司波達也=トーラス・シルバー。この事実の公表について、四葉家は「何故か」積極的に行動した。しかし、アフターフォローについては何も無し。それどころか、達也を深雪のガーディアンから解任した。
そして、四葉家の執事である小原(外部との交通手段を管理している人間だ)は、マスコミ対策に四葉は関与しないと達也に言い切った。つまり、深雪の安全管理はこっちでするから、お前も勝手にしろということである。だが、達也としても引き下がれない。後任のガーディアンである水波も、まだまだ実力不足なのは明らか。八方塞がりだが、自宅には報道陣が押し寄せている。兄妹はこのまま引き離されてしまうのか……という事態に陥ったのだが。
「──雫、本当にありがとう。お父上を説得するのは、大変だったんじゃないか?」
現在、達也たちは北山家の屋敷に匿ってもらっていた。学校に通う際は、雫を送迎する車に同乗させてもらう。小原は歯噛みしているだろうが、一番良い解決方法といえた。
「ううん。むしろ、大喜びだったよ」
「それなら良かったが……」
「両親は結構好きみたいだから、2人のこと」
だけど。周りを確認してから、雫は声を顰めて達也に言う。
「深雪は大丈夫なの」
「そうですよ! 深雪、なんだか顔色も良くなかったですし……」
「大丈夫、の筈だ。おそらくは精神的なものだから」
この場に深雪がいない理由。今、彼女は部屋で横になっているからだ。
普段から北山家によく出入りしているほのかも合流し、4人で宿題を進めている最中。突如として深雪の具合が悪くなった。
「ウチに来た時から、どこか様子はおかしかったけど……お正月の話題を出した途端、急に」
「ごめんなさい、私があんなこと言ったから」
「気に病まないでくれ。ほのかに悪気なんて無いことは、俺も分かっているから」
異変は、ほのかの「初詣に行こう」という提案からだった。彼女としては、次こそ晴れ着姿を好きな人に見せたい!という意気込みしか無かったのだが。
「でも、俺たちは初詣に行けない。──実は、正月に外せない用事が入っているんだ」
ガーディアン解任後、叔母である真夜が達也にも招待状を寄越してきた。つまり、行かねばならないのだ。どちらにせよ、本家の入り口まで送る気ではいたが。
「そ、そうですか……」
「親戚と顔を合わせることになるんだが……深雪には、あまり気乗りしないことでな。しばらく、触れないであげて欲しい」
達也だって、大して行きたくはない。だが、何を言われても受け流せる。しかし、自分の代わりにいつも怒ったり泣いたりしてくれる心優しい深雪──彼女にとっては、とてつもなく辛い時間になることは予測できていた。
「そうなんだ……お正月当日は無理でも、日を改めて集まろう。──ね、ほのか?」
「うん……。良いですよね、達也さんも?」
「あぁ、もちろんさ。せっかく誘ってくれたのに、悲しい思いをさせてすまなかった。でも、正月が明けたら……きっと。深雪も元気になるだろうから」
そう言いつつも、この慶春会は自分たちの生活を更に変えるものになるだろう……と、彼は内心で思う。約束は約束のまま、終わるかもしれない。妹の心を守れるのは、自分だけになるかもしれない。
「これからも2人には、あの子の心休まる相手でいて欲しいと思う」
それでも、願う。愛しい妹の未来が素敵なものであり続けることを。ふんわりとした花のような笑顔。可愛らしく「お兄様!」と甘える柔らかな声。
ずっとずっと、美しいものだけをみてほしい。汚れたものなんて、全て隠してやる。そのためならば、何だってするから。
「もちろん! その……友達ですから!」
「任せて。私も、深雪のことは大好き。……達也さんほどでは無いかもだけど」
「いやいや」
謙遜する達也を、雫はじっと見る。何故だか、それに倣って……ほのかも。しばらく見つめ合い、3人はおかしくなって笑い出す。
「心配といえば。四葉くん……学期末、大変なことになってましたよ」
「見た。あれ、不気味だったよね」
夜久の話題は慶春会を連想させてえらく不吉だ。とはいえ、そんな理由でほのかを責めるのも違う。黙って、先を促した。
「多分、達也さんは目にしてないと思うんですけど。すごかったです。顔も身体も、包帯ぐるぐる巻きで」
「そうそう。ミイラ人間みたいだった」
横浜港の一件か、と達也は思い出す。この前、夜久は密入国者を殺害していた。その際に船を爆発炎上させ、様々なセクションに大迷惑を掛けたらしい。ただ、後々の調べで……公安がマークしている中華街関係者と近しい人物の可能性が浮上し始めて、夜久はお咎め無しとなった筈だ。
「それで、なんか……十師族としての職務を果たした際に、酷い火傷をしてしまったらしくて」
モノは言いよう過ぎるだろう!と心の中で叫ぶ。流石に、達也の頭も痛くなってくる。どうせ、個人的な目的のために大暴れしただけだろうに。
「皮膚移植はもう終わってて、見た目は元通りみたいです。でも、治癒魔法が定着するまでは包帯で保護しなきゃいけないって……森崎くんに喋っているのを聞きました」
「それは災難だな」
