沼鬼に憑依した話   作:茸山 寄竹里

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誤字報告、
さんし  様、ありがとうございます。


第七話

 この日も場末の居酒屋は、不況の風にも負けず賑わっていた。

 

 舗装された東京への街道沿いの店舗と言う立地の良さと、不況のストレスで呑まなきゃやってられないと言う客の心境と、最近流行りだしたビールを店長が独自のルートで仕入れて安く提供している事が重なり、市街地より離れているにも関わらず大いに繁盛していた。

 

 宿場の名残りを感じられる街道で、目を引く提灯に釣られて暖簾を潜れば、座敷席とテーブル席に別れた店内の、活気に溢れた喧騒に包まれる。

 座敷席では大の大人が酒に酔って馬鹿騒ぎをして、テーブル席では男女が愛を語り合う。

 

 そんな楽しげな雰囲気の店の中でも、1箇所だけ違った。

 

 テーブル席の一番奥で、今の時代ではまだ珍しい洋装の出で立ちの麗しい女性が、不機嫌を隠す事なく一人でビールを呷っているのだ。

 普段であれば、手頃な女性とランデブーを洒落込もうと虎視眈々と狙っている男達も、流石に藪をつつきたく無いのか見て見ぬ振りを決め込んでいる。

 

 しかしそんな関わると嫌な予感しかしない女性に、勇猛果敢に話しかける男性が現れた。

 

 着物の中にYシャツとネクタイと言う和洋ミックスコーデに、インバネスコートを羽織っている男性だ。

 陽光の下であれば青白く病的に見えただろう顔色も、白熱電球のオレンジ色の光の中では気には成らず、長い髪を後ろに流して人の良さそうな笑みを浮かべた顔を見れば、誰しも好青年であると思うだろう。

 

「お嬢さん、相席宜しいですか?」

 

 丁寧に尋ねられ、容姿も合格点であったのだろう、女性は満更でもない感じで了承した。

 

 

 

1時間後

 

 

 

「それで其奴、なんて言ったと思う?『部屋に入ったら殺すぞ』とか言うのよ!」

「それは災難だったね」

 

「そうよ、意味分かんないわ。何で家政婦雇ったんだって話よ」

「そうだね」

 

「アレは絶対・・・」

 

 

 

2時間後

 

 

 

「シょもシょもねぇ、ワタシが女だからってナメしゅぎなのよ!」

「そうですね」

 

「わキゃるの?」

「分かりますよ」

 

 

 

3時間後

 

 

 

「Zzz、っは!」

 

 女性は長い時間、気持ち良く呑んで喋ったので、うつらうつらと船を漕いでいた。

 

「そろそろ、御開きにしましょう」

 

 手早く会計を済ました男性は、脱いでいたインバネスコートを羽織りながらこう告げる。

 

 「送りますよ。女性一人では、夜道は危ないですからね。夜に成ると、鬼が出ますから」

「あら、お上手なのね。今日はありがとう、愚痴を聞いてもらってスッキリしたわ」

 

 女性は、始めの不機嫌さを感じさせなくなった晴れやかな笑顔で、男性の手を取り店を後にする。

 

 店に残されたのは、嫉妬の焔で燃え尽きた出遅れた男達の亡骸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 今夜は十六夜月だが、雲に隠れていて見ることは出来ない。暫くしたら、雨が振りそうな雰囲気だ。

 

 俺は7回目の自分の吸収で半日程、気を失っていた。

 先日は少々派手に動き過ぎたから、そろそろ鬼殺隊に捕捉される可能性が高くなる。

 まだ自己能力を安定させただけで、鬼殺隊をあしらうには準備が足りない。

 一度の遭遇なら、何とか対応出来るだけの力は手に入れた。

 今の内に次の潜伏先を、探さなくてはいけない。

 

 性格の変化と言う欠点が改善され、選別の必要の無くなった沼鬼の完成した血鬼術『沼男(スワンプマン)』で、一人で行動している人間を片っ端から捕獲し、自らの沼男の作成エネルギーを集める。

 選別が必要無いだけで捕獲ペースは格段に上がり、5体分の捕獲は直ぐに出来た。

 

 次の潜伏先は、態々都市を選ぶ必要は無さそうだ。

 

 しかし、完成したことでの弊害も発生した。

 今までは不完全な模造故に、同一鬼で在りながら別個体だったので血鬼術の制御権が分散していた欠点は、誰かが処分されても誰かが引き継げる利点でもあった。

 だが、完全な模造となり原物と模造の違いは在るが同一個体に成ってしまい、血鬼術の制御権が分散しなくなってしまった。

 

