沼鬼に憑依した話   作:茸山 寄竹里

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今回は長めです。
一万越えたので分けたかったのですが、良い場所無かったのでそのまま行きます。

注意:作中にTSした某先輩に似たの容姿のモブが出てきますが、某先輩は他に居るのでTSではないです。

ーーこの作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。実在しない階級が出てきますが捏造です、暖かくスルーしてください。ーー



第八話

 空は、今にも雨が降り出してもおかしくない様相に、成っていた。

 湿気を帯びた風が肌に纏わり付き、不快な重みを感じる。しかし不快な気持ちに成っているのは、天候のせいだけではない。

 

 風柱である不死川実弥は、目前の状況に思わず天を仰いだ。

 始まりは何だっただろうかと、実弥は思い返す。

 

 

 

 今日の昼に、お館様から鎹鴉経由で呼び立ての連絡が入ったので、産屋敷邸に赴いた。

 実弥が到着すると直ぐに、お館様と傍に控えるあまね様が出迎えてくださった。

 先日の事もあり心配していたが、御二人とも元気そうで安心したのを実弥は覚えている。

 

「実弥、もし4本角の鬼に出逢ったら、生け捕りにして連れてきてくれないかな。勿論、その鬼が脅威に感じたらその場で斬ってしまって構わないよ」

 

 お館様にしては珍しい要望だった。

 聞けば十二鬼月ですらない鬼で、実弥はお館様が雑魚鬼と言っても過言ではない存在に、興味を抱かれるとは思っていなかった。

 叶えて差し上げたいと実弥は思うが、自身の体質に問題がある。

 

「4本角の鬼で御座いますか、お館様。然しながら、生け捕りは私めには少々荷が重過ぎます」

 

 実弥の血は鬼の大好物の『稀血』だ。

 しかも稀血の中の稀血と言われる程で、その血を嗅げば鬼は泥酔状態になってしまう。

 頸を斬るには良いが、生け捕りにするため押さえつけるには向いていない。

 

「気負う必要はないよ。ただ、実弥にしか頼めないからね。先日のあまねの状態を見ただろう。余り皆を心配させるわけには、いかないからね」

 

 成程と実弥は思う。先日あまね様が錯乱された時に、居たのは実弥だけだった。

 あまね様の予知夢は、一部の隊士しか知らない。その予知夢に関する案件であれば、致し方ないだろう。

 

「それと、実弥。若い子たちには、優しくして上げなさい」

 

 ふふふ、と笑うお館様の顔が印象的だった。

 

 

 産屋敷邸を立ち程なくして、お館様の指示が鎹鴉から知らされる。「隊士は階級に関係無く可能な限り、二人一組で行動せよ」と。

 

 

 

 

 

「風柱サマぁ~早いです!イクの早すぎますう!」

 

 ピキピキと青筋が立つのを実弥は自覚しつつも、歩みを緩める積りは無い。

 

 『存在自体が何かこう癪に障って来る感じ』の声を掛けてくる、髪を二つ結びにした女性隊士を無視して街道を急いでいた。

 街外れの洋館で10人以上が一晩で消えている、と言う情報が入っているからだ。

 

 鬼を逃さないために急ぎたいがお館様の指示もあり、『隠』の〈前田まさお(ゲスメガネ)〉に絡まれていた女性隊士が同じ方向に向かう様なので、連れてきたがこのザマだ。

 それについて考えてしまうのは、避けられないことだろう。

 

(隊士の生存確率を上げるには良いが、移動時間が制限されるのは頂けないな。いや、柱について来れる隊士が少ないのが問題か)

 

 

 そんな時に、実弥は鬼の気配を感じた。

 

 

 それなりに隠しているが、完全に隠れていない雑魚鬼の様な、下手くそな擬態だった。

 考え事をしていたからか、それとも満足な移動速度が出来ない事に焦りがあったのか、何が原因かは今となっては判らないがその鬼を擬態が下手だった事だけで、過小評価してしまうミスを犯した。

 

 実弥の放った一撃は、『全集中〈常中〉』によって強化され、相手の認識外からの完璧な踏み込みと太刀筋だった。

 しかし振るった刀は頸の直前で、不自然に止まった。鬼の頸が硬いなら理解出来た。

 

