例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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戦闘描写がトーシロなのを何とかしたい(懇願)





第4話 人の剣術

 

 

 

 当代折神家当主・折神紫が御前試合の直前に旧来の五官司を復活させ、かつその全てのトップに大将の位を与えたのは、それらを纏める自身の地位向上以外の何物でもないだろう。

 

 何故ならその大将五名のうち、四名が子飼いの親衛隊刀使だからであり、その上にこの身が君臨しているとなれば全ては権力発揚、名声拡大、雷霆万鈞である。市井の人間ならば誰しもそう思ったし間違いはないとも思った。

 

 しかし、日々修羅場を潜っている刀使たちは、それとは少し違う視点を持っていたらしい。

 

 ―――権力だの何だのそんなの私達の知った事ではないけれど、彼女たち五人ならばその位を得ても異議見劣りは全く無い。左近衛大将・獅童真紀と右近衛大将・此花寿々花。そして右兵衛大将・皐月夜見と左兵衛大将・燕結芽ならばと。

 

 刀使としての戦闘において、彼女たちほど頼り甲斐と力の有る刀使はいない。現に、彼女らが出張った現場で殉職者は一人たりとも出ていない。奇跡的に。――いや、それこそが実績。

 

 復活した五官司、すなわち五衛府のトップとは他の刀使達から絶大の信頼を置かれているという事に他ならず、無論貴女もその例に漏れてなどいなかった。

 

 ――あの人が衛る門を、抜けるわけがない。

 

 貴女の部下も上司も今この瞬間そう考えている。

五衛府最後の将である衛門大将。綿貫和美が、可奈美たちの退路に立ちはだかっていた。

 

「鎌府の刀使か……!」

 

「私が相手をするから、早く行って!!!」

 

「――美濃関の刀使。成る程、糸見に勝ったのはどうやら貴女のようだ」

 

 臨戦。姫和と可奈美が抜身の刀を貴女に振るう。

『写シ』はとっくに出来ている。当たり前である。何故ならこれは刀使の迎撃ではなく出撃であるからだ。

 

「しかしそれは、御前試合の話。 我ら護剣切っ先の鎌府衆――。その刃(やいば)を見るがいい、賊共ッ!!!!」

 

「………っ!?」

 

「安行ッ!!!」

 

 貴女の御刀・大和守安行(やまとのかみやすゆき)が、露わになった美しい刀身と鎬が、可奈美と姫和の振るう剣閃の全てを弾きそして受け流した。

 更には敵の斬撃の運動エネルギー(力)を利用し、速度を上げた貴女の怒涛の反撃が賊に向かう。相手の攻撃を刀で防ぎ、そして態勢を整え攻撃するのではない。

 攻撃を防ぐ=こちらの攻撃態勢。それを可能にする貴女の体捌きと刀の制御、刃筋の向きの正解(correct)でもって攻防一致という理想は現実となる。

 

「苛烈な剣っ……、――この人!!」

 

「ーーー―――ッッ!!」

 

 それはさながら激流の只中滝を下る鯉のようで、畢竟、並みの刀使ではない。…衛藤可奈美と綿貫和美。互いの声にならない声、紫電雷鳴の如き鋭い吐息が剣士二人の間を揺らしに揺らし、雌雄という名の絶対的な決を下さんと牙を剥く。

 

 貴女の受け流し、斬撃は重く可奈美に疲労を蓄積させていくものであり、その全てを受けて流して弾いている彼女に数多の隙を生ませた。それを狙わない貴女ではない。貴女の攻撃の手段は無限と言わぬまでもそれに近い有限であるが故。

 

―――しかし、

 

「……まだ立ちますか」

 

「…やぁあああああああ!!!!」

 

 隙を帳消しにして余りある幾度も重なる刀と刀の打ち合わせ。

切っ先、物打ち、鎬、鍔柄、茎、そして刃。御刀の全てがギシリと唸って打ち合わされる剣戟の嵐。

 普通の刀であれば、どんなに上手く使用しても耐久が先に底を尽くだろう。しかし刀使だけが持つ武器は、どんな事があろうとも折れず曲がらず刃毀れせず壊れずの御刀。だからこそ出来る芸当である。

 

 そして護剣の鎬と称される美濃関刀使であり、剣士・衛藤可奈美には即応学習という能力がある。相手と打ち合えば打ち合うほど、可奈美は相手の太刀筋から技に至るまでを学び取り、そっくりそのまま返す事が出来る。

 正しく天才のそれと言うのは易いが、寝ても覚めても止めない修練稽古の果てに至っただろう事は想像に難くない。

 それが分かって貰えて嬉しいのか。堪えきれない笑みを浮かべる可奈美だけの妙技を見て、貴女は瞬間素直に称賛した。

 

「見事。まさか私の剣を、」

 

「よく見る。よく聴く―――よく感じ取る!!」

 

 正念場の地を蹴り、振りかぶった両手を刀ごと振り下ろさんとする可奈美。対して貴女は刀を鞘に納め、しかし柄頭で可奈美の正中線を攻めつつその場で静止した。

 

 ――抜刀術。この近い間合で? 

