例えばこんな刀使さん達   作:ブロx

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この物語はフィクションです。この雪那さんの流派はオリジナルのものです。






第二話 刀使と武芸

 

 

 

 地元が好きか嫌いかでいえば、好きな部類だと彼女は答える。

空気は綺麗だし、スーパーもドラッグストアも探してみれば其処此処あるし、これから頑張ってみたいと密かに思っているお洒落に適したお店だってある。見渡してみれば、ここは良い所だ。

 

 彼女は何でも知っている。人生はいつだって無知を何でも知っているに変える為にあり、世界というものはそれを全うする為に存在しているのだと。雪那にとって、地元とはそういうものの一つだった。 

 全うできる者など過去現在未来一人としていないとしても。その事を、まだほんの一欠片も理解していないとしても。今、雪那は無知を全知に変える為、隣町の道場に向かって歩いていた。

 

 ――歩いて10分程度の場所。町と町の境同士といっても過言ではない互いの家屋配置が雪那に絶大な幸運をもたらしたのは、稽古後の事だった。

 

見た目とは裏腹に、その稽古は凄惨の一言であった。

 

「只の人間も刀使さんも、足が動かなくなったらどうなるでしょうか」

 

「……」

 

「頷いたね?その通り。敵(荒魂)に切られます。パッと振り下ろされて、バサッと。足が動いていれば躱せたかもしれないのにね」

 

「………」

 

・・・・・。

 

「肝要なのは足なのです。雪那ちゃん。人間も刀使さんもこの足、細かく言うならフットとレッグですが、この足だけで体重を支えています。ほんの少しでもバランスを崩せばすぐにでも転ぶ腑抜けのくせに、この足は24時間毎日毎日我々の身体を支えています。

 つまり強くなる為に大大大大大必要な事は一に足二に足三に足。そして人間も刀使さんも強さとは弱さを経ていなければ至れませんので――、」

 

「……」

 

雪那の師は笑いながら言った。

 

「今日は這って帰りなさい。家はすぐそこでしょう?楽なものですよ、雪那ちゃん?」

 

「……はい」

 

 ――足がもう動かなかった。比喩ではない。立つどころか身体を支える事も出来ないのが雪那の現状であり、かろうじて動く手と腕を使って這って自宅へと帰るしか方法がなかった。親を電話で呼ぶなんて事はプライドが許さなかった。

 

「…ありえないわ。身体を痛めつけなければ弱さを自覚できないなんて、時代錯誤も甚だしいったら…っ」

 

 正座をしなさいと言われたのがまず最初だった。

しばらく経って、次はその状態から右足を前に踏み込んで、左足は膝と足指だけを地面につけろと言われた。

 その状態から今度は立ち上がりながら左足を右足よりも前に踏み込んで、右膝が地面に付くまでしゃがめと言われた。そして左足を右足まで引きつけて、その腰の高さのまま左足を後方にまっすぐ目一杯引けと言われたので言われるがまま続けていたら、この様である。

 

「……ただいま…」

 

「稽古ご苦労様。もう寝る?」

 

「……それしかできない」

 

 何故こんな目に合わせるのか、あのクソ野郎。雪那は師の言葉を反芻しながらベッドに倒れ込んだ。

 自分は五体無事だけれど、荒魂(敵)は無事にせず殺す。その為の稽古である。師はそう言った。これが身に付いた時、腰が手に入るよと。全てはそこからだと。

 なお自主練はしないようにとも言われた。師範の眼の届かぬ所で行っているとすぐ膝を壊すから。

 

「……こんなんで強くなれるのかしら」

 

雪那は微睡に落ちながら言った。

 

 

 

 

「お、今日も来たね。若い若い~。さあ始めよっか」

 

「あの、膝と腰が特に痛いんですけど」

 

「生きてる証拠だよ?」

 

「今日も同じような事をするんですか?」

 

「うん」

 

「痛いんですけど」

 

「俺は痛くない。はい、スタート」

 

