例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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第十話 IN MY SPIRIT,WARRIORS 前編

 

 

 

 

攻撃と防衛はどちら側が有利かという問いが、しばしば巷では繰り広げられるという。

 

 守るという意志と攻め落とすという意志。通さぬという理想と、攻略するという智暴。

 どちらも押し通すには心的な意味でも圧倒的な力が必要な事は言うまでもなく、力押しで双方片が付くのならば畢竟、戦う者の数が多い方が勝利できるという結論で話は終わる。

 

「おむすびです」

 

「ああ、ありがとう」

 

 しかし歴史を振り返り紐解いてみても、数が多かったのに負けた戦いとは往々にして在り、数の上では33対1という数的優位である彼女達人間は、にもかかわらず劣勢只中で歯を食いしばっていた。

 

「……。戦況は芳しくありませんか」

 

「うん、中々やるわアイツ。脱落はこっちボチボチ出てきてるけど、あの首一つも斬り落とせてない」

 

「味噌汁です」

 

「ありがと。うん、身体が生き返る。やっぱり戦いには塩とおにぎりよね!」

 

「――おむすびです」

 

「え。ア、ハイ」

 

藤沢駅北面出入口。ここは第一兵站ラインの終端。最前線に一番近い補給基地である。

 

「よし、行くか」

 

「武運長久を」

 

「うん!」

 

 元気を取り戻した刀使が戦場に向かう。

ここでは戦闘で疲労した人間達が休息を取っており、ボロボロになった衣服を着替える事、そして『写シ』を破られすぎた事による心的消耗を休ませている。

 中でも最も英気が養われるのは、手軽にすぐさま美味い物を食べられるという事であった。

 

「お茶頂戴」

 

「パンないの?あんパン」

 

「ご無事で何より。各種あります」

 

「ありがとう!」

 

「ああ、生きてるなあ、私達」

 

「当たり前です。あまり不吉な事は止してください」

 

「ふふ、でもさ。さっきの見たらねえ?」

 

「うんうん」

 

「……?」

 

 新たに訪れたボロボロの制服を着た刀使達が笑いながら、各々食べ物を手に取った。着替えはその後である。

 

「さっき親衛隊の綿貫さんがさ、今も叫んでるそこのクソ大荒魂に右半身を喰われたんだけどね?その時咄嗟に御刀を左手に持ち替えてさ!いやあ流石だったわ」

 

「御刀ごと喰われたら全身の『写シ』が強制的に剥がされるから、それを阻止したわけよ。あとは何食わぬ顔で『写シ』を張りなおしてさ!ほら、私達(刀使)って御刀を媒介にして色々やってるわけじゃない?」

 

「ええ」

 

「つまり御刀を握り続けていられれば、私達って大丈夫なのよ。ずっと戦い続けてられるのよ!」

 

 興奮しながら言う彼女達だが、その眼光は些かも狂気に濡れてなどいなかった。それは使命感と、そしてこうして一安心しながら飯を食べられる事による余裕がそうさせている。ほんの一時でも。

 

「皆さん流石ですね。しかし、『写シ』を張れる回数には限度があります」

 

「私あと一回だわ」

 

「私はあと二回」

 

「やるぅ! じゃあはいコレ」

 

「なにこれ?」

 

「私お気に入りのハンカチ。汚れるとあれだから、持っといて」

 

「はいよ」

 

「――皆さん、武運長久を」

 

「ありがと!」

 

「サンキュ。………でもなあ、」

 

「?」

 

「うん。でもだよねえ……」

 

 ――心身の限界なのか。それを見極め後退させる事も、この場所に居る第一兵站ライン担当美濃関刀使・皐月の仕事でもある。

 

なので彼女は少し身を乗り出した。

 

「如何なさいましたか?」

 

「ねえ皐月さん。ここでの戦いとか私達とした話、墓場まで持ってってくれる自信ある?」

 

「………」

 

頷く。眼を逸らさず強く。そして彼女達は、笑って言った。

 

