魔法至上主義は「劣等生補正」に打ち勝てるのか?   作:どぐう

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 続きを書きたかったのですが、卒論に追われてそれどころではなかったです。すみません……。




第2話

 大漢崩壊は、四葉の悪名を世界に轟かせるきっかけとなった出来事だ。極東の島国、その一集団が戦局を左右する存在にもなり得るという事実。それは、人々を震え上がらせるのに十分であった。

 そして、その発端は四葉家現当主──四葉真夜を襲った悲劇である。もちろん、概要自体はおれも知っている。伯母様の語った過去は、悪夢という形で常に纏わりつくものとなっているから。中華街へ足を向けるということは、夢の内容を改めて思い返すかのような作業だ。辛いが、やるしかない。

 だが、華僑集団に潜入すると簡単に言ってもそう上手くいくものではなかった。そもそも、中華系の人間とのツテもないし、スパイ活動に慣れているわけでもない。

 その上、愛梨は「頼み事」を完遂してくれなかった。データにアクセスできなかったのだという。

 

『ウチの家は風通しの良い家庭なの。隠し事をしたままコソコソするようなこと、あまりしたことないのよ。あなたの秘密一つ抱えるので精一杯』

「ふざけんな。真面目にやれよ」

 

 通話越しに彼女はぬけぬけとそう言い放った。出来なかったことを報告するときにまで、自慢を付け足せるとは。少し感心してしまった。

 

『その代わりと言ってはなんだけど』

 

 端末に送られてきたのは、警察の事件資料であった。ざっと眺めると、どうやらレリックの盗難案件らしい。消えたレリックは「一時的な魔法式保存」に特化した勾玉。その特殊性に目をつけられて、大学研究所への移送途中にチャイニーズマフィアの強襲に遭い、その後行方がわからなくなったのだという。

 

『この研究所の先生、かなり昔からウチの家と関わりがあってね。だから、協力依頼をされてて。潜入は難しくても、中華街付近で調べ物をする良い理由にはなるんじゃないかしら』

 

 このような経緯もあり、おれは地道に中華街の店を周って、まずは失せ物探しの真似事を始めた。愛梨に文句こそ言ったが、おれだって腹芸は苦手だ。自然を装うなら、別の目的に夢中になっておく方が安心だと思った。

 

「……本当に見つかるのか?」

 

 意気揚々と聞き込みを始めたが、素人がそう簡単に情報を掴めるわけもなく。話を聞くためだけに、何度も中華料理屋に足を運ぶ羽目になった。炒飯は美味かったが、「なんでこんな仕事請けたんだ」と後悔の念が生まれた。四葉の訓練を受けていても、おれは研究畑の人間である。黒羽の双子のように気配を消して探ったり、人と交渉をしたりするスキルは持ち合わせていないのだ。

 

(わざわざ素人にやらせるってことは「仕事をした」という体裁を繕う為だけの案件だな……これ)

 

 体よく面倒ごとを押し付けられただけと気づく。おれは間抜けだ……と無力感にも苛まれる。もう全てが嫌になってきて、投げやりになってきた。お母様のことも何もかも考えたくない。なんなら、達也の助言が正しいとも限らない。しかも、大漢崩壊前後のアレコレを知ることが、本当にお母様に寄り添うために必要なのか。

 

(とりあえず、一色の奴に怒鳴り込みにいくくらいはさせてもらおう。それくらいやらないと気が済まない……)

 

 ちなみにいまは九校戦の真っ只中。つまり、九校戦会場にある第三高校本部に行くということだ。冷静であれば踏みとどまれることも、頭に血が上った状態ではどうにもならなかった。駿にだけ「気が向いたからお前を見に行く」とメッセージを入れ、おれは会場へと急いだ。観客席に行かなければチケットは必要ない。

 九校戦は富士演習場の南東エリアのみで行われるとはいえ、そもそも敷地自体は広大だ。目的のスペースを見つけるだけで一苦労である。情報端末の案内だけを頼りに進んでゆく。テントが見えた。赤い制服を着た人間が出入りしているので、ここが三高スペースなのだろう。いるかいないかは分からないが、とりあえず覗いてみることにした。

 テントへ行こうとした時、おれは微かな違和感に反応して振り向いた。大量の想子が撒き散らされる会場内でも知覚できた「おれを狙う」魔法の兆候。幼少期から四葉で叩き込まれた訓練通り、咄嗟にCADに指を走らせる。そして、強力な領域干渉を掛けた。

