魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第4話

 横浜港にて、夜久が顧傑との戦闘に突入した時刻。

 四葉家本家では、真夜がティータイムと洒落込んでいた。今日の彼女は、気分がとても良かった。ハーブティーの豊かな香りを楽しむ余裕もある。

 

「分家の皆さんは頑張っているようね」

 

 そして、傍に控える葉山に話しかける。彼は丁寧に一礼してから、主人の問いに答えるべく口を開く。

 

「そうでございますな。ですが、その努力は全て……奥様の企みにへと収束します。皆様はきっと、気づいておられないでしょう」

「えぇ。だからこそ、面白くてたまらないわ」

 

 紅茶に映る自身を真夜は見つめる。笑顔の自分。それは、どこか姉に見えた。手で軽くカップを揺する。表情が少し歪んだ。

 

「とはいえ、思い切られましたな。新年に先んじて、達也殿をガーディアンから解任するとは」

 

 トーラス・シルバーの正体がリークされたことで、真夜は「ある決定」を下した。それが、達也の魔法工学の才を世間にアピールするということ。

 そのため、四葉内部で様々な処理が行われた。ガーディアン解任もその1つである。

 

「だって、意味ないもの。元々、役割に名前を付ける必要なんかない。でも、やたらと気にしているものだから……消してあげたの」

 

 司波達也という人間は、妹を守る宿命から今後も逃れられない。真夜はそう確信していた。

 

「みんな、驚くでしょうね。本当に……楽しみだわ」

「ただ。1つだけ、懸念がございます。夜久様は、驚くどころでは済まないのではないかと」

「知らないわ」

 

 ぷい、と横を向いてしまう。普段はかなり理性的な真夜だが、この話題だけは酷く嫌がっていた。

 

「……でも。決着は付くんじゃない、お互いに」

 

 だが、珍しいことに。彼女は話を途切れさせなかった。顔こそ、葉山から背けたままだったものの。

 

「お互いに、ですか?」

「始まりが変わってしまえば、全てが書き変えられる……魔法と同じよ」

 

 魔法とは何か。定義を抜き取れば、シンプルに「エイドスを改変する技術」でしかない。だが、その改変は現実すらも塗り潰す。

 もしも、真夜と夜久が親子じゃなかったら。関係性など、最初から生まれない。全てが無に帰す。

 

「ちゃんとした納得できる理由がないと、私は人を愛せないの。私はやっぱり、あの子を自分の子供とは思えない」

 

 無条件の愛。そんなものを真夜は実感できない。この世界が美しくないことを、知ってしまっているから。

 

「達也の魔法は、私の魔法と同じ。そして、全てをめちゃくちゃに傷つけられる存在……だから、好き」

 

 物質構造に干渉することで、結果的に全てを貫く光条を作成する。それが、真夜の「流星群」だ。達也の「分解」は、いわば物質構造干渉である。同じ「構造干渉」であっても、夜久の魔法とは少しも似ていない。魔法の形質という観点から見れば、真夜から遺伝しているように見えるのは達也なのだ。

 

「──もちろん、分かっている」

 

 彼女は椅子に座り直し、ティーカップを手に取る。そして、ぽつりと言った。

 

「みんな、私のために一国を滅ぼしてくれたのよ。でもね……その愛情に対して、何も返してあげられなかった。私には、もう何にもなかったから」

 

 なぜ、四葉真夜でなければならなかったのか? この問いに、誰も答えを出せない。理由なき災厄──そのせいで、姉が罪と共に生きることになった。自分が自分でなくなった。現在に至るまで、悲劇は連鎖し続けている。

 

「すっごく重荷。愛されるって」

 

 愛されたくない。だって、自分の中の欠落を知覚してしまう!

 

 深夜を見たくなかった。

 そして、夜久を見たくなかった。

 

 心をいじくり回せる人間の癖に! 真夜の心はいつだって叫んでいる。同じだけの愛を返せないのが、怖い。悍ましい魔法を持つ人間の側は、自分を愛そうと必死になっているのに。

 

「だから、私にとっての『完璧』な息子になって欲しいわ。達也には」

 

 激情の殆どを奪われている達也は、妹しか愛せない。

 真夜が「息子」をどれだけ愛しても、彼は同じだけの愛を返してこないだろう。真夜の愛がどれだけ不器用でも、彼は咎めてこないだろう。理想的な親子関係。感情労働が求められない関係性でやっと、彼女は息をすることが出来る。

 

「夜久は、姉さんの息子なの。そうしましょうよ」

 

 はぁ、と真夜は大きくため息を吐く。

 ちょうど良いタイミングだと思ったのだ。夜久は、とうとう自分に興味を失くした。最近は、やたらと二十八家子息たちと連んでいる。

 