「私達さ、実はさ、」

 

「はい」

 

「―――楽しいのよ」

 

「は―――い?」

 

「ひたすらデカくて強くて凄い大荒魂と只戦い続ける。一般人や誰かが見ているわけでもない、遠慮も何も必要ない――っ!」

 

「行儀のいい振りしなくていい!!」

 

「私達皆、生きてるよね!!!」

 

「………」

 

 生の実感という名の喜びの感情がそこには詰まっていた。これをずっと待っていたんだと、心のどこかで。

 …だってこんな経験誰が出来た?過去現在未来、我ら刀使は湧いて出る荒魂を刈って刈って、或いは死に或いは今日を生きる。そんなの作業のような毎日だ。それが刀使(私達)だった。

 

 でも今日は違う。今日だけは違う。

刀使としてだけでなく強大なるモノに立ち向かう戦士として、我らは今生きている。それは昏くもなく明るくもない、――シンプルなやる気=闘争心なんだと、皐月は聞いたのだった。

 

「―――てなわけで。これは生涯オフレコでよろしく」

 

「こんなイかれた刀使達なんて、私達だけでいいのよ金輪際」

 

「絶対にこの先の後輩達にはこんな想いは味わわせない。味わっちゃいけないの。だからアイツは絶対に討滅する」

 

「………了解しました」

 

 皐月は頷いた。そして心の奥底にここでの会話をしまい込み、それは後に生まれる彼女の娘にも話す事はなかった。

 

「この話は私達だけの口伝(スターダストメモリー)。この世の何処にも残らない記録と記憶。なのでどうかまたお聞かせを。きっと、老後の華となりますように」

 

「まっかせて!!」

 

どうか笑って話せるといいなと、希望と願望も。皐月は胸にしまい込んだ。

 

 

 

 

 

 

―――怪物が吠える。戦場は、咆哮で埋め尽くされていた。

 

「堅いなあッ!!!」

 

「『八幡力』第5まで出来る奴ッ!私と斬り込め!!!左端の首に一点集中!!!」

 

「了解!!」

 

「 &&&&&&&B&&& 」

 

 四つ首の荒魂と人間が吠えに吠え、雄叫び、丁か半か。一秒先の命の結果をどちらに手繰り寄せれるか、力と運をせめぎ合う。

 赤い雷が戦場所狭しと吹き荒れる鉄火場にずっと、刀使達はいた。

 

「『写シ』が張れなくなった奴は後退!後方で飯でも食ってこいッ!!」

 

「申し訳ありません燕さん!!!」

 

「そこはごめんじゃなくて頼みますと言えッ!!!!」

 

親衛隊の燕結唯は御刀をジゲン流・トンボのように構えなおした。

 

「頼みます――!」

 

「頼まれた!!!」

 

左足を前、右足を引く。それは強という名の構。燕家に伝わる剣法であった。

 

「合わせろ!!」

 

「――行きます」

 

 神速の斬り下ろしが結唯から繰り出されると同時、第5段階の『八幡力』を行使できる者と親衛隊・綿貫和絵が御刀を縦一文字に振り下ろした。

 

「 G$&&&&&&&&&&&& 」

 

 するとどうだ。大荒魂の首一つが真っ二つに斬り落とされ、叫び声を上げながら態勢を崩しては倒れ伏す。それはこの場で戦う刀使たちにとって初めて眼にする光景であった。

 

やっと一つ。千切れた首をズタズタに裂きながら、戦士達は吠える。

 

「今だッ陣形整え!!止めを刺せ!!」

 

「応!!!」

 

 御刀の切っ先が大荒魂の全身、そして残りの三つの首に突き刺さる。――ついに叫び声すら上げられないのか、化け物は無言で意のままにされていた。

 

「流石ですね燕さん。貴女の家伝の剣法、…何流でしたか?」

 

「名前なんてないわ。只の剣法それだけよ」

 

「そうでしたか」

 