 普段ならそのような下準備はしない。よほどの術者に襲われでもしない限りは、すぐにでも攻撃魔法を発動して反撃する方が手っ取り早い。だが、今回は相手が悪かった。

 

「黒羽文弥……!」

 

 おれは歯噛みする。あのイヤな予感は、間違いなく「ダイレクト・ペイン」の兆し。黒羽の長男お得意の魔法だ。流石に生身で食らえば、おれでもただでは済まない。

 きっと前から跡をつけていたに違いないが、彼の存在には全く気づかなかった。だいぶ遠くから見張られていたのだろう。そして、問題が起きそうになって慌てて対処した。そんなところだろうか。乱闘になっての事態悪化を恐れたか、失敗を悟った彼はすぐさま撤退したようだ。

 

(興醒めだ……もう帰ろう)

 

 上手くいかない日は何をやっても上手くいかない。そう思い、踵を返そうとした……突如として、競技場の方から大きな物音が。続いて悲鳴が広がる。誰がが叫んでいるのも聞こえる。

 おれは状況が飲み込めず、ぼんやりと目の前で目まぐるしく変化する光景を眺めていた。すると、テントの方が騒がしくなる。気づけば、担架に載せられた生徒が運ばれるところだった。その生徒の顔を見て、おれは目を剥く。

 

「一色!?」

 

 無骨な青い担架の上には、見慣れた金髪の少女が寝かせられていた。普段の高慢ちきな表情はなりを顰め、青白い顔のまま血を流している。状態はかなり悪そうだった。そのまま、愛梨はテント内に運び込まれる。敷地内の軍病院に移送する用意が整うまで、人目を遮るつもりなのだろう。

 

「……おい一色! しっかりしてくれ! 聞こえるか、おれの声!」

 

 テントに向かって何度も呼びかける。まるで縋るかのように。なぜそうするのか。自分でも理由はわからなかった。先程までは、文句を言おうとしていたにもかかわらず。

 日本人離れした可愛い顔して、マウント癖という大きな欠点を抱えていて。アプローチの演技は下手にも程があり、人を家臣扱いしかできない。正直良いところなど、殆ど無いというのに。

 

 今、おれは愛梨のことを心底心配している。死んでほしくないと思った。

 

 初めての感情に混乱したおれは、すっかり「津久葉夜久」が世間でどういう立ち位置なのかも忘れていた。ふと我に返ると、そこには大量の臨戦態勢の三高生たち。明らかに犯人扱いされている。おれは黙って両手を挙げた。

 

「──いや、おれはやってない」

 

 三高生の通報でスタッフを呼ばれ、混乱を避けるためと別場所へ連れて行かれた。ここは軍の施設の一室だ。そこで、おれは国防軍の人間から簡単な取り調べを受けていた。

 流石にこのような事件は警察に介入させるのではないかと思ったのだが、やはり向こうも痛くもない腹を探られたくはないようだ。現場検証や事情聴取などを一通りこちらで終わらせてしまいたい、という思いが伝わってくる。

 

「CADに触れたのは監視カメラに映ってて、しかもその時間の想子センサーは反応してる! だから、魔法を発動した理由を聞いているんだ」

「九校戦やってんだぞ。こんなに飛び交ってて反応してないわけないだろ。おれのCADとは限らない」

「ならばCADを提出しろ!」

「拒否する。個人情報だから」

 

 ずっとこのような会話がループしていた。ループしすぎて初めは敬語だった担当者も痺れを切らしてざっくらばんな物言いに変わっている。

 

「あの……君は怪しすぎるが。現場になったクラウド・ボール用コートとは、いくらなんでも距離がありすぎるのも確かだ。」

 

 クラウド・ボール新人戦決勝で起きたことは、事故とされたようだが、どう考えても事故で片付けられない事案だった。愛梨ともう1人の選手が対戦している最中、突如として天井が崩落。中にいた2人が下敷きになったというもの。

 

「あの場所からは、コートどころか選手控えスペースも見えない。それはこちらも把握している。CADを提出してもらえば解放すると、もう何度も言ってるだろう。いい加減、分かってくれないか?」

 

 確かにCADを見せれば一発。履歴を通して、使用された魔法が分かるからだ。しかし、それはできない。おれがセットしている起動式の半分近くは精神干渉魔法であり、あまり見られたくなかった。

 

