魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第2話

 序盤のおれは、普通に「四葉なんか入っても良いことなんてない」程度の話で、将輝を翻意させられると思っていた。実際、良いことなんて何も無いのだ。四葉は身内意識が強いので、いつまで経っても「お客様」扱いされる。血を持たない人間は「本当の四葉」になんてなれない。ただ、居心地が悪いだけ。そう何度も言っているのに、将輝は強情だった。

 週末のこと。金沢理化学研究所にある応接スペースで、将輝と激論を繰り広げた。だが、ずっと会話は平行線。あまりにも噛み合わない。

 

「……それは大した障害ではない。司波さんと生きる未来に必要ならば、受け入れることくらい容易だ」

「本気で言ってるのか?」

 

 おれはとうとう呆れ返って、一言「好きにしろ」とだけ言い残した。本当に何のための時間だったのか。思わず憤慨してしまう。

 

「──だから言ったでしょ。説得するだけ無駄だって」

 

 研究所に併設されたカフェで愛梨と合流する。事の次第を話すと、彼女はため息混じりにそう言った。彼女たちも既に散々将輝と話し合っているのだ。

 

「……確かにな」

 

 頑固なところは、おれも将輝も変わらないのかも知れない。今まで、似ているなんて一度も思ったことは無かったけれど。

 

「とはいえ、この横槍のせいで……深雪ちゃんたちの婚約に対する疑念がどんどん噴き上がっているのも事実だ」

 

 なんと、魔法師コミュニティですら……好き勝手に遺伝子上の懸念を主張し始めている。遺伝子を「資産」と言われ、嫌にならない人などいない気はするのだが。無関係だからこそ、人々は無責任だ。

 

「そういう綺麗事だけじゃないだろうけどね。判官贔屓というか……」

「クリムゾン・プリンスともあろう人物が、勝ち目のない恋と戦ってて健気だって? 馬鹿らしい」

「人間ってそういうもの。見たいものだけを見るの」

 

 愛梨はコーヒーに入れたミルクをかき混ぜつつ、ため息混じりに言う。

 

「貴方の奇行が、今になって『カモフラージュ』と評価されているようにね」

 

 七草家とのトラブルをはじめ、おれが巻き起こした様々な騒動。七草閥の多い第一高校で「本当の次期当主」を守るためにしていた行動だったのではないか……と、今はよく言われている。でも、全然違う。行き場のない感情の発露に過ぎなかった。

 

「……そうだな」

 

 幼い行動だったかもしれないけれど。それでも、あの時の自分は本気だった。自分を証明できると信じていた。単なる「家の命令」に収束させられるのは、少しだけ悲しいと思う。

 

(……!?)

 

 自分の内側に目を向けていたからだろうか。魔法的な感覚が鋭くなっている。だからこそ、気づけた。イデアから伝わる微かな震え。事象改変の兆し。

 数秒後、自分たちを取り巻く想子が確かに揺らいだ。

 

「……何が起きたの」

 

 愛梨も気づいたようで、辺りをぐるりと見回した。

 

「魔法攻撃だ」

 

 想子の揺らぎ具合から、それなりに大きな魔法が発動されたことは明らか。しかし、多分この辺りではない。

 

「そんな……」

「とりあえず、将輝と合流しよう」

「えぇ」

 

 先程まで揉めていたとはいえ、この状況においても引き摺る訳にはいかない。多分、向こうもそう思っている筈だ。

 

「──おいっ!」

 

 席を立ち上がり、カフェを出た時。将輝がこちらへと走ってくるのが見えた。彼も魔法的感受性は高い。気づいていない筈など、あり得なかった。

 

「……何が起きた?」

「分からん。分からんが……とにかく、この辺りの人間は無事だ」

「なら、こちらで出来ることは無さそうね。1時間もしないうちに、魔法協会が情報を吸い上げて詳細を伝えてくるでしょう」

 

 一条家の管理地域に被害は大して無いものの、こんなところでコーヒーを飲んでいる場合でもなかった。おれも自宅マンションに帰ろうと思った時。端末が通話の着信を知らせた。

 

(姉貴……?)

 

 画面の表示には、夕歌の名が。心配するような人間ではなかった筈だし、そこまで仲良しでもない。意図が不明なので、思わず首を傾げる。

 

「もしもし」

「夜久っ! 貴方、今すぐ戻って来て!」

 

 言いたいことを言ってしまうと、彼女はすぐに通話を終わらせてしまった。余程、切羽詰まった状況だったのか。そこまで考えたところで、ふとある1つの考えに辿り着く。

 

(まさか……魔法攻撃は、四葉に向けたものだったのか?)