 実弥も産まれた瞬間から、強かった訳では無い。

 当然、鬼の頸が簡単に斬れないくらい、弱かった時期もある。硬くて斬れないと言う感覚くらいは熟知しているのだが、今も手にあるこの感覚は初めての事で、決して鬼の頸が硬いから斬れないと言うことではないと実弥は理解した。

 

(チッ!血鬼術か!しくじった)

 

 始めから型とまでは言わないが、勘付かれたとしても『全集中の呼吸』をしっかり行っておけば、頸は斬れていた。

 実弥は自身に悪態をつきつつ、咄嗟に鬼に対して怒声を浴びせ、相手の自尊心を刺激して自分に反感を持たせ、攻撃対象を通行人に向けないように試みる。

 

 だが、鬼は逃亡を計るようだ。

 隣の女性を人質にされるよりはマシな結果だと実弥は安堵しつつ、跳躍して逃げる鬼の肩を一突きしてバランスを崩す。

 

(速さも硬さも、そこそこの程度だな。下弦候補の鬼って所か)

 

 実弥は冷静に敵を分析して、風の呼吸を使い一気に片を付ける事にした。

 

「風の呼吸、壱ノ型『塵旋風・削ぎ(じんせんぷう・そぎ)』」

 

 使ってから、実弥は後悔した。

 

(地面脆過ぎだろ!やべぇ、〈宇髄〉がブチ切れるな)

 

 鬼殺隊の戦闘で発生した損壊の後処理は、基本的に『隠』の仕事である。

 しかし、最近何かの情報を得たのか音柱・宇髄天元が、細かく忠告するように成った。

 

 曰く「付け入る隙を与えるな」と。

 

 鬼殺隊の周りが、随分ときな臭くなっているようだ。

 謀に関しては疎い実弥は、その辺りは宇髄に丸投げしている手前、忠告には出来るだけ答えているつもりだ。

 

 そんな訳で、実弥は直ぐに起きてしまった事は仕方がないと割り切る。

 避けられない間合いから、反応できない速度で、対応出来ない数の斬撃を繰り出しているのだ。

 これで仕留めれば損壊は最小限に終わるだろうと、実弥は高を括った。

 

 だがその時、不思議な事が起こった。

 

 全ての斬撃を、目の前の鬼は避けたのだ。いや、鬼が避けたわけではない、斬撃が避けたのだ。

 一体何を言っているのか良く分からないが、結果をありのまま捉えるなら、外した斬撃が民家を破壊して自身は無様に隙を晒している。

 

 実弥は混乱しながらも、鬼の血鬼術の効果なのは間違い無いだろうと当たりを付けて、少し試す事にした。

 その後、弱点である頸以外は簡単に斬れた。

 そして異常な再生速度と、この鬼に4本角が生えていて、死の気配から相当数の人間を食べていることも分かった。

 

 しかし、血鬼術は能力が多彩過ぎて、起源が分からない。

 鬼殺隊の中では、鬼は元の人間の拘りや心的外傷が血鬼術の起源と成っていて、能力はその起源から逸脱することは無いと言うのが定説だ。

 

 能力が予想出来れば戦略的に優位に立てるが、戦術で捻じ伏せれるなら問題は無い。

 深く考えずにバラバラにしてから頸を斬れば良いかと、結論付けて弐ノ型を出したが、今度は擦り抜けた。

 

 止めて、逸して、擦り抜けるとなると実弥ではもう何が起源の血鬼術か分からない。

 

 だが、1つだけ分かった事がある。

 

(申し訳ありません、お館様。この鬼は此の場で、討ち取らせて頂きます)

 

 この鬼は、危険だ。

 

 

 

 

 

 今、目の前に5人の警官が展開し、その後ろに3人控えている。

 前衛の3人が直様サーベルを抜刀して、後の2人は実弥を包囲するために円を描くように移動している。

 後方の1人は、通常は支給されていないはずなので私物であろう拳銃を構えて、残りは警杖を構えている。

 

 良く訓練された、統率の取れている動きだ。

 

 鬼殺隊は政府非公認の組織であるので、警官達から見れば廃刀令を無視した暴力集団であろう。

 鬼殺隊は鬼舞辻無惨を葬る事を本幹とした組織だが、多くの人が集ったのは、その目的が鬼の理不尽な暴力から人間を護るための延長に在るからだ。

 鬼殺隊の強者達は皆、人を護るために居る。狂犬の様に鬼を殲滅する風柱・不死川実弥も本質は同じだ。

 

