをするだけの人員すらいない。
「……間に合わせで調達した協力者は、裏切ることが多いですからね。『誰かに頼む』はリスキーだったのでしょう」
「文弥くんの言う通りだな。四葉のガーディアン制度と同じだ」
生まれながらに主人を守る役目を運命付けられた存在。それが、ガーディアンというもの。意外と中途採用も多いのが四葉の魔法師。しかし、ガーディアンだけは違う。四葉の価値観しか知らない魔法師が担当する。
同じ世界を見れる人間としか、長期的な視点を共有できないのだ。結局のところ。
「だから、出国も出来るだけ自分でなんとかする……そういうことか」
下手にエージェント任せにすると、情報を売られることもある。文弥の推測は妥当だった。ただ、時間があまり無いことに変わりはない。
「出る、としたら……中華街経由だな」
「そうだと思います。他は難しいですから」
横浜港付近。地下に張り巡らされた下水道は、方位を狂わせる大陸の術式と相性がすこぶる良い。太陽の光が差し込まない(方角がおかしいことに気づきにくくなる)ことも、術の効果を更に上げる。よって、この密入国ルートは未だに現役だった。
「横浜で確定なのかい? 南京町の可能性は?」
「あっちは水再生センターと距離がだいぶあるんで……リスクが高いんです。実際、よく捕まってますし。まぁ一応、現地に行ってもらってはいます。武倉とか真柴が協力してくれたので」
「アイツらか。彼らが行ってるなら大丈夫だろう。……こっちはこっちで、やるべき仕事をしよう」
口ぶりから察するに、同世代の分家子息たちのことだと伺えた。本当に大丈夫なのかは、正直分からないが。
「えぇ、そうですね」
「──奏太を呼んでこよう」
そう言って、勝成が席を立つ。その隙に、文弥が「もう揉めないでくださいよ」と軽く睨んできた。
「向こう次第」
「ほんと……最悪だ。貴方も勝成さんも関西に回せなかったとはいえ」
戦力の割り振りには、だいぶ苦戦していたらしい。コイツも大変だな、と他人事のように思った。
◆
横浜中華街を訪れるのは久しぶりだった。横浜事変以来ではないだろうか。戦争を経たというのに、この場所は大して風景が変わっていない。周辺は復興を目指し、再開発が行われているというのに。
「……ここにもミサイルの1つや2つ、撃ち込むべきだったんじゃないですか」
中華街の門を見て、奏太が身も蓋もないことを言い出す。
「奏太……全く、お前は」
呆れた、といった様子の勝成。額を手で抑えている。
なんだかんだ、物怖じしないところは面白いかもしれない。少し前に見かけた夕歌のガーディアンなどは、なんだか陰気臭かった。生活を共にする相手なのだから……多少はノリが良くあると助かる。そういうことなのかもしれない。
「ここを実質的な治外法権にしていることは、ちゃんとメリットもあるぞ」
これは、以前の外患誘致バイトで知ったことだ。有効な脱出ルートが1つあると、別の脱出ノウハウが蓄積しない。行動範囲が絞られるリスクを加味しても、中華街を選ぶしかなくなるのだ。今回のように。
「夜久さんの言う通りです。ここの水再生センター、現場の人間は踏み入ってくることはありますが……大規模なガサ入れは絶対されませんからね」
そう言いながら、センター裏口(後ろ暗い人間にとっては、ここがメイン入り口である)のノブを掴む。彼が扉を開けたタイミングに合わせて、CADで魔法を行使する。使ったのは、精神干渉魔法「ヒュプノス・ガーデン」。領域内にいる人間を眠らせることが出来る。人間ではなく範囲に作用する魔法なので、こういう時には非常に便利だ。
「……見張りは寝たな。さっさと行くぞ」
CADをポケットにしまい直した時、視線を感じた。何ということはない。勝成がじっとこちらを見ていた。
「何だよ」
「君の魔法を間近で見るのは初めてだからね。いやはや、なんとも見事な精神干渉魔法のスキルだ」
嫉妬や羨望。彼の目の奥から、それらは滲み出ていた。
「もし自分が、君の立場ならば。君のような不可解な行動を取ることは一度も無かっただろうね」
文弥が頭を抱えている。「もうイヤだ!」という気持ちが、その表情からありありと感じ取れた。しかし、彼はすぐにハッと目を見開き……CADに手を伸ばす。
「──マスター!」
だが、奏太の動きはそれより早い。彼は主人を包み込むための「サイレントウェーブ」を、既に発動完了していた。おれは感心する。なんだかんだと言っても、やはり四葉のガーディアンなのだと。
「想子の音を出す呪具だ」
見張り兼受付の男が使っていたデスクの引き出しを開ける。そこには、鐘を模した形の置物が入っていた。
「外敵に見張りが無力化された時用なんですかね?」
「おそらくは。……うわぁ、すごい。これ、本当に微かな音ですよ。──壊しとこう」
確認するや否や、文弥が呪具に移動系魔法を掛ける。柱に激突してバラバラになった。想子の音も途絶える。
「……これが、俺の精神を狂わせていたのか」
正気に戻ったのだろう。疲れた声で勝成が言う。どう見ても、先程の彼はおかしかった。四葉の戦闘魔法師が、仕事中に小競り合いを始める……そんなことなどあり得ない。つまり、異常事態が起きていたのだ。
