魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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第7話

 ㅤ壬生紗耶香は、おれの顔を知っているようだった。退学処分の一件は、有名だからだろう。もしかしたら、現場を目撃していたかもしれない。

 

「アンタ、何しに来たんだよ」

 

 ㅤずっと玄関前にいると邪魔だ、という真っ当な正論をぶつけ、おれ達は少し離れた公園に来ていた。近隣の建物のせいで日当たりが悪くなってしまった場所で、いつも人はあまりやってこない。話しにくいことを話すにはうってつけだった。

 ㅤおれの問いかけに、彼女は気まずそうに俯いた。しかし、すぐに顔を上げて反論する。

 

「あの子のことが気になって……」

「へぇ、『ブランシュ』で知り合ったのか?」

「……えぇ、そうよ。あまり仲良くはなかったけどね――あの子は、組織内でもかなり急進的なメンバーだったから。『魔法師は、非魔法師に徹底的に管理されなければならない変異動物だ』っていう持論で」

「……?」

 

 ㅤ魔法師になりたがって嘆いていた姿とダブらず、おれは目をぱちぱちと瞬かせた。

 

「知っているでしょうけど、実は『ブランシュ』って魔法資質を持つ人間も多かったから……。普通にコミュニティ内で孤立していたわ」

「ふーん」

 

 ㅤ家庭内だけでなく、縋った反魔法団体すら、彼女の居場所ではなかったのだ。

 

「本人は孤立すればするほど……魔法師との溝が深まれば深まるほど、自分の考えが正しいから反発しているのだと思い込んでた」

「何か言ってあげなかったのか?」

「いいえ。私含め大多数のメンバーは、魔法の才で差別されないことをまず望んでいたし……その延長線で、魔法師や非魔法師を問わず魔法にまつわる様々なことを皆で共有したいって感じだったもの。スタンスが違いすぎた」

 

 ㅤ一見、紗耶香らの見据えていたことはそう悪くないように思える。だが、これはかなりまずい。コミュニティの「共有意識」が行き過ぎれば、犯罪に手を染めることも厭わなくなる。実際、そうなっていたのだろう。

 

「じゃあ、やっぱり納得いかないぜ。わざわざ嫌なやつに会おうとする理由が」

「だからこそ……会いたかったの。わたしも、今は一人だから」

 

 ㅤそれを聞いて、おれは「ある事」に気づく。

 ㅤそういえば、何故……紗耶香は自由に出歩けているのだ? 反魔法団体に参加していた魔法師なら、少なくとも行動に制限が掛けられていてもおかしくないのに。

 

「私の父親は、国のちょっと偉い人で……。私が仲間の情報を証言で売って、司法取引をしたっていうテイにしたみたい」

 

 ㅤこんなの父親の保身よね、と紗耶香は自嘲したように言う。ㅤ彼女の父は内調や公安にも顔が利くような立場のようだ――そう考えながら、おれはポケットごしに封筒を抑える。

 

「もう、メンバーは私が裏切ったと思ってる筈。……何もかも無くなっちゃった」

「それで……森崎の屋敷まで来たってか。嫌われ者同士、傷を舐め合おうと」

「……別にそういうわけじゃないわ」

 

 ㅤ彼女は食い気味に否定し、黙り込んだ。そして、口を再び開く。

 

「ただ、魔法師としてじゃなくて……単なる非魔法師の人間として、悔しい気持ちを共有したかっただけ」

「……アンタは非魔法師なんかじゃないだろ。今も魔法科高校に在籍して、CADも持っている。それのどこが」

 

 ㅤ本当に納得がいかないなら退学すればいい。

 ㅤいや、彼女は心から「自分は非魔法師のように虐げられている」と感じているのだ。なんと、傲慢なことなのだろう。

 

「――違うわっ! 私はこれまでずっと、差別されてきた、嘲笑われた! 『お前なんか眼中にない』と、あしらわれた! ……どうして、こうなっちゃうのよ」

 