「そして流石でも何でもないわ和絵。まだ全然極めてもいないし、もっともっと先があるんだって分かってるけど、多分私はそこに至れないし」

 

 ザクザクと刺され拘束され始めている敵に残心を示し、結唯は自身の不甲斐なさを語っていた。

 

「……それは、この剣は未完だと?」

 

「私にはね。何故だかそれが分かるのよ」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「私には無理だろうけどさ、きっと私の娘が、もしくは孫が。きっとこの剣を極めてくれるわ。無敵に近付かせてくれると信じてる。…所詮は皮算用だけど」

 

「………」

 

和絵は笑わなかった。

 

「私の娘は刀使になってさ、そして歴代最強の刀使にだってなってくれるのよ。いつかきっと、きっとよ!まるで真っ昼間の空にお月様が見えるみたいな剣を、きっと未来の私に見せてくれるわ!楽しみよ、これからの人生がね――ッ!」

 

 希望に満ちた彼女の言葉は、まるでハイキングをしているかのように楽しげで。それは何の変哲もない一人の剣士の純粋な想いであった。

 ああこの人はこの先どんな状況でも前を向いて進んでいけるんだと断言するに余り有る情熱と啖呵。戦場の咆哮。…果たして自分には言えるだろうか、この状況で。

 和絵は苦笑いを浮かべた。

 

「やはり流石ですよ、燕さん」

 

「そう言う和絵はどうなの?昔、生涯未完だと言ってた貴女の剣。いつか至ってくれる奴のアテはある?」

 

「どうでしょうか。アテも何も、継いでくれる誰かが出来るのかすら私には分かりませんが、…そうですね」

 

「 &&&&&&&&&&&& 」

 

「アレを全部斬り祓った後に考えます。強い荒魂との斬り合いは楽しいので」

 

「言うわね。やっぱり、貴女も剣士よね」

 

「いえいえ燕さん程では」

 

アハハと、歳相応に二人は笑い合った。

 

「―――皆無事?」

 

 活力が漲ってきた剣士達の前に、右手左手に御刀を持った剣豪が声を掛けながら、倒れている大荒魂の眼前にまでやって来る。その手に握るは天下五剣。折神家伝家の宝刀である。

 

「大事ありません。しかし久方ぶりに見ますね葵様。貴女が大典太と鬼丸を持ち出す姿は」

 

「私の愛刀よ?『写シ』も張れるしまだまだ私も現役ってわけ。…ざっと見て来たけど被害は?」

 

「……先程5人やられました。現在は御刀と共に第一兵站拠点へと退避させています」

 

「――そう。分かった、じゃああとはコイツの首を全部叩っ斬って――」

 

「! 葵様!」

 

 その時、大荒魂の首が一つ、鎌首をもたげるように動いて葵達を見詰め始めた。その姿はまるで介錯を待つ人間のようだが、罠である事は百も承知だとこの場にいる刀使達は思って、御刀を再度強く突き入れる。

 

「どう?刀使は強いでしょう?大荒魂」

 

「 FFFFFFF 」

 

「刀使として我々は貴様を祓う。神妙にしていなさい」

 

「 FFFF }LUBS& 」

 

くぐもった声が、戦場に木霊する。

 

「葵様、止めを。もう首はこれ一つしかありません」

 

「そう。ではさようならね、大荒魂」

 

葵は天下の二刀を振りかぶり、残った最後の首へと斬り付けた。すると断末魔が、いや、断面から、

 

「 FFFF 」

 

「 #FFF 」

 

一際大きく、

 

「 はははは 」

 

「 はははは 」

 

「 あははは 」「 あははは 」

 

聞こえて―――、

 

「葵様!!!」

 

「!?」

 

それは山が震えるように。波が逆巻くように。空が軋むように響いた。

 

「 人間が先を見るな 」「 こうなるぞ ? 」

 

その場の刀使達が瞬きすらしていない刹那、葵は両腕を綺麗に噛み砕かれていた。

 

「総員―――!」

 