「でも、別に幸せにはなれないでしょ。四葉なんだから、あの子も」

 

 息子に対する、初めての贈り物は名字だった。それは、呪いのようなもの。「アンタッチャブル」であることは、死ぬまで彼についてまわるだろう。四葉家の外で、四葉の人間が生きるのは難しいのだから。

 

 真夜は「そろそろ、お風呂にでも入ろうかしら」と立ち上がる。

 

「あの、奥様……こんな時に恐縮なのですが、お耳に入れておきたいことがございます」

 

 小さな紙片を手にして、葉山は気まずそうな顔をする。

 

「今、文弥様からご連絡がございまして」

 

 さっき、上がって来たばかりの情報。真夜の機嫌が急降下することを分かっていても、言わなくてはならなかった。

 

「どうやら、夜久様が……横浜港で」

「……えぇっ?」

 

 思わず、真夜は目を丸くする。それに対し、葉山が重々しく頷く。同時に端末を差し出す。彼女はそれを手に取った。画面に軽く触れ、ゆっくりとスクロールする。

 

「──やはり、夜久様の方は……奥様の手を離してくれないのかもしれませぬな」

 

 

 

 

 

 

 貨物船に着陸したおれは、真っ先に顧傑を狙った。当たり前だ。しかし、他ルートから船に潜入した人間たち(もちろん国防を担う人々だ)が複数人乗り込んできて……正直邪魔だった。

 

「……まさか、そちらから無力化しようとするとはな」

 

 船縁には死体が転がっている。全て、顧傑が殺した。けれども、それは直接的な死因であるに過ぎない。殺される前の彼らは、おれの「ユーフォリア」で戦闘継続不可能な状態になっていた。

 

「おれの名前を忘れたか? 自己紹介くらい、いくらでもやってやるぞ?」

 

 死体たちを隔てて、向こうに立っている顧傑。彼を睨みつけて、おれは軽口を叩いてみる。だが、すぐに視線を手前に戻す。命を落とした魔法師たち。亡くなった筈の彼らは起き上がり……こちらへと襲いかかってくる。恨みを晴らそうとしているみたいに。

 

「お前、センスあるよな。生命を弄ぶ、という点では四葉並だ」

「……お前たちの倫理と同じと言われるのは不名誉だ」

「そうか? 褒めてるのに」

 

 大陸特有の死体を使った二毛作。もちろん、大漢出身の彼にとっても十八番。だが、クオリティが段違い。とてつもなく洗練された僵尸術だ。何より、死してなお精神領域の一部を維持出来ている点が凄まじい。それは、魔法演算領域が現存することを意味するのだから。ただ、人格は失われているようで、普通の人間よりも精神の形が歪になっていた。

 

(クソッ!どちらにせよ邪魔だ!)

 

 思わず舌打ちする。生きていても、死んでいても足手纏い。将輝や光宣、せめて琢磨でもいれば……「生きたまま」共闘出来ただろうに。いや、無いものねだりをしても仕方ない。

 

(それにしてもおかしい! 世の中の魔法師がこのレベルなら、十師族制度なんか既に瓦解してる!)

 

 先程とは、明らかに手応えが異なる。魔法の威力が上がっていた。

 

(無理やりに魔法力を増大させているのか!)

 

 カラクリとしては、どこか精神構造干渉に近い。人格を失った分のリソースで、魔法演算領域の能力を無理やりに引き上げている。この技術は、かなりの力技ではあるようで……死体人形からは想子が大量に噴出していた。ただ、これもメリット化している。濃霧レベルで空間に溢れる想子は、起動式をも吹き飛ばしてしまう。要は「術式解体」の要領だ。

 しかし、死体人形の演算領域は無茶な出力のせいで、完全なるオーバーヒート状態。集中して目を凝らさずとも、視認ができてしまうほどに。「オーバークロック」を使った十文字克人の演算領域を見つけるのと同じくらい、照準をするのが楽だ。普通だとこうも簡単にはいかない。

 

(ラッキーだったな)

 

 複数工程の複雑な魔法であっても、精神構造干渉であれば……CADなしで素早く発動できる。おれの演算領域は、この魔法に最適化されているからだ。精神構造干渉魔法「フラクチュア」によって、死体人形が次々と静止していく。そのままの勢いで、顧傑に手を伸ばす。しかし。

 

「……!」

 

 なんと、魔法が弾かれた。こちらが死体に掛かり切りになった間に、防護結界の術を組んでいたらしい。しっかりと、呪術的な「線引き」が為されているのか、こちらの領域干渉すら乗らなかった。かなり定義が複雑な術だと分かる。

 達也なら「分解」で一発だろうが、おれではそうもいかない。顧傑を包む結界を破壊するためには、今から船内中を探し回って術式媒体を探し出す必要がある。そんなことをしていられない。下手に隙を見せれば、鬼門遁甲で逃げられる。

 

(船ごと破壊してやる!)

