第四研の地下区画では、外の時間が分からない。白い照明、金属製の机、壁一面の観測端末。画面に並ぶ数値だけが、実験がどこまで進んだのかを示していた。
第四研の現トップである夜久が、四葉深夜の研究を引き継いで行った「人造魔法師製造実験」。 以前の実験同様、精神領域をデリートして、そこに仮想魔法演算領域を植え付けるというものだ。 ただ、魔法演算領域の精度は、魔法師由来のものに比べて悪い。出力、スピード、演算規模はやはり以前と同様になってしまうことが予想できた。そのため、夜久が考えた工夫は「演算領域の一点特化」である。
簡単に言えば、使える魔法を四系統八種内の一つに絞るということ。イメージとしては、BS魔法師――いわゆる異能持ちだ。
「……ただ、一点特化にしたせいで想像以上に扱いにくくなるとは。これじゃあ、国防軍の欠陥強化兵士と変わらない」
夜久は椅子の背へ体重を預け、収集した波形を指で拡大した。鋭い峰は確かに魔法の成立を示している。だが、その前後には、使い手自身が制御できなかった乱れが幾つも残っていた。
収集したデータを整理しつつ、夜久はぼやく。彼は森崎家には「外泊」と偽り、しばらく第四研に入り浸っていた。人造魔法師製造実験のためだ。
術式のアップデート、深夜以上に「精神構造干渉」に適性のある術者、ほか様々な要因から……ほぼ全ての実験体が命を落とすことなく魔法師化した。
しかし、作製された魔法師の出来は微妙。まず、無意識下でのエイドス改変が多く見られる。使える魔法を絞ったせいで、それなりに魔法力が出せるようになった弊害だった。しかも、改変により常に想子が活性化するため、隠密行動にもあまり向かない。街路にある想子センサーにすぐ引っかかってしまうだろう。
「国防軍の実験施設で『魔法師』を強化して作った兵士と、元非魔法師が同じレベルになるのはそこそこ成功なのだろうけど」
彼の独り言に対して、夕歌がそう返した。彼女は、戸籍上は夜久の姉である。要は、津久葉家の人間ということだ。
「成功な訳ないだろ」
「何よ、人が慰めてあげたのに」
2人はそこまで仲良しな訳ではない。だが、夕歌はかなり夜久に迷惑をかけられてきたので、これでも彼女は親切な方である。
「……はぁ。まぁ、『あの子』は死んじゃったものね。そうなると思っていたけれど」
あやめのことであった。つい先ほど、魔法が発動できた(というより、勝手にエイドス改変が起きて火花が散っていた)というのに、目を離した間に自殺を図ってしまったのだ。
「……姉貴は予想ついてたのかよ」
問いながらも、夜久の目は画面から離れない。死んだ少女の名前はデータ欄にはもとよりなく、無機質な被験体番号で管理されたレポートが残っていた。
「えぇ。僅かな希望に縋って、叶うかもしれない未来を想像していたのに心がピクリとも動かない状況に対して、理性的に区切りをつける……そういうことってあるんじゃないかしら」
「理性的に、区切り……」
「自分が以前と同じ存在ではないことを理解し、未練がなくなったとでも言えばいいかしら……難しいわ。私が、心を失くした訳じゃないもの」
夕歌は苦心しながら、弟のために説明をした。しかし、夜久はあまりピンと来ていないようだ。
「……そうか。――そろそろ、向こうでは作戦開始だな」
新ソ連のニュークリア・マジック研究所崩壊に必要な人造魔法師は、既に移送している。四葉の戦闘魔法師や分家の子供たちが色々と仕事をしている頃だろう。
「上手くいったら……お母様、喜んでくれるかな」
声が急に幼くなる。夕歌はその横顔を見て、慰めを口にする代わりに視線を逸らした。成功の報告を持って行けば母が自分を見る――夜久の中では、犠牲も研究も最後にはそこへ繋がっていた。
夜久がそう言うのを聞き、夕歌は顔を引き攣らせる。
「そうかもしれないわね。でも、直接訊ねるのは無粋だから、葉山さんにでも聞きなさいよ」
「……うん」
この夕歌の忠告が、的確なものであったことは間違いない。 真夜は確かに喜んだ。しかし、それは夜久の異常性についてであったのだから――自身の姉と同じ「人の気持ちを理解できない」という罪を犯したことへの。
◆
実験は、後味の悪い結果に終わってしまった。 感情を失うということは、自死を選ばなくてはならないほど……あやめにとって納得のいかないことだったのだろうか。
心とは。精神とは、一体なんなのだろう。失ったら、逆に何も感じないはずなのに。どうして?
