例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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第3話 当代折神家当主御前試合衛司

 

 

 

 

「今日は待ちに待った御前試合の日ですわね。今年はどの校の刀使が優勝するか、楽しみですわ」

 

「会場の警備は万全なのですか?」

 

「和美に任せている。問題ないだろう。お陰で僕達は安心して紫様の護衛に専念できる」

 

「真希さん?私達近衛も会場の警備に当たる事、忘れまして?」

 

「忘れるわけないさ、寿々花」

 

「ねえねえ私は~?」

 

「夜見と共に紫様の侍衛を務めろ」

 

「頼みましたわよ? 結芽、夜見さん」

 

「は~~い」

 

「分かりました。お任せを」

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。警備の首尾は如何ですか?」

 

「―――これは皐月様」

 

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。という故事を貴女は唐突に思い出した。同時に素早く敬礼する。剣士然とした彼女から感じる圧が貴女にそうさせていた。

 

 威圧感の正体、それは闘気である。

それは戦闘者のみが持つ独特の空気、或いは重さ。立ち居振る舞いよりも何よりも眼前の人物を教えてくれるこの圧力は、人だけが持っている威圧感だと云う。

 人間の感覚器官は意外にも高性能。他人を見て、こいつ只者じゃあないなと思ったらその感覚は概ね正しい。現に貴女は背中を流れる一筋の冷や汗の感覚と、相対している剣士の強さと妙を肚(はら)で抑えていた。

 

 当代折神家当主親衛隊・第三席刀使。小さく口を開く皐月夜見は、ただ自然体でそこにいたのだった。

 

「お疲れ様です。最低でも万全と言って差し支えありません。不逞な輩は我々が誰一人通しません」

 

「頼もしいですね」

 

 一見、吹けば飛ぶような印象を世人に持たせる可憐な風体と意志の弱そうな半眼の眼差し。彼女を見て、およそ剣士としては恵まれていない女性だと思う者は初見に限り多いだろう。そんな人の予想を彼女は裏切り続け、だが人の期待は今まで一度も裏切った事はなかった。

 

 ――この国で最も強い刀使集団、折神家当主親衛隊。

そこらの剣士刀使が束になっても触れる事すら出来ない四人の剣士。折神の刃鳴。名実ともに、彼女はその一人であった。

 

「今回の御前試合、貴女が衛司で安心しています。綿貫さん」

 

「いえ。私如きなど」

 

「貴女がこの折神の王門に居るのなら、我々は安心して紫様を護衛できる。 これは親衛隊第一席にして左近衛大将、獅童さんが言った言葉です」

 

「真希様が……」

 

「はい。お互いに、為すべき事を為しましょう」

 

「了解。全霊にて」

 

 真希とは親衛隊第一席・獅堂真希の事である。力強い貴女の返答を聞いた夜見は一つ頷くと、静かに、だが素早く身を翻した。

 現場がどうなっているのか、警備体制はどうなのかという確認を、この夜見は怠らない。親衛隊の中で最も弱いと自覚している彼女は常に自身の責務を果たそうと努めている。それが強さであり刀使であると信じている。事実、そんな眼をしている。

 

 糸見に似ているなと、貴女は思った。

鎌府女学院中等部1年の彼女。そして夜見もかつては同じく中等部生であったからだろうか。親衛隊入りを果たし、今や尊敬する上司となった彼女。在学中から強い剣士であった、かつての後輩。

 

「………。皐月様」

 

「? はい」

 

「………」

 

嬉しさのあまり息を止めていたのを思い出して、貴女は静かに呼吸を整えた。

 

「どうか御武運を」

 

「貴女も」

 

夜見は貴女に敬礼した。先輩を見つめる瞳が、そこには確かにあった。

 

 

 

 

 

 

 一時間もすると、会場入りする刀使が増えてきた。方や各校の代表者、方や応援に来た刀使たちである。

 

「お疲れ様でーす!」

 

「お疲れ様です。貴女方は美濃関学院の代表者ですね?」

 

「はい、そうです」

 

「会場はあちらの屋内武道場になります。決勝戦のみ、前方に見えます特設会場での試合となっていますので、是非ともご健闘を」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます。行こっか、可奈美ちゃん」

 

「うん!」

 