それを見て、和絵が叫ぶ。

 

「 判断はわるくない 」「 よくもない 」

 

「回避―――!!」

 

「 きさまらはさも当然のようにあちらの自分をこちらに呼ぶな ? 」「 われにはそれが出来ないと ? 」

 

 御刀ごと奪われた葵の腕は当然『写シ』の身である。だから血が噴水のように吹き出す事も出血によるショックも当然彼女には起こりえないし、今もこうして最初からなにも無かったかのように二本の腕が身体から生えている。

 そう、眼の前に信じがたい事が発生しようとも、『写シ』はそれら全てを無に帰す万能の絶対防壁。それは穏世の力であり、それを引き出す刀使だけの力だと。

 

「首が全部………。まさか最初からコイツ『写シ』を?」

 

彼女達は、思っていた。

 

「………――」

 

「葵様!お退きをッ!!」

 

 この世に現れ出でた大荒魂はそれを当たり前のように行使して。只眼前に声と腕を振るい、またも赤い雷を落とし始めていた。

 

「 折神葵。刀使ども 」「 貴様らの無能さ 」「 才無き身を 」「 悔やむがいい 」

 

 元通りとなった四つの首から咆哮と声と火炎が噴き出され、最終防衛ラインは正に地獄の業火の真っ只中へと化した。

 火は地面を焼き、咆哮は残った建物と耳を砕き、雷は刀使の御刀へと落下する。

 

「うわあああああ!!!」

 

「『写シ』が剥がれた者は退避!他の者はカバーしろ!!」

 

「葵様、貴女もお早く!御刀が無くなった刀使に戦場は無理です!」

 

「………――」

 

「葵様ッ!!!」

 

葵は呆然と、ただ一点を見詰めている。声掛けには反応がない。

 

 ――無理もない、と。和絵は目を伏せた。

長く刀と武に身を置いてきた者ほど、それらが発揮できなくなればショックが殊更大きい。…今まで鍛え続けてきた己との決別。それはもう戻れない、過去への追憶でもある。

 

 また頑張ろうという時間は無い。余裕もない。――何故?そんな絶望が、この当代の当主である彼女にも。いや、彼女だからこそなのか。

 

「 我を起こした責任を果たせ折神 」「 40年前のようにな 」

 

刀使の中で最も長く現役でいられた彼女だからこそ―――、

 

「黙れ」

 

 その時。万力のようにぐしゃりと。この場における最高齢の剣士は地面を指で握り潰していた。剛力を旨とする、折神の武である。

 

当代当主は口調と声をガラリと変えて、いや戻して、部下に言った。

 

「和絵。私の大典太と鬼丸は喰われた。そうだな?」

 

「は。……はいッ」

 

「刀使は御刀がなければ戦えない。無用の長物。そうだな?」

 

 反射的速度でもう一度肯定する和絵が、葵の瞳を見る。ただ独りの猛き剣士がそこには居た。

 

「皐月!!!!」

 

「こちらに」

 

 …いつの間に。和絵は耳だけで感知した。素早く恭しく二振りの御刀を、一人の刀使が葵に手渡すその様を。

 

「数珠丸。そして三日月宗近にございます」

 

「負傷者を率いろ。退避行動をとれ」

 

「了解」

 

そうして漆黒色の声がゴミ、と。真っ直ぐに大荒魂目掛けて発された。

 

「お前らは不純物の集まりだ。しかも不純物の中の不純物(ノロ)。ソレが一端に、人の言語を吐くな。耳障りだ」

 

「 ほう 」「 それは面映ゆい 」「 よく見た光景だ 」「 ……… 」

 

大荒魂は阿呆を見たように喋っている。それに対し、葵は独り呟いた。

 

「本当に、お前らはこちらの思惑を無視していく。あっちで起きていればよかったものを。―――ここは通さん」

 

「戦えますか?葵様?」

 

「無論だ。結唯、和絵、お前たちは手負いの刀使達を連れて第一兵站拠点まで後退しろ。ここは私と未だ無事な者達だけでいい」

 