一応直系だというのに、達也が召喚されなかったあたり、本当に夜久には人望がないのだろう。例えば、深雪が大怪我をしたとしたら(命令される前に行動を起こすつもりではあるものの)、苦痛を和らげることを最優先するに違いない。
(分家の人間たちは「夜久でも良いだろう」と言っていたらしいが……どう考えても、本家側の人員からは支持を得られない)
そうなると、やはり次期当主は深雪なのだろうな……と気が重くなる。「エスケイプス」は、まだ準備段階だというのに。でも、今の達也に四葉真夜は止められないのだ。
「……深雪に災難が降りかからないといいが」
思わず、そんなことを声に出して言ってしまう。
「ふふふ」
ほのかが口元を手で押さえ、笑っていた。達也が彼女を見ると「だって」と言う。
「今、達也さん自身も結構大変でしょう? だけど、達也さんの頭の中は、今日も深雪のことばっかり。それがおかしくて」
トーラス・シルバーは、自分1人だけのものではなく、正確には牛山との共同プロジェクト。よって、対応の殆どは管理者であるFLT本社の仕事だ。心理的負担はそこまでない。弁明しようとしたが、結局やめた。
多分……ほのかが本当に言いたいのは、そういうことではないのだ。それは、達也にも何となく分かった。
「……やっぱり、羨ましいです」
そして、推測はちゃんと正しかった。
誰かと会話をする時も、深雪のことばかり考えてしまう。達也はそういう風に作られた存在なのだ。改めて、自分自身の在り方を理解した。
◆
31日の昼頃、おれは本家に訪れた。最近は都内のマンションに居座っているため、本家まで足を運ぶのは久しぶりだ。
案内されたのはもちろん、第四研内にある自室。ベッドと紙媒体の文献を入れた棚しかない、何とも殺風景な部屋だ。暇なので、論文などを読んで過ごした。途中で眠くなってきたので、シャワーを浴びて布団に入る。
「──夜久様、起きてくださいませ!」
設定していなかった筈のアウェイカー(覚醒を促す特殊な音を鳴らす機器だ)の音が、部屋中に鳴り響く。時刻を確認すると、朝4時。どう考えても、まだ眠っていても良い時間だ。訳もわからぬまま、メイドにベッドから引っ張り出され……屋敷の方へと連れて行かれる。
「流石に慶春会は、きちんとした格好で参加していただかねば困ります」
椅子に座らされたおれの前に、白川夫人が現れた。彼女は所謂メイド長である。
「私は他の用事がありますので、ここを離れますが……くれぐれも、メイドを困らせないように」
そう言い残し、彼女は去っていった。忙しい、というのは嘘ではないのだろう。
あれよあれよという間に、まずは化粧を施される。女性向けのそれではなく、ベースを整える目的のようだった。顔の色むらやクマなどが、手際よく消されていく。
「使った化粧品、後でマンションの方に送って貰えるか。難しいなら、スキンケアラインだけで良いから」
そう言うと、メイクを担当していた新人らしきメイドは目を丸くした。怒られこそすれ、まさか喜ばれるとは思わなかったのかもしれない。
「もちろんですっ! 全て新品をお送りしますね」
その後は、準備室の空気もかなり和やかなものへと変わった。ヘアセットや着付けをしてもらいながら穏やかに雑談をする。普段は、本家ではなく……外で殺し屋をしているらしい。派閥の外なので、周りから「夜久係」を押し付けられたのだろう。
「殺すのは今でもどきどきしますけど……楽しいですよ。毎日」
「へぇ、そうなのか」
世間話をしているうちに準備が終わった。部屋を出る前、ふと思い立って尋ねる。
「そういや、名前は?」
「私ですか? 桜崎奈穂です!」
名前を聞いて、彼女は「桜シリーズ」なのだと気づく。シールド魔法の使い手が、護衛でなく殺し屋なのはかなり珍しい。
「白川夫人には良い感じのことを言っておくよ。まぁ、おれが言ったところで変わらないかもしれないが……」
「いえ、ありがとうございます!」
奈穂によって、会場へと案内された。「なんでか知らないですけど、夜久様は結構席次が低いので……先に入って貰う感じです」と耳打ちしてくる。本家の使用人ではないから、割と裏事情を明かしてくれるなと思った。
おれの位置は、分家エリアと使用人エリアの間。一族内だと、かなり下のランクなことを意味する位置──要は、外から入れた血と同格だった。
「──みなさん、あけましておめでとうございます」
深雪だの達也だのが入ってきたのち、お母様が広間に登場した。金糸がふんだんに使われた黒留袖を身に纏っている。そして、えらく楽しげな表情だ。あまり見たことない、と思った。
「こうして、皆様と新年を迎えられたことを嬉しく思いますわ。そして、今年は嬉しいことが3つもありますから」
そう言って、新発田勝成と堤琴鳴の婚約を発表し始めた。周りから「まぁそうだろうよ」といった会話が聞こえる。どうやら、周知の事実だったらしい。
「──次の発表は……あらあら、皆様。そんなに身を乗り出さなくても、すぐにちゃんとお話しますわよ」
次期当主は、案の定というべきか。深雪から変わらなかった。
「まだまだ、未熟ではありますが……精一杯励みます」
丁寧に一礼する深雪。その表情から、心の内は読み取れなかった。だが、おれは「匂い」を感じ取る。それは、歓喜そのもの。
(九校戦の時には嫌がっていたよな?)