 実弥が人に刀を向けることは無いが、警官達にはそんな事は分からないし関係無い。

 彼等は、彼等の職務を全うしているだけなのだから。

 

 普段ならこの様な構図に、成ることは無い。

 何故なら鬼に取って警官など食料であり、警官に取って鬼は対抗できない化け物なのだから、鬼殺隊の護るべき対象となる。

 

 人と化け物の戦いと言う単純な構図を、複雑で面倒にしたのが、警官達の後ろで瞬時に治せる腕から血を滴らせ、まるで弱者の様に震えている化け物の一言だった。

 

 

『助けてください!切り裂き魔です!!』

 

 

 ただ、それだけで人間同士の争いに仕立て上げた鬼に対して、実弥は警戒度を一段も二段も上げた。

 

 

 

「おい、貴様!刀を捨てて、手を上げ投降せよ!」

「動くな!動いたら撃つぞ!」

「切り裂き魔だと!?あれは田端方面の話じゃなかったのか?」

 

 実弥は警官達が騒ぎ立てるのを聞きながら、宇髄に『いいか?絶対に警官隊と揉めるなよ!絶対だからな!フリじゃねぇぞ!!』と口酸っぱく言われていたことを思い出した。

 特に注意すべき政府組織は、『特別高等警察』と『大日本帝国陸軍』らしい。

 目の前のは普通警察だろうが、何処かと通じていて鬼殺隊を認識している可能性も無くはないので、賭けてみる。

 

「俺は鬼殺隊の風柱・不死川実弥だ。そこの鬼と交戦中に就き帯刀は不問にして頂きたい」

 

 実弥は決して鬼から気を逸らさず、刀を持ったまま両手を上げた。

 

「鬼殺隊?鬼だと?何を巫山戯たことを言っている!聞こえなかったのか、刀を捨てて投降せよ!!」

 

 隊長格の男の怒号が響く。内心で「チッ!」と舌打ちをしつつ、鬼を確認するが特に動く素振りを見せない。

 先程までの逃げの一手が嘘のようで、何かを狙っているのは間違い無いだろう。

 

 警官達は実弥の包囲を完了して、今にも飛び掛からんとしている。

 下手に鬼に近付いていないのが幸いだと感じながら、全集中の呼吸で警官を薙ぎ倒す準備をする。

 

「お前たち何をしている!状況を説明しろ」

 

 その時、警察署の方から声が掛けられた。

 実弥が目線をずらし視界に入れれば、立派なカイゼル髭を携えて装飾の付いた制服を着た体格の良い初老の男性が、此方に近付いて来るのが見えた。

 隊長格の男が、敬礼をして答える。

 

「これは警部殿。殺傷罪の疑いで鬼殺隊を名乗る不審人物を、確保するところであります!」

 

 警部殿と呼ばれた男が、実弥を見て言う。

 

「ほう、鬼殺隊とは本当に存在したのだな。貴様、鬼殺隊なら自身を証明する術を持っているのだろう、見せてみよ」

 

 少しは話が分かる相手が来たと、実弥は安堵しつつ刀を握ったまま手の甲を見せて合言葉を言う。

 

「階級を示せ」

 

 すると、手の甲に『風』の文字が浮かび上がる。

 

「ほう、上の連中達の妄言では無かったのだな。おい、巡査部長!後ろの其奴は『鬼』だ、捕えよ!」

 

 突然の号令だったが警官達は素早く反応して、鬼を取り押さえに向かう。

 

「確保」「確保」「確保」

 

 先ず動いたのは、後ろの警杖を持った2人だった。

 まるで普通の人間の様な速度で逃げようとした鬼の左右に周り、連携した足払いと背中への打撃で四つん這いにして、頸を警杖が交差するように抑え込む。

 そして実弥を包囲している3人はそのまま残り、サーベルと拳銃の2人が得物を鬼に押し付ける。

 

「お、おいィ!危険だぞ、止めろォ!」

 

 実弥は思わず前に出る。

 状況は変わり、先程までの鬼殺隊や鬼を相手が認識していない事で、人が鬼を護るための盾になる状況ではなくなった。

 生け捕りを邪魔して人の形をしたモノを斬る事で、犯罪者扱いを受けるかも知れないが、それでも一刻も早く頸を斬るのが最善だ。

 