「いつから趣味が自殺になったので?」

 

「コイツはもう『写シ』を張れない筈だ。だからもう一度首を全て斬れば、我々の勝利。そして私は元から多趣味だ。さっさと行け」

 

「『写シ』を張れないのは貴女も同じ筈。気付いていないとでも?」

 

「皐月さん。皆をよろしく」

 

 長く続く疲労と攻撃により、『写シ』を張れなくなった刀使達はしかし背中だけを負傷者に向けていた。元より退く気などない。決意と意地がそこには浮かんでいる。

 

「………。葵様は、」

 

「私に退く場所などとうにない。母が穏世に消えたあの時から」

 

葵は本心を言った。 

 

「 刹那主義的だな 」「 ヒトはいつも 」「 尽きることなく 」「 厭きもしない 」

 

「――武運長久を」

 

「お前こそ」

 

 まだ戦える者達が御刀を構える。減りも減ったり総勢8名。闘志と笑みを全身に張り付けて。

 

最期の戦場に臨む戦士達に、皐月達は丁寧にお辞儀した。

 

 

 

 

 

 

「挟みこめ!!」

 

「おお!!!」

 

「痛っ!足千切れた!!」

 

「『写シ』張りなおせ!!!出来るか!?」

 

「出来てるよ!!ァハハハハハハハ!!!」

 

「大荒魂が消えた!?!?」

 

「『迅移』か『明眼』を使えッ!!!」

 

「第3!?!」

 

「うわっと!いって!!当たり前だろ!!!」

 

「アッハハハハハハ!こんッッの!!ズルいなそれぇ!!!」

 

「見えたり消えたり失せたり出たり!本当荒魂って非常識!!」

 

「かかって来いよオラア!!!!」

 

「首を捕らえました!!!!」

 

「ウらああああ!!!!!千切れろ!!!!」

 

「よっしゃもう一本行くぞオオオ!!!!!」

 

 戦場に響きわたる鬨の声。誰に聞かれるわけもなく、誰を気にする事もない。そこには戦士がいて、戦士が活躍する場があって、そして何より感情と意志がある。

 楽しいと、もういいと、永遠にと、終われと。これが私の生きた道と。軌跡がそこには確かにあり、そして気付けば誰もが忘れて星屑のように消えて往く。

 

「どうだ大荒魂ァあああ!!!!!!」

 

「これが人間だああああ!!!!!!」

 

 生き死にの間を、剣戟のように行っては帰り行っては帰らず。誰の声だったかも知りえずに、でも確かにそこに居たんだと。それが彼女達の最も苛烈な記憶だと、誰にも知られずただ流れる。

 

大荒魂は息を吐いた。炎と共に。

 

「 よく分からんな 」「 人間は 」「 今も昔も 」「 ……… 」

 

 ――付き合ってられん。

大荒魂は最後にそう言って、冥途の土産にと一人の刀使を喰らう為大きく牙を剥き、口を開いた。

 

女はそれを待っていた。

 

「帯電放電流電雷電」

 

 何言かを呟く、もう『写シ』を張れない一人の戦士。

葵は息を止め、瞬時に地を蹴り化け物の口と牙城へと二刀を振り下ろしていた。――絶対にここで斬り殺す。それしか頭にはなかった。

 

 当主が腕ごと喰われたにも関わらず、周りの刀使達は攻撃を緩めも止めもしない。――物を考える段階を過ぎ去ったか蛮人が、と。噛みついた首の一つは思った。

 

「 最期に何か言い残す事はあるか 」「 老人 」

 

「来い」

 

 そのままの姿勢で睨み、言う。まだだと。いざと。

冷徹な殺意に活き活きとした視線は真っ直ぐ敵を捉えて、禍々しい竜(荒魂)の眼差しから眼光逸らさず鋭く睨み合う。

 

「来い。まだ終わってはいない」

 

――執念と怨念を、波濤のように。その思いだけが葵を生かし続けていた。

 