精神にダメージを与える音。かなり弱い魔法だから、人によってはダメージを受けることすらない。おれや文弥には効いていなかった。恐らく、精神干渉魔法への耐性が高いから。調整体「楽師シリーズ」の奏太は奏太で、音に関する魔法への防御能力は高い筈。この中で、勝成だけが割りを食った。
「すみませんでした、マスター」
「いや、助けてくれてありがとう。──夜久くんもすまなかった」
話もひと段落し、おれは改めて破片を摘む。表面に呪文のような紋様が刻まれている。これが「ルナ・ストライク」や「マンドレイク」に近い魔法を起こしていたのだ。
「いつまでもここにはいられない。先に進もう」
「そうだな」
しばらく、地下道を歩き回る。けれども、数分も経たないうちに……おれたちは足を止めた。
「……おかしい。鬼門遁甲の術強度が弱い。どう考えても『使用中』とは思えないぞ」
下水道内は常に術が掛かっている。出入りしていた経験があるので知っていた。だが、客がいる時はもっと術の出力を上げる。おれでも、情報強化を重ねないと歩けないくらいには。
「関西だった可能性はないか?」
「いえ、向こうも……夜久さんと同じようなことを言ってきてました。ほら」
即座に端末画面を見せてきた。確かに、そういった内容が書かれたメールだ。あちらにも、精神干渉系魔法に対して高い感度を持つ魔法師がいるのだろう。
「変ですね……」
そのときだった。奏太がマンホールに繋がる梯子の方へと近づいていく。首を伸ばして上を見た彼は、訝しげな表情を浮かべた。
「外が騒がしい。何かあったのかもしれません」
それを聞いて、おれたちは顔を見合わせる。「まさか」という思いを、今ここにいる全員が抱いていた。
「奏太の耳は良いんだ。出てみる方が良いと思う」
梯子を上り、マンホールを開ける。地上に吹く風が顔に当たるとホッとした。大して綺麗な空気ではないだろうが。
「──登録番号不明の船舶です!」
「──絶対領海内で捕まえろ!」
「──海保とは連絡ついているのか!」
本当に大騒ぎが起きていた。奏太が耳に手を当てて、目を瞑っている。内容を聞き取ろうとしているらしい。
「不審船騒ぎが起きているようです。間違いなく、夜久様たちが追っている……」
「あぁ、顧傑だ。四葉の追手が下水道に入ったタイミングで、逃げ出すつもりで元々用意してたんだろう」
黒羽との交戦による教訓なのか。彼はとんでもない大博打に出た。逆転の発想で、全てのセクションを誘き寄せたのだ。横浜事変を経ているため、怪しい船があれば……誰もが過剰反応する。
「普通なら考えない方法ですが。『四葉』避けとしては、確かに正しい方法と言えますね」
魔法を使いつつ、港の方まで移動する。怪しげな貨物船が、警備船に追われていた。レーザー砲だの魔法だのが飛び交い、既にちょっとした戦場である。
「……困ったな。下準備無しにここに突入するのは、至難の業ですよ」
四葉が分家制度を導入しているのは、違法行為がバレないようにするためだ。仕事でもないのに、目立ってしまえば……今後の任務に支障が出る。そもそも、分家がおれに協力してるのは、やらかしの後処理をしたいという動機から。彼らにとって、深追いは本末転倒。
「──文弥、おれを不審船まで飛ばせるか?」
「何する気ですか!?」
そうなのだ。「彼らにとって」は、意味のない行動でも。「四葉夜久にとって」は、やりたくてたまらないこと。ここで諦めるなんて、あり得ない。
「おれは『四葉』だ。ここに参戦する理由なんて、いくらでも後付けできる」
分家子息たちや司波達也。おれは、彼らとは違う。今ここで、おれだけが顧傑を殺せるチャンスを手にしているのだ。十師族としての責任? ノブレス・オブリージュ? 何にせよ、人々が勝手に答えを出すだろう。
お母様はもう、おれを見ない。でも、見せつけたかった。見返りがなくても、人は誰かを愛せる。大切な家族なのだと、こちらからだけはちゃんと伝えたい。自分なりの復讐。
「そ、そうですけど! 単独なんて危険すぎます!」
「……行かせてやれ」
こちら側についた人間がいた。意外や意外、勝成だ。さっき「本音」を聞いてしまったので、何だか「死ねと思ってないか?」と穿った見方をしてしまう。
「無責任な発言だと自覚している。──でも、顧傑を殺しておかないと……まずいのも確かだ。仮に、奴が『司波達也君の問題』に関係してる場合は特に」
「そっか! 達也兄さんのことをもっと知ってる可能性だってある! ──善は急げですね。夜久さん!行きますよ!」
よく分からないが、突如として文弥は乗り気になった。彼がおれの背中に触れる。一瞬にして、上空へと射出された。「疑似瞬間移動」による効果だ。
目的の船を睨みつけたまま、CADを操作する。慣性制御によって、軽やかに貨物船の舳先に着陸した。
(きっと、これが「四葉」としての最後の仕事だ)
最期ではなく、最後。おれにはまだ見たい未来があり、ここで止まる訳にはいかないのだから。