謎の心変わり。理由が分からないので、少し不気味だった。
「最後に、次期当主となる深雪さんの婚約者についても発表しませんとね」
その言葉で、考えは一度中断させられた。お母様は何故か……達也の側へと移動して、彼の肩に手を置いた。
「深雪さんの婚約者は私の『唯一の息子』である達也です。今まで明かしていなかったんだけれども。事情を話しますと……──」
唯一、ってなに。
口を開いたり閉じたりした。なのに、息の仕方が分からない。脳はどんどん酸素を奪っていくのに、新しい空気を吸い込めなくなった。苦しい。
「──兄妹のように育った訳で、本人たちにも多少は戸惑いがある……わよね? まぁ、そうでしょう。しかし、時間が想いを本物にしてくれるわ」
音がどんどん遠くになってゆく。目の前の光景を受け入れられなかった。
「──ちょっ、ちょっと待った!」
黒羽貢がいきなり立ち上がる。彼の慌てふためいた声は、おれの沈み込みそうな心を逆に浮上させた。
「どうなさったの、貢さん。そんなに慌てて」
「慌てますとも! 彼が息子かどうかもそうですが、何より夜久はどうなんです!」
彼、で貢は達也を指差す。そして、振り返って……おれを指差した。広間の人間全てが、こちらに視線を向ける。
「……あぁ、そのことね。彼は」
「──彼は御当主様の息子ですよ。正真正銘の、ね。『視れば』すぐ分かります」
お母様の言葉を遮ったのは、達也であった。右手の人差し指を立て、真上に突きつけている。正確には、四葉真夜の首元へと向いていた。
「達也、貴方……どういうつもり」
わなわなと震えるお母様の唇。どうやら、予想外の事態が今起きている。
「俺が貴方の息子であることは、彼が息子であることを妨げない筈です。──それに、嘘をついても決して真実は消えない」
「……いいえ、消えるわ。現実は魔法と同じように書き換えられる。そうでないと、いけないわ」
突然の修羅場。貢が困ったように首を左右に向ける。しかし、誰も助けようとしない。皆、何を言うべきか全く分からないからだ。正直、おれだって困っている。
「黒羽さん。亜夜子の具合が……あまり良くないように見えます。色々と言いたいお気持ちはお察ししますが……少し診ていただいては貰えませんか」
そんな彼に行動の指針を与えたのも、達也であった。確かに、亜夜子の顔色は酷く悪い。顔面蒼白、といった状態だ。
「えっ。……あ、亜夜子! どうしたんだ! 少し休みなさい! ──誰か、手伝ってくれ!」
様々なことが積み重なって、パニック状態の貢。それでも、娘を案じ……彼女を外へと連れ出した。
騒がしい人間を見ていたら、少し気持ちも落ち着いてくる。立ち上がり、お母様の近くまで移動した。こちらを見つめてはいるものの、瞳には何も映していないのが分かる。
「……もう、いいよ。嘘か本当かなんて。別にどっちでも」
おれは静かに言う。最初から「そう」だったら、悲しくなかったのだろうか。
「お母様が言うなら、信じる」
今までありがとう、と言い残し……部屋を出た。準備室に戻り、さっさと普段着に着替えてしまう。第四研に帰ろう……と歩いていた時、ある人物とすれ違う。亜夜子だ。彼女は振袖を脱ぎ、楽なワンピース姿に変わっていた。
「……お疲れ」
「お疲れ様です。お互いに」
まだ具合は悪そうだったが、顔色は元に戻っていた。
「……その。あんまり、気に病まないのがよろしいわよ」
「まぁ、そうなのかもな」
自販機でホットコーヒーを2つ買い、片方を亜夜子に渡す。屋敷の中でも、客を入れる場所はラウンジのような施設になっているため、こうして飲み物が買えるのだ。
「ありがとうございます」
しばらくの間、お互い黙ってコーヒーを飲む。苦味も今の自分たちには、大したものではないだろう。
「達也さんが口走った『真実は消えない』という言葉。あれは……どういう意味なのかしら」
「どうもこうも。おれの話なんじゃないのか?」
