男の子が桜を見ていた。これが一目惚れ、なのだろうか。そう思った。
男の子が校舎に入っていった。男の子の代わりにか、先程まで男の子がいたところにはハンカチが落ちていた。
ハンカチには刺繍で、[k.s]
(k.s、あの人の名前なのかな。)
ハンカチを拾い、私もまた校舎に行く。
「あっ、杏里!おはよ〜」
彼女は浦瀬奈央(ウラセナオ)。こんな内気な私の、唯一の友人。
「おはよう、奈央ちゃん。あっあの、聞きたいことがっ…」
「うん、どうしたの?」
「えっと、玄関でかっこいい男の子がいて、その人がハンカチ落としてったの。だから届けたくて。」
彼のことを思い出して、顔が赤くなった。
「これなんだけど…」
そう言ってハンカチを見せる
「あっ、これ蒼汰(ソウタ)のでしょ!私、この人の事好きなんだぁ、だから、あたしが渡しておくよ!」
彼女はハンカチを奪い取るようにして持っていった。
「あっ、そうなんだ…わかったよ…」
彼女は少し怒っているように見えた。
今日はそのまま家に帰った。
❋❋❋❋
「おはよう!杏里ちゃん!」
昨日私からハンカチを奪い取っていった彼女が、いつもと同じように私に挨拶した。
「おはよう…そういえば、ハンカチ…」
「ハンカチはちゃんと渡したよ!」
「そっか…なら…良かった…」
何もいいことなんてないのに。
❋❋❋❋
学校から帰る途中、彼を見つけた。目があってしまい、顔に熱が集中する。
「君、昨日もここらへんにいたよね。」
彼の方から話しかけてきて驚き、変な声が出てしまった。
「ひぇ?はっ、はい…」
君が優しく微笑む。
「ホントは僕のハンカチ、君が拾ってくれたんでしょ?」
「えっあっ、そ、そうです…」
「やっぱり!ありがとう!」
「名前は?なんて言うの?僕は、金石蒼汰(カナイシソウタ)って名前なんだ。蒼汰って読んでね。」
「あっ、えと、宮永杏里(ミヤナガアンリ)…です。」
手をふわっと握られる。
「そっか。杏里ちゃんって言うんだね。よければ、明後日の日曜日、どこかに出かけない?お礼として。」
これは急展開すぎでは。もしや夢なのでは。
「えっ、いいんです…か?」
「うんうん!あのハンカチ、すっごい大事なやつだったんだ〜。あ、別に無理強いはしないけどね。」
「い、行きます!」
「そっか、良かった!じゃあ、また今度!」
彼の素敵な笑顔を見たら、夢でもいいような気がした。
❋❋❋❋
土曜日の夜は緊張してなかなか眠れなかった。
(服、変じゃないかな、待ち合わせ場所、合ってるかな…)
デート前の女の子は皆こんな気持ちなのだろうか。いや、デートではないのか。
「あっ、杏里ちゃーん、ごめん!待った?」
「あっ、い、今来たところです!!」
彼はにこやかに笑う。
「あはは、テンプレートじゃん。それじゃ、行こっか。」
❋❋❋❋
「今日は楽しかった?」
「はっはい!とても楽しかったです!
えっと、実はこういう、家族以外の人と一緒に出かけるの、初めてで…」
彼は目を細めて言った。
「ふぅん、じゃあ僕が君の"はじめて"ってことか。じゃあね。杏里ちゃん。」
夕日をバックに彼は去っていった。その時私はひどく顔が赤かったことだろう。
❋❋❋❋
朝、廊下を歩いていると彼に会った。
「杏里ちゃん、今日一緒に僕の教室で弁当食べない?」
「えっはい、ぜひ…」
憂鬱な月曜日など嘘のようだ。
❋❋❋❋
キーンコーンカーンコーン
(早く教室に行かないと♪)
嬉しくてつい廊下をスキップしてしまう。
「あ、そこの可愛い子〜!」
可愛い子、とは誰の事だろうか。ガラの悪そうな人達に話しかけられるとはその人も災難だ。
「君だよ君。」
私なのか。そう思っていたら道を塞がれた。
「君ぃ、俺らと一緒に弁当食べない?」
「てか君近くで見たらめちゃくちゃかわいいじゃん」
変な輩に絡まれてしまった。私には用事があるのだというのに。
「いや、あの、急いでるんです…」
「あんま俺らに反抗しない方がいいよ。反抗したらどうなるか…」
顔を近づけられ、思わず目を瞑る。
人を殴る音と、好きな人の声が聞こえた。
「お前ら、この子に手ェ出してんじゃねぇよ!!」
