───音が戻る。
さぁぁああ。
辺りの木々がゆさゆさと揺れる。
ごぉぉおおお。
自然が唸る。
ぱらりぱらり。
建物の一部が崩れる。
人妖の戦い。その末、立っていたのは
「あたしの、勝ちね。所詮妖怪、吸血鬼だろうがなんだろうが、異変を起こした奴には…それなりの報いがあるわ」
にしても……ちょぉ〜っと…疲れたわね。
身体をぐぐっと伸ばしつつ、静かに呟く霊夢。
「さてさて…あんの吸血鬼は何処に行ったのやら」
ふわりと、どこからどう見ても巫女装束の少女にしか見えないが、当たり前に空を浮く。
未だ。砂埃は消えず。
未だ。霧は晴れず。
未だ。妖気は失せず。
そこまで感じとってようやっと勘ぐる。
──待て、やけにアッサリしているな…と。
身体に負荷がかかり、横へ引っ張られる感覚。見知った感覚。凄まじい圧だ。
視線は先程とは真逆を向く。無意識の内に、その方向へと身体を向けていた。
───まだ…まだ終わってないわよ。人間。
「…ふへ、アンタはゴキブリか」
巫女はそれを見て、嗤った。
「…あの生物を舐めない方がいいわよ? アレは私が生まれる前から存在してるわ」
「褒めてんのよ…! その無駄に高い生命力をね」
「人間にこの力は…過ぎたものだもの。当然よ」
気づかぬ間に。きっと本人も気づかない間。博麗の巫女の口が三日月の形へと歪んでいた。
「《神槍…「スピア・ザ・グングニル」》……本番は……これからよッ!」
レミリアと同じくらいの大きさがあるのではないか、そう思えるくらいの槍が、その右手に握られていた。
その姿──神話の如き。
これより遥か昔、神話の時代を目の当たりにしているのかと…勘違いするほどの神々しさ。輝く槍。見つめられるだけでその殆どの目を奪い尽くす紅き目。
それでいて背丈はほんの小さい子供。しかし舐めてかかってはその命、血肉を捧げることになるだろう。
博麗霊夢は本能で、人間の本能的な部分で畏怖の念を抱いていた。
「──ひひっ…いいわね、面白いわ──」
畏れながらも、その巫女は酔っていた。
自分の力にではあるが。
「──来なさい。妖怪」
「──舐めるな。人間」
第2ラウンドが始まろうとしていた。
霧散した緊張が濃度を高める。
ピリつく空気。
先に動いたのは小柄な吸血鬼。
紫色に輝く槍が霊夢に向かう。突風を巻き起こし螺旋状に回転の力がかかっている。当たればひとたまりもないという事は想像に容易い。
敢えて受け止める、という選択肢は霊夢には無かった。そんなものは避けてしまえば変わらないからだ。
「…この程度? なーんだ、土壇場で立ち上がったらパワーアップ、とかじゃないのねぇ…? 案外──っぶないわね! ちょっ、人がっ話しッ─」
「…これは単なる弾幕勝負じゃないわ。そんな甘い考え方じゃいつか身を滅ぼすわよ。ま、今がその時なんだけど…ねッ!」
一面どこを見渡しても弾幕弾幕弾幕、完璧に避け続けるのは難しいだろう。それでもいつも通り、弾幕には弾幕を。
「消し飛べッ! 《霊符ッ! 「夢想封印」》!」
先程使ったものと同じ。しかし今回ばかりは
そのまま一直線にレミリアへ近付く。
「…デタラメね。どうして人間がここまでやれるのか分からないけど……ふふっ」
「何笑ってんのよッ!」
「ああ…いや? 可笑しくてね……とにかく、私は負けられないのよ。私にも色々あるから」
「あっそ、そんなことどうでもいいわ。あたしは異変解決さえ出来れば良いのよ!」
くすり、とまた吸血鬼は笑みを深めた。
「……はぁああっ!!」
お祓い棒が振るわれ、護りである色彩豊かな弾幕が放たれる。それを壁にし接近する。
それでも、その攻撃はいとも容易く弾かれる。
バヒュン。どこか心地よい音が鳴っていた。
「あら、簡単に弾けるじゃない。この程度?」
吸血鬼が嗤う。
しかし巫女にとって、それは攻撃ではなく、ただの囮であった。
「隙ありッ」
レミリアの背後へまわり、渾身の一撃を喰らわさんとする。
一見隙だらけの後ろ姿。その後ろから一撃で仕留める予定
「…ふふ、だからあなたは甘いのよ」
…後ろッ!
