魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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師族会議編
第1話


 都内にある七草家の邸宅。その書斎にて、ドレス姿の三姉妹たち(来客への挨拶のため、正装である必要があった)が揃って難しい顔をしていた。テーブルの上には、魔法協会からの通達書がある。数時間前、発表されたばかりの情報。それは驚くべきものだった。

 

「びっくりだわ。本当に」

 

 真由美がそう言って、静かに息を吐く。衝撃が大き過ぎて、言うべきことが見つからなかった。実力や人柄など、様々な要素から気にかけていた仲の良い後輩──達也と深雪は、なんと四葉家の直系だという。確かに言われてみれば、納得は出来る。でも、今まで考えたこともなかった。

 

「せいぜい、数字落ち辺りだとばかり……。能力の高さの割に、出自がどうも曖昧だったし」

「そっか。隠してたというよりは、隠すよう言われてたの方が近いのかな」

「えぇ。そう考えると、四葉先輩の不可解な行動の数々も説明が……付きますわね。カモフラージュのつもりだったのかしら」

 

 もう1人の「四葉」である四葉夜久。高い魔法力こそ持っているものの、高校生にしては情緒が幼過ぎる少年だ。多くの(悪質な)逸話を残しているため、魔法師界隈では「四葉家はアレを当主にする気なのか?」と心配されていた。

 

「本当に付いてる? 単におかしかっただけなんじゃない」

 

 率直過ぎる香澄の意見。彼女の推測は、実のところ正鵠を射ていた。

 

「正直……気になることなんて、言い出せばキリが無いわ。とりあえず、祝電だけは打っておこうかしら」

 

 端末を立ち上げた時、部屋の外から「待ちなさい」という声がした。

 

(またか……!)

 

 もうこれで今月は何回目だ? 不快感から、真由美は思い切り顔を顰めた。そして、その表情のまま……「どうぞ」と言う。扉が開いた。

 

「やぁ、娘たち」

 

 彼女たちの父親である弘一が入ってきた。以前のクーデターもどきにより、真由美が当主代行の地位を勝ち取った訳だが。その後も、何かと口うるさい。

 

(しかも、全く役に立たない……って訳じゃないのが腹立たしいのよね)

 

 当主教育も受けておらず、何かと不慣れな真由美に対して、的確なアドバイスをしてくれているのも事実だ。末娘のことも相変わらず可愛がっている(当主を退く羽目になったのは、泉美の行動が原因だったのに)し、最近は香澄にも割と優しい。一応「良い父親」らしき言動をしているといえた。

 

「お父様、何か御用でも?」

「なに、面白い動画が公開されたのを見つけてね。──お前たちも見た方が良い」

 

 泉美が「いきなり何ですの」と言いつつ、椅子から腰を上げた。香澄も仕方なさそうに続く。そうなると、真由美も見ない訳にもいかない。

 

「──何これ」

「第2弾、のようだ。いやはや……司波達也くんというのは、フィクションの設定みたいな人間だね」

 

 第一賢人を名乗る謎の人物が、時折投下する動画。今回の内容は、達也が「灼熱のハロウィン」を引き起こした術者であるというリーク。その上で、国防上の観点から……国家の管理下にあるべきなのではと提言するところで動画は終了する。

 

「笑っている場合ですか!」

「いやいや、至って真剣だよ。それに、元から知っていたことでもある」

「ご存じだったんですの!?」

「そりゃあ、私は七草家の惣領だった人間だよ。他家の事情くらい把握しておこうと努力していたさ」

 

 ここで言葉を切り、意味ありげな視線を真由美に向ける。「音を上げるなら今だぞ?」と言わんばかりのそれ。

 

(この、狸親父め……っ!)

 

 しかし、そんなことを言っても仕方がない。深呼吸をして、真由美は苛立つ気持ちを落ち着かせる。

 

「四葉夜久は、現当主と折り合いが悪いから良いとして。司波兄妹のどちらもが四葉に残留するとは……予想外だった」

「ふーん。それ、何か悪いことでもあるのですか?」

「悪いだろう。 ──四葉は強過ぎるんだ。こうして、外の人間から茶々を入れられるくらいには」

 

 七草に対して、そんなことを言ってくる奴はいない。

 弘一の言葉は淡々としていたが、どこか諦念が入り混じっているように……三姉妹たちには聞こえた。当主でなくなった父は、こうして偶に人間らしさを出す。

 

「外、って……どこですか?」

「日本の外だ。多分、この『賢人』は日本在住ではない。あるいは、常識を知らない子供か」

「話し方で分かる……ということですか? ほら、この人は『日本の皆さん』とかよく使ってますし」

「いや。もっと根本的なことだ。──現在でも国家安全上の要請は、十師族の意向を原則優越する。それを踏まえると、最初に切るカードにしても弱過ぎる」

 