 ㅤ魔法師と非魔法師の狭間で、苦しむ少女の本音がそこにはあった。

 ㅤその時、ドカンとおれの脳内に衝撃が走った。「森崎あやめが死んだ理由」も同じだ――魔法を使えるようになっても「魔法師になれる」とは限らない! その事実に気づいて、人生を終わらせたのだ。感情を失っていたからこそ、死を恐れることなく。

 ㅤせっかく叶えた夢も、彼女にとっての良き未来を呼び込むことはできなかったのだ。

 

「……アンタの苦しみは分かったよ。じゃあ、同じ場所に送ってやる」

 

 ㅤCADに指を走らせる。精神干渉魔法『ユーフォリア』。多幸感による酩酊状態を起こす霊子波を想子波動を通して放つ魔法。これの良いところは、その想子波動に「暗示」を重ね掛けできる点。載せたのは「死のイメージ」。

 ㅤユーフォリアが効果を見せる間は、死がプラスイメージのまま増幅し……最後は精神に引っ張られて体が事切れる、筈だった。

 

「……なんで」

 

 ㅤ魔法発動どころか、魔法式が一瞬で霧散した。だが、目の前の人間にそんな芸当が可能か? あり得ない。

 

「……!」

 

 ㅤ何者かが紗耶香の背後に現れた。自己加速術式を使ったような素早さだ。そして、彼女の首に手刀を当てて、流れるように気絶させる。突然出現したその人間は――

 

「――司波達也……! どうしてここに」

「それはこっちのセリフだ。まさか、壬生先輩が殺されかけることになるとは。頼まれて見張ってただけだったんだが」

「頼まれて?」

「先輩の父親は内閣府情報管理局の人間だが、昔は軍人でな。友人の風間少佐に娘のことを相談したらしい。それで、しばらく監視しておこうとなったようだ」

 

 ㅤしかし、達也は本当に「見ているだけ」だったのだろう。先程こそ介入したが。多分、死んだら怒られるからだろう。怒られるどころじゃ済まないかもしれない。

 

「なんで最初から止めなかったんだ?」

「森崎は俺を敵視しているからな……面倒ごとは避けたかった」

「あっそ」

 

 ㅤ達也は紗耶香を持ち上げ、荷物抱えにした。もう用はないと言わんばかりに、さっさと歩き去ってゆく。だが、途中で彼は足を止めた。

 

「一つ、助言しておく。『他者の感情を理解すること』は、そう簡単なことではない。自分の中にある理論を、他人にそのまま適用できると考えているうちは……叔母上も、お前を憎み続けるだろうさ」

 

 ㅤおれは、それにどう答えたのか覚えていない。

 ㅤこの日を境に、数日もの間……この出来事をふとした時に記憶から取り出しては、考え続けていた。達也の言うことが、間違っていないような気がしたから。

 

 

 

 

 

 

「……二科生にも刺繍が付くんだとさ。夏休みが終われば、全員に『平等に花が咲く』ようになっちまう」

 

 ㅤ夏休み前のこと。二人で街に繰り出して遊んでいた時、駿がそんな風にぼやいた。

 

「おれが演説を邪魔した影響で?」

「それ以外無いだろ」

「そうか……」

「まぁ、変わるのは刺繍だけだ。特に講師も増えないし、僕の立ち位置だって変わらない」

 

 ㅤたぶん、皆に花が与えられても、「雑草」と「花冠」という言葉が消えることは無いだろう。語源が失われても、差別は続く。残念ながら。

 

「一科生と二科生のケジメを付けたがる風紀委員っていう立ち位置か?」

「いいや。努力を怠らない真面目な生徒って立ち位置だ」

 

 ㅤ退学しているものだから、あまり学校での駿を知らない。とはいえ、わざわざ嘘を言うこともないだろう。彼も成長しているのだ。ㅤ知らない間に、先に行かれているような複雑な気持ちになる。おれはといえば、何も成長できていないというのに。