がギィィンッ!
そこにあったのは最初に放たれた、紫色に輝く神槍。凄まじい衝撃。今にも身体が潰れそうだ。
傍から見れば槍をただの棒で受け止められるのはおかしいが、今更どうでもいいだろう。
「あら…余所見は禁物よッ!」
脇腹にレミリアの脚がめり込む。呼吸も身体の制御も出来ない。自分が蹴られたのだと認識するまで時間がかかった。
「……グッゥぅぅ…ッ。か、は…」
「…まだ倒れない。貴女、少し受け止めてたでしょ。衝撃を和らげるために……ふふ、恐ろしいわね」
そのセンスには私も少し嫉妬しちゃいそう。
その言葉を聞いた時にはレミリアの姿を確認することが出来なかった。
いだい、どこに行った。不味い、痛い。朦朧としてる。アレ、これ呼吸出来てるかな。凹んでないかな。いたい、居ない。見えない。どこだ。いない、見えない。痛い。不快。
ぐるぐるぐるぐる。回る思考。思考が回る。
──あ、ここだ。
バシっと、飛び蹴りの形で飛んできたレミリアの脚を掴む。
「ひ、へ…? うっそでしょう?」
「にひ」
今回も自分の
「……まっずいわね」
「…かは、ここで終わりよ」
「いいや…ッ 終わりじゃないわ!」
ニヒルに笑う巫女。対称的に焦燥感で満たされる吸血鬼。
吸血鬼は己を霧散させ、黒い霧に紛れる。
見逃すわけが無い。この巫女に慈悲という言葉は心底似合わないのだ。
見逃される訳が無い。この吸血鬼はそんなこと百も承知で挑む。挑むしかないのだ。己のやってしまった過ちを償う為に。愛する家族のために。
「……ちっ、手間かけさせてくれるじゃない」
吸血鬼が上位種であることを行動で証明する。既に霊夢の手からレミリアは逃れていた。霧となることで抜け出すことに成功していたのだ。
霧は一箇所に集結し、ヒトの形を取る。
「…やはり、博麗の巫女というのは危険な様ね?」
「…けほ、今更ぁ? アンタ、学習能力が低いわねえ」
「ふふ、貴女こそ、私の実力を測れていない時点で…少なくともその目は要らないわ」
「…はっ、アンタみたいなガキんちょがギャーギャー騒いだところで、挑発になんか乗らないわよ」
「あら、それじゃあその拳は何なのかしら」
「アンタをぶちのめす拳だよ」
先程とは逆転。少し怒気を帯びた霊夢の拳が、ヒトとは思えない速度でレミリアに放たれる。対してレミリアは余裕綽々といった表情でそれらを迎え撃つ。
霊夢の身体に不思議な力が巡る。
筋繊維の一つ一つに宿り、その働きを助長してゆく。
「…人間の扱う、【霊力】ね…こんなに速く巡らすことの出来る人間を見たのは久しぶりよ」
普通の人間なら目で追うのが精一杯なその一撃を、レミリアは簡単そうにいなす。
「…ただっ…使い手の程度がっ知れてるからまだマシ…ねッ」
巫女と吸血鬼の間に存在する空気が振動する。
拳やお祓い棒、それらが振るわれる度に服や髪がたなびく。
「…っチィ、これ使うと、筋肉痛に、なるからッ嫌なのよ!」
しかし、人でない吸血鬼にだって負担はかかる。このような素早い対応が必須となることは今までに数える程無かった。あるいは、それらと比べ、印象深くは無かったのだ。
レミリアの腕が弾かれ、隙が出来る。
「─オッらァッ!」
すか。
霊夢の拳は貫通した。但し、手は霧に包まれているが。
「──またッ霧っ」
直ぐに手を引っ込めて距離をとる。
レミリアは貫通した部分だけ霧となり、やがて元に戻る。