 しかし、鬼の周りに警官が集まり過ぎていて、直接頸が斬れない。

 奴の血鬼術によって刀が逸らされたら、警官達に当たってしまう。

 

(先ず、警官達を最速で死なない程度に吹き飛ばし、安全を確保してから全力で鬼を斬るか)

 

 実弥は決して鬼に対して、油断してはいなかった。

 危険だと認識して、警戒度も最大限上がっていた。しかしその警戒は戦略的なものや血鬼術に対してであり、鬼の身体能力に関するモノではなかった。

 

 だからだろうか、鬼から一瞬気が逸れてしまった。警察官を鬼から引き離す事に、気が向いてしまったのだ。

 

 

 

『やっと無意識で、近付いてくれたね』

 

 

 

 ほんの一瞬、瞬きにも満たない一瞬だったが、その瞬間にそんな呟きが聞こえた気がした。

 

 

 実弥は突然、隣に自分と同格な強者の気配を感じて、思わず飛び退いた。

 

「ふはは、鬼を捕まえるなど造作もない。民間人の力など借りずとも、本官等に任せておけば良いのだ。これで、閣下はお喜びに成られるだろう」

 

 警部は状況を確認しないで嗤い、警官達は異常事態に騒ぎ立てる。

 

「な、消えたぞ!」

「おい!鬼は何処に行った!」

「待て、鬼殺隊の男も居ないぞ」

 

 外野が五月蝿いが、実弥はそれどころでは無かった。

 

 実弥の眼の前には、白髪で人相の悪い傷痕だらけの鬼殺隊士が驚愕の表情を浮かべながらも、隙無く日輪刀を構えている。

 実弥は瞬時に血鬼術によって、自分が模造されたと理解した。

 

(まさかあの一瞬で、俺の姿を模造したのか、あの鬼は!?僅かだが、奴から鬼の気配を感じる)

 

 まるで、鏡を見ているかのような精巧な造りで自分ですら違いが分からない鬼の擬態は、始めの下手くそな印象とは正反対の完璧なものだった。

 確かに気配は完全には消せれていないが、鬼と戦う鬼殺隊士であれば何らかの理由で付着してしまう程度の気配だ。

 実際、この鬼と戦った実弥にも、それくらいの鬼の気配は残っている。第三者から見たら、どちらが鬼か見分けられないだろうと実弥は思う。

 

 このまま、この姿の鬼を逃せば仲間たちを簡単に後ろから襲えて、尚且最悪な事に何食わぬ顔で『隠』に連れられて、お館様の元へ辿り着けてしまう。

 

「「テメェ!人様の顔を真似するたァ・・・ッチ!」」

 

 この鬼は思考も真似が出来るのか、実弥と同じ発言を被せるかの様に言った。

 自分が二人に分裂したかの様な感覚に陥るが、実弥は声質は完璧では無いと気付いた。

 

(やはり、不完全な猿真似だ。違いはある。しかし、誤魔化せる範囲だ)

 

 全集中の呼吸で強化された、今まで以上の本気の一撃を繰り出す。

 雑魚鬼だからと手加減をする事は無いが、もし眼の前に上弦の鬼や鬼舞辻無惨が現れたら出すであろう、全ての因縁を捻じ斬るための一撃に匹敵する一振りだった。

 

「「塵屑野郎がァ!俺を利用するとは、良い度胸だァ。許さねェ、ブチ殺してやらァア!!」」

 

 世界が割れる音がした。

 音速を遥かに超える速度で振るわれた刀が交わり、それによって発生した衝撃波がぶつかり爆ぜたのだ。

 その衝撃は実弥と鬼を襲い全身に傷を作り、それだけでは収まらずシートアスファルト舗装を粉砕して道路に大きな窪みを作り出し、近くに居た警察官達を薙ぎ払った。

 

「うわぁぁぁ」「ぐわぁぁぁ」

 

 二撃、三撃と刀を交わす頃には、実弥は嫌でも分からされる。

 

(俺の武術すら模造しているのか!?何て出鱈目な血鬼術だ!稀血にも反応しないとは、随分と規格外な鬼だ)

 