 

「そうか。――そういえば。九校戦だな、そろそろ」

 

 ㅤいきなり話題を変えたが、駿は特に文句は言わなかった。

 

「あぁ。僕は2種目出るんだ。スピード・シューティングとモノリス・コードに。多分、直接観戦できるかも……」

「チケットなんか買ってたか?」

 

 ㅤ九校戦チケットはすぐに売れてしまうので、販売開始時刻に備えて待つのがマスト。彼にそんな様子は見られなかった。出場するのだから、そもそも必要が無いのは分かり切っていた。ㅤわざわざ、自分で買う気にもなれなかったのでおれも買っていないし。誰か買うだろうから、余りでも貰おうか……くらいの気持ちだ。

 

「……あぁ、まだ伝えてなかったな。つい先日、とんでもない大物から九校戦中の護衛依頼が来たんだ」

 

 ㅤ誰だと思う?といった風に、彼はそこで一度言葉を切った。

 

「誰だ……?」

「閣下だよ。あの、九島烈閣下!」

「なんで……別に頼まなくても、自前で用意できるだろうに」

 

 ㅤ明らかに、おれ目的としか思えない。九島烈は何の目論見でこういうことをしたのだろうか。

 

「分からん。けど、お前が絡んでいることは分かる」

 

 ㅤ流石に簡単に推測できることだ。おれは舌打ちをしたくなる。

 ㅤ一色が絡んできたくらいまではよかった。愛梨とは小学校が同じだった事実もあるので、魔法に目をつけていたと言う説明もそれなりに納得できる。ㅤしかし、あの「閣下」までが話に入ってくるとは。厄介なことになってきた。おれに「何らかの秘密」があることが浮き彫りになってしまう。

 

「……」

 

 ㅤどうしたものか、とおれは空を見上げる。雲一つない透明な空は、特に答えを出してはくれなかった。

 

「あのさ、夜久」

「なんだよ」

「僕は百家傍流の人間だ。幸い、そこそこの魔法力には恵まれたけど……何者になれる訳でもない――才能の無い奴は、才能を持つ奴のもとに下るしかない。だけど、中学までは僕が一番でそんなの見つからなかった。自分が一番すごいと思っていた」

 

 ㅤだから天才に出会えてよかった、駿はそう呟く。

 

「お前と一緒に過ごして……やっぱり魔法師の才能至上主義は正しいと分かった。それで、僕はすごく納得もした」

「……?」

「自分の立場が、才能相応だと理解できたから。お前のように無茶が許される人間じゃないんだってな」

 

 ㅤ入学直後の深雪絡みの騒ぎのことを指しているのだとすぐ分かった。

 

「この世界は残酷だよな……。今なら、おれもそういう気持ちに少し共感できる」

 

 ㅤ魔法師になりたいと泣いた少女。非魔法師でも魔法師でもいられないと苦しむ少女。才能の終わりを見た少年。母からの愛を受け取れないでいる自分。

 ㅤ世界は、欲しいもの全てを与えてはくれない。

 

「……夜久。お前が何者なのか、僕は聞かない。だが、困った時はいつだって助けたいと思ってる」

「お前に助けられるかねぇ? 逆に助けてもらう側になるんじゃないか?」

 

 ㅤニヤリと笑い、そう言ってやる。駿は苦笑し、「そうかもな」と返してきた。ずいぶんと、大人の対応だ。

 ㅤ子供のまま置いて行かれてしまったような喪失感がないでもない。ほんの少しだけ、退学したことを後悔した。

 

 

 




これにて、入学編ならぬ退学編は終了です。

次からは、九校戦の裏でバタバタしたりする感じですね。もちろん森崎は酷い目に遭う(理不尽)

(2024年1月8日追記)この時点では九校戦編考えてなかったので、結局あんまり森崎は出番なかった。メチャクチャ嘘です。

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