今作はヒスおばさんがヒスってなかったりいやこいつ誰だよ?とか色々作者の妄想全開です。ご注意を。許容出来ない方はブラウザバックをお願いします。
こちらはとじとものサブキャラ綿貫さん!サイドがメインの本編となっております。
第1話
相模湾岸大災厄が発生したのは、今から20年前の事だった。
その年は御前試合を5連覇した刀使が誕生したこともあり、世人も刀使も何たる前人未踏かと大盛り上がりを見せていた。
――9月の暑い時期だった。その化け物は、突如として現れた。
家屋と人を倒壊させながら相模湾岸より北上、進撃は留まる事を知らず、防衛側は最終防衛ラインにて総力をもってこれを減衰。ついには江の島に封じ込められる事になった化け物=大荒魂による死者は三千人を超え、時の折神家当主はこれを史上最大規模の荒魂災害と認定。
その大荒魂を討滅・鎮圧し、帰還を果たした特務隊六名の刀使達は英雄と呼ばれる事となった。
『親友を返してもらうよ。化け物』
20年前の江の島、相模湾岸大災厄最後の地。その舞台裏。
云わば正念場ともいうここで起きた一つの剣戟。それは神話の闘いの具象だった。
修羅が右に左に得物を振るい、天を叩き割りながら軋む戦場を駆けずり回って化け物を斬ろうとする。ときに防ぎ、ときに躱し、ときに刀を鞘に納める。――真剣勝負の死合い舞台の最中において、抜いた刀をわざわざ鞘に納めるなど愚の骨頂を通り越して暗愚の域だろうが、この修羅はそういった思考と知見の埒外にいた。
あえての納刀、あえての抜刀。その全てが勝つ為の方程式であり、常人には真似すら出来ないだろう間合の騙し合い。めくるめくそれらが刹那のように切り替わり連続し、勝機すらをも意のままに操る修羅道の化身。闘戦の権化。
その修羅の名を、剣聖と云った。
『貴様は我を倒せると本気で思っているのか?』
『思ってる』
しだいに一つの想いと剣戟だけがぐるりと廻る死闘、決戦の舞台。
斬撃が飛び、地が沈み、何もかもが過去の遺物と変わっていくその中で、変わらないものは只一つ。私はそう感じた。
『―――我流』
『血が滾ってきおったわ!参れ、人間!!! 貴様の真を見せてみよ!!!決着の時だ!!!!!』
【斬る】 その只一つの心が剣士を支配したその時。
刹那の先こそ我らの結末だと感じ入った正にその時。刃が化け物の頭蓋へと突き進んでいったその刹那。終わりは来た。
相模湾岸大災厄が鎮圧されたのは、今から20年前の事である。
◆
「荒魂発見!距離30m!」
「なます斬りにしてやれ!」
「各員!『写シ』を張り忘れるな!!」
「糸見イ!!ヤれ!!」
「………」
白雪の結晶のような少女が小さく頷いて、前に出る。
身に纏う学生服は只でさえ華奢な彼女をより一層強めて見せているが、右手に持つ長物はそうではなかった。
刀である。兇器(まがきもの)。銘など無用と一部の界隈では言われているが、彼女のそれには妙法村正と付いている。上段に振りかぶり、眼前に振り下ろすと、彼女たちが敵と認識している何かが真っ二つに割れていた。
「…次」
「いいえ。もう大丈夫ですよ」
歴史の教科書に曰く、人の命を奪いに来るこの敵の名称は荒魂。糸見という少女を害そうとし、彼女の同僚や無辜の人々をもその牙でもって無に帰さんと猛威を振るう化け物。
奴らは何処から生まれるのか?何故現れるのか?どうして荒ぶるのか?彼女たち人類の研究には余念も底も無いが、表向き現在分かっているのは荒魂を斬らなければこちらが死ぬという事であった。
――だから戦う。命を懸けて。斬り、祓う。それが貴女たち刀使の巫女。
「掃討完了。周囲警戒、残敵確認」
「残敵無し。被害及び損失無し。任務完了を左近衛大将に報告します」
「異議なし。よろしく願います」
「助かりました、綿貫さん」
そう言って走り去る刀使の後ろ。黄昏色の陽光が貴女の顔と、貴女の刀を照らしている。綺麗な色だと思って刃紋をそっと見てみると、隣りにいる彼女が少し眼を細めた。
「…眩しい」
「ああ、すみません。糸見」
詫びる貴女は同僚・糸見沙耶香を見ながら刀を鞘に納めた。その切っ先には汚れも隙も無く、残心にも淀みは有ってはならない。
引き締まった貴女の顔を見て、沙耶香がコクリと頷いた。
「荒魂討伐完了。…帰投する」
「おや?何か不満ですか?」
「………ううん」
物足りないのだろうか?一太刀で終わったからな。 そう思って、貴女は小さく笑みを浮かべた。
「顔に出ていますよ?糸見」
「………」
「明日は御前試合でしょう?貴女はもう休みなさい。既に交代の者達も来ていますし、鎌府代表の一人として貴女には頑張ってもらわなくては」
「………和美も」
「?はい?」
沙耶香が一つ瞬きをしながら、貴女を見つめて言った。
「和美も。警備の任に就くって聞いた」
「これでも最上級生ですからね。私は引き継ぎを行ってから帰ります。…物足りないのなら、この後少し稽古をしていきますか?」
「…うん」
元鎌府高等学校。現鎌府女学院高等部3年・綿貫和美と、同じく中等部1年・糸見沙耶香は刀使である。
◇
鎌府女学院敷地内の別棟。刀使達の修練場はそこにあった。
ここを訪れる者が日々練磨するものは心技体。この3つである。しかしこれらの修養に必要な物は一体なんだろうか。刀であるか、身体であるか、精神・心といった物であるか?