 

 だとすれば、先程の慌てぶりも納得できる……。

 また、端末が鳴った。今回はポップアップ通知だ。確認すると、メールが届いていた。

 

(おいおい。VTOLを用意してきた……これは本気だぞ)

 

 送られてきたのは、小松にある飛行場の開錠コードだ。基本的に軍用なのだが、一部エリアが数字付き用に用意されている。だが、そこに四葉家の使用人は常駐していない。金沢で生活している諜報要員にわざわざ準備をさせたのだろうか。

 メールはもう1つ。自走車シェアサービスの予約番号だった。これで小松基地まで行けということだ。何とも、至れり尽くせりである。

 

「離陸準備は完了しております。どうぞ」

 

 基地では、サングラス姿の男がすでに待機していた。どこからどう見ても、黒羽の魔法師だ。

 

「一条家の不可解な提案の理由を調べるために、金沢入りをしていたんですよ。まぁ、夜久様のおかげで……私も早めに帰還できますね。ハハハ」

 

 疑問が顔に出ていたのか、道中で彼はそう説明してくれた。軽い言動の割に感情が感じ取れない。諜報畑の人間らしい奴だなと思った。

 

「で、何があったんだ?」

 

 ついでなので、詳しい事情も教えて貰おうと尋ねてみる。

 

「深雪様と達也様が現在生活されている伊豆の別荘、ご存じですか」

 

 四葉深夜の療養のために作られたのが、伊豆にある別荘だ。精神構造干渉の過剰使用により、体調は元々芳しくなかった伯母様だが……沖縄での一件で更に悪化した。想子の僅かな揺らぎすらも演算領域に負担をかけるということで、山奥の静かな環境を必要としたのだ。

 彼女の死後は使われていなかった物件を、何故兄妹が使っているのか。それはマスコミ対策である。自宅の周りを記者などに囲まれるため、別の生活拠点を必要としたのだ。VTOLを使用すれば、少し手間ではあるが、ちゃんと学校にも通える。

 

「どうやら、そこに大規模魔法攻撃を食らったらしいですね」

「へぇ。調布が攻撃されなくて良かったな」

 

 おれの住むマンションは、都内における四葉の拠点だった。

 

「確かに、後処理が大変だったでしょう。──そろそろ、車体に認識阻害をかけますね」

 

 目的地を見られないようにする工夫だろう。四葉家では、頻繁に使用されている。そのため、航空局ともよく揉めているらしい。

 魔法が発動されてから、数分もしないうちにマンションの屋上へと到着した。

 

「──夜久くんっ!」

 

 フロアに入ると、深雪が小走りでやってきた。陶器のように真っ白な肌が、今日はより白くなっている。明らかに精神的な要因によるものだった。

 

「良かった……。夕歌さんに呼ばれたのよね? いきなりごめんなさいね」

「別に……。何があったんだ?」

「──新ソ連から大規模魔法攻撃を受けた」

 

 達也がいつの間にか現れ、こちらに事情を話し始めた。新ソ連の戦略級魔法師が、伊豆の別荘に「トゥマーン・ボンバ」を行使したのだという。

 

「事実なのか?」

「この目で捕捉したからな」

 

 戦略級魔法師を狙った非公式な軍事行動ということだろうか。だとしても、だいぶ性急なことに思えた。

 

「……俺が狙われた理由については、この際どうでも良い。一度『視た』ならば、同じことは二度と起こさせない」

 

 良くはないだろう、と思ったが何も言わなかった。過去を振り返っても何も変わらないのは事実だ。

 

「……ただ。こんな事態なんて、最初から起きて欲しくはなかった」

 

 兄妹から漂う暗い雰囲気は、どうやら「負傷者」がいたからのようだった。

 深雪のガーディアンが、障壁魔法を酷使したためにオーバーヒートを起こしたのだという。身体的な不調は「再成」で治っている筈なのに、未だに意識不明のまま。精神領域へのダメージ由来の負傷なのは言うまでもない。

 

「夕歌さんは、お前を治療のために呼んだ。しかし……」

「まぁ、そうだろうな。病室に『治癒魔法師すら入れられない』というのならば、明らかにそういうことだろう」

 

 想子の揺らぎが治療の妨げになるレベルのオーバーヒート。つまり、精神干渉魔法による治療は厳しい。衰弱した身体を回復させるのに、魔法的外部治療は逆効果ということを意味する。目覚めるかは、本人の体力勝負。

 

「第二世代ならば、まだ抵抗力はあるかもしれない」

 

 魔法師同様、調整体も「魔法が遺伝子に馴染む」現象が見られる。演算領域に負荷が多少掛かっても、肉体の修復能力が上回るのだ。そのため、死に至るダメージにまで進行しにくい。

 

「だが……」

「水波の身体はだいぶ虚弱になってしまっている筈だ。そうだな?」

 

 おれは黙って頷く。否定できなかった。

 オーバーヒートによって、肉体に付随する情報体が揺さぶられ続ければ、流石に肉体の修復が間に合わなくなってくる。魔法発動に伴う体内の想子の活性化で、容易に魔法演算領域は暴走する。だから、体調を崩しやすくはなるだろう。