「――なんだか、ずっと上の空ね。貴方……仕事中って自覚はあるの?」
おれの目の前に座る女――愛梨が、呆れたように言った。彼女は急に「一日、ボディーガードをしろ」と押しかけ、おれを買い物に同行させたのだ。そして、今は個室のあるカフェで休憩をしていた。
「別に……」
「まぁ、いいわ。考え無しに退学させられるような行動をする人間ですもの。どうせ、私たちには到底理解できないようなことを考えているのね」
勝手に解釈して、うんうんと頷く愛梨。
「……貴方に話しておきたいことがあったの。これを見て頂戴」
愛梨はバッグから端末を取り出し、ファイルを開いた状態でテーブルに置いた。
「なんだこれ?」
「遺伝データ。貴方のね」
端末に浮かぶ配列と一致率を示す数字へ、愛梨の指先が触れた。夜久は一度だけ画面を見下ろし、すぐに彼女の顔へ視線を戻す。
「勝手に調べたのかよ……PDには載っていないはずだ」
現代のパーソナルデータには、遺伝データは紐付けされない。そういう法律が存在するからだ。つまり、何かしらの方法でおれの皮膚片等を採取して、勝手に鑑定に回したのだろう。
「ちなみに訴えたところで無駄よ。十師族ほどじゃあないけれど、ウチだって『忖度』される家だし」
「やらない。二度も同じようなことするのは、芸がない」
愛梨は「本当か?」と言わんばかりの胡乱な目つきで、こちらを見つめた。
「……まず、話は17年前に遡るわ」
「随分と前だな」
「一色の血縁に『緋色』という家があるの。そこの一人息子である光が、当時15歳という若さで亡くなった。理由はシンプルで、虚弱体質ゆえの突然死ってところ」
多分、緋色家は一色家の遠縁なのだろう。分家にいちいち別の名前をつけるのは四葉だけで、他ではあまり聞かない。
「……この人なのだけどね」
そう愛梨は続け、端末の画面を指差した。
「貴方と50%、一致しているのよ。つまり……」
「つまり?」
「親子ということになるわね。貴方と死人が」
流石におれも話が呑み込みきれず、無言になってしまう。父親の正体は知らないし、これからも知る必要は無いと思っていたが……死んだ人間が父ですよと言われれば戸惑う。
「お父様は、貴方が小学生の頃に『似ている』と思って調べたそうよ。緋色光は、珍しく精神干渉魔法に高い適性を見せていたから」
前に森崎の家に愛梨がやってきた時のことを思い出した。
「神経攪乱」に似ているだけでなく、精神干渉魔法であることも理由にあったのか。
「それで、どうしてなんだ? 死んだ人間が子供を作れる訳ない。カラクリがあったんだろ?」
「えぇ。緋色光が亡くなった夜……実は遺体が盗まれているのよ。魔法因子を持つ生殖細胞目的の裏組織の仕業だと見ているわ」
随分とキナ臭くなってきた。犯人はもちろん、四葉の実力部隊なのだろうが。前から狙っていたとしたら、中々である。
「その事件、特に公表されてないよな?」
「する訳ないじゃない。死体とはいえ、身内をみすみす攫われたなんて……大不祥事よ」
それに、あの頃は「数字落ち」になる恐怖をよく知るものがまだ多かったわ、と愛梨は続けた。 身内を守れなかったことで実力不足と見做されたら……と思ったのだろう。なるほど、詳細を隠すはずだ。
「一色家というか……お父様は当主になってから、『その事件』をずっと追っていたみたい。私も事情を聞いたのは、つい昨日のことだけれど」
「ふーん」
愛梨はずい、と身を乗り出し……おれを睨みつけた。
「……貴方、何者なの?」
「何者って……出自も曖昧で、養子になった先でも馴染めていない、ただの16歳だ」
「……じゃあ。中学の3年間、貴方はどこで何してたって訳? 一度も家に戻っていないまま、第一高校に入学しているなんて」
言える訳が無かったし、言う気もなかった。
「答えなさいよ」
愛梨が身を乗り出すと、卓上のカップが小さく鳴った。夜久の右手は答える代わりに、懐のCADへ滑る。
さらに愛梨は凄む。それに対する答えとして、おれはCADを取り出した。
「なに? やるっていうなら……」
彼女もCADに手を添えた。ここが個室とはいえ、一応公共の場であることは忘れているようだ。人のことは言えないが。
「……いいえ。やっぱり、やめておくわ」
途中で正気に戻ったのか、愛梨はCADを構えるのをやめた。
「名のある生まれじゃない人達。つまり……『一般の方』の中には、過酷な過去が往々にしてあるということを忘れていたわ。ごめんなさいね」
「……」
なんとも腹の立つ言い回しだ。コイツを南アメリカやアフリカの無政府地帯に放り込んでやろうか、とさえ思った。
「私の言いたいことはそれだけよ。それでは」
さっさと席を立って、愛梨は行ってしまった。取り残されるおれ。
「……アイツ、金払ってないぞ」
本人が言うのだから、育ちはいいはずなのに。仕方なく、2人分の料金を支払って店を出た。 帰ったら、駿と模擬戦でもするか……と考えながら、帰路に着く。その途中で、奇妙な黒い人影を見つけた。
「夜久くん。久しぶりだな」