 実弥は周りの被害も然る事ながら、稀血を流してしまった事で他の鬼が寄ってくる危険性が高まってしまい、焦りを感じていた。

 仲間は近くに待機している様だが、アイツはまだ『(かのと)』だ。

 まだ、新米の域を脱していない。慣れていれば簡単な事だが、泥酔して狂暴化した鬼に対応出来るか分からない。

 幸い、この鬼は逃げるのを辞めて実弥を葬り、本物に成り代わるつもりの様だ。

 

(ならば、遠郊まで誘導するか)

 

 そう思い動き出せば、相手も同じ様に遠郊の山へ向けて移動し始める。

 誘導しているのか誘導されているのか、追っているのか追われているのか、実弥は分からなくなっていた。

 

 だが1つ自信を持って言えるのは、自分こそが本物であり偽物の暴挙を止められる唯一の人間だと言う事である。

 

 

 

 

 

「風の呼吸、伍ノ型『木枯らし颪(こがらしおろし)』」

「風の呼吸、(ろく)ノ型『昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)』」

 

 山に着けば、周りを気にする必要が無くなり、大技を出し合う戦いに発展していた。

 実弥も始めは鬼が呼吸法を使い、剰え型による攻撃をしてきた事には戸惑った。

 しかし直ぐに武術を模造したなら、其れ位出来て当然と割り切り、型のぶつけ合いと成った。

 お互いに風の呼吸に対して理解度が深いのか、相手の型の弱点を突く型を出し戦いは拮抗していた。

 

(はち)ノ型『初烈風斬り(しょれつかざきり)』」

「参ノ型『晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)』」

 

 上から斬る型には下から斬る型を、周りから斬る型には周りを斬る型をと攻防は続く。

 

(クソっ!!切りが無い。少しでも隙が出来れば頸を斬れると言うのに!)

 

 周りは禿山も斯くやと言わんばかりの、惨状と化していた。自然とお互いに型を出さなくなり、純粋な剣技での戦いに成ったが決め手が無いのは変わらない。

 

 何時までも続く戦いは、徐々により洗練されたものに昇華していく。

 力の差とは残酷なものだ。日輪刀を扱う鬼殺隊の力は武術だ。武術を成長させるには、日々の訓練が重要不可欠になる。

 しかしその成長速度は無理のない緩やかな速度で、成長の壁に当たると訓練だけでは越えるのは難しい。

 

 壁を乗り越え飛躍的に成長させようとするのなら、同格以上の相手との死闘が望ましい。

 柱までなら問題無い。下弦の鬼までの強さは段階的であり、死闘の相手に事欠かない。

 

 だが、下弦の鬼を倒して柱に成ると敵を失う。

 下弦の鬼と上弦の鬼に力の差が在りすぎて、柱はそれ以上に成長する前に上弦の鬼によって散っていく。

 努力、才能、血鬼術、そして鬼の肉体の全盛期を保てる再生能力に裏付けされた圧倒的な力の差の前には、番狂わせはまず起き無い。

 

 それでも、決して埋められない差では無い。柱達は例外無く雑兵より這い上がってきた天才の集まりで、適切な強さの相手さえ居れば成長し続けて上弦に喰らいつくだろう。

 

 では今、実弥と死闘を繰り広げている相手はどうだろうか。

 実弥と同じ思考と武術を持ち、お互いの弱さも強さも熟知した攻防を続けている。

 同格の相手との死闘により、実弥は飛躍的に成長している。しかし相手も同じ様に成長しているので、差が変わらない。

 これ程、理想的な相手は居ないだろう。

 

 この終わりのない死闘は、お互いを遥か高みへと誘う。

 ある者は、その高みを『至高の領域』と言った。

 

 

 

 何度も刀を交わすうちに、実弥は不思議な感覚に陥っていた。

 理想の太刀筋で打ち込めば理想受け流しをされて、理想の太刀筋で打ち込まれれば理想の受け流しをする。

 

 まるで「これくらい受けれて当然だよなァ?」と先程より高度な太刀筋から言われているようで、「当然だァ。お前こそ、これくらいは受けれるよなァ?」とより洗練された太刀筋で返す。

 刀での対話を続けながら、高みへと昇る。

 

より高く、高く、高く。

 

 この時間が永遠に続けば、何処までも高く昇れる気がした。実弥はどちらが自分なのか、分からなくなってきていた。

 