 つまり原物である俺が、処分されれば血鬼術を維持する存在が無くなり、模造品がどれだけ生き残っても意味が無くなってしまった。

 竈門炭治郎の時の様な手は、もう使えないのだ。

 

 

 

 取り敢えず、得たエネルギーが共有されるのは変わらないので2体作り、捕獲と捕食を任せて俺は居酒屋に情報収集に来ていた。

 人間に擬態して女性狙いのナンパ男を装い、店全体の会話を聞いて手頃な噂を拾う。

 

 中々興味深い噂を、2つも聞けたのは運が良かった。

 

 一つは女性の元『雇用主』の話で、もう一つは『とある製薬会社』の話だ。

 特に製薬会社は、計画の第二段階の達成目的の代替案に使えそうだ。

 

 予定より長引いてしまったが、俺は居酒屋で話し相手に成っていた女性と店を出る。

 

 もし既に捕捉されていた場合、人間が近くに居たほうが鬼殺隊も手を出しにくいだろう。

 少しでも隙が出来れば逃亡しやすくなるので、このまま人目の付かない所まで移動して捕食した後、次の目的地に向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 店を出ると、少し湿気を含んだ一陣の風が肌に当たった。

 

 何処からか流れてきたのか、舗装された街道に並ぶ街灯の白熱球による、オレンジ色の世界に桜吹雪が舞っている。

 通行人は見慣れているのか気にもせず、まだ夜のはじめ頃とは言え感じる肌寒さを我慢しながら、足早に帰路を行く。

 

 俺は足を止め、満開に咲き誇った桜が儚くも散っていく様を見て、感動していた。

 

(嗚呼、人類もこう有るべきだった)

 

 最高の栄華を極めた人類は、儚く全て散るべきだったのだ。

 咲き遅れて、周りが葉桜と成っても咲き続けなければならなかった、満開を夢見る一房の花など何と悲しいことか。

 

 

 

 また、一陣の風が吹いた。

 

 

 

 鬼火のような青白い火花に照らされて、桜の花びらが幻想的に美しく舞い上がる。

 それはまるで、鬼の弱点である頸を守るために、念の為施した魔術による防御膜が、尋常で無い力で斬り裂こうとする日輪刀と拮抗して、魔素が花火の様に周りに飛散している淡い光に照らされているかのようだ・・・

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 誰かが、驚きの声を上げる。

 

 俺の意識が戦闘モードに切り替わり、周りの動きがゆっくりに感じられる。

 目線を落とせば、頸に押し付けてある深緑に色変わりしている日輪刀が確認出来た。

 

 嫌な予感を感じつつ、振り向きながら後ろを睨む。

 

 そこには鬼殺隊『風柱』不死川実弥が、日輪刀で頸を断ち切ろうとして防がれるとは思っていなかったのか、驚愕の表情を顔に浮かべて固まっていた。

 

(はあ?柱?鬼殺隊初遭遇が柱だと!?しかも鬼に思いやりの欠片もない風柱とか、何と言うクソ展開なんだ!)

 

 俺はアドレナリン等の神経伝達物質を、強制的に分泌させて思考を加速させる。

 桜に気を取られたとは言え、斬られるまで気付かないとは、何と言う失態だ。

 前世なら有り得ない事態だが、考えてみれば感覚器官が一つ足りない。

 それに頼っていた癖が抜けず、隙に成っているようだ。

 

「おいィおいィイ、鬼の分際でェ人間様の街道に土足で踏み込むたァ、いい度胸じゃねェか!」

 

 風柱が更に力を入れたのか防御膜と日輪刀が擦れて、まるで急ブレーキの様な音が響くが、事態に気付いた隣の女性の金切り声に掻き消される。

 

「キャアァァァ!」

 

 俺は頸に付与した魔術『肉体の保護』が完全に突破される前に、斬られる力を逆らわずに利用して、大きな跳躍を試みる。

 

(起きてしまった事を、とやかく考えても仕方がない。今は逃走の事だけを考えなくては!)