会計を済ませて店を出ると、昼の光の中に不自然に濃い影があった。黒い服の人影がこちらへ顔を向け、聞き覚えのある声で呼び掛けた。
「ゲッ。前世紀SF野郎だ」
「……一体、誰がだね」
影の正体は……四葉分家、黒羽家当主の黒羽貢であった。
親バカで子供自慢しか話のネタがないという面白味がない人物なうえ、1970年代くらいのSFを未だに読むという骨董趣味の変人だ。彼が、なぜこんなところにいるのだろうか。
「……アンタ以外にいるわけないだろ。ところで、日本に戻ってきてたんだな」
ほんの数日前まで、新ソ連にいたはずだ。
「ああ、東欧経由で帰ってきた。――あと、口の利き方には気をつけたほうがいい。そういう、人を舐めた態度だから退学になったりするんだ」
説教と共に、彼は封筒を差し出す。開けてみると、マネーカードだった。
「何だよ? どういう風の吹き回しだ?」
「公安や内調が、『魔法師』の反魔法主義者をかなり検挙している。お前のことをそう思っているやつは、そうはいないが……気をつけておけ。最悪、賄賂で切り抜けろ」
貢はそう言い残し、ふたたび影と同化していった。スパイ小説フリーク過ぎて、不可解な行動ばかりするので困ったものだ。子供でもないのに。
「……帰るか」
封筒をポケットに捩じ込み、おれはそう呟いた。
◆
森崎の屋敷に戻ると、何か大変なことが起きていた。
「――あっ、夜久! 戻ってきたか!」
森崎家の玄関へ続く通路で、使用人たちが声を潜めていた。その先に、座り込んだ女の背が見える。
駿が気づいてこちらに手を振る。彼は疲れた顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「……見てくれ。謎の女が、あそこで座り込みして帰らないんだ」
確かに、彼が指差す先には1人の女性が座り込んでいた。屋敷の玄関前に堂々と座っており、一向に退く気配はない。
「ただ座ってるだけで、魔法も暴力も使わないから手が出せん」
「警察呼べばいいだろ」
パニックでそんな簡単なことも分からなくなってしまったのか、とツッコミをいれる。しかし、駿は被りを振った。
「『森崎あやめ』を出せ、と言っててな。『この家を出て行ったきりで、もうウチは関与してない』といっても聞かない」
「……!?」
「ちょっと、警察を呼ぶのはなぁ。行方不明のまま、被害届も出さずにいる訳だから。色々探られたくない」
表向きは「一人暮らしをさせた」で通っているあやめ。もちろん、死んでいる。それを知るのは、おれだけであるが。
「……その、反魔法団体と繋がっていたらしくて。ウチも繋がっていると思われないよう、色々対処しないといけなかった」
なるほど、それが理由で握りつぶしていたか。
「じゃあ、その辺りの雑誌記者か?」
「けどなぁ、座り込みなんかするか?」
「……しないよな」
一体何が目的なのか……考えている時、裏口側から森崎家の使用人――ボディーガード見習いが現れた。
「写真照合でようやく分かりました。彼女は『壬生紗耶香』。魔法科高校2年の……二科生です」
「へ?」
明らかに接点がなさすぎる。まだ、おれや駿目的の方が納得できるくらいだ。
「……やっぱり、反魔法主義団体関係だな。二科生ならあり得る」
「あぁ、エガリテとかいう?」
「なんで、お前が知ってるんだ? 僕も風紀委員会のミーティングで、オフレコとして言われただけだぞ?」
「あっ、それはその……一色のやつが」
口を滑らせてしまい、慌てて愛梨をダシに使う。 本当のところは、元から知っていただけだが。そういえば、深雪も知っていた。兄から聞いたのか。
「そうか」
幸い、駿は突っ込んではこなかった。
「だが、とにかく厄介な話になってきたぞ……どこにいるのか知らないし、親父は『絶対に今は連絡を取るな』と言ってる」
「あぁ、今は下手するとしょっ引かれる可能性があるのか……」
さっき貢が忠告してきた理由がわかった。
「わかった。……おれがなんとかする」
そう言った夜久の視線は、紗耶香ではなく一瞬だけ地面へ落ちた。あやめを探すという言葉の裏には、自分が彼女をどこへ送り、何をしたかという事実が貼りついている。
「お前、どうする気だ?」
「アイツと話して、一緒に探してみる。見つかったら御の字……見つからなかったら、『これ』だ」
CADを取り出してみせれば、駿は大体のことを理解したようだった。
「助かる……そろそろ、僕は九校戦の準備もあるからな。――捕まるなよ」
「最悪、切ってくれたらいい」
気にするなという風に手を振り、おれは壬生紗耶香の方へ歩みを進めた。
そもそも……おれが殺したようなものだ。落とし前は、自分自身で付けなければならない。そして、どうして彼女は死んだのか――理解したかった。 葉山さん曰く、おれは「お母様の地雷を踏んでしまった」みたいだから。
ㅤこの夜久に関わってくる「緋色」という家は、魔法科原作続編である「キグナスの乙女たち」に登場しています。第三高校側だし、メインは茜やリーレイなのであんまり話に出てこないのでは?と踏んでますが、詳しく描写があると死ぬ(設定すり合わせの点で)。