高く、高く、高く。

 

 この場には自分しか居ない。鬼なんて始めから居なかった。居たのは自分だけ。

 

高く、高く、高く。

 

 お互いの一手先、二手先が見える。無駄なモノが削ぎ落ちて行き、世界が透けていく。

 

 

 

 しかし、その世界は呆気なく壊れた。

 眼の前の実弥が、一瞬足下の小さな『沼』に軸足を取られたのか重心がズレた。

 

 次に見たときには、首が宙を舞っていた。

 

「あァ」

 

 達人同士の戦いは、一瞬で決まることが多い。

 先程までの刀の打ち合いは力が拮抗していたから、危うい均衡の上に成り立っていた。

 全てが必殺の太刀筋だったのだから、その均衡が崩れれば当然の結果の筈だった。

 どちらの首が飛んでもおかしく無い状態だったのだが、実弥は納得出来なかった。

 

(まだヤれたはずだ!お前の実力はそんなものでは無い筈だろ)

 

 

 もっと長く続けていれば、何かを掴めた。

 もっと長く朝まで続けていれば、世界が変わる予感があった。

 もっと長く。

 

 

 『■■■■■(黒く塗り潰されたモノ)』の首が、こちらを見ている。

 世界がとてもゆっくりと流れている事に、今更ながら気が付いた実弥は、流れが元に戻るその刹那の瞬間に『■■■■■(黒く塗り潰されたモノ)』と目が合った。

 

「っ!!」

 

 その顔に、どんな表情が浮かんでいたか分からない。

 今さっき目が合い、表情を見たはずだ。

 

 しかし、いくら思い出そうとしても、その顔は黒く塗り潰されて見る事が出来ない。

 ならばと飛んだ首を探すが、闇に消えてしまい見付からない。

 

 実弥は先程まで感じていた歓喜や高揚感が、冷や水を浴びせられたかの様に流されて行くのと同時に、1つの思考も流されてしまったと自覚した。

 

(何だ?今、何に気付いたんだ?)

 

 ふと、首の無い『■■■■■(黒く塗り潰されたモノ)』の身体が目に入り、ブレた様な違和感を感じると見る見るうちに4本角の鬼に変わり、襲い掛かってきた。

 

(やはり、鬼だったか。泥酔状態で直線的にしか動かない、弱くて遅い鬼だな)

 

 先程の攻防は嘘のように隙だらけの鬼の頸を、日輪刀で斬る。血鬼術などでの抵抗も無く、簡単に斬れた。

 

 実弥の冷めた頭は、今の気分に違和感を覚えていた。

 鬼に対しての憎悪でも、危機感でも無い。高みに昇れた歓喜や、高揚感や、達成感でも無い。

 

 

 有ったのは『安堵』だ。

 

 

(俺は何故、安心したんだ?・・・嗚呼そうか、仲間達やお館様に被害が及ばなかったからだな)

 

 実弥はそう結論付けたが、実際には斬った相手が自分を擬態した鬼だった事に安堵したのだ。

 灰に成る鬼を眺めながら考えていた実弥は、その事に気が付く前に声を掛けられてしまい、思考が霧散してしまった。

 

 

 

 

「お疲れ様です、風柱サマぁ。一時はどうなるのかと思いましたけど、何だかんだで最後はクソザコ鬼でしたね。でも、模造の鬼ならアタシが戦った方が、楽だったんじゃないですか?アタシは安全に出世したい・・・え?何ですか、いつもの怖い顔をより怖くしって!ギャアァァァ!イタイ、イタイ、頭イタイ!あ、握力スゴすぎですぅ」

 

 ピキピキと青筋が立つのを自覚しながら問題発言に制裁を与えたら、さめざめと嘘泣きを始めたので、女性隊士を放っておいて本来の目的地に向けて移動を再開する。

 

 雨が頬に当たる。

 

 実弥は真面目に考えるのが馬鹿らしくなったので、傷の応急手当で気持ちを切り替える。

 血が出ていては無差別に鬼を泥酔状態にして、近くの人に被害が出る可能性がある。

 地面に散った稀血は、パラパラと降り出した雨に流されるだろうから心配は無いだろう。

 

「って、早い!もう豆粒です!待ってください、風柱サマぁ。二人で行動しないと鎹鴉ちゃんに告げ口されちゃって、賞与が指示無視で減額されちゃいます!アタシの合流地点まで付き合ってくださいよ」