 

「とはいえ、魔法演算領域を精神構造干渉によって一部制限するのも……余計に悪化させてしまう。結局、魔法を使わせることになるからな」

 

 術者と被術者を繋いだルートを介して起動式を送り、他人の魔法力を使って作成した魔法式を投射することで、魔法演算領域の活動をセーブする魔法。兄妹や光宣に行使しているものだが……これは、正確には『特定の能動的意思決定を妨げる魔法』だ。禁止させられている行動を取ろうとすると、無意識下で精神干渉魔法が発動する仕組み。つまり、想子の活性化は避けられない。

 光宣の不調が落ち着いたのも、自身の演算領域内にゲートに作用する魔法が常駐するようになったために、想子を常に外部へと放出させ続けることが出来るようになったからだ。しかも、それで遺伝子や想子体の不安定さが消える訳でもない。前よりはずっとマシというだけだ。

 

「かといって、改変を『貼り付ける』のは……厳しいぞ。ある程度成長した魔法師の精神は、エイドス改変の抵抗力を強く持っている」

 

 精神構造干渉を使えば、簡単に精神体の破損を元に改変できるというものではない。構造体を破壊してしまうならともかく、直した状態を定着させるのは難しいのだ。洗脳に近いため、自我の薄い幼い被験者しか成功例がない。効きもしない魔法をかけ続けて、想子波動のダメージを受けてしまうことは本末転倒といえた。

 

「自我を消してしまえば、なんとかなるかもしれないが」

「だ、だめよっ! 水波ちゃんが水波ちゃんじゃなくなってしまうわ!」

 

 深雪が叫んだ。彼女もまた、新発田勝成のようにガーディアンを大切に思っていたのかもしれない。

 

「でも、魔法を使えなくなった訳じゃない。無茶な使い方をしなければ……」

「そのことだが」

 

 達也が妙に真剣な顔で、おれの言葉を遮った。

 

「何だよ」

「調整体にとって、演算領域の破損は突然死のリスクを増加させる。俺はそれを看過できない。急死してしまうことで、水波の人生が閉ざされるなんてことは」

「お前……」

 

 おれの背筋に冷や汗が流れた。コイツの言わんとすることを何となく理解してしまった。

 

「魔法演算領域を外部から封印する。こうすれば、暴走の心配は消える。彼女も死を恐れなくて済む」

「本気で言っているのか!?」

 

 魔法師から魔法を取り上げる。それは、どこまでも残酷なことだ。

 だって、おれは知っている。魔法師は「運が良い人」だと。もし、力を喪失してしまったら。この悲しい世界を少しでも美しくしようという努力など、もうきっと出来なくなってしまう。人生に絶望してしまう。

 

「魔法師だけが『人間』の生き方ではない」

「確かに、魔法師は人間だ。でも、魔法師は魔法師にしかなれない」

 

 魔法を使えない魔法師に価値などない。誰も口にしようとはしないけれど、皆が知っていることだ。だから、人々は力に執着する。

 

「社会には魔法力を喪失した人間がいくらでもいる。彼らはちゃんと社会に適応して、自分の人生を生きている」

「そんなの綺麗事だ」

 

 人造魔法師実験の被験者の多くは、魔法力を喪失した非魔法師が多かった。心が魔法を信じなくなっても、あの頃の力が忘れられない。そんな人間たちを、おれはちゃんと知っていた。

 

「現実を直視しないからだ。それは、彼らの弱さ以外の何物でもない」

「人は見たいものしか見れない」

 

 埒が明かないと言わんばかりに、達也は首を左右に振った。

 

「あの子には、深雪の側で……普通の女の子らしく過ごしてくれれば良い」

 

 信じられなかった。深雪は四葉の魔法師でも、突出して優秀な魔法師だ。彼女の隣にいれば、否応なくその優れた才を目の当たりにすることとなる。

 魔法力を喪失した少女は、常に自らの欠落と向き合い続けるのだ。それは、もう二度と手に入らないものなのに。

 

「……おれは賛成できない。だから、演算領域も閉じない。じゃあ」

 

 そう言い捨て、さっと踵を返す。自分の居住エリアに戻らせてもらおう。

 

「よ、夜久くん……!」

「……深雪ちゃん」

 

 一度振り返り、おれは「妹」に声を掛ける。彼女はびくりと身体を震わせた。

 

「ちゃんと自分の意見を考えておいてよ。人から勝手に魔法を奪う罪に、相乗りはしちゃいけない」




夜久はパラサイト嫌いなので、パラサイトの利用については否定的な立場なものの……魔法に対する執着とかイカレ度は、九島光宣ともよく似ています。(そもそも、977編においての光宣は夜久と似た立ち位置でした)
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