疑問を浮かべる脳みそとは別に、柄頭からの圧を感じた可奈美の手足は留まらず動き、貴女の右手を片手で押さえつけた。貴女が柄に添えた右手を。

 

「――!?」

 

 いついつでも抜刀を為すための右手。それを封じ、可奈美は残った片方=刀を握る手を間断なく振り下ろし、ながら見た。

 押さえたこの手が時計回りにグルリと回り、拘束が外される相手の右手を。鞘ごと前進し、刹那こちらの目と目の間へ激しくぶつかる攻めてきた相手の柄頭を。

 

思わず、可奈美は攻撃を一拍留まらせた。

 

 それは何故か。顔面への攻撃でさえも、『写シ』の上からでは僅かな痛みしか刀使には及ぼさない。しかし不意を突かれた事、勝機を間違えた事、そして行動全てを貴女に誘われた事を本能的に理解してしまった事が、可奈美の攻撃をほんの僅か留まらせた。

 

 その結果は。その返礼は。

相対する剣士は、十文字の軌跡の抜刀でもって応えて来た。

 

 同段階の『迅移』を使用した刀使同士の勝敗は人の剣術のみが勝敗を分ける。間合を捕捉したのはどちらか、捕捉させたのはどちらか。騙されたのは貴女か彼女か。勝機の選択の良し悪しは。

 

二人だけの世界の中で。可奈美は腹を、貴女は右腕を斬り払われていた。

 

「今のうちに行こう! 姫和ちゃん!」

 

「………っ」

 

 世界が数多の生物でひしめく貴女達の時間(現実)に戻る。頷いた姫和と可奈美は素早くこの場を後にした。貴女を瞳の内に宿して。

 

「―――」

 

 …利き腕ごと斬り飛ばされた御刀を貴女は見る。『迅移』と『写シ』は御刀を媒介にして刀使に与えられる力。それらが解け、五体満足の生身となった貴女は口中で呟いた。

 

流石と。

 

「他者の剣をあそこまで模倣するとは。しかしまだ、あの剣はまだ息苦しい」

 

 とぼとぼと歩き、遠く転がった愛刀を手にする。

賊達が大門を飛び越え消え去った方角を眺めながら、まるで鳥のようだと貴女は思った。羽を広げた縦横無尽。自由な剣。それこそがきっとあの剣士の。

 

「幼い鳥。きっと、今が貴女の本領なのでしょう」

 

 試合だの荒魂だの何だの、いずれそれらは剣を曇らせ何も映せなくさせる。そういう風になる。

 だからきっと自由自在こそ彼女の剣。羽ばたき、心の赴くままに振るう。己の真を世に顕し、憧憬を世人に抱かせ一歩一歩遥か彼方の高みを目指す。

 

それこそが彼女の剣術(ブレイドアーツ)。彼女だけの、剣の聖に至る道。

 

「もしもし」

 

『―――負けたか』

 

「はい」

 

『予想外の出来事だな?』

 

「全て順調、予定通りです」

 

『ではどうだ?あの刀使は?』

 

「確かに、あなたの眼に狂いはありません。全てを飲み込み吸収し力としている。流石は剣聖の――」

 

『次の一手には沙耶香を用いる。お前はそれを監視しろ』

 

「了解」

 

『沙耶香が負ける程であれば、親衛隊は出張らざるをえなくなる。強大な刀使はその存在自体が危険だ。それが伍箇伝を離れた野良となればな』

 

「では当初の予定通りに。…糸見が優った場合は?」

 

『その程度の刀使に用は無い』

 

「承知しました。お気を付けて」

 

『誰に物を言っている』

 

「失礼します」

 

電話を切り、貴女は心待ちにしていた人を見つけたような顔で笑った。

 

「次に逢う時が楽しみですよ。ね?安行」

 

大和守安行の刀身が、嬉しそうに貴女の鞘へと納まった。

 

 

 

 

 

 


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