 

 女性隊士が、遠くで何か言っているが良く聞こえない。だが、特に問題無いだろう。

 

 そう、例の4本角の鬼は倒したのだから問題無い。

 

 

「何も問題ねェんだ」

 

 

 いよいよ本格的に降り出した雨に濡れながら、実弥は自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 その呟きは雨音に打ち消され、誰の耳にも届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「見つけた、お前が『閣下』だな?」

 

 東京の中心である嘗ては江戸城と呼ばれていた『宮城(きゅうじょう)』の程近くにある、大日本帝国陸軍第一師団司令部に2発の銃声が響き渡った。

 司令棟の執務室は、硝煙の匂いと血腥い不快な匂いが充満していた。

 

「非道いな、いきなり撃つなんて」

 

 眼光の鋭い六十路の男性の持つ拳銃から撃ち出された銃弾は、陽光が当たらず薄暗い部屋の奥に突然現れた男の頭と心臓を、狂い無く貫いた筈だった。

 脳漿をぶち撒け胸から血を撒き散らし部屋を汚した其れ等は、何食わぬ顔で嗤いながら話す男へと独りでに戻り、壁に銃痕のみを残した。

 

「ぶわっはっはっは、これが鬼の不死性か!?素晴らしい!」

 

 男性は一般的な陸軍制服を着用していたが、階級章は星の無い将官生地の准将だ。

 

「こんな昼間に鬼が何の用だ。鬼は太陽の下では生きられないのではないのか?」

 

 執務室には小さな窓しかないが、そこから入った陽光が質素な絨毯を照らしているのを横目に、准将は不思議そうにする。

 

「鬼に興味が()ありなのに勉強不足ですよ准将閣下。鬼は直射日光に当たらなければ平気なんです」

 

 ほらこの通りと、鬼は右手を差し込む陽光に当てる。

 陽光に当たった右手は、一気に燃え上がり二の腕まで燃え広がった所で右腕が肩から落ちる。

 落ちた右腕は絨毯を焦がすことなく、始めから無かったかの様に何も遺さず燃え尽きた。

 

「取引ですよ、准将閣下。貴方の『()薬』造りに俺も一枚噛ましてくださいよ。必要ですよね?鬼の不死性が」

 

 鬼は両手を広げ、挑発するように准将へと語り掛ける。

 その時、鬼の後ろの扉が勢い良く開き、兵士達が傾れ込んでくる。

 ほぼ銃器だが、先頭の何人かは日本刀を構えている。

 

「副師団長殿、ご無事ですか!!」

 

 その日本刀は、薄く色付いていた。

 

「おや?日輪刀をお持ちでしたか。ですが、其れだけでは俺を捕まえる事は出来ませんよ」

 

 徐ろに鬼は、薄暗い執務室に差し込む陽光に全身を晒す。

 

「おい。オイオイ、おい!何をしているんだ、お前は!」

 

准将が慌てて止めようとするが、もう遅い。

 

 

「また来ます。次は返答お願いしますよ」

 

 

 鬼はニヤニヤしながら燃え尽きた。室内が、静寂に包まれる。

 

 

 

「秘書官!例の科学者を、何時でも呼べるようにしておけ」

 

 誰もが唖然とする中、准将が一人の男に告げた。

 

「畏まりました。准将閣下」

 

 秘書官と呼ばれた美男子は、そう応えると足速に退室した。

その指示は人間の敵である鬼と、取引すると言っているのと同義だ。

 

「准将閣下!」

「副師団長殿!」

 

 兵士たちの声音には、心配と非難の感情が混じっていた。しかし、上官に退室を促されれば、出ていくしかない。

 

 

 

「戦争はもう始まっている。我々は一刻も早く、造らねばならんのだ。例え、悪魔に魂を売る事になったとしても」

 

 

 

 准将は誰も居なくなった執務室で、祖国のためにと小さく呟くが、その眼は何か別の妄執に取り憑かれているのか酷く濁っていた。

 

 

 




不死川実弥が強化されました。玄弥の生存フラグが立つよ。ヤッタネ!
※タグに『原作キャラ死亡』を追加しました。

GW中は執筆出来ないので次回も遅くなります。面目無いです。
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