そういった禅問答じみた問いかけを己に、或いは他者にする者の数は多いが、そんなものは時間の無駄だろうと笑う者は誰一人としていなかった。
「正面から叩き斬りなさい、糸見。先の荒魂にやったように」
「…うん」
何故なら問いかけを止めてしまえばその刀使はそこまでであり、逆を行く者は上にゆけるし生き残れると鎌府の刀使衆たちは理解しているからだ。嫌でも来る実戦の中で。
「それだけを一意としなさい。今はただ」
「うん」
ズドンと。瞬間、板張りの地面を踏みつける沙耶香の足踏みが修練場の端から端までを揺らした。それと同時に斬り下ろされる銀閃は沙耶香の御刀であり、刀使の命でもある。
「………」
「―――ッ」
制服姿の沙耶香が諸手右上段に近い構えで剣道の打ち込み稽古さながらに、貴女へと斬り込んでゆく。何もしなければ面を真っ二つにされるだろうが、貴女は硬く受け止めずしなやかに刀で受け流した。
刀と刀のぶつかり合いは沙耶香の充実した気合を示している。攻めの剛剣。これを前にしては、対手は受けに回る事しか出来ない。しかしまばらにだがこの場にいる稽古者たちは、貴女の方にこそ恐ろしさを感じていた。
――防いだ。あれを?
――ていうか受け流した?
高速で接近してくる物体に対してひょいと何かをぶつけてその軌道を逸らす事、防ぐ事は簡単な事ではない。手の内や腕をガッチリと固めて受ければ防ぐ事だけは何とかなるかもしれないが、受けて流すとなると難易度は更に上がる。
それを涼しい顔でやってのける貴女の顔を見て、周囲の刀使達は納得した。そして幸運だと思った。今夜の見稽古は大収穫だと。それを尻目に、貴女は沙耶香が出来上がりつつある事を悟った。
「やめ。 見事です、糸見。貴女なら優勝を手にする事が出来るかもしれませんね」
「………」
「貴女が私の古流を学び、力としたいと言った時は何を馬鹿なと驚きましたが、――もう貴女は付け焼き刃ではありません。一刀流・糸見沙耶香の剣は更に強く鋭くなりましたよ」
「………」
沙耶香はジッと貴女を見つめている。そこには不可解と書いてあり、向上心とも書いてあった。左腰に身に付けている鞘(鯉口)が刀を納める為に横を向き、納め終わるのを待っていたかのように彼女は一つ瞬きをした。
「………水を」
「?」
「水を。…斬ってるみたいだった」
「上出来です」
「和美は水で出来ているの?」
「そうであれば良かったと思う時はありますが。貴女と同じ人間ですよ?」
同じ刀使です。右手に持つ御刀を鞘に納めながら、貴女はそう続けた。
御刀を身に付け武を修め、何処からともなく現れる異形の存在である荒魂から民衆を守る者。それが沙耶香であり、それが刀使である。
平たく言えば公務員。そして貴女はその最上級生なのだ。
「どうすれば…私も水になれる?」
「哲学的な問いです。ヒトが水になるには?とは」
「和美に打ち込み続けても、全然手応えがなかった。手応えを得るには、私も水になる必要がある。どうすれば」
「その問いかけは大事なものです。刀を抜いていない内は常に自他に問いかけなさい。今日の稽古は以上とします」
「待って和美」
「明日の御前試合、頑張るように。応援していますよ?」
答えはいずれ訪れるという思いと共に。微笑む貴女は一礼し、修練場と沙耶香を後にした。