部位を霧にした彼女の額からは汗が噴き出ていた。疲れの表情が見える。僅かに肩で息をしているのを確認出来る。
対する巫女はまだまだやれるという様子。多少苦しそうでも、何処かニコニコしている様にも受け取れる。
「ふふふふ……どう? 私の力。吸血鬼の力は」
「最っ高に気持ち悪い」
「辛辣ね。そんなんじゃ好かれないわ」
短い言葉を交わし、互いに、更に距離を取る。
弾幕だ。正統なスペルカードルールに則った。弾幕勝負。
人間と妖怪の争いを公平に行う為の、ルール。
「…博麗の巫女、死ぬ覚悟した方が、いいわよ」
妖怪が人間を無闇に殺さない為のルール。
「よく通る鳴き声ね、そろそろ耳がキーンとしそうだわ」
人間が妖怪と対等に戦う為のルール。
「…知ってるかしら、スカーレット家にまつわる
「え、今から使うの?」
「………《来たるは 神話の 最高神》」
「あ無視?」
「《我らが 先祖 》」
「…ちょっと面白そうね」
微量の魔力が動く。
「…ん? 魔力…?」
『《戦いの 神 戦争と 死を 司り その力で 敵を 鎮めた》』
足元から滲み出すように魔力が増幅する。
「な、るほど…」
『《魔術に 長け 知識ニ 貪欲》』
風が巻き起こる。魔力が空気を押し退けることによる衝撃波だ。詠唱による魔術は久しぶりに見た。
「あ、そういえば。アイツ今何やってんだろ」
魔術という単語を口にし、赤白の巫女は白黒の魔法使いに思いを馳せた。
『《例え 代償に 命ヲ 奪われテも》』
「…ぐ、お。ちょこっと不安になってきたわねえ」
《ナラば 我ら 最高神の 血を 継グ者》
霊力。人間が扱う、悪霊を退散させるために用いられてきたオーラも一点に集中する。
既に畏怖すら感じ取れる程に増幅した魔力が竜巻を引き起こす。
《なラバ 先祖ノ 歴史を 辿らん》
「……切り札、ねぇ…流石に長すぎでしょうが」
普段ならここでもう切り伏せるが、今回はそうしない。明確な理由はある。
《ナラバ 運命ニ 従ワん》
「へーい、はやくはやくー」
博麗の巫女が茶化しに入る。ただ、それは声色のみで、身体は微動だにしなかった。彼女は機を待つのみ。
《顕現セヨ》
「……にひひ…」
少々癖のある笑いが響く。
《再現セヨ》
構築された魔力は極限まで純度を上げている。莫大な魔力は不定形ながらその姿を獲得しており、術式はもう少しで完成する。
《最高神──オー─
──言いかける前、それ即ち術が完成し、それまであやふやだった存在がこの世に顕現した。
筋骨隆々の肉体。顔を覆い隠すほどのローブを身につけ、中には黄金の鎧を装備している老人が。
人間と妖怪の対等なルールは、今、ここに消え失せた。
レミリアを媒体に、あるいは憑依、あるいは成り代わる様に入り込──
─まずに、消え去った。
いや、消え去ったのでは無く、厳密には…
「《夢符「封魔陣」》ッ! …はっ、私は敵の変身中にも攻撃出来るのよッ!」
…巫女の手に吸い寄せられ、濁り、濁った…しかしそれでも黄金の輝きは失せない心臓。ハートにも見えるような…それが握られていた。
ドク、ドク、と脈動している、肉の塊であった。
【TIPS】<北欧の神話─最高神>
*最高神は、北欧の神話の主神にして戦争と死の神。
*魔術に長け、知識に対し非常に貪欲な神であり、自らの目や命を代償に差し出すほどである。
強者とは、最後の最期まで力の出し惜しみをしてしまうのだ。傲慢でも、謙虚でも。
─ある研究者の寝言。