 このクソ野郎。雪那は堪忍袋の緒が切れそうになりながら、言われるがまま稽古に没頭した。無駄口は叩かない、叩いたら負けだから。そんな彼女のちっぽけで安いプライドが、諦めるという思考を思い起こさせなかったのだろう。そういった面を彼女の師は気に入り始めていた。

 

「他の門下生の方々はどうしたんですか?」

 

「皆他所に行っちゃってね」

 

「つまり、門下生は、私だけって事ですか?」

 

「そそ。マンツーマンってわけ」

 

「分かり、ました…っ」

 

「頑張ってー。 あ、それ駄目。身体前傾したら駄目だよ、転ばせられるから。こんな風に」

 

「……ッ分かりました」

 

 腕を引っ張られ転びながら、今度はそれを是正していく稽古の日々を重ねていくある日。今度は御刀を持ってきてねと師は言った。

 

「はい、今日もよろしくね雪那ちゃん。今回から御刀差してね御刀。帯これね」

 

「……帯?」

 

「帯の結び方知らない? 現代っ子だねえ。え?駄目な剣道家みたい?ハハッ!」

 

 一言多いのが師範の駄目な所だろうが。

雪那は思ったが、この人がこんな失言を他所で言っている姿は何故か想像できなかった。

 

「…どう結ぶんです?」

 

「こうやってね、こう。お腹の前で締める。そんでそのままグルっと背中に回す。慣れてきたら回さないで後ろ手でやってね。着崩れるしダサいから」

 

「着崩れですか」

 

「え?もしかして道着とか袴とか着たい?え?憧れ?憧れなの?」

 

君なら行燈も馬乗も似合いそうだなあ。師はおちゃらけて言った。

 

「いいえ。師範」

 

「着たくないの?珍しいねえ」

 

「荒魂と戦う時は洋服の時が多い筈ですから」

 

「常在戦場。未来の刀使さんはそうこなくっちゃ」

 

 ここの道場は初心者に最初に教えるべき、稽古着の着方というものを全く重視しなかった。

 聞く人が聞けばそれだけでここは駄目な道場で駄目な先生なのだが、今のここは荒魂を殺す術を教える場なので、人に対する礼儀作法着装はまだ眼中になくていい。人相手のそれを学ぶのはまだ先の話になると、雪那は教わっていた。

 

「……あの…、師範」

 

「ん?疲れた?」

 

「……立てません」

 

「そっかあ。じゃあその状態から人間はどうやったら立てるかなー?考えてごらん」

 

 横から見たら歪んだ北斗七星のような脚の形のまま立ち上がれなくなった雪那は、必要が発明を生むという事を頭と身体に叩き込まれる事となっていた。

 

「………」

 

 ――膝が痛い。とても痛い。つまりこのままでいる事は上手くない。脚には力が入らない。だから思わず前傾姿勢になってしまう。…身体が痛みを和らげる為に自然と取ってしまっているこの姿勢こそが、立ち上がる事を無理難題と定めている。

 

 雪那は巻き結んでいる帯に左手をやった。

硬い感触。差してある自身の御刀だ。そしてそこには荒く呼吸するごとにしぼんでは膨らみしぼんでは膨らむ部位があった。腸骨ではない。もっと内側の筋肉か何かだろう。

 

そこに目一杯力を込める。すると、前傾の姿勢がやや後傾へと変化した。

 

「……ッ……ッ!!」

 

息を吐きながら、今だと。雪那は思った。

 

「おめでとう。初心者脱出への第一歩だね」

 

 踵を踏みしめ身体の真ん中から立ち上がる様を見て、師は言った。しかし当の雪那は今自分が何をしたのかが分からなかった。

 師範を見る。にこやかな顔がそこにはあって、もう一度やろうとして今度は横に転んだ。それはもう派手に。

 

 ―――一度やれたからこれからは何度でもすぐ出来る等というそんな奇跡じみた物は無い。長く時間をかけて、重ねる事で身体操作とは培われてゆくものであり、筋肉も骨も負荷によって鍛えてゆける以上断裂も損壊もありえる事は充分念頭に置くべき事である。

 