 ここに来れたのが余程嬉しいのだろう。可奈美と呼ばれた刀使が満面の笑顔のまま、貴女を瞳に映す。穏やかな闘気がそこにはあった。行住坐臥の全てが己の剣であり己の道。早く立ち合いたい待ち遠しい。そう書いてあると貴女は悟る。

 

「…?」

 

「? 可奈美ちゃん?」

 

「ううん、なんでもないよ舞衣ちゃん。さあっ行こー!」

 

・・・・・。

 

「楽しみにしていますよ?皆さん」

 

美濃関の刀使が、最後に貴女を顧みた。

 

 

 

 

 御前試合開始まで幾ばくもないというわけではないが余裕もない、といった頃合い。そろそろ最初の交代・休憩時間だなと頭の片隅で思った時である。貴女と同じ鎌府の制服を着た刀使が早歩きで王門まで進んで来た。それは珍しい光景だった。

 

「――おや?糸見ではないですか」

 

「…和美」

 

「もうこんな時間ですよ?いつもの貴女らしくありませんね。 イの一番に来ているものと思ってました」

 

鎌府代表の沙耶香がいつも通りの澄まし顔で、貴女に対し小さく口を開いた。

 

「街に荒魂が出てたから、斬ってきた。…遅くなった」

 

「お疲れ様です」

 

 労うと、沙耶香は会釈をしてはジッと貴女の顔を見つめた。

アドバイスがほしいのかな?そう思ったが、沙耶香の瞳には何の色も想いも宿っていない。いつも通りだなと、貴女は思った。

 ――自分を過小評価も過信もしていない、似つかわしいその瞳。屈辱、生死、鍛錬、技術、願望、執念。そのどれもが映っていない彼女の瞳。人が人である為に、誰しもが持つ多岐にわたる理由の数々。自分が自分であるレゾンデートル。

 何も無い小さな刀使。だがそれは悲しい事だけではなく無限という意味もある。これから何色にも染まれるし、何にでもなれる強さ。或いは弱さ。

 

「糸見。先の鎌府選抜戦で私達に勝った貴女なら、決勝にも進める筈。油断せず」

 

「うん」

 

「鎌府の刀使代表として武運を」

 

「うん。勝つのは任務だから」

 

いつかこの子も映すだろう。剣士ならば、人間ならば。それをいつか。

 

 

 

 

 

 

「綿貫さん、お疲れ様です。交代しますよ」

 

「お疲れ様です。では宜しくお願いします」

 

 交代要員の一人である同僚を労い、貴女は本日二度目の休憩に入ろうとした。時間は進み、そろそろ御前試合は決勝戦の筈である。沙耶香達の戦績を知ろうとして、軽くなる足にこれは羽が生えたのだと気軽に思った貴女は歩を進めた。が、

 

「ああ、そうそう。折神家当主・折神紫様に御上覧頂ける決勝戦に進んだのは美濃関と平城の刀使だそうですよ?」

 

――次の瞬間砕け散った。

 

「…そう、ですか。……ありがとうございます。我ら鎌府は駄目でしたか」

 

「まぁそうですね」

 

「? 貴女はあまり悔しくなさそうですね?」

 

対して同僚は薄ら笑いを浮かべながら言った。

 

「…はあ、まぁ。自分が出たわけではないですし。 でも糸見が負けた所は見てみたかったですけどね。決勝に出る美濃関の子に負けたみたいです。あ~あ、会場班が羨ましい」

 

「――――」

 

 沙耶香が他の鎌府刀使衆から煙たがられている事は、貴女も含め周知の事実である。

 

「彼女は鎌府の選抜戦に勝ち抜き、そして私達高等部生にとって可愛い後輩です。不埒な言葉は慎むように」

 

「そうは言いますが。…だってあの糸見ですよ?あの子、何考えてるか全然解らないんですもん」

 

「………。そうですか」

 

「ええ、それに付けても高津学長のお気に入りなんです。鼻につかないほうが無理って話ですよ」

 

 鎌府女学院の長、高津雪那は元刀使である。

今日は所用により欠席だが、刀使を辞めた今でも刀は手放さず、文武において折神家当主を守る事に専心している一人の剣士。その姿勢に、鎌府の若き刀使達は尊敬の念を抱いていた。

 もしも彼女が刀を置いていたら一体どんな人物になっていただろう。貴女は少し考えて、想像できないので止めた。

 