 

 逃走ルートを思い浮かべ、風柱に隙を作る為のポイントへと向かう。

 

 しかし風柱は、そんな見え見えの跳躍を許す程甘くなかった。

 抵抗が刀から無くなったとみるや、直様一歩踏み込み左肩に突きを食らわしてきた。

 左肩は消し飛び、俺はバランスを崩し錐揉み回転しながら、街道沿いに吹き飛ばされたので、左肩を再生しながら敢えて手足や頭を石畳に当てて壊し、回転方向を調整する。

 

 何とか両足で地面を滑るように後退する体制に出来たので、次の大技に対抗する呪文を唱え右手を前に突き出す。

 

「死に晒せェ!風の呼吸、壱ノ型『塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)』」

 

 いつの間にか間合いを詰めていた風柱が、「シイアアア」と言う呼吸音と共に呟いた。

 

 鬼殺隊の使う呼吸法は主に、五大流派と言われる火水風岩雷の5種類である。

 私見だが炎の呼吸は剛、水の呼吸は柔、岩の呼吸は努力、雷の呼吸は特化、そして風の呼吸は技だと認識している。

 

 風の呼吸使いの卓越した技術で繰り出す剣先速度は五大流派中最速を誇り、原理は分からないが鎌鼬の様な飛ぶ斬撃を生み出している。

 呼吸使いは魔術師では無いので、技名を言えば周りに竜巻が発生する訳ではない。

 

 現に今正に、目の前で俺の頸を切る体制に入っている風柱は、始めの踏み込みから身体を回転させて、虚空を3回斬り竜巻を発生させた。

 そして、螺旋の軌道を描きながら俺に向かってくる斬撃の竜巻を纏うようにして、足元にある歩道の石畳をめくり上げ、車道のシートアスファルト舗装を粉砕しながら、風柱は突っ込んできた。

 

 風の呼吸による型は全てに、本命の日輪刀を振る動作の前に、飛ぶ斬撃の動作があるのだ。

 そうやって繰り出される風の呼吸の型は、太刀筋による線の攻撃ではなく、面による攻撃へと変わり大きな破壊力を生むのだ。

 

「うわぁぁ!竜巻だ、逃げろ!」

 

 僅かに居た通行人が、蜘蛛の子を散らすよう逃げる。当然こんな街中で、面攻撃など繰り出せば大惨事だ。

 

(この修理代は、誰が払うのだろうか?)

 

 風の呼吸、壱ノ型による破壊は道だけでは終らなかった。

 鬼の身体を飛ぶ斬撃が切り裂き、日輪刀で頸を刎ねるのが本来の型の軌道なのだろうが、その斬撃の軌道は俺に触れる前に不自然に曲がり周囲へと散って、軌道上の塀や建物の壁を無差別に破壊していく。

 

「ぎゃあぁぁ」

「イヤァァァ」

 

 至る所から悲鳴が上がるが、風柱から見れば幸いに誰かに当たってはいないようだ。

 

「チッ!折角、テメェにくれてやった斬撃を周りにブチ巻くたァ、一体どういうつもりだァ?」

 

 自身の斬撃を捻じ曲げられ体制を崩し、僅かな隙を作りながら風柱が叫んでくる。

 

 その隙を逃さず、俺は鬼の脚力をフルに使い、地面擦れすれを飛ぶ様に跳躍する。

 面攻撃である風の呼吸に対抗するには、初動の飛ぶ斬撃の太刀筋に干渉するしか無いだろう。

 しかし、呼吸の型は長い時間を掛け、試行錯誤を繰り返し練り上げられた技術だ。

 小手先の技に敗れるほど、人の積み上げた執念の結晶は半端な技術では無い。

 

 仕方がないので、こちらはチート(魔術)『被害をそらす』を使ってやり過ごした。

 精神がガリガリ削られるが、必要な犠牲と割り切る。

 

 

 

 高く跳べば距離を稼ぎやすいが、風柱に型を出す空間を与えてしまうので低く跳んだが、気が付いたら両足が無い。

 風柱のバランスを崩す為に、地面を陥没させながら跳躍したが、余り効果がなかったようだ。

 

 既に接近され、日輪刀が正確に頸を狙った軌道で迫ってくる。

 併走状態で完璧な太刀筋を見せられて、戦慄しながら両手を間に入れ、敢えて斬らせる事で日輪刀を下から押し上げて、軌道をずらす。

 炎柱〈煉獄杏寿郎〉の太刀筋を、上弦の参〈猗窩座〉は同様に捌き、その後に安々と避けていたが、俺には上弦程のスピードもセンスも無いため、風柱の太刀筋は衰える事なく俺の頭の目から上を切断した。

 

 頭は鬼の弱点では無いので破壊されても死なないが、普通の鬼なら思考が止まり隙を晒すことに成っていただろう。

 風柱もその様に考えたのか、追撃の為に身体を捻り隙を晒している。

 

 だが俺は魂と言う存在を、学術的にも経験的にも理解している。

 人間なら死んでしまう状況だが、不死性の有る鬼ならば魂と言うバックアップをバイパスとして使用し、思考を止める事なく行動出来るのだ。

 