「そこまで分かってるなら、CADを見せる必要はやはり無い筈だ。おれは粘るぞ。真犯人が見つかるまで」

 

 両手を頭の後ろに組む。背もたれに体重を預ける。極め付けに、机の上に足を置く。

 

「お喋りを聞くのは結構好きだ。お前の話も面白いと良いな」

 

 常に人当たりの良い笑顔を浮かべていた相手の顔が、急に酷く歪む。煽りはお気に召さなかったようだ。そこから、1時間ほど最初と同じやりとりが続く。いや、続いてもいなかった。諦めたのか、今や雑談のフェーズに入っている。

 

「……最近の高校生は生意気なのかな。あっ、高校生じゃないんだっけ」

「……」

「そもそもねぇ、こういう取り調べ担当でもないのに仕事押し付けられて。下っ端は嫌だよ」

「……」

 

 本当にずっと彼は話し続けている。飽きもせずに。「話せ」と言ったのはおれだが、だいぶ嫌になってきた。

 

「そもそも自分はどちらかというと魔工系でね。畑違いだし……」

 

 その時、彼の情報端末から通知音が。確認するや否や、彼は立ち上がって扉を開けた。

 

「帰っていいってさ」

「……どうも」

 

 軽い会釈のみで出て行こうとしたところ、さっと行手を阻まれる。おれの目の前に差し出されたのは名刺だ。シンプルデザインのそれには「国防陸軍第101旅団・独立魔装大隊 真田 繁留」とだけ書かれていた。裏を返すと手書きで連絡先が。

 

「良ければ連絡してくれ。国防軍のはぐれ部隊だが……十師族と全く関わりがない部署とも言える。君を悪いようにしないさ」

「結構。話が面白くなかった」

「ははは、それは残念」

 

 名刺をポケットにねじ込み、出口へと急ぐ。自販機が置かれているちょっとした歓談スペースにたどり着いた時、見覚えのある人物の姿を見つけた。

 

「なんでここに……!」

「お前は本当にトラブルメーカーだな」

 

 呆れ顔の駿がソファでコーヒーを飲んでいた。

 

「それと……お前は」

「一条将輝だ。よろしく」

 

 三高のエースではないか。異変が起こった時は、CAD片手に鋭くおれを見ていた男だ。

 

「お礼言っとけよ。一条はお前の解放を手助けしてくれたんだ」

「お前が?」

「明らかに怪しくはあったが、愛梨さんを心配するあの態度は本物だったからな。それに一色家と津久葉に関わりがあることも元々聞いていたし」

 

 どうやら、駿がおれの無実を訴えて(気まぐれに送ったあのメッセージを証拠としたらしい)、関係各所を駆けずり回っている時に一条と出会ったらしい。そして、お互いの情報を提示し合って話を纏めたようだ。

 

「……そうだ! 一色の容態は?」

「一命は取り留めた。まだ意識は戻っていないし、怪我もだいぶ酷いようだが……」

 

 その話もしに来たんだ。一条は居住まいを正し、おれを真っ直ぐ見つめた。

 

「混乱を防ぐために事故としているが……あれは、事故なんかじゃない。そして、君は犯人でこそなくても『愛梨さんが狙われた』原因である可能性は高い。その辺りも明らかにしないと、また彼女は襲われる」

 

 恐らく、一条は真犯人に繋がる情報を持っている。そうでなければ、こんな言い方はしないだろうからだ。その上で、おれにも彼女を守ることに協力してほしいと彼は思っている。

 

「一色のことはそんな好きって訳ではないけど」

 

 駿がギョッとした顔をする。一条もあからさまに顔を歪ませた。

 

「それでも、助けないって理由にはならないだろ」

 

 死んでしまったら悲しい。襲われることが予見できるのに指を咥えて見ていたい訳ではない。それだけだ。

 

「まぁまぁ……取り敢えず場所を変えようか。ここだと人に聞かれる」

「そうだな」

 

 途端に表情を変えた駿と一条。2人とも生温かい視線を寄越してきたことは気になった。

 

 

 

 

 

 

 九校戦は選手・スタッフ共に拘束期間が長い。だが、辺鄙な場所にある国防軍の演習場が会場となっているため息抜きが出来る場所は殆ど無い。唯一と言って良いのが、高官用に造られたホテルのラウンジにある喫茶店だ。だが、選手やスタッフらが足を運ぶことは少ない。メニュー単価が高額だからだ。しかし、比較的裕福な家の生徒はそれをものともせずに利用する。