「そろそろ決勝が始まる筈。油断せず」

 

「……了解、リーダー」

 

 歩きながらの流し目で貴女が下腹部に力を込め、表情筋も眉も動かさずに言う。その気勢を見た同僚の刀使は何故か怖くなって、直立不動で門の前に立ち続けようと心に決めた。

 

「―――あ、お疲れ様です。綿貫さん」

 

「お疲れ様です!綿貫さん、美濃関と平城の刀使たち!!とっても強かったですよ!今年は会場班で良かったぁ~!!」

 

「鎌府が予選落ちしたのは悔しいけど、決勝の二人の剣を予選で直に見れたのは収穫だったね。流石は護剣の鎬と護剣の物打ち。美濃関も平城も、あれじゃあこの先安泰だよ」

 

「決勝が見れない事は残念ですけれど!」

 

「アンタにはまだ来年があるでしょう?中等部。頑張ってね」

 

「頑張ります~!!!」

 

「お疲れ様です。どうやら今年もつつがなく終わりそうですね」

 

 聞こえてくる太鼓の音は、現・伍箇伝最強の刀使が生まれる決勝戦の合図だ。休憩の最中、貴女は鋭い眼光と頬を少しだけ緩ませていた。後は待つのみ。

 

「………」

 

 決勝ではどんな刀使がどんな剣を振るうのだろう。だって強い事は当たり前。どのような気構えで、どのような面構えでこれまで無敗の糸見を倒したのだろう。

 

――どう、果たして遣うのだろう。

 

 楽し気に雑談し休憩している同僚達を尻目に、紙コップに入ったほうじ茶を片手に飲む貴女の髪を風が撫で、それに運ばれ宙を優しく舞う桜の花弁の美しさは、控えめに言って俗を離れていた。

 

「良い風です。しかし御当主様が上覧なさり、真希様もお目にかかる立ち合い。是非とも出たかったものですが―――、?」

 

 その時、異様なざわつきが貴女の心身を支配した。

何かが起こっている。何かが我が身に起ころうとしている。そんな絶対の予感が貴女を襲った。それは夜見の時とは異なり一層異質な、別次元の虫の知らせだった。

 刀使とは命のやり取りを化け物たる荒魂とこなす者。その培った勘でもって、貴女は思い思いに休んでいる周囲の同僚に声を掛け刀を腰の左に帯びた。

 

「総員傾注、気を付け。申し訳ないですが直ちに持ち場へ急行して下さい」

 

「え?しかし―――」

 

「どういう事です? 綿貫さん」

 

「何も異常が無ければ休憩に戻って構いません。ただの確認作業ですよ。私は決勝会場の様子を見て来ます」

 

「? …了解」

 

 同僚達を後方に貴女は御刀の鯉口を切って『迅移』(刀使の特殊技能の一つ。早く動ける)を使用し、駆け、大門を飛び越えた。そして決勝の場が見えると、緊迫の雰囲気を身に纏って、『迅移』を使用しながら抜き身の刀を手に持ちこちらへ走る走る二つの影が貴女の瞳に映った。

 

「―――さあ行こう!!!」

 

「………」

 

「姫和ちゃん!!!」

 

 見える。空を舞う貴女の瞳に、小さく頷く長髪の少女が。

快活に声をかけ、そして視線を真っ直ぐ前へと向ける少女の姿が、はっきりと見える。

 

 ――為すべき事を為す。

 ――為すべき事が未だ解らずとも。きっとこの先が自分の進む道だと信じている。

 

そんな眼をしている剣士が。『強い』と全身で表現している剣士達が、貴女の心に映った。

 

「当代折神家当主御前試合・衛司(まもりのつかさ)―――衛門大将綿貫和美(わたぬきかずみ)」

 

 課された職名と役割を己の内に宣言し、しかし果たしてそれは直感であったのか。会場内を守る刀使衆の焦る面持ちが、門を背に着地した今なお視界の端に見えるからか。或いは、抜き身の刀を持ってこちらにひた走って来るという一種の異常事態を、御前試合警備の長として看過できなかったからか。

 

或いは。

 

「折神の王門、この綿貫が通しません」

 

―――強い。

 

 この想いが、どうにも止められなかったか。門の守護を担う剣士は静かに、だが間断なく腰の刀を抜いた。

 

 

 

 

 

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