 そして、禰豆子の様な鬼の始祖を思わせる程の再生スピードは無いが、その血を取り入れ、尚且人間のエネルギーを大量に保有しつつ現在進行系で増え続けている今の俺は、上弦レベルの再生スピードがある。

 

 

 

 瞬時にダルマだった身体から腕を再生して、間髪入れず腕の力のみで、隙を見せている風柱に殴りかかる。

 次に頭を再生したが、擬態して隠していた角が露わになり、鬼の気配も解き放たれる。

 

「!!テメェが4本角かァ!随分と人間喰ってるようだなァ!許さねェ!!」

 

 咄嗟に対応された事には脱帽だが、俺の拳を受けたのは柄の部分だ。

 そのまま腕を力一杯振り切り、風柱を吹き飛ばし建物にぶつける。

 

 

 

 最後に再生した足で着地して、もう目の前の広場を目指してそのまま走る。

 

 血鬼術『沼』を使用して逃げる事は、出来ない。

 炭治郎でも分かった出入り口だ。柱が気付かない道理はないので、斬られて終わりだろう。

 

 この間で沼男(スワンプマン)と入れ替わりたい誘惑に駆られるが、我慢する。

 魔術が使える時点で俺が原物であるのは分かっているが、このピンチはチャンスでもあるのだ。

 

 この先にある風柱、いや鬼殺隊士・不死川実弥なら隙を作らざるを得ない場所で決着をつける。

 

「手間ァ取らせるなよ。弱い気配のクセに随分と変な血鬼術を使いやがる。再生速度も異常だ。テメェの様な危険な鬼はここで死んどけやァ」

 

 いつの間にか道の真ん中で、仁王立ちしていた風柱が殺気を放っている。

 

(余り手の内を明かしたくは無いが、仕方がない)

 

 俺は、構えを取る風柱に向かうスピードを、一段上げる。風柱は決死の覚悟と捉えたのか、「にゃり」と嗤い呟く。

 

「風の呼吸、弐ノ型『爪々・科戸風(そうそう・しなとかぜ)』」

 

 まるで巨大な手が爪で引っ掻いたような、縦方向の4本の斬撃が迫ってくる。

 

 この風の呼吸、弐ノ型は目にも留まらぬ速さの三連撃にも関わらず、緻密に計算され絶妙に加減された3本の飛ぶ斬撃と日輪刀の斬撃が、同時に到達する超絶技巧である。

 4本も重ねられるのは、風柱の面目躍如だろう。

 

 そのまま当たれば、身体が五つに別れて返す刀で頸が斬られるだろう・・・当たればだが。

 

 俺は、迫りくる斬撃を見極め突っ込む。風柱が行かせまいとする背後の広場の先に集まる、守るべき者達こそが風柱を殺す毒と成り得るのだから。

 

(なん)、だと」

 

 4本の斬撃全てが、当たった筈だった。確かに俺の右腕は、見事に斬られて派手に舞い上がっている。

 しかし、斬られたのは右腕だけで、残りの3本が当たった場所は、黒い線が入っているだけで斬られてはいないのだ。

 

 風柱は日輪刀に何の抵抗も感じなかった事で、一瞬の隙を生む。

 直ぐにでも刀を返せば、結果は違っていたかも知れないが、もうレッドラインを超えた俺が、広場の先にある建物の前に集結している黒い制服姿で帯刀した集団に、接触する事を止めることは出来ない。

 

「しまった!待ちやがれ、殺らせねェぞ!」

 

 風柱が追いかけて来るが、もう遅い。

 

 型の攻撃を無効にした種は、簡単な事だ。俺の身体の斬撃が当たるであろう場所に、血鬼術『沼』の出入り口を作業中の沼男(スワンプマン)の分を含めた3個を、帯状に設置しただけだ。

 上手く行って今頃、突然頭上から来た斬撃でバラバラに成っているだろう俺達(スワンプマンたち)も、喜んでいるだろう・・・本当に済まないと思う。

 

 

 

 俺は、突然響いた破壊音の確認の為に警察署の前に集結した警察官の集団に、斬られた腕はそのままで角だけ隠して転がり込んだ。

 

 

 

 そして涙を流しながら、こう叫んだ。

 

 

 

 

 

「助けてください!切り裂き魔です!!」

 

 

 

 

 

 

 追い付いた風柱は予想した展開と違ったのか、苦虫を噛み潰したような表情に成っていたのが、とても印象的だった。

 

 

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