目を開けると大好きな彼がいた。
「な、なんだよ!冗談だよ!萎えるわぁ〜」
「もう行こうぜ!」
どこか焦ったような顔で彼が私のもとへ来た。
「杏里ちゃん、大丈夫だった?」
顔が近い。
「はっはい…ありがと…うございます。」
ゆでダコのごとく顔が赤い私を見て安心したのか、彼はホッとした様子だった。
「お弁当、また今度にしよっか。」
「あっ…はい……」
少し悲しい。せっかく一緒に食べれると思ったのに。
「そんなシュンとしないで。明日は一緒に食べようね。待ってるよ。」
「はっ、はい!」
(明日は一緒に食べようね、か…)
どうやら彼は私を喜ばせるのが上手らしい。
❋❋❋❋
「杏里ちゃんなんか今日、すごい嬉しそうだね。あ、お昼一緒に、」
「あっ…いや、あの…用事があるから…」
ハンカチの件があってから、奈央ちゃんの目をよく見て喋れていない気がする。
「…」
教室を出ていくとき、奈央ちゃんがじっとこちらを見つめていた……気がした。
泰人君のいる教室まで歩く。昨日のことがあったからなのか、泰人に今から会えるからなのか、とても心臓がドキドキしている。まぁ約束の場所は屋上だから、もういないかもしれないけど。なるべく早く会いたかった。ただそれだけ。
泰人君のいる教室の前まで来た。扉に手をかけようとする。
「杏里」
ぴく。私の名前が聞こえて、手が止まる。
「あいつ、すぐ騙されたな〜。」
「てか金石ぃ、あのときのビンタまじ痛かったんだけど〜」
昨日廊下で絡んできた人と、あの人の、こえ。
「わり〜わり〜、でもあの女に飽きたらお前らに回してやるからよ。」
「いつもどおりのルーティーンそろそろ飽ききね?次俺らから回す感じとかw。」
「馬鹿言うなよな〜。」
「そんな…」
泣きそうになる。
唐突に手を引っ張られた。
「!?」
私の手を引いたのは―奈央ちゃんだった。
「本当にごめんっ」
奈央ちゃんが小さい声でそう言った。
ごめん?彼女は何に対して謝っているのだろうか。
手を握られたまま引っ張られ、ついた所は裏庭だった。
「杏里、本当にごめん!!」
それが私の手を引いた、彼女の第一声だった。
「えっ?ど、どういう…」
はてなマークが頭の中を駆け巡る。
奈央ちゃんが口を開く。
「実は…」
❋❋❋❋❋❋
それは、遡ること6日前。
奈央が蒼汰にハンカチを叩きつけるようにして渡す。
「あんた、また女の子に手ぇ出すつもり?」
奈央はかなり苛ついている。
「なんだよ宮永、人聞きの悪い事言ってんじゃねぇよ。向こうが勝手に引っかかってるだけだろ。」
「あの子に手ぇ出したら許さないから。」
奈央が泰人の胸ぐらをつかむ。
「なんだよ?お前あいつのこと好きなのかよ。」
「だったら何?」
奈央が蒼汰のことを睨む。猛獣すら慄いてしまうような目で。
「っ!」
蒼汰が奈央の手を払う。
「俺が何しようと自由だろ。てか、自分で止めればいいだろ。」
蒼汰は虚勢を張ってそう言った。
❋❋❋❋❋❋
とどのつまり、蒼汰君は昔から女子を取っ替え引っ替えしていて、私が蒼汰君の事を好きにならないように、せめてでも会う回数を減らせるように奈央ちゃんはハンカチを奪っていったんだそう。
「まぁ、結局意味無かったんだけどね。ハンカチ。」
「そ…そんな事が…って、え?!すき?!わたしのことが!?」
今の私の顔はゆでダコの比にならないくらい赤いことだろう。
「そうだよ。」
どこか照れたような、それでいて、覚悟を決めたような顔で彼女が言う。
「よく聞いてね。
あなたの事が、初めてあった時からずっと好きでした。あたしなら、あなたの事を大切にできる。」
友人が私にも聞こえるくらいの音量で深呼吸する。よほど緊張しているのだろう。
「付き合ってください。」
彼女の瞳は真剣そのものだった。
「はっ、はい!!」
桜が一枚、また一枚と散ってゆく。
私の初恋は散々だったが、新しい恋がすぐ始まった。私を騙した泰人君のことは許せない。だが、このことが無かったら奈央ちゃんは気持ちを打ち明けてくれなかったかもしれない。だから感謝してやらないこともなくはないかもしれない。
春である。