 

 CADを口に咥える。歯型が付くくらいに強く噛み締め……跳躍。足で顧傑を羽交締めにする。続いて、首をキリキリと絞めつけていく。

 急拵えの術だ。霊体防護に割り振っている筈で、物理的な防御には無力と読んでいたが。ちゃんと正解だったようだ。

 

「な、何をする気だ!」

 

 その問いには答えず、待機状態にしていた魔法を投影する。加重系魔法「破城槌」によって、船の中央部エリアに強い加重が掛けられる──すると、船体が真っ二つに割れた。タンクにダメージが入ったのか、燃料が海面に溢れ出る。それを目の端で確認した。

 

(セット:振動・熱量操作・収束・密度操作:エントリー! 事象改変実行! 魔法名『発火』!)

 

 心の中で、現代魔法の「呪文」を唱える。CADを抜き取られないよう口に咥えていたので、次の魔法をCADで発動できなかったのだ。

 古式魔法師とは異なり、現代魔法師はCAD必須と思われがちだが、実はそんなこともない。プロセスを理解していれば、自力で魔法式を組むことは可能だ。ただ、特殊な固有魔法でもない限りは、構築を促す自己暗示を必要とする。これを俗に「呪文」と呼ぶ。タイムロスが大きいので、殆ど使われることはないものの。それでも、不意打ちには強い。ちゃんと『発火』の魔法式は、燃料タンクに投射された。顧傑からパッと身体を離し、情報強化を咄嗟に重ね掛けする。やらないよりマシだ。

 

(……どちらの悪運が強いだろう?)

 

 爆発で吹き飛ばされ、海へと投げ出される。身体が、喉が灼けるように熱い。火傷を負ったのだろう。目が開けられない。息が苦しい。

 だが、この状況でもCADは手放していなかった。上顎と下顎でしっかりと噛みついたまま。爛れた手を口元に伸ばす。覚えのある感触。ちゃんと愛用しているCADだ。

 

(無くなったらヤバかったな……。今度からは腕輪型にしよう)

 

 そんな「未来」のことを考えられるのが嬉しかった。

 表面のボタンを何回か押してみる。軍で採用されているFLT製のCADだ。爆発に巻き込まれて煤だらけになっているが、内部構造に深刻な損傷は無い。

 

「──おれの勝ち」

 

 目の前には、顧傑の死体が浮かんでいた。これで、四葉の復讐物語は幕を閉じた……と言えるだろうか。あまり、実感が湧かなかった。

 

 

 

 

 

 

 適当な魔法を発動し、岸の方へと戻った。爆発のせいで更に大騒ぎになっていたので、ボロボロの姿でも誰も寄ってこない。

 

「……夜久さん!」

 

 港の端に辿り着いた時。血相を変えて、文弥が近寄ってきた。誰にも見咎められなかったのは、どうやら彼のアシストもあったようだ。

 

「むちゃくちゃですよ、自爆なんて……。どうして、そんな危ないことを!」

「……ここで、仕留めないといけなかった」

「だからって……」

 

 いや、とにかく治療をしましょう。文弥は話題を強引に変えた。そのまま、さっきチャーターしたというヘリに乗せられ(黒羽の魔法師が認識阻害で隠していた)、簡単な治癒魔法を掛けてもらう。

 

「……新発田勝成は帰ったのか? 薄情だな」

 

 痛みがだいぶ引いたので、少しはくだらないことを言える元気が出てきた。

 

「違います。あの人は、職場に呼ばれたんです」

 

 勝成は防衛省で働いているので、この騒ぎの対処に駆り出されたらしい。表の仕事は断りきれないとはいえ、彼は今複雑な気持ちだろう。

 

「新卒ですからね、嫌とか言えないみたいですよ」

「そりゃあ気の毒に」

 

 どう考えても、今のおれの方が気の毒な感じだよな……と思いつつも、そんな風に相槌を打った。頷く動作をすると、皮膚が引き攣ってえらく痛い。治癒魔法は単なる気休めに過ぎない、と思い出した。

 この火傷は、治るまでどれくらいかかるだろう。しばらく、愛梨に会えないなと思った。




顧傑を倒しただけなので、まだ四葉継承編は続いていきます。でも、ひと段落はしましたね。やっと慶春会に進めそうです。

現代魔法の「呪文」は、原作では真由美が使っていましたね(なお不発)
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