「 では終われ 」「 砕け 」「 …いや待て 」

 

「来い」

 

「 どうした 」「 動かぬ 」

 

「来い」 

 

「 死にぞこないの 」「 意地か 」

 

「来い」

 

「 ではその全身 」「 裂いてやろう 」

 

 如何なる原理だろう、大荒魂の首はピクリとも動かない。

葵は息を止めたまま『八幡力』を全開にし、全身の筋肉という筋肉を膨張硬直。竜の牙と顎を押さえ込んでいた。

 ズブリズブリと緩やかに、しかし確実に切断という結果に進んでいる二本の御刀(折神の御佩刀)は、化け物の首から突き出ている。

 ――このままでは斬られるやも。そう思って爪に雷を纏わせながら、大荒魂は葵を引き裂こうとする。

 

「 !? 」

 

「来い」

 

「おォオオオオオ!!!!」

 

 その時、刀使の絶叫が。斬り下ろしと斬り上げ。一瞬二連の斬撃が、葵に噛みつく大荒魂の首へと直撃した。

 

「 刀使ども、が! 」「 !!? 」

 

「フッッ!!!!!!」

 

 合わせて今度は別の刀使が、急速に飛来寄る鷹のような斬撃を繰り出した。結唯と和絵の剣である。

 大荒魂の首がズシンとした重みと共に地に落ちる。合計三つの斬撃が、ついに四つ首の竜を三つ首のそれへと今度こそ変化させていた。

 

「 頃合いか 」「 島に行くぞ、付き合ってられん 」「 ……… 」

 

「―――来い」

 

 失った首には目もくれず、三つ首の内の一つは葵を眺めた。

止めどなく流血する左右の手は握力すら無くなり刀を取り落としている。膝が抜けたその姿は、まるで悪魔としか言いようがない風体であり、だからこそ人間なのだろう。そう思える程には壮烈な眼が女にはあった。

 

「 奇 」

 

 くし。

それだけ言って、大荒魂は南方へと飛び去って行った。顧みる事も地を睥睨する事もない。

 その時刀使達に浮かんだ言葉と想いは勝利の二文字であった。一人を除いて。

 

「葵様。……敵が退いていきます」

 

「来い」

 

「ヤツは恐らく相模湾、江の島まで後退していく模様です。我々は最終防衛ラインを死守致しました」

 

「…来い」

 

 来てもらわねば困る。そうでなければ40年前と同じ、また柊の刀使が犠牲になる。自身の母が犠牲になる。

 だから葵は言い続ける。

 

「どうか今はお休み下さい。止血は只今」

 

「………来い」

 

「貴女と共に最期まで戦えて光栄でした。親衛隊に選ばれた事、私も燕さんも誇りに思っております」

 

「…………来い」

 

「紫様はきっと、貴女を凌ぐ当主になってくれましょう。朱音様もおります。そしてその時はきっと、私達以上の子達がきっとお傍に」

 

「………」

 

 葵は繰り返す。彼女は今も戦っているのだろう。

両腕に力がほんの少しも入らなくとも、たとえもう声が出なくとも、電池が切れる間際の人形のように、ゆっくりとした仕草でも。ずっと。

 

 その瞳から力が失われる刹那に、葵はふと後ろを振り返った。その動きはとりわけ俊敏で、まるで息を吹き返したかのようだった。

 

―――勝ったのだ。和絵達は思った。

 

「母様!!!」

 

「紫様、お早く!!」

 

「母様ッ!!」

 

――声が聞こえる。こんな所に居る筈のないあの人の声。

 

「諦めないで!!!!」

 

 遠い過去がそうであるように、もう忘れていた筈のその声はとても鮮明で。40年間ずっと聞きたかったその声が懐かしくて。不意に、忘れていた声が葵の唇を震わせた。

 

「やったよ、お母ちゃん」

 

 母親に褒めてほしい子供のようなあどけないその声と表情を、折神紫が忘れる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

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