 今日は、ほのかの提案で深雪と雫も一緒にティータイムと洒落込んでいた。

 

「聞いた? あの津久葉くんの話」

 

 ほのかが紅茶に角砂糖を溶かしながら、そう口火を切った。

 

「うん。また事件を起こしたって聞いた」

 

 雫がケーキをぱくつきながら答える。彼女はこの話題に大して興味は無かったが、親友の話だからと耳を傾けてはいた。

 

「流石に巻き込まれただけなんじゃないかしら」

 

 さりげなく、深雪は夜久を擁護する。隠されてはいるが一応身内なので、簡単な経緯は文弥や達也から聞いて既に把握していた。事故が起きたタイミングで、夜久は何故か三高スペース近くを彷徨いていたため怪しまれて連行されたという流れを。

 

「でも、わざわざ来る必要もない。怪しいよ。何か企んではいたのかも」

「それはそうだけど……」

 

 深雪が文弥から聞いた話によると、夜久は中華街では「中華料理屋で延々と炒飯を食べる」という、何をしているのか謎の行動ばかりしていたようだ。その後、いきなり九校戦会場に向かったという。「思いつきで行動しているとしか思えない」と、文弥は結論づけていた。

 

「まぁ、あの時みたいに変な演説でもしようとしたのかな。懲りないよねぇ」

「懲りないといえば、森崎くんもそう。また、津久葉くんのことで色々な所に食ってかかってた」

 

 夜久が退学させられた時、森崎は職員室に抗議を入れていたのだ。それは、あまりにも苛烈なもので「これ以上やると君の内申にも影響がある」と、教員が脅して止める程であった。

 今回も九校戦スタッフや三高の一条将輝らに話しかけて、夜久を助けようと奔走。それどころか「あの」九島烈に面会しようとまでしていたらしい。流石に制止させられていたが。

 

「アイツは遊びに来て迷子になっただけだ!とずっと言ってたよね。仮にそうだとして、なんで森崎くんが知ってるんだろう」

「確かに」

「雫もほのかも知らない? どうやら、彼は森崎くんのお家で今お世話になってるそうよ。お兄様が言っていたわ」

 

 雫とほのかはお互い、顔を見合わせた。

 

「え、そんなに仲良いんだ……」

「私たちには理解できないけれど……彼にとっては親友なのかしらね、多分」

 

 深雪は森崎にあまり好感を持っていない。敬愛する兄を馬鹿にしたからだ。しかし、言動の割に繊細なあの夜久と、未だに付き合えているということで、それなりにはまともな人物なのだろうとは評価していた。

 

「退学しても見捨ててない、っていうのは凄いかも。友達の為に損することを厭わない、ってイメージ無かったし」

「そうそう。どちらかというと、野心が空回って失敗する印象」

 

 とはいえ、3人とも達也に近しいため、森崎とは全く関わらない。だから、すぐに話題は別のものへと変わった。

 

「それにしても。一色さんたち、大丈夫かな。懇親会の時、あの子はちょっと感じ悪かったけど……それでも、怪我は心配だよね」

「うん、天井が崩れるなんて……」

 

 クラウド・ボールのコートは、すっぽりと覆うように透明の壁や天井が付けられている。魔法で慣性が増大したボールがぶつかって割れることを防ぐため、見た目の割に丈夫な素材で作られている。下敷きになれば、かなり苦しい思いをした筈だ。彼女らは胸を痛めた。

 

「……大きな声で言えないけど、本当に事故なのかな。あんなことが起きるなんて、おかしくない?」

 

 ほのかが周りを確認し、声を顰めてそう言った。

 

「この後も何かあるんじゃないか、って怖くて……」

 

 3人の中でも、ほのかは特に不安を感じがちだ。息抜きを言い出したのも、人目につかないところで自分の思いを正直に吐露する機会を求めていたからかもしれない。

 

「九校戦継続のために事故で済ませてる可能性もある。でも、捜査をしていないとは限らない」

「パニックを防ぐために情報封鎖している可能性もあるから……」

 

 それに、何かあったらお兄様がきっと守ってくれるわ。深雪はウインクと共におどけてそう言った。

 

「そうだね。達也さんがいれば安心」

「うん、そうだよね! よかった〜」

 

 ほのかは、ホッとしたように笑みを浮かべた。

 

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