奴の辞書に、気遣いという言葉が収録されているのは意外な気もするが。
「いいえ。きっと……達也さん本人のことも含まれていると思うの」
「えっ。アレが嘘だと洒落にならないぞ!」
「静かに! 大きな声で騒がないでっ!」
思わず大声を出したおれを、亜夜子が慌てて制した。ここは人目もある。センシティブな話題は避けるに越したことはない。
「……第四研の応接室に行くか」
「そうしましょう」
コーヒーの紙カップを捨て、第四研の方へと移動する。
「──兄妹でない、が嘘だとして……。なんで、結婚について入れ込まないといけないんだ?」
おれを遠ざける嘘ならば、別に婚約のくだりは不必要なのだ。
「あと、深雪ちゃんがやたら嬉しそうだったのも気になる」
「嬉しそう……ですか?」
何となく感情を嗅ぎ取ったことを説明すると、亜夜子はがっくりと項垂れた。
「御当主様は、深雪姉さまの味方をされたのね……薄々気づいてはいたけれど」
「えぇ……。ヤバすぎるだろ」
色んな話が錯綜しすぎて、自分が受けたショックもどんどん薄れていく。良いのか悪いのか。
「そういう問題も含めて。様々な配慮をした結果が、これなんじゃないかしら。達也さんですら、完璧には納得していない……のだと思うし。今後も色々なことは起きそうですけれども」
「まぁ、師族会議とかはグチャグチャ言いそうだな」
おれたちですら、こんなところでコソコソ言っているのだ。四葉外の人間は、もっと堂々と懸念を示すだろう。
「……実質、深雪姉さまと夜久さんが兄妹という状態ならば。夜久さんは、婚約者問題に巻き込まれないでしょうね。──だから、御当主様も貴方のことを憎んでいるだけではないと思うの。そう言ったら、お嫌かしら?」
「一応、そういうことにしておくか」
本当なのかは分からない。でも、くよくよ悩むよりはマシだった。お母様とおれは、親子かもしれないけれど……他人ではある。相手の気持ちは100%理解できないし、そもそもする必要もないのだ。そして、全部は分からないからこそ。良い方向にへと解釈したって良い。やっと、それに気づけた。
◆
2097年1月2日。四葉家は、魔法協会を経由して3つの通達をした。
司波深雪を四葉家次期当主に指名したこと。
司波達也を四葉真夜の息子として認知したこと。
司波深雪と司波達也が婚約をしたこと。
しかし、この大ニュースを好意的に捉えるものばかりではなかった。従兄妹同士だったとはいえ、元兄妹の結婚。頭では問題ないと分かっていても、勝手に文句をつける人は多い。たとえば、一条家は婚約に対して強い懸念を示した。
そして、問題はもうひとつ。再び「第一賢人」が動いたのだ。
『四葉家次期当主の婚約者は、例の「灼熱のハロウィン」を引き起こした術者である』
無機質な合成音声が、日本中のデバイスから響き渡った。
『戦況を大きく揺るがす戦略級魔法師。それが、実質的な私設組織の管理下に置かれること。非常に危険と言えるのではないのか。しかも、あの「アンタッチャブル」だ』
『日本の皆さん。より良い未来のために、はっきりと言わなければならない。この婚約は、取り消されるべきなのだと。恐れることはない、貴方たちはただ……この「
戦略級魔法師は、国家に管理されねばならない。
国の財産とも言える魔法師たちの遺伝子。それらが損なわれる近親婚は、やはり避けねばならない。
世論は次々と噴き上がっていく。そのどれもが、四葉家の──司波深雪の望まぬ未来を強いるものであった。
四葉継承編ラスト。そもそも、この章で話を完結させようと思ったのですが、なんかそれだと収まりが悪いなと思いました。次からのエピソードは師族会議編として独立させた方が良さそう……と気づいたので、次回からは新章開幕です。
一条将輝が四葉の問題に首を突っこむし、夜久もまだまだ四葉の面倒ごとに関わるハメになるので、その辺りを回収しつつ風呂敷を畳もうかなって思ってます。