 また、違和感は他にもあった。戦略級魔法師を私的組織が管理している点は、五輪家も同様である。五輪が四葉につくとは思えないが、それでも変に敵を作るような論を展開するのは……詰めが甘い。

 

「まぁ、私からのアドバイスは『手放しにこの婚約を喜ぶな』ということだ」

「嫌です! 私は深雪お姉様の幸せをお祝いしたいです!」

 

 泉美が大声で父親に食ってかかる。基本的にお淑やかな彼女にしては珍しい態度といえた。

 

「婚約というものは、単なる約束に過ぎない。成立しない可能性があることを忘れるな。真由美と洋史くんの話然り」

 

 身近な例を挙げる弘一。でも、彼は暗に自分のことも示していた。

 

「──世論が、戦略級魔法師の管理に動くと考えている訳ですか?」

 

 世の中全体の意思が、達也と深雪を引き離そうとするのだろうか。

 

「動くだろう。そして、我々十師族はそんなことを許すべきではない」

「結局、お父様は何をおっしゃりたいの? ハッキリ言ってくださいよ」

 

 香澄がとうとう耐えきれず、文句を言い始める。ここまで明け透けな言い方はしないが、真由美と泉美も同意見であった。

 

「個人的には、四葉の戦力は分散させたいが。それでも、この『魔法師の権利を狭める』ような意見は使えない。よって、別の方向から……この婚姻を阻止する必要があるということだ」

「そんなこと絶対させませんわ!」

 

 人差し指を弘一に突きつける泉美の目からは、ぎらぎらとした熱が伝わってくる。

 

「……と、まぁ色々考えたが。今の私には何もできないな。──真由美が代わりにしてくれるなら、話は別だがね」

「土下座されてもしませんわ。そんな卑怯なこと」

 

 祝電もきちんと送ります、と言って端末の画面に向き直る。弘一は肩をすくめるのみで、何も言わなかった。

 視線ポインタによる仮想キーを打っていた(この時代になっても「キーボードを打つ」は慣用表現として残っている)真由美は、画面端に表示された通知に気づき……入力を中断し、メールを開封する。

 

「えぇっ!」

 

 魔法協会を経由した、四葉家に対する一条家の書状。祝電かと思いきや、中身は全く違った。

 

「どうした」

「お、お父様……。これ、見てください」

 

 先程まで口出しを嫌がっていたことも忘れ、メールを父親に見せる。

 

「──なるほど、この手があったか」

 

 一条家当主である一条剛毅は、司波深雪と司波達也の婚約破棄を求めた。代替案として、自身の息子である一条将輝を新たな結婚相手として提案。どこからどう見ても、異議申し立ての意見書だ。

 法的に問題はなくとも、産まれてくる子に遺伝上の欠陥が起き得る可能性から、彼は懸念を示している。この態度は、とても「十師族らしい」在り方だ。自らの遺伝子を資産、とまで割り切れる魔法師は社会でも数少ない。

 

「まぁ、モラルは無いがね」

 

 とはいえ、弘一は一条家の動きに相乗りする気はさらさら無かった。自分が連名するならともかく、真由美の名前でするとなると外聞が悪過ぎる。

 

「泉美。確か、四葉夜久は生徒会に所属していたな」

 

 去年の秋。深雪が生徒会長に就任した。なので、夜久は生徒会を辞めようとしたのだが、達也が「深雪がこなす仕事の負担を軽くしたい」と強硬に主張。彼を無理やり残留させた。そのため、まだメンバーなのである。

 

「はい。そうですが……」

「彼がどちらに付くのか興味がある。分かり次第教えてくれ」

 

 そう言い残し、彼は書斎を出て行った。その背中に向け、三姉妹は「バーカ!」という念を込める。それくらいは許されるだろう。

 

「はぁ。何だか疲れちゃった」

 

 休憩しましょうか、と真由美が呟いた。双子が嬉しそうに声を上げる。もう、仕事は後回しだ。

 

 

 

 

 

 

 第一高校の生徒たちは、突如として生活の中に「四葉」が登場するという珍事を既に経験している。なので、2回目の出現には大して動じないだろう……と思っていたのだが、全くそんなことは無かった。おれは少々一高生を買い被りすぎていたようだ。

 全ての人間が、深雪や達也を遠巻きにしている。2人の取り巻きも今日は静かだ。普段ならば、彼らを取り囲んで楽しげに会話をしているというのに。葬式の日のような、奇妙な空気感。そんなものが校内を覆っていた。

 

「四葉って……評判悪いのか?」

 

 それでも、おれの生活は変わらない。今日も食堂で、駿と昼食を共にしていた。

 

「悪い、と思う。少なくとも、良くはない」

 

 聞いてみたものの。おれもそうだとは思っていた。もちろん、どこの十師族にも「お茶の間に大人気!」な要素は無いと思うが。

 