 しかるべき時にしかるべき事が出来る。

技も形も稽古も修行もこれが内包してあるならば、基礎鍛錬・練習の継続という選択肢を人間は選ばざるをえない。

 

 雪那はこの道場での修行の初期段階、身体の真ん中を使うという意識と発想を今回怪我無く運よく得る事が出来ていた。

 

「若い子は丈夫だねー。さあ目指せ!初心者脱出!雪那ちゃん! まあ、あと1万歩くらいだよ」

 

すぐだろう?笑う師範に、

 

このクソ野郎。雪那は黙りながら笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 年月が経ち、着装と作法と形稽古のやり方も教わってきたある日の事である。刀使になり、中学2年にもなった雪那がいつも通り道場に行くと、彼女の師範が珍妙な姿勢を取っているのを見た。

 

「は?」

 

「―――」

 

 両脚を左右に大きく広げている。いや、広げすぎて腰が沈んでいる程に大きく広げている。その状態から元の自然体、直立の形に戻るには屈んで床に手をつけて身体を支えながら脚を閉じるか、足に力を込めて徐々に閉じていくしかないだろう。

 

「……」

 

 雪那は直感で思った。これは稽古であると。すると師範はその状態のまま360°クルリと回転、何事も無かったかのように脚を閉じて直立した。それはワケの分からない光景だった。

 

「雪那ちゃん」

 

「はい」

 

「見た?」

 

「見ました」

 

「これが出来れば初心者脱出だよ?」

 

「有難うございます」

 

「いいよ、礼なんて。だってまだまだ」

 

「?」

 

「初心者を脱出できても、次の段階が。それを脱出してもまた次の段階が、ずっとずっと。修行の完成には全然程遠い」

 

「稽古します。一歩一歩」

 

「そう、一歩一歩」

 

 果てなる高みを目指して、一歩一歩進んでいく事は可能なのだ。負けてたまるかという思いと共に、今の雪那はそう信じている。

 

 

 

 

 

 

「雪那ちゃんももう高校生かあ。早いもんだなあ」

 

「鎌府高等学校に進学する事になりました」

 

「刀使としてだろう?」

 

「勿論です」

 

「中学時代は優秀だったようで何よりだよ。じゃあ餞別だ、雪那ちゃん」

 

「はい」

 

 手に一振りの刀を持って、師範は告げた。もしやそれをくれるのだろうか。雪那は途端に嬉しくなった。 

 思えば小学校中学年からここに通っては稽古の毎日だった。師の言葉と表情、姿勢から読み取れるありとあらゆるものを吸収し自分なりの力としてきた。このクソ野郎、いや、師範のお陰でこの先刀使としてやっていけると柄にもなく誇らしく思った時すらあった。

 

その彼が、いつも浮かべている笑みすら消して。真顔で彼女を見ている。

 

「君。もうここの所属じゃなくしたから」

 

「―――はい?」

 

「もうここから離れなさい。鎌府の刀使さん」

 

「え、…は?」

 

「君はもっと上に行ける。その為にはここに居ちゃ駄目なんだよ」

 

「私は師範の弟子です」

 

「もう違うって言ってんのさ」

 

卒業ってこと。師範は続けた。

 

「修行の完成はまだまだまだまだ先だと教えたのは師範じゃないですか」

 

「完成じゃなくて卒業。言葉は正しく使いなさいとも教えたよ? ここではもう君の修行の完成はできない」

 

「だとしてもそれを決めるのは私の筈です」

 

「んー、想定はしてたけどさあ、分っかんないかなあ」

 

「分かりません」

 

雪那は身体の真ん中に力を込めて言った。

 

「――ね、折神家って知ってる?」

 

「御刀の管理を一切取り仕切る名門中の名門です。知らない刀使はいません」

 

「そう。だから刀使ってのはさ、折神から抜け出せないんだよ」

 

「……はぁ」

 

「御刀を取り仕切るって事は、同時にそれを扱う刀使も取り仕切ってるって事。色んな理由で刀使を中学で辞める子は少なくない、そんな中で雪那ちゃんみたいに高校まで続けるとなると話は大分違ってくるのさ。――折神家は本腰を入れて取り仕切る。管理する。あいつらに俺から剣を教わってるなんて知られちゃうと、君、上にいけない」