「それに、四葉プラス戦略級魔法師ときた。関わり合いなんてごめんなんじゃないか、普通は」

「……でも、深雪ちゃんは怖くないだろ」

 

 彼女は、かなり心優しい性格だ。人もそう殺さない。兄のことが絡むと、多少は不機嫌になったりもするとはいえ。でも、人間とはそんなものだろう。

 

「そりゃあ、司波さんは怒らないかもしれないが。知らず知らずのうちに、自分がヘマでもしたとして。怖い人たちに出てこられたら……みたいなのはあるんじゃないか」

「そうだな」

 

 おれの相槌によって、周囲が妙にざわついた。皆、こっそりと会話に聞き耳を立てていたのだ。直接こちらへ尋ねるのは怖くても、事情は気になって仕方ないのだろう。

 

「ほら!」

「別にどの家でも起きる話だ。四葉に限ったことじゃない」

 

 そこで言葉を切り、おれはどんぶりを手に取る。昼休みは有限だ。早めに食べてしまおう。ここでこれ以上のことを話す気はなさそうだ、と察したのか……駿も黙って箸を進めた。

 

「──なんで、お前だけが仲間外れだったんだ?」

 

 しばらくすると。琢磨が自分の食事を持って、おれたちのいるテーブルまでやってきた。そして、誰もが気になっていたであろうことを、ズバリとこちらへ問いただす。

 

「司波会長に兄扱いしてもらえなかったんだろ。僕だって、こんな奴が兄なら……絶望するね」

 

 琢磨と一緒についてきた光宣は、ナチュラルに失礼だった。

 2学期半ばまでは休んでいた彼も、今はこうして復帰している。おれに対しての態度に、少しも可愛げが無いのは相変わらず。でも、毒気は随分と抜けた。出会い頭に「殺す」などは言わないし、特に実力行使などにも出てこない。彼は彼なりに、自分の人生に折り合いをつけたのだ。

 

「兄扱い、というか。まず、おれたちはバラバラに育っているからな。血縁関係はある、くらいの認識だった」

「それもそうか。血が繋がっているからといって、必ずしも『家族』になれるわけじゃない」

 

 自分から吹っかけておいて、光宣は急にネガティブなことを言い始める。九校戦の時に開いた師族会議を経て、ただでさえ悪かった九島家の家族仲は……もっと悪化したらしい。

 

「好きになってもらえる理由がないとね」

 

 光宣は憂いを帯びた表情のまま、定食をぱくつく。元気があるのか、それとも無いのか謎だ。

 

「……好きになってもらえる、といえば。あの『クリムゾン・プリンス』に勝ち目はあるのか? 世間のウケだけは良さそうだが」

 

 友人(監視相手からランクアップしたらしい)に気を遣ったのか、琢磨が話題を大きく転換させた。

 

「おい、お前は『四葉』な訳だろ? あの婚約に対しては、やっぱり賛成という立場なんだよな?」

 

 琢磨の至極真っ当な疑問に対して。おれは黙って席を立ち、トレイを持ち上げることで答える。昼休みは、もうすぐ終わってしまう。

 

「──駿、行こう」

「分かった」

 

 流石の付き合いというべきか。彼もまた、既にトレイを手にしていた。

 

「お、おい!」

 

 何か言っていたが、そのまま無視。どちらにせよ、人目のある場所で話せるラインを超えている。遮音フィールドを貼っていたし、別に構わないのだが、教えてやる理由もない。よって、さっさと立ち去るのみ。

 

「──それにしても。一条の奴、どうしちまったんだ?」

 

 教室までの帰り道。駿が難しい顔をして、唸り続けている。いくら友人でも、強引な横恋慕には思うところがあるらしい。

 

「大丈夫かな……。誰かに悩みとか聞いてもらったほうが良いんじゃないか」

「悩み、というか。開き直ってる可能性はある」

 

 愛梨から聞いた情報では、今の将輝はかなり意地を張っている状態というが。周囲が心配して声を掛けても、頑なに「自分の気持ちに正直なだけだ」と言い続けているようだ。

 

(あの婚約が正しいかはさておき。おれも皆に便乗して、さっさと将輝を説得しないとな……)

 

 廊下を歩きつつ、内心でそんなことを考える。

 お淑やかで家庭的。そして、美人──司波深雪という少女は、将輝の好みにしっかり合致する。そして、どちらも知らない仲ではないのだ。本来ならば、応援なんかをしても良かったのかもしれない。

 でも、それは深雪が四葉でなければ……の話。一条家が彼女を嫁として迎え入れるのならば、まだ多少はマシ。逆は、本当に将輝が可哀想なことになる。「友達」なら、止めてやることも優しさだ。




きれいな七草弘一(コイツを当主から蹴落としたせいで、説明役を失ったことに後で気づいたゆえの措置)
きれいな司波深雪(夜久は割と深雪をまともな人間だと思っている)

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