 

「私は構いません」

 

「あっちが構うんだよ。俺さあ、結構昔にあっちの先代当主に言われちゃってさ。テメエは絶対に世に出させねえぞって。

 嫌われてるなんてもんじゃ無く、人の恨みは恐いよ?雪那ちゃん。そしてそういうタイプは人の繋がりをしっかり調べてる。派閥が最も重要だと悟ってる。馬鹿みたいだけど、それは事実だ。縦横の繋がり無しに、刀使だろうと何だろうと人は上に行けない。

 君は出世すべき人材だし、普通にしてるだけで出世できるタイプだ。折神の管理の中でもきっと頭角を現すだろう。師としてその邪魔は出来ない」

 

「……」

 

「その先代と今の当主が心変わりでもしない限り、俺の弟子は世に出れない。好きにやれない。小中学生の遊び程度ならギリギリだが、もう君は違う。

 高校卒業後も君は刀使として剣士として管理者として、いずれかでやっていくだろう。多分結婚しても家庭には入らない。その時になって俺の所から去っても遅いんだよ。何もかも」

 

「……」

 

 師範の言葉は最もだった。結婚したとしても、自分はきっと刀使関連でもそれ以外でも仕事を続けるだろう。続けていきたいと思うだろう。昔妙法村正が見せた、何処かの未来の自分のように。

 

「――なるほど。つまり師範はこう言いたいんですね。もうこれが今生の別れだと」

 

「刀使さんも人間もポックリいっちゃう時はすぐにいっちゃうからねー。まあ、もうここには来るなってこと」

 

「…では」

 

「そう。では――」

 

師範が頷こうとした、その時。

 

「では貴方を斬ります。このクソ野郎」

 

「・・・・・」

 

雪那は構えて、刀使としていつも持っている御刀の鯉口を切っていた。

 

「ええ?そうなっちゃうかあ。君が俺の事を今までどう思っていたかなんてどうでもいい事なんだけれど。―――しあいするのかい。俺と」

 

「……」

 

それは眼前の師範も同じく。

 

「我が流派において、試合はない。形稽古はあれど、個人の力と技を見たいのならば死合い以外に術はない。元より我らが剣は人外を滅すものなれば、活人とも殺人とも違う剣。源の水の流れより分かれた、斬り捨てる為の剣法。昔、そう教えた上で。やるのかい」

 

「……」

 

雪那は『写シ』を張った。それは問答無用の戦闘態勢という意味である。

 

「じゃあやろうか。

もう俺とは何の関わりも、師弟の関係すらもない只の刀使さんよ。無事を祈ってはやれないが、君の剣の完成を誰よりも祈っている」

 

「………」

 

 言葉は要らなかった。

互いに息を止めた今この時が、勝負の鍔際。戦いの渦中。二人の中には自身が勝つ為の理論が先にあり、それを実現させる為に身体を練磨し術と形を稽古してきた。そして形を技へと昇華させてきたのが、この二人の武芸者である。

 

 技は勝てる機に勝てる行動をするマニュアル。どうすればそのように相手が動くか、動かないのならば自分はどう動くべきか。勝機を、先手を、後の先を、先の先を。いやもっと。

 そう考えるに至った形武芸者たちの恐ろしさは、まだ形をなぞる段階の修行者たちと違い、一種の威圧感があった。

 

 ―――先を獲る。勝機を、互いにそう思った。

利き手と逆の手が動くと同時に振るわれる二つの刀の軌跡は、電光と雷轟を久方ぶりに世に顕して、それが過ぎ去っても尚道場内に立っていた者は只一人の剣士のみ。

 

瞬間、眼が合って。愚かにも口にする。

 

 

――嵌められちゃった。

 

――師範の剣、確かに。

 

 

 倒れ伏して尚健在。斬られて尚五体無事。それが顛末。それが刀使。師の太刀を受けて生還するという次の段階への皆伝を以って、相模雪那は鎌府高等学校へと進学したのだった。

 

 

 

 

 

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